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カタリナの焦りと茶会での罠
歴史学の教師オマリーが、一夜にして職と家門の安泰を失ったという衝撃的なニュースは、瞬く間に王立学園を駆け巡った。それは「平民出身の令嬢」と侮っていたデイジー・アルカディアという存在が、触れてはならない逆鱗であったことを全生徒に知らしめるに十分な事件だった。
しかし、その恐怖を認められぬ者がいた。バークレー侯爵令嬢、カタリナである。
「たかが運が良かっただけの小娘が……。大人たちが甘い顔をするから、あんな生意気な真似ができるのよ」
焦燥に駆られたカタリナは、自らのプライドを懸けた「反撃」を計画する。それは、侯爵家のお茶会への招待だった。
当日、侯爵家の庭園にデイジーが足を踏み入れると、そこにはカタリナと、彼女に同調する数人の令嬢たちが待ち構えていた。テーブルの上に並べられたのは、およそ侯爵家には不釣り合いな、使い古され、至るところに欠けやひび割れが目立つティーカップ。そして、ポットから漂うのは、饐えたような、それでいて埃っぽい安物の茶葉の香りだった。
「あら、いらっしゃいデイジー様。貴女のような平民育ちには、こういう『馴染みのある』道具と茶葉の方が落ち着くかと思って。気遣って差し上げたのよ?」
カタリナは勝ち誇ったように笑い、あえてひびの入ったカップに、色の濁った紅茶を注いだ。周囲の令嬢たちも「まあ、懐かしいでしょう?」と口々に嘲笑を重ねる。
デイジーは静かに椅子に座り、差し出されたカップを手に取ることはなかった。彼女はただ、眼鏡を指で押し上げ、テーブルの上の惨状を冷徹な目で見極めた。
「……あら、この茶葉」
デイジーはティーポットから立ち上る湯気を一嗅ぎすると、ふっと憐れむような溜息をついた。
「カタリナ様の家では、うちの商会が廃棄処分にしたものを拾って使っていらっしゃるの? 以前、倉庫の隅で湿気ていた下級品を無償で処分に出した記憶がありますけれど……。まさか、侯爵家の家計がそこまで火の車だとは知りませんでしたわ」
「な……っ、何を根拠のないことを!」
「根拠? 香り、色、そしてこの茎の混じり方。紛れもなくアルカディア商会が『家畜の寝床用』に分類した最下層の茶葉ですわ。それにこのカップ。もともとはウェッジウッドのアンティークだったものを、こんな風に割ってしまうだなんて……。使用人の採用にもお困りですのね。よほど給金が滞っていらっしゃるのかしら。嘆かわしいことですわね」
デイジーは立ち上がり、完璧な所作で身なりを整えた。
「わたくし、今日はこれで失礼いたしますわね。侯爵家がこれほどまでに困窮していることを商会に伝えませんと。……ええ、不渡りでも出したら大変ですもの。早急に『売掛金の全額即時回収』の手続きを始めさせなければ」
「待ちなさい! まだ話は終わって――! 待って! 待ちなさいっ!」
カタリナの叫びを背に、デイジーは一度も振り返ることなくサロンを去った。
翌日から、バークレー侯爵家を襲ったのは「音のない崩壊」だった。
学園でのデイジーの宣言は、即座にアルカディア商会のネットワークを通じて王都中の金融機関と取引先へ共有された。
「アルカディアがバークレーの不渡りを懸念している」
その噂一つで、バークレー侯爵家への信用は底をついた。昨日まで笑顔で頭を下げていた商団が一斉に手を引き、期日前の売掛金回収に殺到する。当主であるバークレー侯爵は、執務室で積み上がる督促状を前に頭を抱えていた。
「何が起こったのだ……。なぜ、どの銀行も融資を打ち切る!? 支払いが滞ったことなど一度もないはずだ!」
異変は社交界にも及んだ。侯爵夫人への茶会の誘いはパッタリと途絶え、困惑した夫人がこちらから招待状を送っても、返ってくるのは「急病」「先約」といった、あまりに白々しいお断りの返事ばかり。
やがて、その原因が娘カタリナが学園で行った「茶会」にあることが判明する。
「カタリナ! お前は一体何を……。平民の娘に、そのような無礼を働いたというのか」
激昂する侯爵に対し、夫人は青ざめた顔で娘を庇いながらも、その本質は変わらなかった。
「でも、あんな商人の娘に我ら侯爵家が頭を下げるなど、あってはならないことですわ。……現に公爵夫妻だって、あの娘を蔑んでいるのでしょう?」
そう、この親にしてこの子あり。バークレー家の人々には、自分たちが「金」という実利の鎖で、すでにデイジーの手の内に繋がれているという自覚が決定的に欠けていたのである。
公爵夫妻の賎民意識に同調し、時代遅れの選民意識に縋り付いた結果、バークレー侯爵家はみるみるうちに資産を食い潰されていった。邸宅は差し押さえられ、使用人たちは去り、かつての豪奢な暮らしは砂の城のように崩れ去る。
数週間後、学園からカタリナの姿が消えた。
破産という現実を突きつけられ、路頭に迷うこととなった侯爵家。最後に残ったのは、デイジーがサロンで言い放った「後悔なさい」という言葉の、鋭い棘だけだった。
デイジーは今日も、静かに図書室でページを捲る。
学園という庭を剪定する彼女の鋏は、止まることを知らなかった。
___________
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しかし、その恐怖を認められぬ者がいた。バークレー侯爵令嬢、カタリナである。
「たかが運が良かっただけの小娘が……。大人たちが甘い顔をするから、あんな生意気な真似ができるのよ」
焦燥に駆られたカタリナは、自らのプライドを懸けた「反撃」を計画する。それは、侯爵家のお茶会への招待だった。
当日、侯爵家の庭園にデイジーが足を踏み入れると、そこにはカタリナと、彼女に同調する数人の令嬢たちが待ち構えていた。テーブルの上に並べられたのは、およそ侯爵家には不釣り合いな、使い古され、至るところに欠けやひび割れが目立つティーカップ。そして、ポットから漂うのは、饐えたような、それでいて埃っぽい安物の茶葉の香りだった。
「あら、いらっしゃいデイジー様。貴女のような平民育ちには、こういう『馴染みのある』道具と茶葉の方が落ち着くかと思って。気遣って差し上げたのよ?」
カタリナは勝ち誇ったように笑い、あえてひびの入ったカップに、色の濁った紅茶を注いだ。周囲の令嬢たちも「まあ、懐かしいでしょう?」と口々に嘲笑を重ねる。
デイジーは静かに椅子に座り、差し出されたカップを手に取ることはなかった。彼女はただ、眼鏡を指で押し上げ、テーブルの上の惨状を冷徹な目で見極めた。
「……あら、この茶葉」
デイジーはティーポットから立ち上る湯気を一嗅ぎすると、ふっと憐れむような溜息をついた。
「カタリナ様の家では、うちの商会が廃棄処分にしたものを拾って使っていらっしゃるの? 以前、倉庫の隅で湿気ていた下級品を無償で処分に出した記憶がありますけれど……。まさか、侯爵家の家計がそこまで火の車だとは知りませんでしたわ」
「な……っ、何を根拠のないことを!」
「根拠? 香り、色、そしてこの茎の混じり方。紛れもなくアルカディア商会が『家畜の寝床用』に分類した最下層の茶葉ですわ。それにこのカップ。もともとはウェッジウッドのアンティークだったものを、こんな風に割ってしまうだなんて……。使用人の採用にもお困りですのね。よほど給金が滞っていらっしゃるのかしら。嘆かわしいことですわね」
デイジーは立ち上がり、完璧な所作で身なりを整えた。
「わたくし、今日はこれで失礼いたしますわね。侯爵家がこれほどまでに困窮していることを商会に伝えませんと。……ええ、不渡りでも出したら大変ですもの。早急に『売掛金の全額即時回収』の手続きを始めさせなければ」
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カタリナの叫びを背に、デイジーは一度も振り返ることなくサロンを去った。
翌日から、バークレー侯爵家を襲ったのは「音のない崩壊」だった。
学園でのデイジーの宣言は、即座にアルカディア商会のネットワークを通じて王都中の金融機関と取引先へ共有された。
「アルカディアがバークレーの不渡りを懸念している」
その噂一つで、バークレー侯爵家への信用は底をついた。昨日まで笑顔で頭を下げていた商団が一斉に手を引き、期日前の売掛金回収に殺到する。当主であるバークレー侯爵は、執務室で積み上がる督促状を前に頭を抱えていた。
「何が起こったのだ……。なぜ、どの銀行も融資を打ち切る!? 支払いが滞ったことなど一度もないはずだ!」
異変は社交界にも及んだ。侯爵夫人への茶会の誘いはパッタリと途絶え、困惑した夫人がこちらから招待状を送っても、返ってくるのは「急病」「先約」といった、あまりに白々しいお断りの返事ばかり。
やがて、その原因が娘カタリナが学園で行った「茶会」にあることが判明する。
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激昂する侯爵に対し、夫人は青ざめた顔で娘を庇いながらも、その本質は変わらなかった。
「でも、あんな商人の娘に我ら侯爵家が頭を下げるなど、あってはならないことですわ。……現に公爵夫妻だって、あの娘を蔑んでいるのでしょう?」
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数週間後、学園からカタリナの姿が消えた。
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