【完結】平民の娘と侮ったこと、後悔なさい 〜偽りの姿を捨てた私を、初恋に狂う王太子が逃しません〜

恋せよ恋

文字の大きさ
13 / 22

カタリナの焦りと茶会での罠

  歴史学の教師オマリーが、一夜にして職と家門の安泰を失ったという衝撃的なニュースは、瞬く間に王立学園を駆け巡った。それは「平民出身の令嬢」と侮っていたデイジー・アルカディアという存在が、触れてはならない逆鱗であったことを全生徒に知らしめるに十分な事件だった。

 しかし、その恐怖を認められぬ者がいた。バークレー侯爵令嬢、カタリナである。

「たかが運が良かっただけの小娘が……。大人たちが甘い顔をするから、あんな生意気な真似ができるのよ」

 焦燥に駆られたカタリナは、自らのプライドを懸けた「反撃」を計画する。それは、侯爵家のお茶会への招待だった。

 当日、侯爵家の庭園にデイジーが足を踏み入れると、そこにはカタリナと、彼女に同調する数人の令嬢たちが待ち構えていた。テーブルの上に並べられたのは、およそ侯爵家には不釣り合いな、使い古され、至るところに欠けやひび割れが目立つティーカップ。そして、ポットから漂うのは、饐えたような、それでいて埃っぽい安物の茶葉の香りだった。

「あら、いらっしゃいデイジー様。貴女のような平民育ちには、こういう『馴染みのある』道具と茶葉の方が落ち着くかと思って。気遣って差し上げたのよ?」

 カタリナは勝ち誇ったように笑い、あえてひびの入ったカップに、色の濁った紅茶を注いだ。周囲の令嬢たちも「まあ、懐かしいでしょう?」と口々に嘲笑を重ねる。

 デイジーは静かに椅子に座り、差し出されたカップを手に取ることはなかった。彼女はただ、眼鏡を指で押し上げ、テーブルの上の惨状を冷徹な目で見極めた。

「……あら、この茶葉」

 デイジーはティーポットから立ち上る湯気を一嗅ぎすると、ふっと憐れむような溜息をついた。

「カタリナ様の家では、うちの商会が廃棄処分にしたものを拾って使っていらっしゃるの? 以前、倉庫の隅で湿気ていた下級品を無償で処分に出した記憶がありますけれど……。まさか、侯爵家の家計がそこまで火の車だとは知りませんでしたわ」

「な……っ、何を根拠のないことを!」

「根拠? 香り、色、そしてこの茎の混じり方。紛れもなくアルカディア商会が『家畜の寝床用』に分類した最下層の茶葉ですわ。それにこのカップ。もともとはウェッジウッドのアンティークだったものを、こんな風に割ってしまうだなんて……。使用人の採用にもお困りですのね。よほど給金が滞っていらっしゃるのかしら。嘆かわしいことですわね」

 デイジーは立ち上がり、完璧な所作で身なりを整えた。

「わたくし、今日はこれで失礼いたしますわね。侯爵家がこれほどまでに困窮していることを商会に伝えませんと。……ええ、不渡りでも出したら大変ですもの。早急に『売掛金の全額即時回収』の手続きを始めさせなければ」

「待ちなさい! まだ話は終わって――! 待って! 待ちなさいっ!」

 カタリナの叫びを背に、デイジーは一度も振り返ることなくサロンを去った。


  翌日から、バークレー侯爵家を襲ったのは「音のない崩壊」だった。
 学園でのデイジーの宣言は、即座にアルカディア商会のネットワークを通じて王都中の金融機関と取引先へ共有された。

「アルカディアがバークレーの不渡りを懸念している」

 その噂一つで、バークレー侯爵家への信用は底をついた。昨日まで笑顔で頭を下げていた商団が一斉に手を引き、期日前の売掛金回収に殺到する。当主であるバークレー侯爵は、執務室で積み上がる督促状を前に頭を抱えていた。

「何が起こったのだ……。なぜ、どの銀行も融資を打ち切る!? 支払いが滞ったことなど一度もないはずだ!」

 異変は社交界にも及んだ。侯爵夫人への茶会の誘いはパッタリと途絶え、困惑した夫人がこちらから招待状を送っても、返ってくるのは「急病」「先約」といった、あまりに白々しいお断りの返事ばかり。

 やがて、その原因が娘カタリナが学園で行った「茶会」にあることが判明する。

「カタリナ! お前は一体何を……。平民の娘に、そのような無礼を働いたというのか」

 激昂する侯爵に対し、夫人は青ざめた顔で娘を庇いながらも、その本質は変わらなかった。

「でも、あんな商人の娘に我ら侯爵家が頭を下げるなど、あってはならないことですわ。……現に公爵夫妻だって、あの娘を蔑んでいるのでしょう?」

 そう、この親にしてこの子あり。バークレー家の人々には、自分たちが「金」という実利の鎖で、すでにデイジーの手の内に繋がれているという自覚が決定的に欠けていたのである。

 公爵夫妻の賎民意識に同調し、時代遅れの選民意識に縋り付いた結果、バークレー侯爵家はみるみるうちに資産を食い潰されていった。邸宅は差し押さえられ、使用人たちは去り、かつての豪奢な暮らしは砂の城のように崩れ去る。

 数週間後、学園からカタリナの姿が消えた。

 破産という現実を突きつけられ、路頭に迷うこととなった侯爵家。最後に残ったのは、デイジーがサロンで言い放った「後悔なさい」という言葉の、鋭い棘だけだった。

 デイジーは今日も、静かに図書室でページを捲る。
 学園という庭を剪定する彼女の鋏は、止まることを知らなかった。
___________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

あなたにおすすめの小説

愚か者たちの婚約破棄

あんど もあ
ファンタジー
ライラは、父と後妻と妹だけが家族のような侯爵家で居候のように生きてきた。そして、卒業パーティーでライラの婚約者までライラでは無く妹と婚約すると宣言する。侯爵家の本当の姿に気づいているのがライラだけだと知らずに……。

近すぎて見えない物

あんど もあ
ファンタジー
エルリック王子と一夜を共にした男爵令嬢。エルリックの婚約者シルビアが、優しく彼女に言った一言とは。

完璧な姉を困らせる不出来な妹は追放されました

mios
恋愛
第一王女の親友で第二王子の婚約者でもある完璧な姉アリシアは、不出来で我儘、嘘つきな妹リリアに手を焼いている。

【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪

山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」 「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」 「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」 「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」 「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」 そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。 私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。 さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。