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学園の闇と、届かない叫び
王立ラザフォード学園。王国の貴族子女が一同に介するその場所は、マリーローズにとって「唯一の避難所」になるはずだった。邸では母の冷遇とジュリエットの欺瞞に晒されても、学園という公正な評価の場であれば、自らの努力と実力が正当に認められると信じていたのだ。
しかし、入学式当日。馬車から降り立ったマリーローズを待っていたのは、賞賛ではなく、刃のようなささやき声だった。
「見て、あの方がハンプトン侯爵家の……」
「お顔はあんなに美しいのに、中身は相当なものらしいわよ。同居している身寄りのない令嬢を、日常的に虐げているんですって」
「婚約者のアレックス様も愛想を尽かしているとか。可哀想に、あんな冷徹な女と結婚しなきゃいけないなんて」
マリーローズは背筋を伸ばし、正面を見据えたまま歩を進めた。耳に入る誹謗中傷を無視し、泰然と構えるのが淑女の嗜みだと自分に言い聞かせる。けれど、握りしめた扇子が指に食い込み、白手袋に微かな皺を寄せた。
講堂に入ると、さらに残酷な光景が目に飛び込んできた。
新入生席の最前列。本来ならばマリーローズの隣にいるはずの婚約者アレックスが、一人の少女を甲斐甲斐しく世話している。
「大丈夫かい、ジュリエット。人が多くて気分が悪くなっていないかな?」
「……はい。アレックス様がいてくださるから、心強いですわ。でも、お姉様のお隣へ行かなくてよろしいのですか? 私、お姉様にまた叱られてしまうかも……」
ジュリエットはハンプトン侯爵家の「被保護者」という曖昧な立場ながら、母エリザベスが無理を通して特例で入学させていた。彼女はマリーローズの親友だったソフィアやクロエたちに囲まれ、守られるべき弱者として中心に座っている。
アレックスはマリーローズと目が合うと、親愛の情など微塵も感じられない、事務的な、あるいは軽蔑の混じった視線を投げかけてきた。
「マリーローズ。君は一人でも平気だろう? ジュリエットは君と違って繊細なんだ。学園生活に慣れるまで、僕が側についていてあげることにしたよ」
「……左様でございますか。アレックス様がそうお決めになったのでしたら、私から申し上げることはございません」
マリーローズの淡々とした返答に、周囲から「冷たい」「可愛げがない」と不満の声が漏れる。アレックスもまた、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「相変わらずだな。君のそういう『完璧な機械』のようなところが、人を遠ざけるんだ。少しはジュリエットの爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ?」
心臓の奥が、ぎゅっと握りつぶされるような痛みに襲われる。完璧であろうとしたのは、ハンプトン家の名に泥を塗らぬため。アレックスの隣に立つに相応しい妻になるため。その努力のすべてが、彼にとっては「不快なもの」でしかなかった。
入学式が終わり、教室へ移動しても状況は変わらなかった。
ジュリエットは持ち前の愛嬌で瞬く間にクラスの令嬢たちの心を掴み、マリーローズを巧妙に孤立させていった。
「お姉様、筆記用具を忘れてしまったの。貸してくださらない?」
授業中、ジュリエットが困った顔で小声で話しかけてくる。マリーローズが無言で予備のペンを差し出すと、ジュリエットはそれをわざと床に落とし、インクをぶちまけた。
「……っ! ごめんなさい、お姉様! 私が不器用なばかりに……そんなに怖い顔で睨まないで……!」
突然の悲鳴に、教室内が騒然となる。
「マリーローズ様! 失敗しただけのジュリエット様をそんなに睨みつけるなんて、あまりに器が小さすぎますわ!」
「インクくらい、拭けば済むことですのに。どうしてそう、身内に対して攻撃的なのですか?」
事実は、ジュリエットが自ら落としたのだ。しかし、誰もマリーローズの言葉を信じようとはしない。マリーローズは唇を噛み締め、汚れを拭うための布を取り出した。
「……失礼。お困りのようだね」
その時、低い落ち着いた声が響いた。
現れたのは、第二王子エドワード。マリーローズの兄フレデリックの友人で、この学園の生徒会長も務める才子だ。
「エドワード殿下……」
エドワードは床の汚れを魔法で一瞬にして消し去ると、怯えるふりをするジュリエットではなく、毅然と座るマリーローズをじっと見つめた。
「ハンプトン令嬢。君のペンは、君の手から離れてから落ちた。……違うかな?」
その言葉に、教室が静まり返る。ジュリエットの顔色が、一瞬だけ土色に変わった。
だが、マリーローズは殿下の助け舟に縋ることができなかった。ここで殿下を巻き込めば、ジュリエットの背後にいる母エリザベスが黙っていない。自分だけでなく、殿下にまで迷惑がかかる。
「……いいえ、殿下。私の不徳の致すところです。お騒がせいたしました」
マリーローズは深く頭を下げた。
エドワードは紫の瞳を微かに細め、何かを言いかけたが、そのまま立ち去った。
放課後。一人で図書室へ向かうマリーローズの背後で、ジュリエットが勝ち誇ったように笑っていた。
「お姉様。いくら殿下がいらしても無駄よ。もう、この学園にあなたの味方なんて一人もいないんだから」
廊下の窓から見える夕日は、冷たく輝く銀髪を赤く染め上げた。
マリーローズは知らなかった。これが、ジュリエットが仕掛ける「略奪」の、ほんの序章に過ぎないことを。
そして、兄フレデリックさえもが、この学園でジュリエットの毒に染まりつつあることを。
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しかし、入学式当日。馬車から降り立ったマリーローズを待っていたのは、賞賛ではなく、刃のようなささやき声だった。
「見て、あの方がハンプトン侯爵家の……」
「お顔はあんなに美しいのに、中身は相当なものらしいわよ。同居している身寄りのない令嬢を、日常的に虐げているんですって」
「婚約者のアレックス様も愛想を尽かしているとか。可哀想に、あんな冷徹な女と結婚しなきゃいけないなんて」
マリーローズは背筋を伸ばし、正面を見据えたまま歩を進めた。耳に入る誹謗中傷を無視し、泰然と構えるのが淑女の嗜みだと自分に言い聞かせる。けれど、握りしめた扇子が指に食い込み、白手袋に微かな皺を寄せた。
講堂に入ると、さらに残酷な光景が目に飛び込んできた。
新入生席の最前列。本来ならばマリーローズの隣にいるはずの婚約者アレックスが、一人の少女を甲斐甲斐しく世話している。
「大丈夫かい、ジュリエット。人が多くて気分が悪くなっていないかな?」
「……はい。アレックス様がいてくださるから、心強いですわ。でも、お姉様のお隣へ行かなくてよろしいのですか? 私、お姉様にまた叱られてしまうかも……」
ジュリエットはハンプトン侯爵家の「被保護者」という曖昧な立場ながら、母エリザベスが無理を通して特例で入学させていた。彼女はマリーローズの親友だったソフィアやクロエたちに囲まれ、守られるべき弱者として中心に座っている。
アレックスはマリーローズと目が合うと、親愛の情など微塵も感じられない、事務的な、あるいは軽蔑の混じった視線を投げかけてきた。
「マリーローズ。君は一人でも平気だろう? ジュリエットは君と違って繊細なんだ。学園生活に慣れるまで、僕が側についていてあげることにしたよ」
「……左様でございますか。アレックス様がそうお決めになったのでしたら、私から申し上げることはございません」
マリーローズの淡々とした返答に、周囲から「冷たい」「可愛げがない」と不満の声が漏れる。アレックスもまた、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「相変わらずだな。君のそういう『完璧な機械』のようなところが、人を遠ざけるんだ。少しはジュリエットの爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ?」
心臓の奥が、ぎゅっと握りつぶされるような痛みに襲われる。完璧であろうとしたのは、ハンプトン家の名に泥を塗らぬため。アレックスの隣に立つに相応しい妻になるため。その努力のすべてが、彼にとっては「不快なもの」でしかなかった。
入学式が終わり、教室へ移動しても状況は変わらなかった。
ジュリエットは持ち前の愛嬌で瞬く間にクラスの令嬢たちの心を掴み、マリーローズを巧妙に孤立させていった。
「お姉様、筆記用具を忘れてしまったの。貸してくださらない?」
授業中、ジュリエットが困った顔で小声で話しかけてくる。マリーローズが無言で予備のペンを差し出すと、ジュリエットはそれをわざと床に落とし、インクをぶちまけた。
「……っ! ごめんなさい、お姉様! 私が不器用なばかりに……そんなに怖い顔で睨まないで……!」
突然の悲鳴に、教室内が騒然となる。
「マリーローズ様! 失敗しただけのジュリエット様をそんなに睨みつけるなんて、あまりに器が小さすぎますわ!」
「インクくらい、拭けば済むことですのに。どうしてそう、身内に対して攻撃的なのですか?」
事実は、ジュリエットが自ら落としたのだ。しかし、誰もマリーローズの言葉を信じようとはしない。マリーローズは唇を噛み締め、汚れを拭うための布を取り出した。
「……失礼。お困りのようだね」
その時、低い落ち着いた声が響いた。
現れたのは、第二王子エドワード。マリーローズの兄フレデリックの友人で、この学園の生徒会長も務める才子だ。
「エドワード殿下……」
エドワードは床の汚れを魔法で一瞬にして消し去ると、怯えるふりをするジュリエットではなく、毅然と座るマリーローズをじっと見つめた。
「ハンプトン令嬢。君のペンは、君の手から離れてから落ちた。……違うかな?」
その言葉に、教室が静まり返る。ジュリエットの顔色が、一瞬だけ土色に変わった。
だが、マリーローズは殿下の助け舟に縋ることができなかった。ここで殿下を巻き込めば、ジュリエットの背後にいる母エリザベスが黙っていない。自分だけでなく、殿下にまで迷惑がかかる。
「……いいえ、殿下。私の不徳の致すところです。お騒がせいたしました」
マリーローズは深く頭を下げた。
エドワードは紫の瞳を微かに細め、何かを言いかけたが、そのまま立ち去った。
放課後。一人で図書室へ向かうマリーローズの背後で、ジュリエットが勝ち誇ったように笑っていた。
「お姉様。いくら殿下がいらしても無駄よ。もう、この学園にあなたの味方なんて一人もいないんだから」
廊下の窓から見える夕日は、冷たく輝く銀髪を赤く染め上げた。
マリーローズは知らなかった。これが、ジュリエットが仕掛ける「略奪」の、ほんの序章に過ぎないことを。
そして、兄フレデリックさえもが、この学園でジュリエットの毒に染まりつつあることを。
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