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王妃の戒め
王家の私的な話し合いの場。
「シリル。アナスタシアを正妃とする決定は揺るぎません」
正妃セザンヌは、静かに、しかし断定的に告げた。
「彼女の実力は、あなたの治世を確実に支えるでしょう。あの子は、ひとりでも立てる子です」
続けて、はっきりと言う。
「コーデリアは側妃です。正妃に据えることはありません」
重苦しい沈黙の中、王が口を開いた。
「……シリル。おまえは、どちらを好いているのだ」
問いかけられ、シリルは俯いたまま黙り込む。葛藤の末、重い口を開いた。
「……コーデリアを、正妃にしたいと思います」
一瞬、言葉を切り、続けた。
「そして、アナスタシアには……側妃という立場になりますが、執務において、僕を支えてほしいと――そう考えています」
その言葉が落ちた瞬間。部屋の空気が、目に見えないほど重く沈んだ。
最初に反応したのは、正妃セザンヌだった。彼女は、ゆっくりと瞬きを一つする。それは、感情を抑える仕草ではない――感情を切り離す合図だった。
王妃セザンヌは、ゆっくりと息を吐いた。怒りでも失望でもない――もっと冷たい、確信に近い感情だった。
「……シリル」
その名を呼ぶ声は静かだったが、逃げ場はなかった。
「あなたは、何を言っているのか分かっているの?」
王は腕を組み、眉をひそめる。
「正妃と側妃の役割を分けるという案だ。理には――」
「理などありません」
セザンヌは、はっきりと言い切った。
「それは“分ける”のではない。“奪う”のよ」
シリルは言葉を失った。だが、それでも絞り出すように続ける。
「アナスタシアなら……理解してくれるはずです。彼女は強い。責任感もある。政務を支える役目なら――」
「それ以上、口にしないで」
王妃の声が、初めて鋭くなった。
「強いから奪っていい?一人で立てるから犠牲にしていい?それを“期待”や“信頼”と呼ぶのは、卑怯です」
王は視線を逸らした。過去の自らの愚かな行いを、突きつけられたのだ。
その沈黙こそが、何より雄弁な答えだった。
セザンヌは、静かに、しかし決定的な言葉を落とす。
「あなたは今、二人の令嬢の尊厳を同時に壊そうとしているのですよ。コーデリアを“選ばれた者”として縛り、アナスタシアを“都合のいい支柱”に貶める」
そして、はっきりと告げた。
「それは、王太子の判断ではありません。ただの――未熟な逃避です」
シリルの胸に、鈍い痛みが走る。アナスタシアを自分で選んだはずだった。
悩み抜いた末の、誠実な答えのつもりだった。
だが、コーデリアに気持ちが動いている。
「……では、僕は、どうすれば……」
その問いに、王妃は一切の情を込めず答えた。
「あなたは、選択を与えられる立場ではありません。ゆえに、誰かを選ぶことも許されないのです」
その瞬間、シリルは理解した。
自分が今しようとしていたのは、“王家の都合”を、“自分の気持ち”という言葉で包んだだけの行為だったことを。
そして――アナスタシアが、なぜあの場で一歩も引かなかったのかを。
彼女は、最初から知っていたのだ。こうなる未来を。こうして、自分が選ばないことを。
「……母上」
掠れた声で呼ぶ。
だが、セザンヌはもう、息子を見ていなかった。
その視線は、もっと遠く――かつての自分と、そして今、静かに剣を置いた令嬢に向けられていた。
「シリル」
最後に、母としてではなく、王妃として言う。
だが、セザンヌはもう、息子を見ていなかった。
その視線は、応接間のさらに奥――時間の向こうに向けられている。
かつて。フィリップ陛下に、一度は選ばれなかった自分。
声を上げることを知らず、正しさより“王家の都合”に身を委ねた、若い日の自分。
沈黙のまま、側に置かれ。耐え続けることが、美徳だと信じさせられ。
そして、気づいたときには――選ぶ権利そのものを、失っていた。
セザンヌは、ゆっくりと息を吐いた。
「……わたくしは、あのとき、間違えました」
それは、告白ではない。後悔でも、懺悔でもない。ただの、事実の確認だった。
「声を上げなかったこと。理不尽を“王家のため”だと受け入れてしまったこと」
一瞬、アナスタシアの立ち姿に視線が重なる。剣を置いた者の、凛とした静けさ。
「だからこそ――同じ過誤を、二度と許すことはできないのです」
セザンヌは、初めて、しっかりとシリルを見た。
だが、それは母の眼差しではない。
「アナスタシアを側妃に据える道は、すでに存在しません」
静かに、断じる。
「それを選べば――裁かれるのは、彼女ではなく、王家です」
シリルは、その言葉の意味を理解した。
母が守ろうとしているのは、自分でも、王家の体面でもない――“同じ過ちを繰り返さない”という、たった一つの決断だ。
セザンヌは、もう二度と、沈黙を選ばない。
それが、かつて選べなかった女の、遅すぎるが確かな贖罪だった。
その言葉は、予言ではなかった。確定した未来の宣告だった。
そしてシリルは悟る―自分は、すでに一度、取り返しのつかない選択をしてしまったのだと。
_______________
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🌸新連載スタート🌸
【運命の赤い糸が見える赤髪令嬢は、恋心を消したい】
運命×すれ違い×切ない恋愛です✨
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正妃セザンヌは、静かに、しかし断定的に告げた。
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続けて、はっきりと言う。
「コーデリアは側妃です。正妃に据えることはありません」
重苦しい沈黙の中、王が口を開いた。
「……シリル。おまえは、どちらを好いているのだ」
問いかけられ、シリルは俯いたまま黙り込む。葛藤の末、重い口を開いた。
「……コーデリアを、正妃にしたいと思います」
一瞬、言葉を切り、続けた。
「そして、アナスタシアには……側妃という立場になりますが、執務において、僕を支えてほしいと――そう考えています」
その言葉が落ちた瞬間。部屋の空気が、目に見えないほど重く沈んだ。
最初に反応したのは、正妃セザンヌだった。彼女は、ゆっくりと瞬きを一つする。それは、感情を抑える仕草ではない――感情を切り離す合図だった。
王妃セザンヌは、ゆっくりと息を吐いた。怒りでも失望でもない――もっと冷たい、確信に近い感情だった。
「……シリル」
その名を呼ぶ声は静かだったが、逃げ場はなかった。
「あなたは、何を言っているのか分かっているの?」
王は腕を組み、眉をひそめる。
「正妃と側妃の役割を分けるという案だ。理には――」
「理などありません」
セザンヌは、はっきりと言い切った。
「それは“分ける”のではない。“奪う”のよ」
シリルは言葉を失った。だが、それでも絞り出すように続ける。
「アナスタシアなら……理解してくれるはずです。彼女は強い。責任感もある。政務を支える役目なら――」
「それ以上、口にしないで」
王妃の声が、初めて鋭くなった。
「強いから奪っていい?一人で立てるから犠牲にしていい?それを“期待”や“信頼”と呼ぶのは、卑怯です」
王は視線を逸らした。過去の自らの愚かな行いを、突きつけられたのだ。
その沈黙こそが、何より雄弁な答えだった。
セザンヌは、静かに、しかし決定的な言葉を落とす。
「あなたは今、二人の令嬢の尊厳を同時に壊そうとしているのですよ。コーデリアを“選ばれた者”として縛り、アナスタシアを“都合のいい支柱”に貶める」
そして、はっきりと告げた。
「それは、王太子の判断ではありません。ただの――未熟な逃避です」
シリルの胸に、鈍い痛みが走る。アナスタシアを自分で選んだはずだった。
悩み抜いた末の、誠実な答えのつもりだった。
だが、コーデリアに気持ちが動いている。
「……では、僕は、どうすれば……」
その問いに、王妃は一切の情を込めず答えた。
「あなたは、選択を与えられる立場ではありません。ゆえに、誰かを選ぶことも許されないのです」
その瞬間、シリルは理解した。
自分が今しようとしていたのは、“王家の都合”を、“自分の気持ち”という言葉で包んだだけの行為だったことを。
そして――アナスタシアが、なぜあの場で一歩も引かなかったのかを。
彼女は、最初から知っていたのだ。こうなる未来を。こうして、自分が選ばないことを。
「……母上」
掠れた声で呼ぶ。
だが、セザンヌはもう、息子を見ていなかった。
その視線は、もっと遠く――かつての自分と、そして今、静かに剣を置いた令嬢に向けられていた。
「シリル」
最後に、母としてではなく、王妃として言う。
だが、セザンヌはもう、息子を見ていなかった。
その視線は、応接間のさらに奥――時間の向こうに向けられている。
かつて。フィリップ陛下に、一度は選ばれなかった自分。
声を上げることを知らず、正しさより“王家の都合”に身を委ねた、若い日の自分。
沈黙のまま、側に置かれ。耐え続けることが、美徳だと信じさせられ。
そして、気づいたときには――選ぶ権利そのものを、失っていた。
セザンヌは、ゆっくりと息を吐いた。
「……わたくしは、あのとき、間違えました」
それは、告白ではない。後悔でも、懺悔でもない。ただの、事実の確認だった。
「声を上げなかったこと。理不尽を“王家のため”だと受け入れてしまったこと」
一瞬、アナスタシアの立ち姿に視線が重なる。剣を置いた者の、凛とした静けさ。
「だからこそ――同じ過誤を、二度と許すことはできないのです」
セザンヌは、初めて、しっかりとシリルを見た。
だが、それは母の眼差しではない。
「アナスタシアを側妃に据える道は、すでに存在しません」
静かに、断じる。
「それを選べば――裁かれるのは、彼女ではなく、王家です」
シリルは、その言葉の意味を理解した。
母が守ろうとしているのは、自分でも、王家の体面でもない――“同じ過ちを繰り返さない”という、たった一つの決断だ。
セザンヌは、もう二度と、沈黙を選ばない。
それが、かつて選べなかった女の、遅すぎるが確かな贖罪だった。
その言葉は、予言ではなかった。確定した未来の宣告だった。
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