氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋

文字の大きさ
8 / 24

決別の宣戦布告

 帝国の至宝を扱うような手つきでリュシアン大公に手を取られ、マリーローズは講堂の壇上へと導かれた。その光景は、わずか数分前まで彼女を泥棒と蔑んでいた生徒たちにとって、信じがたい悪夢のようであった。

「待ちなさい! マリーローズ、正気なの!?」

 血相を変えて割って入ったのは、母エリザベスだった。その後ろには、事態の重さに顔を青くした父ダニエルと、困惑に眉を寄せる兄フレデリックも続いている

「帝国の方、何かの間違いではありませんこと? この娘は我が家の恥晒し。王家の印章に手をかけた大罪人ですのよ! そんな娘を連れて行くなど、帝国との友好関係にヒビが入りますわ!」

 エリザベスは必死だった。マリーローズを犯罪者に仕立て上げ、ジュリエットを王太子妃に据える計画が、帝国の介入によって根底から覆されようとしていたからだ。

 だが、リュシアンはエリザベスを視界に入れることすら拒絶し、隣に立つマリーローズに囁いた。

「どうなさいますか、マリーローズ嬢。この無礼な婦人の口、私が今すぐ永遠に閉じさせてもよろしいのですが」

 リュシアンの腰の剣が、カチャリと音を立てる。その冷徹な殺気に、エリザベスは短い悲鳴を上げて後ずさった。マリーローズは静かに首を振り、母の目を真っ直ぐに見据えた。

「お母様。いえ、エリザベス様。一点、大きな勘違いをされているようですわ」

 マリーローズの声は、凛として、それでいて刃のように研ぎ澄まされていた。

「私が大罪を犯したという証拠は、どこにあるのでしょうか? あの印章は、あなたが『殿下への届け物』と称して私に渡した箱の中に入っていたもの。帝国の諜報網が、あなたが箱に印章を隠し入れる現場を記録していると言いましたでしょう?」

「そ、それは……! 証拠なんてあるはずが……!」

「ありますわ。帝国の魔導記録は、嘘を吐きません。……お父様、外務大臣として、帝国の公式な抗議を真っ向から受ける覚悟はおありですか?」

 父ダニエルは絶句した。外交のプロである彼は、リュシアン大公がここにいること、そして「証拠」という言葉を出したことの重みを誰よりも理解していた。

「マリー……。本当に、エリザベスがそんなことをしたというのか?」

「信じていなかったのでしょう? 常に『マリーは優秀だから大丈夫だ』と私を放置し、お母様の狂言を『母の愛情』だと見逃してきたのは、他ならぬお父様、あなたですわ」

 マリーローズの言葉に、ダニエルは言葉を失い、ふらりとよろめいた。
 さらに、彼女の視線は兄フレデリックへと向く。

「お兄様。あなたは私に『持たざる者への慈悲』を説きましたね。ですが、あなたが慈悲を注いでいたジュリエットは、今、どのような顔をして私を見ていますか?」

 フレデリックが視線を向けると、ジュリエットはアレックスの陰に隠れ、唇を噛んでマリーローズを呪い殺さんばかりの憎悪の目を向けていた。そこに「可哀想な妹」の面影は微塵もなかった。

「……マリー、俺は……」

「もう、結構です。私は本日を以て、ハンプトン侯爵家との縁を一切断たせていただきます。……リュシアン様、あちらへ」

 マリーローズが示したのは、講堂の片隅で震えているジュリエットと、呆然と立ち尽くす元婚約者アレックスの前だった。

 彼女はリュシアンにエスコートされながら、優雅に彼らの前で足を止めた。

「アレックス様。婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ。……ただ、一つだけ忠告を。あなたが『遊び』で手を出したその女性は、あなたが思っているよりもずっと高くつく買い物になりますわよ」

「……何だと?」

「彼女のために雇った家庭教師、贈った宝石、それら全ての代金は、私の個人資産から支払われていたものです。……ハンプトン侯爵家の令嬢としての私の権限で、本日、それらすべての契約を解除し、資産を凍結いたしました」

 アレックスの顔が引き攣った。彼は「学生時代は気楽に」と考え、マリーローズの資産を自由に使ってジュリエットを囲っていたのだ。

「そしてジュリエット。あなたがこれまで私の『義妹』として、家族の愛を独占してきたことへの授業料……。これから、あなたの実の父親であるエーデル伯爵が払ってくれることでしょう」

 マリーローズの言葉に、ジュリエットが顔を上げた。

「……エーデル伯爵? 何を言っているの、私のお父様はダニエル様で……」

「いいえ。門前の捨て子に添えられていた手紙の筆跡。そしてあなたの瞳の色。帝国の調査により、エーデル伯爵が十八年前、保身のために捨てた庶子であることが確定しました。……彼は今、多額の借金を抱えており、あなたの『侯爵家での価値』を換金しようと、門の外で待ち構えていますわよ」

「いや……! 嫌よ! 私は侯爵家の娘なのよ!」

 ジュリエットが叫ぶが、父ダニエルも母エリザベスも、もはや彼女を助ける余裕はなかった。帝国の特使を前にして、自分たちの罪を暴かれた恐怖で凍りついていたからだ。

「マリーローズ、行こう。君にはこの国は狭すぎる」

 リュシアンがマリーローズの肩に手を置く。
 マリーローズは最後に一度だけ、家族を振り返った。

「さようなら。……私のいないハンプトン家が、どれほど脆い砂の城か、せいぜい思い知ることですわ」

 銀髪を翻し、マリーローズは帝国の馬車へと乗り込んだ。

 背後で、母エリザベスの絶叫と、ジュリエットを連れ去ろうとするエーデル伯爵の怒号が響いたが、マリーローズは一度も振り返らなかった。

 彼女の紫の瞳は、今、見たこともないほど澄み渡った青空を見つめていた。檻は壊された。これからは、マリーローズ・ハンプトンではない。

 ただ一人の、自由な一人の女性として。そして、帝国の新しい歴史を刻む者として。
______________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。 ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【結婚式当日に捨てられました】身代わりの役目は不要だと姉を選んだ王子は、隣国皇帝が私を国ごと奪いに来てから後悔しても手遅れです。

唯崎りいち
恋愛
結婚式当日、私は“替え玉”として捨てられた。 本物の姉が戻ってきたから、もう必要ないのだと。 けれど—— 私こそが、誰も知らなかった“本物の価値”を持っていた。 世界でただ一人、すべてを癒す力。 そして、その価値を知るただ一人の人が、皇帝となって私を迎えに来る。 これは、すべてを失った少女が、本当に必要とされる場所へ辿り着く物語。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

婚約者は妹のような幼馴染みを何より大切にしているので、お飾り妻予定な令嬢は幸せになることを諦めた……はずでした。

待鳥園子
恋愛
伯爵令嬢アイリーンの婚約者であるセシルの隣には『妹のような幼馴染み』愛らしい容姿のデイジーが居て、身分差で結婚出来ない二人が結ばれるためのお飾り妻にされてしまうことが耐えられなかった。 そして、二人がふざけて婚姻届を書いている光景を見て、アイリーンは自分の我慢が限界に達そうとしているのを感じていた……のだけど!?

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。