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深まる孤立と、謎の特使
「王家の印章」を盗み出したという身に覚えのない罪を、実の母親の手によって着せられたマリーローズ。
学園内での彼女の立場は、一夜にして「高潔な令嬢」から「犯罪者紛いの卑劣な女」へと失墜した。本来であれば即座に退学処分となるはずであったが、父ダニエルの外務大臣としての権力、そしてエドワード殿下の密かな介入により、辛うじて「事実関係の調査中」という名目の謹慎処分に留まっていた。
二週間の謹慎が明け、学園に登校したマリーローズを待っていたのは、以前にも増して苛烈な排除の風だった。
「あら、よく恥ずかしくもなく登校できましたわね」
「盗癖のある方と同じ教室で授業を受けるなんて、身の危険を感じますわ」
教室の入り口で浴びせられる罵声。マリーローズの机には、真っ赤なインクで「泥棒」「盗人」と書き殴られていた。かつての友人であったソフィアやクロエは、マリーローズと目が合うと、汚らわしいものを見たかのように扇で顔を隠し、足早に去っていく。
そんな中、ジュリエットだけは、取り巻きの中心で「悲劇の聖女」を演じ続けていた。
「皆様、お姉様をあまり責めないであげて。お姉様はただ、完璧でいなければならないというプレッシャーに負けてしまわれただけなんです。……ねえ、お姉様? 私がちゃんと殿下に謝っておきましたから、もう大丈夫ですよ」
潤んだ瞳で歩み寄るジュリエット。その手には、マリーローズの婚約者であったアレックスが贈ったとされる、ダイヤの指輪があった。
アレックスはマリーローズを完全に無視し、ジュリエットの腰を抱き寄せて冷笑を浮かべる。
「マリーローズ、君の席はもうここにはない。潔く身を引いて、ジュリエットに謝罪したらどうだ? そうすれば、僕の慈悲でハンプトン家の端に置いてもらえるよう、公爵家から進言してやってもいいぞ」
マリーローズは、汚れきった自分の机を静かに見つめた。
紫の瞳は、凪いだ湖のように静かだった。怒りも、悲しみも、もはやこの場所で費やす価値はないと彼女の心は告げていた。
「……アレックス様、ご配慮ありがとうございます。ですが、その必要はございません」
「何だと?」
「私は、私を信じぬ者に慈悲を乞うほど、落ちぶれてはおりません」
凛とした声が教室に響く。
その刹那、学園の正門から、地を揺らすような馬蹄の音が聞こえてきた。
通常、学園内に馬車が乗り入れることは禁止されている。しかし、その馬車に掲げられた紋章――黄金の双頭鷲――を見た教師たちは、驚愕のあまり跪いた。
それは、軍事強国として知られる隣国「レヴォルタ帝国」の最高位、大公家の紋章だった。
講堂の扉が勢いよく開かれ、一団の騎士を従えた男が現れた。
漆黒の軍服に身を包んだ、氷の彫刻のように冷徹な美貌を持つ男。帝国の大公、リュシアン・グラードである。
彼は驚きに固まる生徒たちの間を、軍靴の音を響かせて真っ直ぐに歩んでいく。
ジュリエットは、その美貌の貴人に目を奪われ、無意識にアレックスの手を振り払って前に出た。
「まあ、帝国の特使様……? 私にご用でしょうか……」
ジュリエットは最高の微笑みを作ってリュシアンを見上げた。
だが、リュシアンの氷青色の瞳は、ジュリエットを風景の一部としてさえ捉えていなかった。彼はジュリエットの横を、風が吹き抜けるように通り過ぎる。
彼が立ち止まったのは、インクで汚された机の前に立つ、銀髪の少女の前だった。
「……ようやく見つけた。銀氷の至宝よ」
リュシアンはその場で、騎士としての礼を尽くし、片膝を突いて跪いた。
帝国の最高権力者の一人が、他国の、しかも「泥棒」と罵られている令嬢に跪く光景に、講堂は静まり返った。
「マリーローズ・ハンプトン嬢。我が帝国の皇帝陛下より、親書を預かって参りました」
「……帝国から、私に?」
「はい。貴女の類まれなる言語能力、そして我が国の古文書を解読したその英知……。帝国は、貴女という才能を熱望しております。この腐りきった、価値の分からぬ小国で、これ以上泥に塗れる必要はございません」
リュシアンの言葉に、真っ先に声を上げたのはアレックスだった。
「な、何を言っている! 彼女は我がゴードン公爵家の婚約者であり、王家の印章を盗んだ犯罪者だぞ! 帝国がそのような女を担ぎ出すなど、国際問題になるぞ!」
リュシアンは立ち上がり、アレックスを一瞥した。その瞳に宿った殺気に、アレックスは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「婚約者? ……それは、あの茶髪の娘と睦み合っていた男の台詞か? 犯罪者? 我が国の隠密が調べたところ、その印章をマリーローズ嬢の鞄に入れたのは、ハンプトン侯爵夫人本人であったとの報告を受けている。帝国の諜報網を侮るな」
その暴露に、教室内がざわめく。ジュリエットの顔から血の気が引き、ソフィアやクロエたちは顔を見合わせた。
「マリーローズ嬢」
リュシアンは再び、優しくマリーローズの手を取った。
「貴女を正当に評価し、愛し、守る場所が、私の国にはあります。……この場で決断を。貴女は、この檻に残りますか? それとも、私と共に、新しい世界の王妃として歩みますか?」
マリーローズの背後に、母エリザベスや父ダニエルが駆け込んでくるのが見えた。
「マリーローズ! 何を勝手なことを! 帝国の誘いなど受けるはずがないでしょう!」
母の金切り声が響く。
マリーローズは、自分を「可愛げがない」と切り捨てた母を、自分を「信頼」という言葉で放置した父を、そして自分を裏切った兄と婚約者を見渡した。
そして、最後に自分の前に跪く、たった一人の「私の価値を見抜いた」男を見つめた。
彼女の唇に、生まれて初めて、家族を嘲笑うような、冷酷で美しい笑みが浮かんだ。
「……ええ。喜んで。この薄汚れた銀の檻、今この場で脱ぎ捨てさせていただきますわ」
マリーローズがリュシアンの手を取った瞬間、彼女の瞳の紫は、これまで見たこともないほど深く、気高く輝いた。
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学園内での彼女の立場は、一夜にして「高潔な令嬢」から「犯罪者紛いの卑劣な女」へと失墜した。本来であれば即座に退学処分となるはずであったが、父ダニエルの外務大臣としての権力、そしてエドワード殿下の密かな介入により、辛うじて「事実関係の調査中」という名目の謹慎処分に留まっていた。
二週間の謹慎が明け、学園に登校したマリーローズを待っていたのは、以前にも増して苛烈な排除の風だった。
「あら、よく恥ずかしくもなく登校できましたわね」
「盗癖のある方と同じ教室で授業を受けるなんて、身の危険を感じますわ」
教室の入り口で浴びせられる罵声。マリーローズの机には、真っ赤なインクで「泥棒」「盗人」と書き殴られていた。かつての友人であったソフィアやクロエは、マリーローズと目が合うと、汚らわしいものを見たかのように扇で顔を隠し、足早に去っていく。
そんな中、ジュリエットだけは、取り巻きの中心で「悲劇の聖女」を演じ続けていた。
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潤んだ瞳で歩み寄るジュリエット。その手には、マリーローズの婚約者であったアレックスが贈ったとされる、ダイヤの指輪があった。
アレックスはマリーローズを完全に無視し、ジュリエットの腰を抱き寄せて冷笑を浮かべる。
「マリーローズ、君の席はもうここにはない。潔く身を引いて、ジュリエットに謝罪したらどうだ? そうすれば、僕の慈悲でハンプトン家の端に置いてもらえるよう、公爵家から進言してやってもいいぞ」
マリーローズは、汚れきった自分の机を静かに見つめた。
紫の瞳は、凪いだ湖のように静かだった。怒りも、悲しみも、もはやこの場所で費やす価値はないと彼女の心は告げていた。
「……アレックス様、ご配慮ありがとうございます。ですが、その必要はございません」
「何だと?」
「私は、私を信じぬ者に慈悲を乞うほど、落ちぶれてはおりません」
凛とした声が教室に響く。
その刹那、学園の正門から、地を揺らすような馬蹄の音が聞こえてきた。
通常、学園内に馬車が乗り入れることは禁止されている。しかし、その馬車に掲げられた紋章――黄金の双頭鷲――を見た教師たちは、驚愕のあまり跪いた。
それは、軍事強国として知られる隣国「レヴォルタ帝国」の最高位、大公家の紋章だった。
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漆黒の軍服に身を包んだ、氷の彫刻のように冷徹な美貌を持つ男。帝国の大公、リュシアン・グラードである。
彼は驚きに固まる生徒たちの間を、軍靴の音を響かせて真っ直ぐに歩んでいく。
ジュリエットは、その美貌の貴人に目を奪われ、無意識にアレックスの手を振り払って前に出た。
「まあ、帝国の特使様……? 私にご用でしょうか……」
ジュリエットは最高の微笑みを作ってリュシアンを見上げた。
だが、リュシアンの氷青色の瞳は、ジュリエットを風景の一部としてさえ捉えていなかった。彼はジュリエットの横を、風が吹き抜けるように通り過ぎる。
彼が立ち止まったのは、インクで汚された机の前に立つ、銀髪の少女の前だった。
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帝国の最高権力者の一人が、他国の、しかも「泥棒」と罵られている令嬢に跪く光景に、講堂は静まり返った。
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「はい。貴女の類まれなる言語能力、そして我が国の古文書を解読したその英知……。帝国は、貴女という才能を熱望しております。この腐りきった、価値の分からぬ小国で、これ以上泥に塗れる必要はございません」
リュシアンの言葉に、真っ先に声を上げたのはアレックスだった。
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リュシアンは立ち上がり、アレックスを一瞥した。その瞳に宿った殺気に、アレックスは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
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