「地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!

恋せよ恋

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外交官としての初仕事と、王子の献身

  カスティアでの滞在も終盤に差し掛かった頃、ルミナリア王国の外交史に刻まれる「変革」が密かに始まろうとしていた。

 これまでのルミナリアにおいて、貴族令嬢の最高到達点は「良妻賢母」であり、国政の最前線である外交の場に女性が立つなど、前代未聞のことだった。フローレンスが目指す道は、ただの就職ではなく、数百年の歴史という分厚い壁に風穴を開ける作業に他ならなかった。

「……やはり、官僚たちの抵抗は激しいようですわね」

 大使館の執務室で、フローレンスは本国から届いた定期報告書を眺め、小さく溜息をついた。
 外務省の上層部は、フローレンスの実力を認めつつも、「女性に全権を任せるなど前例がない」「他国に舐められる」といった保守的な意見で固まっている。

 だが、その壁を文字通り「物理的」に破壊して回っている男がいた。

「――フローレンス、朗報だ!」

 勢いよく扉を開けて入ってきたチャールズは、手に数枚の公文書を握りしめていた。その顔には、かつての傲慢な王太子の面影はなく、大切な「部下」の道を切り拓くために東奔西走する、一人の熱き開拓者の輝きがあった。

「本国の枢密院を説得した。今後、我が国の外交官登用試験において、性別による制限を完全に撤廃する。さらに、君のこれまでのカスティアでの功績を認め、『外務省特別弁務官』という臨時の官職を新設させたぞ!」

「……殿下、それほど短期間で、一体どうやって?」

 フローレンスが驚きに目を見開くと、チャールズは少し照れくさそうに、しかし誇らしげに胸を張った。

「父上を説得し、反対派の重鎮たち一人一人と面会した。彼らの主張する『前例がない』という言葉に対し、私は『ならば私と彼女がその前例になればいい』と答えたんだ。……君の能力は、私が誰よりも知っている。その才能を埋もれさせることは、我が国にとって最大の損失だと、喉が枯れるまで説得し続けたよ」

 殿下の目の下には、微かなクマがあった。カスティアでの自身の公務をこなしながら、本国への執拗な文通と根回しを、彼は不眠不休で行っていたのだ。

 あの日、雨の中で誓った「君がより高く飛ぶための翼になる」という言葉。彼はそれを、ただの甘い囁きではなく、泥臭い政治闘争という形で実行してみせた。

「……チャールズ様。あなたは本当に、お節介な上司ですわね」

「ふん。君に認めてもらうためなら、神にだって交渉しに行くさ。……さあ、これが君の『初仕事』の指令書だ」

 彼から手渡された書面には、カスティアとルミナリアの間に長年横たわっていた「国境河川の利用に関する最終合意」の文字があった。

「この調印式の全権を、君に託す。……私は、君の後ろでただの『王太子』として座っていよう。君がその鮮やかな多言語で相手を圧倒し、平和を勝ち取る姿を、世界中に見せつけてやるんだ」

「…………」

 フローレンスは、受け取った書類を胸に抱きしめた。
 かつて、自分を「地味」だと切り捨てた男が、今は自分の「才能」を誰よりも信じ、そのために泥を被っている。

 

  調印式当日。
 カスティア王宮の広間には、地味な事務服ではなく、ルミナリアの国色である「深い森の緑」に金の刺繍を施した、知的ながらも凛々しい外交官用の正装に身を包んだフローレンスの姿があった。

 彼女が流暢なカスティア語と共通語を使い分け、両国の利害を見事に調整していく様を、チャールズは壇上の席から、眩しそうに見つめていた。
 
 拍手喝采の中、調印を終えたフローレンスがチャールズを振り返る。
 二人の視線がぶつかった瞬間、チャールズは満足げに、そして深く頷いた。

「……完璧だったぞ、フローレンス」

「ええ。……最高のバックアップのおかげですわ、殿下」

 夢だった外交官としての第一歩。
 その隣にいるのは、かつて自分を否定した王子。
 けれど今の彼女にとって、彼は誰よりも頼もしく、誰よりも「献身的」な、人生の共犯者となっていた。

 フローレンスの瞳に、もはや迷いはない。
 彼女の開く未来の地図には、常に彼の不器用な、しかし確かな足音が並んで刻まれていくのだ。
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