王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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王妃を揺さぶる

 アナスタシアは、夜会の壇上でマグノリア王妃にゆっくりと視線を向けた。
 その瞳は、柔らかな青ではなく、氷のように静謐で、揺らぎの欠片もない。

「王妃殿下は、シャルロット様の一番の理解者ですわね」

 その声音は、普段の朗らかさとは程遠く、鋭い刃のように王妃へと投げつけられる。

 王妃の表情が、不快さを隠しきれずに歪んだ。

「……それはどういう意味かしら? わたくしを侮辱するつもり?」

 アナスタシアは、わずかに微笑む。
 しかしそれは、誰も救わない冷たい微笑だった。

「あら? だって――婚約者のいる殿方を籠絡する手管は、まったく同じではありませんか。ねえ?」

 王妃の目が大きく見開かれる。
 まるで胸の奥の汚泥を、突然白日の下に晒されたように。

 隣に座るフィリップ陛下でさえ、息を呑み、言葉を失っていた。

 アナスタシアは迷いなく続ける。

「伯爵令嬢と男爵令嬢……身分には違いがあっても、殿方に向ける浅ましい情熱は同じなのでしょう?
 低俗な無能。下品で醜悪。――そっくりですわ」

 淡々と、事務的に告げられる侮蔑。
 王妃は怒りより先に、理解が追いつかず言葉を失った。

 アナスタシアは、王妃の唇がわずかに震えるのを眺めながら、ふっと心の奥で呟く。

 やっと、顔から仮面が剥がれたわね……王妃殿下。あなたはいつも私を見くだしていた。けれど今夜は――あなたが、無様に怯える番よ。

 壇上で声をかけたのは、ここが一番人目につくから。噂好きのご夫人方の耳には、今の会話が隅々まで届いたでしょう。
 わざわざ大声を出さなくても、噂は勝手に育つ。おひれがついて私の手を離れて歩き出す。

ーー王妃殿下が若い頃に不貞のすえ王を奪った
ーーその血を引く王太子が、今度は男爵令嬢に手を出した
ーー二人は、同じ穴の貉

 王太子は顔を引きつらせ、国王は口元を固く結ぶ。
 周囲の貴婦人たちは目を見開き、扇子で口を隠している。
 面白がっている者もいる。恐れている者もいる。

 すべては計算通り。

 十八年前、同じことがあった……その時の不貞の子が今の王太子。血は、繰り返す。
 そして、彼女の顔色一つで、この夜会の空気は変わる。これが権力の掌握――巧妙に、静かに、状況を塗り替える感覚。

 噂など、私の求めるものではない。
欲しいのは、目に見える動揺――
高慢な者たちの誇りが、音もなく崩れ落ちる瞬間だけ。

 王妃殿下。
 どうぞ、震え、怯え、己の威厳が滑り落ちる様をご覧なさい。
 噂は勝手に広がる。私が仕掛けた種が、勝手に芽吹くのを待つだけ。

――そう、今夜の夜会は、あなたの恐怖が主役。
 私はただ、静かにそれを眺めるだけでいい。

 いままで、あなたたちが、噂で苦しむわたしを放置し、傷つけた報いを受けなさい......。

◇◇◇
_____ガッシャーンッ

「なんなの、あれは! あのような場で、わたくしに恥をかかせるなんて……許さないっ!」

 王妃マグノリアは、怒りに頬と目元を真紅に染め、手近にあった花瓶を床へと叩き落とした。それでも気が収まらないのか、今度はクッションで長椅子を何度も打ちつける。

 側付きの使用人たちは、ただ嵐が過ぎるのを静かに待つしかない。しかし、今日の王妃の怒りは、いつまで経ってもおさまる気配を見せなかった——。

 しばらくして、王妃付きの古参の侍女が、小さな木箱を抱えて現れた。

「ご指示の品、手配が整いました」

 短く用件を告げると、恭しく小箱を差し出す。

「……ふう、ふう……。そう……わかったわ」

 王妃はまだ頬を紅潮させ、肩で荒い息をついていた。しかし、侍女の報告を聞いた途端、ゆっくりと、そして非常に醜悪な嘲笑をその唇に浮かべた。

つづく
______________

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