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愛され続ける女
「フローディア」
その声を聞いただけで、私は自然と振り返ってしまう。
人混みの中でも、どれだけ離れていても、彼の声だけはなぜか拾えてしまう。
「こちらにおいで」
ピエール様は、当然のように手を差し出していた。
その場には、数人の令嬢がいた。
先ほどまで彼の周囲に集まり、楽しげに笑っていた者たち。
けれど、彼が私の名を呼んだ瞬間、その空気は変わる。視線が止まり、言葉が途切れ、笑みがわずかに引く。
私はその中心へ歩いていく。
いつものことだった。
「遅かったね」
ピエール様は私の手を取ると、そのまま指先に軽く口づけを落とす。
迷いのない仕草。それはまるで、最初から決まっていた儀式のようだった。
「すみません、少し話が長引いてしまって」
「君は本当に真面目だ」
そう言って、彼は微笑む。
その笑みは、他の誰にも向けられたことのない種類のものだった。
背後で、小さなざわめきが起きる。
「……またあの方だけ」
「どうして彼女だけなのかしら」
「ピエール様って、ああいう方だったかしら」
囁きが聞こえている。
けれど、それらの声は私には関係ない。
「フローディア」
彼が私の手を軽く握る。
「顔色が悪いね。無理をしていない?」
「…… 大丈夫です」
「君は僕に嘘をつかないでほしい」
その言葉は、優しかった。
けれど、同時に逃げ道を塞ぐような響きもあった。
「……少し、疲れただけです」
「そうか」
彼はすぐに納得する。そして、それ以上は何も追及しない。
ただ、私の指先を包む力だけがわずかに強くなる。
その瞬間、気づく。
この人は、他の誰に対しても同じではない。
誰にでも優しいのではなく。
誰でも抱きしめるのではなく。
ただ、私の手だけは離さない。
視線の先で、先ほどまで彼と話していた令嬢たちが、静かに距離を取っていく。
誰も彼のもとへ戻ろうとはしない。
まるで最初から、立ち位置が決まっていたかのように。
「君は本当に特別だよ、フローディア」
彼がそう言う。
何度も聞いた言葉。
それでも、そのたびに胸の奥が少しだけ満たされる。
「他の誰とも違う」
彼は続ける。
「僕が心から求めているのは、君だけだ」
その言葉を疑う理由はない。
なぜなら、彼の行動は常に一致しているからだ。
他の誰よりも優しく。
他の誰よりも丁寧に。
他の誰よりも、私を見ている。
それが事実なら、それでいい。
だって、この人は、私だけを見ている。
そう思った瞬間、胸の奥に確かなものが生まれる。
疑いではなく、確信。
「ピエール様」
「なんだい?」
「私……特別、なのですね?」
言葉にすると、少しだけ恥ずかしい。
けれど、彼は迷わなかった。
「ああ」
即答だった。
「君は、僕にとって唯一だ」
その声には一切の揺らぎがない。
その瞬間、私は理解してしまう。
この人は嘘をついていない。
少なくとも、この瞬間だけは。
だからこそ、余計に疑えなくなる。
もしすべてが偽りなら、こんなふうに一貫して私を選び続ける理由がない。
そう考えてしまう。
彼の腕の中は、いつもと同じ温度だった。
安心する場所。
帰るべき場所。
周囲の視線は、もう気にならない。
むしろ、それらはすべて背景に過ぎないように思える。
「フローディア」
「はい」
「今日は、ずっと僕の隣にいてくれるかい?」
「……はい」
その返事に、彼は満足そうに笑う。
その笑顔は、十四歳の初対面のあの日から、いつも変わらない。
私は選ばれている。
何度も、何度も、選ばれている。
だからこれは、愛なのだと。
そう信じることに、もう迷いはなかった。
____________
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その声を聞いただけで、私は自然と振り返ってしまう。
人混みの中でも、どれだけ離れていても、彼の声だけはなぜか拾えてしまう。
「こちらにおいで」
ピエール様は、当然のように手を差し出していた。
その場には、数人の令嬢がいた。
先ほどまで彼の周囲に集まり、楽しげに笑っていた者たち。
けれど、彼が私の名を呼んだ瞬間、その空気は変わる。視線が止まり、言葉が途切れ、笑みがわずかに引く。
私はその中心へ歩いていく。
いつものことだった。
「遅かったね」
ピエール様は私の手を取ると、そのまま指先に軽く口づけを落とす。
迷いのない仕草。それはまるで、最初から決まっていた儀式のようだった。
「すみません、少し話が長引いてしまって」
「君は本当に真面目だ」
そう言って、彼は微笑む。
その笑みは、他の誰にも向けられたことのない種類のものだった。
背後で、小さなざわめきが起きる。
「……またあの方だけ」
「どうして彼女だけなのかしら」
「ピエール様って、ああいう方だったかしら」
囁きが聞こえている。
けれど、それらの声は私には関係ない。
「フローディア」
彼が私の手を軽く握る。
「顔色が悪いね。無理をしていない?」
「…… 大丈夫です」
「君は僕に嘘をつかないでほしい」
その言葉は、優しかった。
けれど、同時に逃げ道を塞ぐような響きもあった。
「……少し、疲れただけです」
「そうか」
彼はすぐに納得する。そして、それ以上は何も追及しない。
ただ、私の指先を包む力だけがわずかに強くなる。
その瞬間、気づく。
この人は、他の誰に対しても同じではない。
誰にでも優しいのではなく。
誰でも抱きしめるのではなく。
ただ、私の手だけは離さない。
視線の先で、先ほどまで彼と話していた令嬢たちが、静かに距離を取っていく。
誰も彼のもとへ戻ろうとはしない。
まるで最初から、立ち位置が決まっていたかのように。
「君は本当に特別だよ、フローディア」
彼がそう言う。
何度も聞いた言葉。
それでも、そのたびに胸の奥が少しだけ満たされる。
「他の誰とも違う」
彼は続ける。
「僕が心から求めているのは、君だけだ」
その言葉を疑う理由はない。
なぜなら、彼の行動は常に一致しているからだ。
他の誰よりも優しく。
他の誰よりも丁寧に。
他の誰よりも、私を見ている。
それが事実なら、それでいい。
だって、この人は、私だけを見ている。
そう思った瞬間、胸の奥に確かなものが生まれる。
疑いではなく、確信。
「ピエール様」
「なんだい?」
「私……特別、なのですね?」
言葉にすると、少しだけ恥ずかしい。
けれど、彼は迷わなかった。
「ああ」
即答だった。
「君は、僕にとって唯一だ」
その声には一切の揺らぎがない。
その瞬間、私は理解してしまう。
この人は嘘をついていない。
少なくとも、この瞬間だけは。
だからこそ、余計に疑えなくなる。
もしすべてが偽りなら、こんなふうに一貫して私を選び続ける理由がない。
そう考えてしまう。
彼の腕の中は、いつもと同じ温度だった。
安心する場所。
帰るべき場所。
周囲の視線は、もう気にならない。
むしろ、それらはすべて背景に過ぎないように思える。
「フローディア」
「はい」
「今日は、ずっと僕の隣にいてくれるかい?」
「……はい」
その返事に、彼は満足そうに笑う。
その笑顔は、十四歳の初対面のあの日から、いつも変わらない。
私は選ばれている。
何度も、何度も、選ばれている。
だからこれは、愛なのだと。
そう信じることに、もう迷いはなかった。
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