「女の子は冷たい男が好き」という幼馴染の嘘を信じた婚約者が、あまりに冷たすぎるので婚約破棄を願い出ます

恋せよ恋

文字の大きさ
8 / 12

解消へのカウントダウン

  オーチャード伯爵邸の書斎。
 主であるオーチャード伯爵は、愛娘スーザンのやつれ果てた姿を思い返し、深い溜息をついた。

 かつてはパトリスの話をするだけで頬をバラ色に染めていた娘が、今では食事も喉を通らず、ただ静かに窓の外を見つめるだけの日々を送っている。その瞳からは完全に生気が失われていた。

「……もう、見ていられん」

 伯爵は、震える手で重厚な万年筆を握った。
 相手は名門ロイド侯爵家。本来であれば、伯爵家から婚約解消を切り出すなど、家門の破滅を招きかねない愚行である。だが、嫡男トーマスが提出した『冷遇の記録』――日付、場所、そしてパトリスが放った暴言の数々――を目にした時、父親としての怒りが、貴族としての保身を上回った。

「パトリス卿には、我が娘を大切にする意思も、婚約者としての誠実さも皆無であると判断せざるを得ない」

 伯爵は一気に書き上げた。それは、ロイド侯爵家へ宛てた「婚約継続の再考」――事実上の、婚約解消の申し入れであった。

 
 その翌日。
 ロイド侯爵邸の朝食会は、当主であるロイド侯爵の咆哮によって中断された。

「これはどういうことだ、パトリス!!」

 突きつけられたオーチャード伯爵からの書状を読み、パトリスは頭を殴られたような衝撃を受けた。

「……婚約継続の、再考……? 嘘だ、そんなはずはない。僕たちの仲は、これからもっと深まっていくはずだったのに……!」

「馬鹿者が! 先方は『精神的苦痛により、娘はこれ以上の義務遂行が不可能である』と言ってきているのだぞ! 貴様、一体スーザン嬢に何を……」

「ち、違うんです父上! 僕はただ、彼女が僕に夢中になるように、少しばかり駆け引きを……」

 パトリスの弁明は、侯爵の冷ややかな一瞥によって遮られた。

「駆け引きだと? 相手を病ませるほど追い詰めるのが、侯爵家の次期当主のやることか。オーチャード伯爵は、我が家からの報復を覚悟の上でこれを送ってきた。それほどまでに、娘を救いたいと願っているということだ」

 パトリスは血の気が引くのを感じた。

(病ませる……? 僕が? スーザンを?)

 ようやく、パトリスの厚い「勘違いの壁」に亀裂が入った。


 彼は慌てて学園へ向かい、ジェシカを探し出した。

「ジェシカ! 大変なんだ、スーザンの家から婚約解消の書状が届いた! 君の言った通りにしたのに、彼女、照れるどころか逃げ出そうとしているじゃないか!」

 詰め寄るパトリスに対し、ジェシカは内心で「ついに来たわ!」と喝采を上げていた。だが、表面的には困ったような、慈悲深い聖女のような顔を作って見せる。

「まあ、パトリス様……。それは、スーザン様がそれほどまでに『弱い女性』だったということですわ。貴方の高貴な愛を受け止める器がなかったのでしょうね。……いいではありませんか、そんな卑屈な女性など。これからは、もっと貴方を理解できる女性がそばにいれば……」

 ジェシカがパトリスの腕に手を添えようとした、その時。

「お前は、黙っていろ」

 パトリスの口から漏れたのは、今まで聞いたこともないような、地を這う低い声だった。
 自分の腕に触れようとするジェシカの手を、彼は力なく、しかし明確に振り払った。

(何かが……何かが決定的に間違っている)

 パトリスは、初めてジェシカの笑顔に、ゾッとするような薄気味悪さを感じた。
 だが、事態はすでに、彼の手に負える範囲を遥かに超えて動き出していた。
____________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

📢新連載✈️【片道切符で異国を旅歩く ~婚約者の浮気で結婚式が中止になりまして~】

あなたにおすすめの小説

元の世界に帰らせていただきます!

にゃみ3
恋愛
淡い夢物語のように、望む全てが叶うとは限らない。 そう分かっていたとしても、私は敵ばかりの世界で妬まれ、嫌われ、疎まれることに、耐えられなかったの。 「ごめんね、バイバイ……」 限界なので、元いた世界に帰らせてもらいます。 ・・・ 数話で完結します、ハピエン!

「病気だなんて、本当にお気の毒」

イチイ アキラ
恋愛
 始まりはとある伯爵家の再婚話から。  仲の良い婚約者に「病弱な義妹」ができたことから。  そしてその話につながる過去と、未来のお話。  世の中とは。いろいろと巡って廻るものなのである。

嘘つき

金峯蓮華
恋愛
辺境伯令嬢のマリアリリーは先見の異能を持っている。幼い頃、見えたことをうっかり喋ってしまったばかりに、貴族学校で5年もの間「嘘つき」と言われイジメを受けることになった。そんなマリアリリーのざまぁなお話。 独自の世界観の緩いお話しです。

真面目で裏切らない夫を信じていた私

クロユキ
恋愛
親族で決めた結婚をしたクレアは、騎士の夫アルフォートと擦れ違う日が続いていた。 真面目で女性の話しが無い夫を信じていた。 誤字脱字があります。 更新が不定期ですがよろしくお願いします。

「お前の座る席はない」と言われた令嬢ですが、夜会の席を決めたのは私です

さんご従五位
恋愛
両親を亡くし、伯母の家で肩身の狭い思いをして暮らす令嬢エリザベス。春の夜会に連れて行かれたものの、伯母からは「あなたに踊る資格はない」と言い渡され、壁際で大人しくしているよう命じられてしまう。 けれどその夜会の来客名簿も席順も贈答品の順番も、実はすべてエリザベスが裏で整えたものだった。伯母が自分の手柄にしようとして帳面を持ち出した結果、会場は大混乱。さすがに見かねたエリザベスが修正に乗り出すと……。 壁際に追いやられていた令嬢が、自分の力と居場所を取り戻すお話。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

「親友の兄と結婚したら、親友に夫を取られました。離婚します」

柴田はつみ
恋愛
誰も、悪くない。 だから三年間、笑っていた。 親友の兄と結婚したエルミラ。 でも夫が振り向くのは、いつも親友が夫を呼ぶときだけ 「離婚しましょう、シオン様」 「絶対に、ダメです」 逃げようとするたびに、距離が縮まる。 知るほどに、好きになってしまう。 この男を捨てるには、もう少しだけ時間が必要みたいです。