「女の子は冷たい男が好き」という幼馴染の嘘を信じた婚約者が、あまりに冷たすぎるので婚約破棄を願い出ます

恋せよ恋

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パトリスの戸惑い

  夜会の一件から数日。学園の廊下ですれ違うスーザンの態度は、明らかに「異変」をきたしていた。

「あ……スーザン! ちょっと待って……」

 パトリスが声をかけると、スーザンはビクリと肩を揺らしたが、すぐに無表情に戻った。以前なら「パトリス様!」と頬を染めて駆け寄ってきたはずの彼女が、今は視線すら合わせようとしない。

「……おはようございます、ロイド侯爵令息様。急ぎの用がありますので、失礼いたします」

「えっ、ちょ、ロイド侯爵令息様!? パトリスでいいだろう!?」

 パトリスの制止も虚しく、スーザンはまるで道端の石ころでも避けるように、優雅かつ迅速に立ち去ってしまった。その徹底した他人行儀さに、パトリスは心臓を冷たい手で掴まれたような感覚に陥った。

(おかしい。冷たくすればするほど、彼女は僕を追いかけてくるはずじゃなかったのか? 今の反応は……なんだか、追いかけるどころか逃げられているような……)

 そんなパトリスの背後から、ひらひらと扇子を揺らしながらジェシカが現れた。

「あらあら、パトリス様。そんなに情けない顔をなさらないで」

「ジェシカ……! なあ、スーザンの様子が変なんだ。目も合わせてくれないし、呼び方まで他人みたいに……。これ、本当に上手くいってるのか?」

 パトリスの不安げな問いに、ジェシカは内心で「最高だわ!」と快哉を叫びながら、極上の微笑みを貼り付けた。

「ふふ、パトリス様ったら。それこそが『作戦が効いている証拠』ですわよ」

「えっ……? あれが?」

「そうですわ。スーザン様は今、貴方の冷たさに当てられて、どうしていいか分からなくなっているんです。あまりに貴方が格好良すぎて、照れすぎて、直視できないんですわ。だから、あえて他人のように振る舞って、貴方の気を引こうとしているのですよ。女の子の初々しい駆け引きですわね」

「て、照れているだけ……なのか?」

 パトリスは単純だった。ジェシカのデタラメな解説を、藁にもすがる思いで信じ込もうとする。

「ええ。ここで貴方が優しくしてしまったら、今までの苦労が水の泡です。彼女は『あ、引けば押してくれるんだ』と学習して、どんどん我儘になってしまいますわよ? 男なら、もっとドッシリ構えていなくては。もっと突き放して、『お前など眼中になし』という態度を徹底するのです。そうすれば、彼女はいよいよ我慢できなくなって、泣きながら貴方の足元に縋り付いてくるはずですわ」

「な、泣きながら……足元に……」

 その光景を想像し、パトリスの脳内には「ようやく自分に素直になったスーザンを優しく抱き上げる僕」という都合のいい幻覚が浮かび上がった。

「よし、分かった! ……辛いが、これもスーザンを僕の虜にするためだ。僕は、さらなる高みを目指すよ!」

「ええ、その意気ですわ、パトリス様」

 ジェシカは、自爆への道を突き進むパトリスの背中を、慈しむような(獲物を屠るような)目で見送った。

 パトリスは気づいていなかった。スーザンの瞳から光が消え、代わりに宿ったのは、彼を完全に人生から排除するための「静かな決意」であることを。

 そして彼は、次の日の放課後、さらなる「冷遇」をスーザンに叩きつけることを決めてしまったのだ。
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