『結婚前に恋がしたいんだ』、婚約者は妹を選び私を捨てた

恋せよ恋

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修道院からの帰還

  王都へ向かう馬車の窓から差し込む陽光は、修道院の刺すような寒風とは無縁の、残酷なまでの暖かさを湛えていた。

 街路に咲き誇る薄紅の花々が、風に舞って石畳を染めている。かつての私なら「なんて美しいのでしょう」とはしゃいでいたであろうその景色も、今の私の瞳には、散り際を待つだけの虚飾にしか見えなかった。

 馬車が止まったのは、王立学園の裏手にひっそりと佇む、ギルバートお義兄様の私邸だった。
 門をくぐり、玄関ホールに足を踏み入れると、そこには主であるギルバートが待っていた。

「……おかえり、イザベル」

 その声には、深い安堵と、言葉にできない熱情が滲んでいた。
 ギルバートは私の前に立つと、まじまじとその顔を見つめた。修道院での過酷な労働と節制により、私の身体からは余分な脂肪が削げ落ち、顎のラインは研ぎ澄まされた刃のように鋭くなっている。
 
 何より変わったのは、その「瞳」だった。
 かつての、婚約者の顔色を窺うような頼りなさは消え失せ、底の見えない湖のように静かで、冷徹な意志が宿っている。

「見違えたよ。……今の君は、どの令嬢よりも美しく、そして恐ろしい」

「お褒めに預かり光栄ですわ、お義兄様。……準備は、できておりますの?」

 私の問いに、ギルバートは満足げに頷くと、奥の部屋へと私を導いた。そこには、今夜の夜会のために用意された一着のドレスが鎮座していた。
 それは、花嫁のような純白でも、妹が好む愛らしい桃色でもない。
 闇を溶かし込んだような深いミッドナイトブルーのシルクに、無数の小粒のダイヤモンドが散りばめられた、夜空を纏うようなドレス。
 
「ベルレイユ伯爵家が用意した『病人のための古着』など、君には相応しくない。これは僕が、君のためだけに仕立てさせたものだ」

 私はその冷たい生地に触れた。
 指先を通して、ギルバート兄様の執念が伝わってくるようだった。
 
「これを着て、私は今夜、舞台に上がるのですね」

「ああ。君が会場に現れた瞬間、人々は目撃することになる。病に伏して消えたはずの令嬢が、自分たちを裁くために冥府から帰還した姿を」

 私は姿見の前に立った。
 鏡の中にいるのは、絶望に打ちひしがれて泣いていた哀れな娘ではない。裏切りを糧にし、孤独を剣にして、自らの手で運命を奪い返しに来た、一人の「冷徹な女」だ。

「……行きましょう、お義兄様。彼らが『真実の愛』という名の毒に酔い痴れているうちに」

 私は冷徹な微笑みを湛え、扇を広げた。
 
 リチャード様。メラニア。お父様、お母様。
 あなたたちが丹精込めて作り上げた幸福の箱庭を、今夜、私が跡形もなく踏み潰して差し上げます。

 王都の夜会が始まる合図の鐘が、遠くで低く、響き渡った。
 それは、私にとっての帰還のファンファーレであり、彼らにとっての終焉の弔鐘であった。
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