氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋

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捨てられた者たちの再会

 帝都グラードの冬は厳しいが、マリーローズに与えられた公爵邸の中は、最新の魔導暖房によって春のような暖かさに保たれていた。

 帝国特別顧問としての日々は多忙を極めた。各国の古文書の精査、帝立アカデミーでの講義、そしてリュシアン大公と共に進める外交戦略の立案。王国では可愛げがないと切り捨てられた彼女の資質は、ここでは比類なき国益として崇められていた。

 そんなある日、公爵邸の執事が困惑した面持ちで、マリーローズの執務室を訪れた。

「……マリーローズ様。王国からの面会希望者が参っております。ハンプトン侯爵家の令息フレデリック様と、ゴードン公爵家の嫡男アレックス様、それから……ジュリエットと名乗る女性です」

 ペンを動かしていたマリーローズの手が、ぴたりと止まった。
 紫の瞳に冷徹な光が宿る。

「……通してください。ただし、応接室ではなく、エントランスホールの吹き抜けの下で」

 それは、身分の低い者が上位者に謁見する際に使われる場所だった。

 一階のホールに降りていくと、そこにはかつてのが立っていた。
 だが、その姿に、かつての栄華の欠片もない。

 フレデリックの銀髪は手入れを怠ったのか艶を失い、アレックスの金髪は乱れ、瞳には焦燥の色が張り付いている。そしてジュリエットは、母エリザベスのお下がりであろう、サイズの合わないくたびれたドレスを纏い、マリーローズの姿を見た瞬間にその場に泣き崩れた。

「マリー……! やっと会えた……!」

 フレデリックが駆け寄ろうとするが、リュシアン大公の配下の騎士たちが、鋭い剣鳴を響かせてそれを制した。

「控えよ。帝国特別顧問、マリーローズ公爵閣下の御前である」

 、その言葉に、三人は雷に打たれたように硬直した。自分たちが『泥棒』と偽って追い出した妹が、この大国で自分たちよりも遥かに高い地位に就いているという現実を、突きつけられたのだ。

「お久しぶりですわ、皆様。……いえ、許可なく入国されたのですから、不法侵入者とお呼びすべきかしら?」

 マリーローズは階段の途中で足を止め、見下ろすように告げた。

「マリー、頼む! 謝りに来たんだ!」

 アレックスが、必死な形相で叫んだ。

「僕が悪かった! 君があんなに優秀で、僕の資産を支えてくれていたなんて知らなかったんだ。ジュリエットに唆されていただけなんだよ。婚約破棄は取り消そう。さあ、一緒に王国へ帰るんだ。君がいなくては、ゴードン公爵家も、僕の将来もめちゃくちゃだ!」

 あまりに身勝手な言葉に、傍らで控えていたリュシアンが鼻で笑った。

 マリーローズもまた、扇を口元に当てて、鈴を転がすような声で笑った。

「アレックス様、お顔を上げてくださいませ。……あなたの将来がどうなろうと、私には何の関係もございませんわ。それに、婚約破棄を『取り消す』?  滑稽なことをおっしゃるのね。私は既に、帝国にてリュシアン大公殿下と正式な婚約を交わしておりますのに」

「な……大公殿下と……!?」

 アレックスの顔が土色に変わる。

「マリーローズ様……マリーローズ様、お願いです!」

 ジュリエットが這い寄るようにして声を上げた。

「私、エーデル伯爵のところに連れて行かれそうなの! あの人、私を借金のカタに売ろうとしているの。マリーローズ様なら、帝国のお金で私を買い取って、また侍女として置いてくださるでしょう!? 私たち、双子のように育った仲じゃない!」

 マリーローズはジュリエットを見つめた。かつて、この少女の涙に、自分は何百回と胸を痛めたことだろう。
 だが、今のマリーローズの心に去来するのは、底冷えのするような虚無感だけだった。

「ジュリエット。あなたは、自分の罪をまだ理解していないのね」

 マリーローズはゆっくりと階段を降り、ジュリエットの前で立ち止まった。

「私からすべてを奪うために、あなたは私の大切な家族を嘘で騙した。お母様を狂わせ、お兄様を盲目にさせ、お父様の信頼を壊した。……あなたが今、実の父親に売られようとしているのは、あなたが撒いた種が芽吹いただけのこと。私に助ける義理はないわ」

「そんな……冷たい……冷たいわ、マリーローズ様!」

「ええ、私は可愛げのない、氷の令嬢ですもの。……お兄様も、何かおっしゃりたいことが?」

 フレデリックは、拳を握りしめ、震える声で絞り出した。

「……マリー。ハンプトン侯爵家は……もう、終わりだ。父上は汚職の嫌疑をかけられ(実際は実務ミスによる損失の穴埋めだったが)、母上は精神を病んで離宮に幽閉された。俺は、お前に謝れば、またあの日々に戻れると思っていたんだ。……お前が夜遅くまで、俺たちのために資料を作ってくれていた、あの静かな日々に……」

「あの日々は、私が一人で作り上げていた幻想ですわ、お兄様」

 マリーローズは断言した。

「あなた方が、私の努力を当然の権利として貪り、私の尊厳を踏みにじった瞬間に、あの邸は私にとってただの地獄に変わりました。……騎士の方々、この方々を門の外へ。二度と、私の視界に入れないでくださいませ」

「マリー! マリーローズ!!」「マリーローズ様!」

 叫ぶ三人を、騎士たちが容赦なく引き摺っていく。

 アレックスは往生際悪く縋ろうとし、ジュリエットは金切り声を上げて呪詛を吐き、フレデリックはただ、絶望に項垂れて運ばれていった。

 静寂が戻ったホールで、リュシアンがマリーローズの肩にそっと手を置いた。

「……良かったのか? 帝国なら、彼らを完全に消すことも容易だが」

「いいえ。彼らには、生きて見届けていただかなくては。……愛したはずのジュリエットに食い荒らされ、かつて捨てた私が、どれほどの高みに昇るのかを。それが、彼らへの一番の報いですわ」

 マリーローズは、窓の外に広がる帝都の夜景を見つめた。
 王国という過去は、今、完全に決別した。
 
 物語はここから、一人の女性の真実の幸せへと加速していく。
 彼女を失った者たちが、自業自得の地獄を彷徨うのを尻目に。
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