『結婚前に恋がしたいんだ』、婚約者は妹を選び私を捨てた

恋せよ恋

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プロローグ 「恋」という名の不浄

  ガタゴトと、無機質な振動が全身に伝わってくる。
 ベルレイユ伯爵家の紋章が刻まれた豪奢な馬車ではなく、窓に鉄格子のはまった、罪人でも運ぶかのような質素な馬車。それが現在の私の居場所だった。

 三月の風はまだ肌を刺すように冷たく、薄いドレス一枚で放り出された私の体温を、容赦なく奪っていく。

「……健康を、害した、ですって?」

 乾いた唇から漏れた言葉は、誰に届くこともなく虚空に消えた。


 数日前まで、私はベルレイユ伯爵家の誇り高き長女であり、次期侯爵夫人となるはずの身だった。それが今や、公式には「流行り病で静養が必要になった哀れな令嬢」として、人里離れた北の修道院へと追い払われている。

 冗談ではない。私のどこに病の兆候があるというのか。
 私を「病人」に仕立て上げたのは、他でもない。私の父と母。そして、私の最愛だった婚約者と、たった一人の妹だ。

「ふふ……あははははっ!」

 喉の奥から、抑えきれない笑いがこみ上げてきた。それは歓喜などではなく、あまりの理不尽に対する、魂の悲鳴だった。

 視界が涙で滲む。視界の端に映る自分の手は、冷え切り、怒りで小刻みに震えていた。


 始まりは、一年前。
 学園の三年生が始まったばかりの、あの うららかな春の日だった。

『イザベル。僕たちは卒業と同時に結婚する。それは決まっていることだし、僕に異論はない。……けれど、その前に一度だけでいいんだ。身を焦がすような、本当の「恋」というものを経験してみたいんだよ』

 婚約者のリチャード・ロイドは、いつもの穏やかな、春の陽だまりのような微笑みを浮かべてそう言った。

 金色の髪を揺らし、新緑のような瞳を輝かせて。彼にとっては、まるで「卒業前に一度は遠くへ旅行に行きたい」とでも言うような、軽い口調だった。
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