氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋

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エーデル伯爵の滅びと、ジュリエットの終焉

 レヴォルタ帝国でのマリーローズの戴冠と婚礼。その輝かしいニュースは、国境を越え、腐敗の極みにあった王国ハンプトン侯爵邸の跡地にも届いていた。

 かつて栄華を極めた邸は、今や債権者によって家具の一つまで持ち去られ、冷え切った石の箱と化している。

「……公爵だと? 王妃に等しい地位だと!?」

 地下の食料貯蔵庫に隠れ住んでいたエーデル伯爵は、手に入れた新聞を握りつぶし、怒号を上げた。

 彼はハンプトン家の資産を食いつぶし、ジュリエットを道具にして王国政府から金を巻き上げる算段だった。しかし、マリーローズが帝国特別顧問として放った「経済制裁」は、エーデル伯爵の息の根を止めた。彼が投資していた商会、裏工作に使っていた銀行。それらはすべて、帝国の息がかかった資本によって一夜にして凍結されたのだ。

「あの小娘……! 自分の父親と義妹を地獄に落として、自分だけ幸せになろうとは、どこまで可愛げのない女だ!」

 エーデル伯爵は、傍らで膝を抱えて震えるジュリエットを蹴り飛ばした。

 ジュリエットの顔は、以前の愛らしさの欠片もなかった。実の父であるエーデル伯爵から日常的に暴力を受け、逃げ出そうとしては捕まり、今やその精神は限界を超えていた。

「……マリーローズ様。マリー様……」

 ジュリエットは虚空を見つめ、ひび割れた声で呟く。

「マリーローズ様さえいなければ。あの日、お母様が私を拾った時に、あの子がいなければ、私は本当のハンプトン家の娘になれたのに。お母様は私を愛していたわ。……なのに、どうしてあの子だけが……!」

 ジュリエットの心根を支配していたのは、最後まで反省ではなく、底知れぬ「嫉妬」だった。

 自分が偽物であるという現実を認められず、本物を壊すことでしか自分の価値を見出せなかった歪んだ自意識。
 彼女は、エーデル伯爵が酒を煽って寝入った隙に、隠し持っていた錆びたナイフを手に取った。

「私が偽物なら、世界ごと偽物になればいいのよ……」

 ジュリエットが向かったのは、邸から数キロ離れた場所にある、王国の魔導源――かつてマリーローズが管理し、今は封印されているはずの古き施設だった。彼女は幼少期、マリーローズの後をついて歩き、彼女がどのようにその扉を開けていたかを盗み見ていた。

 知識はない。だが、マリーローズへの憎悪という燃料が、彼女に禁忌の扉を開けさせた。

「あけて、あけてよ! 私だってハンプトンの家で育ったのよ!」

 彼女が無理やり魔導回路に干渉した瞬間、施設は暴走を始めた。

 しかし、彼女が期待したような「世界を壊す力」は現れなかった。現れたのは、制御を失った魔力が逆流し、彼女の肉体を内側から焼き尽くすという、あまりに無残な現実だった。

「あ……あつい……助けて、お母様……! マリーローズ様……!」

 焼け落ちる意識の中で、彼女が最後に見た幻影は、自分にそっくりな茶色の髪を揺らしながら、「可哀想な子」と微笑むエリザベスの姿だった。

 ジュリエット・エーデル。かつて門前に捨てられ、偽りの愛に溺れ、他人の人生を奪おうとした少女は、誰にも知られることなく、自らが引き起こした魔力の焔の中に消えていった。

 翌朝、エーデル伯爵もまた、憲兵隊によって捕らえられた。

 罪状は国家反逆罪。彼がジュリエットを使い、他国のスパイに情報を売ろうとしていた証拠が、帝国の諜報機関から王国政府へ「親切に」届けられたのだ。

 彼は絞首台へ向かう道中、マリーローズの名前を呪いながら叫び続けたが、沿道の群衆は石を投げつけるばかりだった。


 帝国、大公邸のテラス。マリーローズは、王国の方角から漂ってきた魔力の乱れが収まったのを感じ取り、静かに目を閉じた。

「……終わったわね」

 背後から歩み寄ったリュシアンが、彼女の肩にカシミアのショールをかけた。

「ああ。王国の魔導施設が自壊したという報告が入った。……ジュリエットという娘の反応も、そこで途絶えたそうだ」

 マリーローズは、手元のハーブティーから立ち上る湯気を見つめた。
 悲しみはなかった。ただ、幼い頃に二人で庭を駆け回った、あの一瞬の陽だまりのような記憶だけが、灰となって消えていくのを感じていた。

「彼女は最後まで、私の影を追いかけて、自分自身の足元を見ていなかった。……お母様も、彼女も、自分の心の穴を他人で埋めようとしたのですわ。それは、誰にもできないことなのに」

「君は、その穴を自らの知性と強さで埋め、さらに溢れた光でこの国を照らしている。……マリーローズ。君はもう、誰の影でもない」

 リュシアンがマリーローズの指先を取り、その甲に誓いのキスを贈る。
 マリーローズの紫の瞳は、かつてないほど澄み渡り、凛としていた。
 
 理不尽な悲恋、歪んだ家族の愛、そして略奪。
 それらすべての試練を乗り越え、彼女は今、自分を定義するすべてを自分の手の中に掴み取っていた。

 王国では、マリーローズを追い出したヴィクトール王太子が、ジュリエットが引き起こした魔導事故の収束に追われ、精神を病んで公務から退いたという。

 ハンプトン侯爵家の名は歴史から抹消され、銀髪に紫の瞳を持つ「氷の令嬢」の物語は、隣国での伝説へと変わっていった。

 これこそが、マリーローズ・ハンプトン――いいえ、マリーローズ・グラードが選び取った、唯一無二の幸せ。

「リュシアン様。明日の外交評議会、新しい通商案を用意しましたの。見ていただけますか?」

「ああ、もちろんだ。……君の出す答えなら、私は世界中の何よりも信頼しているよ」

 二人の笑い声が、帝国の青い空に溶けていく。

 幸福とは、誰かに与えられるものではなく、自らの誇りと共に築き上げるもの。銀氷の令嬢は、今、人生で最も温かな季節を謳歌していた。
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