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女狐の甘い囁き
パトリスの馬車に同乗し、ちゃっかりと自宅のリンバート子爵邸まで送らせたジェシカは、上機嫌でサロンのソファーに身を沈めていた。
ジェシカは冷めた紅茶を一口含み、満足げに口角を吊り上げた
パトリスのあのマヌケな顔。
スーザンのあの絶望に満ちた背中。
すべてが彼女の描いたシナリオ通りに進んでいる。
(本当に、扱いやすいこと)
ジェシカは、自らの桃色の髪を指先で弄びながら、二年前の「あの日の助言」を思い出していた。
それは、パトリスとスーザンの婚約が決まって間もない頃のことだ。
パトリスは学園の図書室の隅で、柄にもなく恋愛指南書を広げて唸っていた。もともと文武両道で、侯爵家の次期当主として隙のない彼だが、唯一の弱点は「初恋相手のスーザンに対してだけは、極度のヘタレ」であることだった。
そこへ、親しげな顔をして近づいたのが幼馴染のジェシカだ。
「あらパトリス様、そんな本を読んでいらっしゃるの? 書籍から恋愛を学ぶなんて、効率が悪いわよ」
「ジェシカ……。いや、スーザンとどう接すればいいかと思って。彼女、あまりに可愛らしくて、僕が緊張してしまって……上手く喋れないんだ」
顔を赤らめてそんな相談をしてくるパトリスを見て、ジェシカは心の内で舌打ちした。
(あんな地味なオーチャード伯爵令嬢のどこがいいのかしら。パトリス様の隣にふさわしいのは、私なのに)
ジェシカの母、ナタリー子爵夫人は、元を辿ればパトリスの母・アメリアの友人だ。しかし、実家の爵位は子爵。侯爵家との縁を繋ぎ止め、あわよくばパトリスの婚約者か、あるいは彼を籠絡して財産を手に入れたいという野心が、ジェシカにはあった。
そこで彼女は、とびきり甘い声を出し、パトリスの耳元で「毒」を囁いたのだ。
「いい、パトリス様。高貴な女性ほど、手に入らないものに燃えるものなんです。最初から優しくしてしまえば、貴方はただの『退屈な男』として飽きられてしまいますわ」
「飽きられる……? 僕が、スーザンに?」
パトリスが目に見えて動揺する。ジェシカは畳みかけた。
「ええ。だからこそ『ツンデレ』ですわ! 普段はわざと冷たく、関心がないように振る舞うのです。時折、他の女性――例えば私のような幼馴染と仲良くして、彼女に焼き餅を焼かせるの。そうすれば、彼女は貴方に嫌われるのが怖くて、必死で縋り付いてくるようになりますわ」
「……そんなものなのか? 彼女を傷つけることにはならないだろうか」
「逆ですわ! それこそが『情熱的な愛』へのスパイスなんです。女の子はみんな、冷たい男の子を自分だけの愛で溶かしたいと思っているんですから」
『純粋培養』という名の世間知らずなパトリスは、信頼している幼馴染の言葉を、一寸の疑いもなく飲み込んでしまった。
「なるほど……。僕が冷たくすればするほど、スーザンの僕への愛は深まるということか。……難しいが、愛する彼女のためだ。やってみるよ、ジェシカ!」
回想から戻ったジェシカは、十七歳とは思えない醜悪な笑みを浮かべた。
「ええ、本当に頑張ってくださっているわ、パトリス様」
パトリスが冷たくすればするほど、スーザンの心は削られ、彼への愛想を尽かす。
そうなれば、傷ついたパトリスの懐に飛び込むのは簡単だ。
「スーザン様は貴方の良さがわからなかったのね」と慰めれば、彼はコロリと落ちるだろう。
「さあ、次はどんな『冷遇』をアドバイスして差し上げようかしら?」
ジェシカは鼻歌を歌いながら、次の獲物を狙う狩人のように、手帳に新たな「作戦」を書き込み始めた。
一方、そんなことは露知らず、自邸に戻ったパトリスは、「今日の『鬱陶しい』は少し厳しすぎたかな? いや、これで彼女は今夜、僕のことで頭がいっぱいなはずだ!」と、鏡の前で自惚れ顔を作っていたのである。
『婚約解消』への特急券を握りしめているとも知らずに。
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ジェシカは冷めた紅茶を一口含み、満足げに口角を吊り上げた
パトリスのあのマヌケな顔。
スーザンのあの絶望に満ちた背中。
すべてが彼女の描いたシナリオ通りに進んでいる。
(本当に、扱いやすいこと)
ジェシカは、自らの桃色の髪を指先で弄びながら、二年前の「あの日の助言」を思い出していた。
それは、パトリスとスーザンの婚約が決まって間もない頃のことだ。
パトリスは学園の図書室の隅で、柄にもなく恋愛指南書を広げて唸っていた。もともと文武両道で、侯爵家の次期当主として隙のない彼だが、唯一の弱点は「初恋相手のスーザンに対してだけは、極度のヘタレ」であることだった。
そこへ、親しげな顔をして近づいたのが幼馴染のジェシカだ。
「あらパトリス様、そんな本を読んでいらっしゃるの? 書籍から恋愛を学ぶなんて、効率が悪いわよ」
「ジェシカ……。いや、スーザンとどう接すればいいかと思って。彼女、あまりに可愛らしくて、僕が緊張してしまって……上手く喋れないんだ」
顔を赤らめてそんな相談をしてくるパトリスを見て、ジェシカは心の内で舌打ちした。
(あんな地味なオーチャード伯爵令嬢のどこがいいのかしら。パトリス様の隣にふさわしいのは、私なのに)
ジェシカの母、ナタリー子爵夫人は、元を辿ればパトリスの母・アメリアの友人だ。しかし、実家の爵位は子爵。侯爵家との縁を繋ぎ止め、あわよくばパトリスの婚約者か、あるいは彼を籠絡して財産を手に入れたいという野心が、ジェシカにはあった。
そこで彼女は、とびきり甘い声を出し、パトリスの耳元で「毒」を囁いたのだ。
「いい、パトリス様。高貴な女性ほど、手に入らないものに燃えるものなんです。最初から優しくしてしまえば、貴方はただの『退屈な男』として飽きられてしまいますわ」
「飽きられる……? 僕が、スーザンに?」
パトリスが目に見えて動揺する。ジェシカは畳みかけた。
「ええ。だからこそ『ツンデレ』ですわ! 普段はわざと冷たく、関心がないように振る舞うのです。時折、他の女性――例えば私のような幼馴染と仲良くして、彼女に焼き餅を焼かせるの。そうすれば、彼女は貴方に嫌われるのが怖くて、必死で縋り付いてくるようになりますわ」
「……そんなものなのか? 彼女を傷つけることにはならないだろうか」
「逆ですわ! それこそが『情熱的な愛』へのスパイスなんです。女の子はみんな、冷たい男の子を自分だけの愛で溶かしたいと思っているんですから」
『純粋培養』という名の世間知らずなパトリスは、信頼している幼馴染の言葉を、一寸の疑いもなく飲み込んでしまった。
「なるほど……。僕が冷たくすればするほど、スーザンの僕への愛は深まるということか。……難しいが、愛する彼女のためだ。やってみるよ、ジェシカ!」
回想から戻ったジェシカは、十七歳とは思えない醜悪な笑みを浮かべた。
「ええ、本当に頑張ってくださっているわ、パトリス様」
パトリスが冷たくすればするほど、スーザンの心は削られ、彼への愛想を尽かす。
そうなれば、傷ついたパトリスの懐に飛び込むのは簡単だ。
「スーザン様は貴方の良さがわからなかったのね」と慰めれば、彼はコロリと落ちるだろう。
「さあ、次はどんな『冷遇』をアドバイスして差し上げようかしら?」
ジェシカは鼻歌を歌いながら、次の獲物を狙う狩人のように、手帳に新たな「作戦」を書き込み始めた。
一方、そんなことは露知らず、自邸に戻ったパトリスは、「今日の『鬱陶しい』は少し厳しすぎたかな? いや、これで彼女は今夜、僕のことで頭がいっぱいなはずだ!」と、鏡の前で自惚れ顔を作っていたのである。
『婚約解消』への特急券を握りしめているとも知らずに。
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