【完結】嘘まみれのお姉様はどうぞお幸せに?〜影武者の私が消えた後、お姉様は一人で何ができるのかしら?〜

恋せよ恋

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語られる真実の恋

  スワロフ侯爵邸から運び出された荷物は、驚くほど少なかった。
 ジェニファーにとって、あの屋敷に残すべき思い出など何一つなかったからだ。

 公爵家の馬車に揺られ、静寂が二人を包む。車窓から見える王都の街並みは、夜明けの光に洗われて輝いていた。

「……ウィリアム様。改めて、お礼を申し上げます。私のような『無能』と蔑まれていた者のために、あそこまで……」

 ジェニファーが俯きながら呟くと、隣に座るウィリアムが、低く心地よい声で笑った。

「まだ自分をそう呼ぶのか。……ジェニファー、君は一つ、大きな勘違いをしているよ」

「勘違い……? 私が影武者として、お姉様を支えていたことでしょうか」

「いいや。私が君を『見つけた』のは、今夜ではないということだ」

 ウィリアムは、窓の外から視線を外し、熱を帯びた瞳でジェニファーを見つめた。

「覚えているかな。三年前、王立図書館の奥まった閲覧室で、誰にも見られず、一心不乱に古い治水技術の魔導書を写していた日のことを」

 ジェニファーは息を呑んだ。

 三年前――それは、カサンドラが領地経営の課題で賞賛を浴びる数日前のことだ。誰にも知られないよう、閉館間際の図書室で、ジェニファーが一人でレポートを仕上げていた時のこと。

「あの時、君は疲労で震える指をもう片方の手で押さえながら、それでも瞳だけは、真理を求める学者のように輝かせていた。……カサンドラが提出した完璧すぎるレポートを読んだ時、私はすぐに確信したよ。あの夜、暗がりの灯火の下で、一心不乱に学んでいた少女は君だったのだと」

「……あの日から、見ていてくださったのですか?」

「ああ。君が自分の手柄をすべて姉に譲り、自分は一歩下がって、家族の幸せのために心を削り続けている姿を……私はずっと、歯痒い思いで見守っていた。……カサンドラからの婚約打診を受けたのも、君の側に公然と近づくための口実でしかなかった」

 ウィリアムの手が、ジェニファーの頬にそっと触れた。
 その掌からは、彼の揺るぎない覚悟と、数年間にわたって秘められてきた深い情愛が伝わってくる。

「私は、君が創り出した『偽物の才女』に惹かれたのではない。……誰も見ていない場所で、誰のためでもなく、ただ自らの知性を磨き続け、孤独に耐えてきた……その気高くも美しい魂に、恋をしたんだ」

 ジェニファーの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
 家族からさえ「価値がない」と言われ続け、自分でもそう思い込もうとしていた。
 けれど、世界で最も高潔な男が、自分の歩んできた孤独な道のりを見て、それを「美しい」と肯定してくれた。

「……ウィリアム様。私は、自分の名で生きるのが……少し、怖かったのです。何もない私が、外の世界で通用するはずがないと」

「君は、何もないどころか、すべてを持っている。……これからは、その知性を私のために、そしてこの国のために貸してほしい。……いいや。一人の男として、君の隣にいる権利を、私に与えてはくれないか」
 
 ウィリアムはジェニファーの手を取り、その薬指に、ザイオン公爵家に代々伝わる青いサファイアの指輪を滑らせた。

「これは、契約ではない。私の、一生をかけた誓いだ」

 ジェニファーは涙を拭い、彼をまっすぐに見つめ返した。もう、震える手を押さえる必要はない。自分の言葉で語り、自分の足で歩き、そして、自分を心から愛してくれる人の手を、力強く握り返す。

「……はい、ウィリアム様。……私、あなたの隣で、今度こそ私自身の光を咲かせてみせますわ」

 満月が夜の王都を青く照らしている。
 かつて影武者としての役割を強いられた少女は、今、自分を見つけてくれた運命の人の腕の中で、自由という名の幸福に包まれていた。
 
 虚飾の影に咲いていた花は、今、誰よりも気高く、その真実の色を世界に示し始めたのだ。
___________

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