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王国帰還、そして最後の大掃除
かつて自分が罪人のように追い出された故郷、レナード王国の国境を越える時、マリーローズの心は凪いでいた。
かつての質素な馬車ではない。帝国の威信をかけた、黄金の鷲が刻まれた豪奢な魔導馬車。それを護衛するのは、リュシアン大公直属の漆黒の騎士団である。
沿道には、飢えと混乱に疲れ果てた民衆が溢れていた。彼らは、かつて「冷酷な令嬢」と罵った銀髪の少女が、今や自分たちを救う唯一の「最高顧問」として戻ってきたことを知り、祈るように跪いて馬車を見送った。
「皮肉な光景だ。君を石を持って追った者たちが、今は君の足跡に接吻せんばかりだ」
隣に座るリュシアンが、窓の外を見やりながら低く告げる。
「彼らはただ、生きるための『光』を求めているだけですわ。かつての私と同じように」
王宮、レナード城。かつては気高く輝いていた白亜の城壁も、今や手入れが滞り、薄汚れた影を落としている。
謁見の間には、かろうじて残った王国の貴族たちが、震えながら整列していた。その中には、マリーローズを「可愛げがない」と笑った夫人たちや、ジュリエットの嘘に同調した元友人、ソフィアやクロエの姿もあった。
扉が開き、マリーローズがリュシアンと共に現れた。
深紅のドレスを纏い、銀の髪を高く結い上げた彼女の姿は、王国の腐敗した空気さえも一瞬で凍りつかせるような圧倒的な気品と威厳に満ちていた。
「最高顧問として、これより王国の統治権を接収いたします」
マリーローズの冷徹な、しかし美しい声が響く。
ヴィクトール王太子は、玉座の脇で力なく項垂れていた。彼はマリーローズと目を合わせることさえできず、ただ小刻みに震えている。
「さて、まずは『大掃除』から始めましょうか」
マリーローズは、手元のリストを側近に渡した。
「ソフィア・カニング伯爵令嬢。クロエ・ベルナール男爵令嬢。前へ」
名を呼ばれた二人は、顔を土色にして進み出た。
「マ、マリーローズ様……いいえ、閣下! あの時はジュリエットに騙されていたのです! 私たちは本当は、あなたを心配して……」
「黙りなさい」
マリーローズの紫の瞳が、二人を射抜く。
「あなた方が、ジュリエットの虚言に同調し、学園で私にどのような辱めを与えたか。その記録はすべて、帝国の諜報網が『友情の証』として保存しておりますわ。……あなた方の家門は、本日にて爵位を剥奪。資産は没収し、戦後賠償金の一部として充当いたします」
「そんな……! 酷すぎますわ!」
「酷い? 私があなた方にされたこと、そして私がいなくなった後にこの国が辿った末路に比べれば、命があるだけ慈悲深いとお思いなさい。……次」
マリーローズの「掃除」は容赦なかった。
ジュリエットを王太子妃に推挙した大臣たち、母エリザベスの捏造工作に加担した調査官、そしてハンプトン家の財産を不当に奪い取ったエーデル伯爵の関係者。
彼女は一人一人の罪状を淡々と読み上げ、王国という病んだ巨木から、腐った枝を次々と切り落としていった。
最後に、彼女はヴィクトール王太子に向き合った。
「ヴィクトール殿下。あなたは、この国を守るべき王太子でありながら、一人の婦人と一人の捨て子の浅知恵に惑わされ、真実を見る眼を曇らせた。その結果が、この惨状です」
「……あ、ああ……分かっている……。私が愚かだった。マリーローズ、君がいれば……」
「『いれば』という言葉ほど、無意味なものはありません。……殿下、あなたは退位し、北の離宮で一生を悔恨の中で過ごしてください。それが、あなたを信じた民への最後の義務ですわ」
ヴィクトールは崩れ落ちるように跪き、泣き崩れた。
大掃除が終わる頃、王宮の空気は一変していた。
恐怖の中に、確かな「規律」が戻りつつあった。
マリーローズは、王宮の東、かつて自分が教育を受けた書斎へと向かう。埃を被った机の隅に、幼い頃の自分が書き残した、家族への感謝を綴った手紙の切れ端が落ちているのを見つけた。
彼女はそれを手に取ると、一瞬だけ目を閉じ、そして静かに粉々に引き裂いた。
「マリーローズ」
リュシアンが背後から彼女を抱き寄せる。
「……終わったのか?」
「ええ。これで、私の『未練』はすべて片付きましたわ。……これからは、この国を帝国の属州としてではなく、自立した新しい国として再建させます。それが、私がこの地に生まれた責任ですもの」
マリーローズの紫の瞳には、かつての孤独も、復讐の情熱もなかった。あるのは、一つの文明を再構築せんとする、統治者としての峻厳な意志だけ。
王国の人々は、やがて彼女をこう呼ぶようになる。「銀紫の再生者」と。
かつて自分たちが見捨てた少女が、自分たちを救う女神となった。その皮肉な、けれど美しい物語は、ここから黄金の時代へと繋がっていく。
一方、監獄のダニエルとフレデリックは、王宮でのマリーローズの獅子奮迅の活躍を伝え聞き、自分たちが失ったもののあまりの巨大さに、もはや涙も出ないほど心の中が空洞になっていた。
彼女はもう、二度と自分たちの名前を呼ぶことはない。それこそが、彼女が下した最も重い、永遠の罰であった。
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かつての質素な馬車ではない。帝国の威信をかけた、黄金の鷲が刻まれた豪奢な魔導馬車。それを護衛するのは、リュシアン大公直属の漆黒の騎士団である。
沿道には、飢えと混乱に疲れ果てた民衆が溢れていた。彼らは、かつて「冷酷な令嬢」と罵った銀髪の少女が、今や自分たちを救う唯一の「最高顧問」として戻ってきたことを知り、祈るように跪いて馬車を見送った。
「皮肉な光景だ。君を石を持って追った者たちが、今は君の足跡に接吻せんばかりだ」
隣に座るリュシアンが、窓の外を見やりながら低く告げる。
「彼らはただ、生きるための『光』を求めているだけですわ。かつての私と同じように」
王宮、レナード城。かつては気高く輝いていた白亜の城壁も、今や手入れが滞り、薄汚れた影を落としている。
謁見の間には、かろうじて残った王国の貴族たちが、震えながら整列していた。その中には、マリーローズを「可愛げがない」と笑った夫人たちや、ジュリエットの嘘に同調した元友人、ソフィアやクロエの姿もあった。
扉が開き、マリーローズがリュシアンと共に現れた。
深紅のドレスを纏い、銀の髪を高く結い上げた彼女の姿は、王国の腐敗した空気さえも一瞬で凍りつかせるような圧倒的な気品と威厳に満ちていた。
「最高顧問として、これより王国の統治権を接収いたします」
マリーローズの冷徹な、しかし美しい声が響く。
ヴィクトール王太子は、玉座の脇で力なく項垂れていた。彼はマリーローズと目を合わせることさえできず、ただ小刻みに震えている。
「さて、まずは『大掃除』から始めましょうか」
マリーローズは、手元のリストを側近に渡した。
「ソフィア・カニング伯爵令嬢。クロエ・ベルナール男爵令嬢。前へ」
名を呼ばれた二人は、顔を土色にして進み出た。
「マ、マリーローズ様……いいえ、閣下! あの時はジュリエットに騙されていたのです! 私たちは本当は、あなたを心配して……」
「黙りなさい」
マリーローズの紫の瞳が、二人を射抜く。
「あなた方が、ジュリエットの虚言に同調し、学園で私にどのような辱めを与えたか。その記録はすべて、帝国の諜報網が『友情の証』として保存しておりますわ。……あなた方の家門は、本日にて爵位を剥奪。資産は没収し、戦後賠償金の一部として充当いたします」
「そんな……! 酷すぎますわ!」
「酷い? 私があなた方にされたこと、そして私がいなくなった後にこの国が辿った末路に比べれば、命があるだけ慈悲深いとお思いなさい。……次」
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ジュリエットを王太子妃に推挙した大臣たち、母エリザベスの捏造工作に加担した調査官、そしてハンプトン家の財産を不当に奪い取ったエーデル伯爵の関係者。
彼女は一人一人の罪状を淡々と読み上げ、王国という病んだ巨木から、腐った枝を次々と切り落としていった。
最後に、彼女はヴィクトール王太子に向き合った。
「ヴィクトール殿下。あなたは、この国を守るべき王太子でありながら、一人の婦人と一人の捨て子の浅知恵に惑わされ、真実を見る眼を曇らせた。その結果が、この惨状です」
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「『いれば』という言葉ほど、無意味なものはありません。……殿下、あなたは退位し、北の離宮で一生を悔恨の中で過ごしてください。それが、あなたを信じた民への最後の義務ですわ」
ヴィクトールは崩れ落ちるように跪き、泣き崩れた。
大掃除が終わる頃、王宮の空気は一変していた。
恐怖の中に、確かな「規律」が戻りつつあった。
マリーローズは、王宮の東、かつて自分が教育を受けた書斎へと向かう。埃を被った机の隅に、幼い頃の自分が書き残した、家族への感謝を綴った手紙の切れ端が落ちているのを見つけた。
彼女はそれを手に取ると、一瞬だけ目を閉じ、そして静かに粉々に引き裂いた。
「マリーローズ」
リュシアンが背後から彼女を抱き寄せる。
「……終わったのか?」
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王国の人々は、やがて彼女をこう呼ぶようになる。「銀紫の再生者」と。
かつて自分たちが見捨てた少女が、自分たちを救う女神となった。その皮肉な、けれど美しい物語は、ここから黄金の時代へと繋がっていく。
一方、監獄のダニエルとフレデリックは、王宮でのマリーローズの獅子奮迅の活躍を伝え聞き、自分たちが失ったもののあまりの巨大さに、もはや涙も出ないほど心の中が空洞になっていた。
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