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ギルバートの証拠集め
深夜のベルレイユ伯爵邸、執務室。
ギルバートは、ただ一灯の卓上ランプの明かりの中で、膨大な書類の山と対峙していた。それは伯爵家の公務ではなく、彼個人が一年をかけて編み上げてきた、巨大な「網」の糸口だった。
パサリ、と乾いた音を立てて机に置かれたのは、ある高級宿の宿泊名簿の写しだ。
「……十一月十四日。ロイド侯爵家嫡男、リチャード。同行者はドリオン子爵令嬢、パトリシア」
ギルバートは感情の欠落した声でそれを読み上げると、万年筆で家計図にバツ印を書き込んだ。彼の眼鏡に反射する青白い光は、獲物を追い詰める捕食者のそれだった。
ギルバートの調査は、もはや「不貞の確認」というレベルを超えていた。
パトリシアがリチャードに送った、甘ったるい恋文の数々。
リチャードがパトリシアに贈った宝飾品の領収書。あろうことか、彼はそれをロイド侯爵家の公費から「交際費」として捻出していた。
そして何より重要なのは、一年前、イザベルを追放するために伯爵夫妻が交わした、リチャードへの「裏工作」の書簡だ。
『イザベルを病人とすることに異論はない。その代わり、メラニアとの婚姻を公認してほしい』。
その生々しい書簡の写しを指先でなぞりながら、ギルバートの胸にどす黒い怒りが込み上げる。
彼は、イザベルがどれほど血の滲むような努力をして、この家と婚約者のために尽くしてきたかを知っている。その彼女が、たかだかリチャードの気まぐれと、妹の我儘のために、「不都合な障害物」として処理された。
(……許さない。誰一人として、このまま終わらせるつもりはない)
ギルバートのイザベルへの愛は、もはや狂気と言っても差し支えないほどに純化されていた。
彼にとって、ベルレイユ伯爵家の家名などどうでもよかった。養子として育ててくれた恩義も、この真実を暴く瞬間に、自らの手で焼き捨てる覚悟はできている。
彼が望むのは、ただ一つ。
イザベルをあの冷たい石の壁から救い出し、彼女を虐げた者たちの悲鳴を、彼女への供物にすることだ。
「お義兄様。まだ起きていらっしゃるの……?」
不意に扉が開き、やつれた顔のメラニアが顔を出した。最近、彼女はリチャードの不貞を疑い、夜も眠れない日々を過ごしている。
「……何かな、メラニア」
ギルバートは瞬時に書類を隠し、冷徹な仮面を被った。
「リチャード様が、今日もパトリシア様と……。お義兄様、パトリシア様はあなたの婚約者でしょう? どうして、そんなに平気でいられるの?」
メラニアの叫びにも似た問いに、ギルバートは薄く、残酷な微笑を浮かべた。
「平気なわけがないだろう、メラニア。僕は、僕なりに準備をしているんだよ。……全てが『正しい形』に戻る日のためにね」
「正しい、形……?」
「ああ。罪を犯した者が、相応の報いを受ける。そんな、当たり前の形だ」
メラニアはその言葉の真意に気づかず、義兄の「冷徹なまでの冷静さ」に背筋を凍らせて退室した。
扉が閉まった後、ギルバートは最後の一通、修道院のシスター・マーガレットからの報告書を手に取った。
そこには、イザベルが日々健康を取り戻し、自分を律して暮らしている様子が記されていた。
「待っていてくれ、イザベル。……もうすぐ、君が最も輝き、彼らが最も堕ちる春が来る」
ギルバートは、大切に保管していたイザベルの肖像画をそっと撫でた。
その指先は、不貞の証拠を握る時とは違い、壊れ物を扱うように震えていた。
復讐は、彼にとって愛の別名だった。
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ギルバートは、ただ一灯の卓上ランプの明かりの中で、膨大な書類の山と対峙していた。それは伯爵家の公務ではなく、彼個人が一年をかけて編み上げてきた、巨大な「網」の糸口だった。
パサリ、と乾いた音を立てて机に置かれたのは、ある高級宿の宿泊名簿の写しだ。
「……十一月十四日。ロイド侯爵家嫡男、リチャード。同行者はドリオン子爵令嬢、パトリシア」
ギルバートは感情の欠落した声でそれを読み上げると、万年筆で家計図にバツ印を書き込んだ。彼の眼鏡に反射する青白い光は、獲物を追い詰める捕食者のそれだった。
ギルバートの調査は、もはや「不貞の確認」というレベルを超えていた。
パトリシアがリチャードに送った、甘ったるい恋文の数々。
リチャードがパトリシアに贈った宝飾品の領収書。あろうことか、彼はそれをロイド侯爵家の公費から「交際費」として捻出していた。
そして何より重要なのは、一年前、イザベルを追放するために伯爵夫妻が交わした、リチャードへの「裏工作」の書簡だ。
『イザベルを病人とすることに異論はない。その代わり、メラニアとの婚姻を公認してほしい』。
その生々しい書簡の写しを指先でなぞりながら、ギルバートの胸にどす黒い怒りが込み上げる。
彼は、イザベルがどれほど血の滲むような努力をして、この家と婚約者のために尽くしてきたかを知っている。その彼女が、たかだかリチャードの気まぐれと、妹の我儘のために、「不都合な障害物」として処理された。
(……許さない。誰一人として、このまま終わらせるつもりはない)
ギルバートのイザベルへの愛は、もはや狂気と言っても差し支えないほどに純化されていた。
彼にとって、ベルレイユ伯爵家の家名などどうでもよかった。養子として育ててくれた恩義も、この真実を暴く瞬間に、自らの手で焼き捨てる覚悟はできている。
彼が望むのは、ただ一つ。
イザベルをあの冷たい石の壁から救い出し、彼女を虐げた者たちの悲鳴を、彼女への供物にすることだ。
「お義兄様。まだ起きていらっしゃるの……?」
不意に扉が開き、やつれた顔のメラニアが顔を出した。最近、彼女はリチャードの不貞を疑い、夜も眠れない日々を過ごしている。
「……何かな、メラニア」
ギルバートは瞬時に書類を隠し、冷徹な仮面を被った。
「リチャード様が、今日もパトリシア様と……。お義兄様、パトリシア様はあなたの婚約者でしょう? どうして、そんなに平気でいられるの?」
メラニアの叫びにも似た問いに、ギルバートは薄く、残酷な微笑を浮かべた。
「平気なわけがないだろう、メラニア。僕は、僕なりに準備をしているんだよ。……全てが『正しい形』に戻る日のためにね」
「正しい、形……?」
「ああ。罪を犯した者が、相応の報いを受ける。そんな、当たり前の形だ」
メラニアはその言葉の真意に気づかず、義兄の「冷徹なまでの冷静さ」に背筋を凍らせて退室した。
扉が閉まった後、ギルバートは最後の一通、修道院のシスター・マーガレットからの報告書を手に取った。
そこには、イザベルが日々健康を取り戻し、自分を律して暮らしている様子が記されていた。
「待っていてくれ、イザベル。……もうすぐ、君が最も輝き、彼らが最も堕ちる春が来る」
ギルバートは、大切に保管していたイザベルの肖像画をそっと撫でた。
その指先は、不貞の証拠を握る時とは違い、壊れ物を扱うように震えていた。
復讐は、彼にとって愛の別名だった。
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