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怒りの芽生え
それは、決定的な瞬間だった。
偶然ではない。
見間違いでもない。
ましてや、誤解などではあり得ない。
フランソワは、それを確信した。
夜の回廊。
人気のない静かな場所。
灯りは落とされ、足音さえ吸い込まれるような空間。
その奥で、二つの影が重なっていた。
声は小さい。言葉は聞き取れない。
だが、必要な情報はそれだけで十分だった。
距離。
触れ方。
躊躇のなさ。
それは、二人の親密な関係性を示すにはあまりにも明確だった。
「……なるほどね」
フランソワは、静かに呟いた。
驚きはなかった。怒りも、まだない。
ただ、確信があった。
(ああ、そういうことか)
婚約者であるマリーアン。
無邪気で、気まぐれで、少しばかり自分勝手な十五歳の少女。
だが、その軽率さが、ここまで踏み越えるとは思っていなかった。
いや。違うな。
思っていなかったのではない。見ないようにしていただけだ。
これまでにも、違和感はあった。
視線。
距離感。
言葉の端々。
だがそれらは、すべて確証にはならないものとして処理してきた。
合理的に。冷静に。
そして今、その逃げ道は完全に閉じた。
影が離れ、足音が遠ざかる。
フランソワはその場から動かなかった。
追う必要はない。もう、十分だからだ。
しばらくして、彼はゆっくりと息を吐いた。
「……くだらない」
その言葉には、心からの軽蔑が滲んでいた。
怒りではない。もっと冷たいもの。
価値のないものを見たときの、純粋な失望。
マリーアン。
彼の婚約者。守るべき対象。
その認識が、音もなく崩れていく。代わりに浮かぶのは、別の言葉だった。
共有物。
「……そういう扱いか」
誰のものでもなく。
誰のものでもある。
少なくとも、彼女自身はそう振る舞っている。そして、それを受け入れている男がいる。
ピエール・カーライル。
その名を思い浮かべた瞬間、空気が変わる。
ここで初めて、感情が動いた。
ゆっくりと。確実に。怒りが、形を持ち始める。
「なるほどね」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
だが先ほどとは意味が違う。これは理解ではない。
判断だ。
フランソワは歩き出す。足取りは変わらない。静かで、一定で、乱れがない。
だが、その内側ではすでに処理が始まっていた。
婚約。
家同士の関係。
利害。
それらを一つずつ並べていく。
そして、結論を出す。
「別に、要らないな」
マリーアンという存在は、もはや守る価値がない。
問題は別にある。ピエール。あの男だ。
彼は理解しているはずだ。
自分が何をしているのか。誰に手を出しているのか。どのような影響を生むのか。
それでもやめない。
ならば、それは彼の選択だ。
「……潰すか」
声に出た言葉は、あまりにも静かだった。
だが、その内容は決定的だった。
排除。
それが最も合理的な結論だった。
個人的な感情ではない。構造的に見て、あの男は残してはいけない。
放置すれば、被害はさらに広がる。さらに壊す。
すでに一人ではない。
二人でもない。
そして、その中心にいる。
「感染源か」
ぽつりと呟く。適切な表現だった。
関わったものから順に、形を崩していく。
ならば対処は一つだ。『根から断つ』。
屋敷の外に出ると、夜風が頬を打つ。冷たい。
だが、思考にはちょうどいい。
フランソワは夜空を見上げた。
何も変わらない。
星は同じ位置にあり、夜は同じように続いている。
だが、人間だけが違う。
簡単に壊れ。簡単に堕ちる。そして、それを正当化する。
「……くだらないな」
もう一度、同じ言葉を口にする。
今度は、はっきりとした嫌悪があった。
『婚約者』。その言葉に、もう意味はない。
フローディアの顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
あの静かな微笑み。
壊れかけていることにすら気づかない、危うい均衡。
「……あれは」
言葉が途中で止まる。
考える必要はない。優先順位は決まっている。
まずは……。
『ピエール・カーライル』
あの男を、終わらせる。
それがすべての始まりであり、全ての終わりになる。
____________
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偶然ではない。
見間違いでもない。
ましてや、誤解などではあり得ない。
フランソワは、それを確信した。
夜の回廊。
人気のない静かな場所。
灯りは落とされ、足音さえ吸い込まれるような空間。
その奥で、二つの影が重なっていた。
声は小さい。言葉は聞き取れない。
だが、必要な情報はそれだけで十分だった。
距離。
触れ方。
躊躇のなさ。
それは、二人の親密な関係性を示すにはあまりにも明確だった。
「……なるほどね」
フランソワは、静かに呟いた。
驚きはなかった。怒りも、まだない。
ただ、確信があった。
(ああ、そういうことか)
婚約者であるマリーアン。
無邪気で、気まぐれで、少しばかり自分勝手な十五歳の少女。
だが、その軽率さが、ここまで踏み越えるとは思っていなかった。
いや。違うな。
思っていなかったのではない。見ないようにしていただけだ。
これまでにも、違和感はあった。
視線。
距離感。
言葉の端々。
だがそれらは、すべて確証にはならないものとして処理してきた。
合理的に。冷静に。
そして今、その逃げ道は完全に閉じた。
影が離れ、足音が遠ざかる。
フランソワはその場から動かなかった。
追う必要はない。もう、十分だからだ。
しばらくして、彼はゆっくりと息を吐いた。
「……くだらない」
その言葉には、心からの軽蔑が滲んでいた。
怒りではない。もっと冷たいもの。
価値のないものを見たときの、純粋な失望。
マリーアン。
彼の婚約者。守るべき対象。
その認識が、音もなく崩れていく。代わりに浮かぶのは、別の言葉だった。
共有物。
「……そういう扱いか」
誰のものでもなく。
誰のものでもある。
少なくとも、彼女自身はそう振る舞っている。そして、それを受け入れている男がいる。
ピエール・カーライル。
その名を思い浮かべた瞬間、空気が変わる。
ここで初めて、感情が動いた。
ゆっくりと。確実に。怒りが、形を持ち始める。
「なるほどね」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
だが先ほどとは意味が違う。これは理解ではない。
判断だ。
フランソワは歩き出す。足取りは変わらない。静かで、一定で、乱れがない。
だが、その内側ではすでに処理が始まっていた。
婚約。
家同士の関係。
利害。
それらを一つずつ並べていく。
そして、結論を出す。
「別に、要らないな」
マリーアンという存在は、もはや守る価値がない。
問題は別にある。ピエール。あの男だ。
彼は理解しているはずだ。
自分が何をしているのか。誰に手を出しているのか。どのような影響を生むのか。
それでもやめない。
ならば、それは彼の選択だ。
「……潰すか」
声に出た言葉は、あまりにも静かだった。
だが、その内容は決定的だった。
排除。
それが最も合理的な結論だった。
個人的な感情ではない。構造的に見て、あの男は残してはいけない。
放置すれば、被害はさらに広がる。さらに壊す。
すでに一人ではない。
二人でもない。
そして、その中心にいる。
「感染源か」
ぽつりと呟く。適切な表現だった。
関わったものから順に、形を崩していく。
ならば対処は一つだ。『根から断つ』。
屋敷の外に出ると、夜風が頬を打つ。冷たい。
だが、思考にはちょうどいい。
フランソワは夜空を見上げた。
何も変わらない。
星は同じ位置にあり、夜は同じように続いている。
だが、人間だけが違う。
簡単に壊れ。簡単に堕ちる。そして、それを正当化する。
「……くだらないな」
もう一度、同じ言葉を口にする。
今度は、はっきりとした嫌悪があった。
『婚約者』。その言葉に、もう意味はない。
フローディアの顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
あの静かな微笑み。
壊れかけていることにすら気づかない、危うい均衡。
「……あれは」
言葉が途中で止まる。
考える必要はない。優先順位は決まっている。
まずは……。
『ピエール・カーライル』
あの男を、終わらせる。
それがすべての始まりであり、全ての終わりになる。
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