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決別の宣戦布告
帝国の至宝を扱うような手つきでリュシアン大公に手を取られ、マリーローズは講堂の壇上へと導かれた。その光景は、わずか数分前まで彼女を泥棒と蔑んでいた生徒たちにとって、信じがたい悪夢のようであった。
「待ちなさい! マリーローズ、正気なの!?」
血相を変えて割って入ったのは、母エリザベスだった。その後ろには、事態の重さに顔を青くした父ダニエルと、困惑に眉を寄せる兄フレデリックも続いている
「帝国の方、何かの間違いではありませんこと? この娘は我が家の恥晒し。王家の印章に手をかけた大罪人ですのよ! そんな娘を連れて行くなど、帝国との友好関係にヒビが入りますわ!」
エリザベスは必死だった。マリーローズを犯罪者に仕立て上げ、ジュリエットを王太子妃に据える計画が、帝国の介入によって根底から覆されようとしていたからだ。
だが、リュシアンはエリザベスを視界に入れることすら拒絶し、隣に立つマリーローズに囁いた。
「どうなさいますか、マリーローズ嬢。この無礼な婦人の口、私が今すぐ永遠に閉じさせてもよろしいのですが」
リュシアンの腰の剣が、カチャリと音を立てる。その冷徹な殺気に、エリザベスは短い悲鳴を上げて後ずさった。マリーローズは静かに首を振り、母の目を真っ直ぐに見据えた。
「お母様。いえ、エリザベス様。一点、大きな勘違いをされているようですわ」
マリーローズの声は、凛として、それでいて刃のように研ぎ澄まされていた。
「私が大罪を犯したという証拠は、どこにあるのでしょうか? あの印章は、あなたが『殿下への届け物』と称して私に渡した箱の中に入っていたもの。帝国の諜報網が、あなたが箱に印章を隠し入れる現場を記録していると言いましたでしょう?」
「そ、それは……! 証拠なんてあるはずが……!」
「ありますわ。帝国の魔導記録は、嘘を吐きません。……お父様、外務大臣として、帝国の公式な抗議を真っ向から受ける覚悟はおありですか?」
父ダニエルは絶句した。外交のプロである彼は、リュシアン大公がここにいること、そして「証拠」という言葉を出したことの重みを誰よりも理解していた。
「マリー……。本当に、エリザベスがそんなことをしたというのか?」
「信じていなかったのでしょう? 常に『マリーは優秀だから大丈夫だ』と私を放置し、お母様の狂言を『母の愛情』だと見逃してきたのは、他ならぬお父様、あなたですわ」
マリーローズの言葉に、ダニエルは言葉を失い、ふらりとよろめいた。
さらに、彼女の視線は兄フレデリックへと向く。
「お兄様。あなたは私に『持たざる者への慈悲』を説きましたね。ですが、あなたが慈悲を注いでいたジュリエットは、今、どのような顔をして私を見ていますか?」
フレデリックが視線を向けると、ジュリエットはアレックスの陰に隠れ、唇を噛んでマリーローズを呪い殺さんばかりの憎悪の目を向けていた。そこに「可哀想な妹」の面影は微塵もなかった。
「……マリー、俺は……」
「もう、結構です。私は本日を以て、ハンプトン侯爵家との縁を一切断たせていただきます。……リュシアン様、あちらへ」
マリーローズが示したのは、講堂の片隅で震えているジュリエットと、呆然と立ち尽くす元婚約者アレックスの前だった。
彼女はリュシアンにエスコートされながら、優雅に彼らの前で足を止めた。
「アレックス様。婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ。……ただ、一つだけ忠告を。あなたが『遊び』で手を出したその女性は、あなたが思っているよりもずっと高くつく買い物になりますわよ」
「……何だと?」
「彼女のために雇った家庭教師、贈った宝石、それら全ての代金は、私の個人資産から支払われていたものです。……ハンプトン侯爵家の令嬢としての私の権限で、本日、それらすべての契約を解除し、資産を凍結いたしました」
アレックスの顔が引き攣った。彼は「学生時代は気楽に」と考え、マリーローズの資産を自由に使ってジュリエットを囲っていたのだ。
「そしてジュリエット。あなたがこれまで私の『義妹』として、家族の愛を独占してきたことへの授業料……。これから、あなたの実の父親であるエーデル伯爵が払ってくれることでしょう」
マリーローズの言葉に、ジュリエットが顔を上げた。
「……エーデル伯爵? 何を言っているの、私のお父様はダニエル様で……」
「いいえ。門前の捨て子に添えられていた手紙の筆跡。そしてあなたの瞳の色。帝国の調査により、エーデル伯爵が十八年前、保身のために捨てた庶子であることが確定しました。……彼は今、多額の借金を抱えており、あなたの『侯爵家での価値』を換金しようと、門の外で待ち構えていますわよ」
「いや……! 嫌よ! 私は侯爵家の娘なのよ!」
ジュリエットが叫ぶが、父ダニエルも母エリザベスも、もはや彼女を助ける余裕はなかった。帝国の特使を前にして、自分たちの罪を暴かれた恐怖で凍りついていたからだ。
「マリーローズ、行こう。君にはこの国は狭すぎる」
リュシアンがマリーローズの肩に手を置く。
マリーローズは最後に一度だけ、家族を振り返った。
「さようなら。……私のいないハンプトン家が、どれほど脆い砂の城か、せいぜい思い知ることですわ」
銀髪を翻し、マリーローズは帝国の馬車へと乗り込んだ。
背後で、母エリザベスの絶叫と、ジュリエットを連れ去ろうとするエーデル伯爵の怒号が響いたが、マリーローズは一度も振り返らなかった。
彼女の紫の瞳は、今、見たこともないほど澄み渡った青空を見つめていた。檻は壊された。これからは、マリーローズ・ハンプトンではない。
ただ一人の、自由な一人の女性として。そして、帝国の新しい歴史を刻む者として。
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「待ちなさい! マリーローズ、正気なの!?」
血相を変えて割って入ったのは、母エリザベスだった。その後ろには、事態の重さに顔を青くした父ダニエルと、困惑に眉を寄せる兄フレデリックも続いている
「帝国の方、何かの間違いではありませんこと? この娘は我が家の恥晒し。王家の印章に手をかけた大罪人ですのよ! そんな娘を連れて行くなど、帝国との友好関係にヒビが入りますわ!」
エリザベスは必死だった。マリーローズを犯罪者に仕立て上げ、ジュリエットを王太子妃に据える計画が、帝国の介入によって根底から覆されようとしていたからだ。
だが、リュシアンはエリザベスを視界に入れることすら拒絶し、隣に立つマリーローズに囁いた。
「どうなさいますか、マリーローズ嬢。この無礼な婦人の口、私が今すぐ永遠に閉じさせてもよろしいのですが」
リュシアンの腰の剣が、カチャリと音を立てる。その冷徹な殺気に、エリザベスは短い悲鳴を上げて後ずさった。マリーローズは静かに首を振り、母の目を真っ直ぐに見据えた。
「お母様。いえ、エリザベス様。一点、大きな勘違いをされているようですわ」
マリーローズの声は、凛として、それでいて刃のように研ぎ澄まされていた。
「私が大罪を犯したという証拠は、どこにあるのでしょうか? あの印章は、あなたが『殿下への届け物』と称して私に渡した箱の中に入っていたもの。帝国の諜報網が、あなたが箱に印章を隠し入れる現場を記録していると言いましたでしょう?」
「そ、それは……! 証拠なんてあるはずが……!」
「ありますわ。帝国の魔導記録は、嘘を吐きません。……お父様、外務大臣として、帝国の公式な抗議を真っ向から受ける覚悟はおありですか?」
父ダニエルは絶句した。外交のプロである彼は、リュシアン大公がここにいること、そして「証拠」という言葉を出したことの重みを誰よりも理解していた。
「マリー……。本当に、エリザベスがそんなことをしたというのか?」
「信じていなかったのでしょう? 常に『マリーは優秀だから大丈夫だ』と私を放置し、お母様の狂言を『母の愛情』だと見逃してきたのは、他ならぬお父様、あなたですわ」
マリーローズの言葉に、ダニエルは言葉を失い、ふらりとよろめいた。
さらに、彼女の視線は兄フレデリックへと向く。
「お兄様。あなたは私に『持たざる者への慈悲』を説きましたね。ですが、あなたが慈悲を注いでいたジュリエットは、今、どのような顔をして私を見ていますか?」
フレデリックが視線を向けると、ジュリエットはアレックスの陰に隠れ、唇を噛んでマリーローズを呪い殺さんばかりの憎悪の目を向けていた。そこに「可哀想な妹」の面影は微塵もなかった。
「……マリー、俺は……」
「もう、結構です。私は本日を以て、ハンプトン侯爵家との縁を一切断たせていただきます。……リュシアン様、あちらへ」
マリーローズが示したのは、講堂の片隅で震えているジュリエットと、呆然と立ち尽くす元婚約者アレックスの前だった。
彼女はリュシアンにエスコートされながら、優雅に彼らの前で足を止めた。
「アレックス様。婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ。……ただ、一つだけ忠告を。あなたが『遊び』で手を出したその女性は、あなたが思っているよりもずっと高くつく買い物になりますわよ」
「……何だと?」
「彼女のために雇った家庭教師、贈った宝石、それら全ての代金は、私の個人資産から支払われていたものです。……ハンプトン侯爵家の令嬢としての私の権限で、本日、それらすべての契約を解除し、資産を凍結いたしました」
アレックスの顔が引き攣った。彼は「学生時代は気楽に」と考え、マリーローズの資産を自由に使ってジュリエットを囲っていたのだ。
「そしてジュリエット。あなたがこれまで私の『義妹』として、家族の愛を独占してきたことへの授業料……。これから、あなたの実の父親であるエーデル伯爵が払ってくれることでしょう」
マリーローズの言葉に、ジュリエットが顔を上げた。
「……エーデル伯爵? 何を言っているの、私のお父様はダニエル様で……」
「いいえ。門前の捨て子に添えられていた手紙の筆跡。そしてあなたの瞳の色。帝国の調査により、エーデル伯爵が十八年前、保身のために捨てた庶子であることが確定しました。……彼は今、多額の借金を抱えており、あなたの『侯爵家での価値』を換金しようと、門の外で待ち構えていますわよ」
「いや……! 嫌よ! 私は侯爵家の娘なのよ!」
ジュリエットが叫ぶが、父ダニエルも母エリザベスも、もはや彼女を助ける余裕はなかった。帝国の特使を前にして、自分たちの罪を暴かれた恐怖で凍りついていたからだ。
「マリーローズ、行こう。君にはこの国は狭すぎる」
リュシアンがマリーローズの肩に手を置く。
マリーローズは最後に一度だけ、家族を振り返った。
「さようなら。……私のいないハンプトン家が、どれほど脆い砂の城か、せいぜい思い知ることですわ」
銀髪を翻し、マリーローズは帝国の馬車へと乗り込んだ。
背後で、母エリザベスの絶叫と、ジュリエットを連れ去ろうとするエーデル伯爵の怒号が響いたが、マリーローズは一度も振り返らなかった。
彼女の紫の瞳は、今、見たこともないほど澄み渡った青空を見つめていた。檻は壊された。これからは、マリーローズ・ハンプトンではない。
ただ一人の、自由な一人の女性として。そして、帝国の新しい歴史を刻む者として。
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