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遊びたい男の逃避
市井の路上で、サンドラがメリッサに浴びせた「妹分」という言葉。その場は何とかメリッサの慈悲で収まったものの、数日後、ダリルはメリッサからの呼び出しに応じざるを得なかった。
王都の隅にある、人目につきにくい茶店。
向かい合ったメリッサの瞳は、これまでに見たことがないほど冷ややかで、同時に何かに縋るような危うさを持っていた。
「……ダリル様。正直に仰ってください。あのサンドラさんという女性に、私のことを『妹分』だと話していたのは、本当なのですか?」
ダリルは、手元のカップの淵をなぞりながら、内心で舌打ちした。
(ちっ、あの女、本当に余計なことを……!)
だが、ここで認めるわけにはいかない。ダリルは瞬時に被害者面を作り、困ったように眉を下げた。
「……ああ、それか。メリッサ、誤解しないでくれ。彼女は、騎士団の行きつけの食堂の女給でね。……付きまとわれて困っていたんだ。下手に『婚約者がいる』なんて言えば、君にまで危害が及ぶかもしれないだろう? だから、あえて距離を置くために君のことを『妹分』と嘘をついたんだ。すべては君を守るためだったんだよ」
しどろもどろになりながらも、平然と嘘を重ねる。
メリッサが「でも、あの髪飾りは……」と食い下がろうとすると、ダリルは素早く彼女の手を取り、優しく包み込んだ。
「ごめん。あれも、彼女を宥めるために一時的に貸しただけなんだ。君へのプレゼントは、もっと素晴らしいものを、俺が騎士として爵位を賜った時に贈るって決めているから。……ねえ、俺を信じて。俺が結婚したいのは、世界中で君だけなんだよ」
そう言って、子供をなだめるようにメリッサの頬を撫でる。
ダリルの甘い声と、その「婚約者」という響きに、メリッサはまだ、わずかな期待を捨てきれずにいた。ダリルはその隙を見逃さず、適当な愛の言葉でその場を凌ぎ、逃げるように店を後にした。
(ふう……。やれやれ、これだから真面目な女は面倒だ)
メリッサと別れた瞬間、ダリルの顔から「誠実な婚約者」の仮面が剥がれ落ちた。
彼にとって、結婚とは「責任」の別名だ。騎士として独立し、一家を養い、貞淑な妻だけを愛し続ける。そんな退屈な生活、まだ二十歳の自分には早すぎる。
彼が向かったのは、騎士団の宿舎でも、サンドラの家でもない。王都の高級住宅街にひっそりと佇む、リンデン男爵令嬢コレットの「隠れ家」だった。
「……遅かったわね、ダリル様」
薄暗い寝室。薔薇の香香が立ち込める中、コレットが薄絹の寝衣一枚で彼を迎えた。十七歳とは思えない、熟練した娼婦のような手つきでダリルの首に腕を回す。
「ごめん、コレット嬢。……ちょっと『仕事』が長引いてね」
「嘘おっしゃい。どこぞの女に、また捕まっていたのでしょう?ふふふ」
コレットの赤い唇が、ダリルの耳元で甘く囁く。
彼女の指先が騎士服のボタンを一つずつ外していくたびに、ダリルの理性は溶けて消えていく。
十七歳の少女でありながら、数多の貴族男性と浮名を流してきたコレットの閨の技は、あまりにも鮮やかだった。
メリッサとの、手を繋ぐだけで精一杯な清純な交際とは、あまりにも違う。ここでは、欲にまみれた本能だけを解放できる。コレットのしなやかな若い肌の感触と、耳をくすぐる淫らな声。ダリルは、彼女に翻弄されるがままに快楽へと沈んでいった。
「ねえ……私と結婚すれば、あなたはもう、他の女の機嫌を取る必要なんてなくなるのよ? リンデンの家も、財産も、そして『私』も……全部、あなたのもの」
「ああ……コレット……」
ダリルは、彼女を抱き寄せながら、自分自身に言い訳を繰り返していた。
(……これは、結婚前だからいいんだ。男が若いうちに遊びを知るのは当然のことだろう? 結婚さえすれば、俺はちゃんとメリッサのもとに戻る。今だけだ……)
結婚という責任から逃げるために、より深い欲望の罠へと足を踏み入れている自覚はない。
コレットにとっては、ダリルはパトリック侯爵令息との関係を隠すための「隠れ蓑」であり、便利な「戯れ」に過ぎないというのに。
(メリッサは、俺がいないと生きていけない。だから、いつまで待たせても大丈夫だ。あいつは俺のものだ。……でも、今夜はこの女を堪能させてもらう)
ダリルは、コレットの白い肌に顔を埋め、背徳感すらも快感に変えて笑った。
その一方で。ダリルが誠実な婚約者だと信じたいメリッサは、その夜、リッチモンド伯爵邸の書斎で、ヘンリーが用意した「決定的な記録」を静かに読み進めていた。そして、彼女に期待は無惨にも打ち砕かれた。
「……ダリル様。貴方は、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのですか?」
震える手で握りしめられた報告書には、ダリルがコレットの隠れ家に入り浸る正確な日時と、サンドラに渡された銀細工の領収書の写し。
そして、ダリルが騎士団の同僚たちに「メリッサは俺が捨てない限り、一生待っていてくれる従順ないい女だ」と豪語していた証言までもが、克明に記されていた。
扉の向こうで、ヘンリーとサントスが静かにその様子を見守っている。
「姉さん、もういいよね。……あの男には、希望通りの『自由』を与えてあげよう」
サントスの冷たい声に、メリッサはゆっくりと顔を上げた。
その瞳から、最後の一滴の未練が、氷のように固まって剥がれ落ちた。
「ええ。……彼が望む通り、私との『結婚』という責任から、永遠に解放してあげるわ」
ダリルがコレットの腕の中で甘い夢を見ている間に。彼が唯一「帰れる」と信じていた温かな場所の扉は、完全に、そして二度と開かないように閉ざされたのだった。
__________
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王都の隅にある、人目につきにくい茶店。
向かい合ったメリッサの瞳は、これまでに見たことがないほど冷ややかで、同時に何かに縋るような危うさを持っていた。
「……ダリル様。正直に仰ってください。あのサンドラさんという女性に、私のことを『妹分』だと話していたのは、本当なのですか?」
ダリルは、手元のカップの淵をなぞりながら、内心で舌打ちした。
(ちっ、あの女、本当に余計なことを……!)
だが、ここで認めるわけにはいかない。ダリルは瞬時に被害者面を作り、困ったように眉を下げた。
「……ああ、それか。メリッサ、誤解しないでくれ。彼女は、騎士団の行きつけの食堂の女給でね。……付きまとわれて困っていたんだ。下手に『婚約者がいる』なんて言えば、君にまで危害が及ぶかもしれないだろう? だから、あえて距離を置くために君のことを『妹分』と嘘をついたんだ。すべては君を守るためだったんだよ」
しどろもどろになりながらも、平然と嘘を重ねる。
メリッサが「でも、あの髪飾りは……」と食い下がろうとすると、ダリルは素早く彼女の手を取り、優しく包み込んだ。
「ごめん。あれも、彼女を宥めるために一時的に貸しただけなんだ。君へのプレゼントは、もっと素晴らしいものを、俺が騎士として爵位を賜った時に贈るって決めているから。……ねえ、俺を信じて。俺が結婚したいのは、世界中で君だけなんだよ」
そう言って、子供をなだめるようにメリッサの頬を撫でる。
ダリルの甘い声と、その「婚約者」という響きに、メリッサはまだ、わずかな期待を捨てきれずにいた。ダリルはその隙を見逃さず、適当な愛の言葉でその場を凌ぎ、逃げるように店を後にした。
(ふう……。やれやれ、これだから真面目な女は面倒だ)
メリッサと別れた瞬間、ダリルの顔から「誠実な婚約者」の仮面が剥がれ落ちた。
彼にとって、結婚とは「責任」の別名だ。騎士として独立し、一家を養い、貞淑な妻だけを愛し続ける。そんな退屈な生活、まだ二十歳の自分には早すぎる。
彼が向かったのは、騎士団の宿舎でも、サンドラの家でもない。王都の高級住宅街にひっそりと佇む、リンデン男爵令嬢コレットの「隠れ家」だった。
「……遅かったわね、ダリル様」
薄暗い寝室。薔薇の香香が立ち込める中、コレットが薄絹の寝衣一枚で彼を迎えた。十七歳とは思えない、熟練した娼婦のような手つきでダリルの首に腕を回す。
「ごめん、コレット嬢。……ちょっと『仕事』が長引いてね」
「嘘おっしゃい。どこぞの女に、また捕まっていたのでしょう?ふふふ」
コレットの赤い唇が、ダリルの耳元で甘く囁く。
彼女の指先が騎士服のボタンを一つずつ外していくたびに、ダリルの理性は溶けて消えていく。
十七歳の少女でありながら、数多の貴族男性と浮名を流してきたコレットの閨の技は、あまりにも鮮やかだった。
メリッサとの、手を繋ぐだけで精一杯な清純な交際とは、あまりにも違う。ここでは、欲にまみれた本能だけを解放できる。コレットのしなやかな若い肌の感触と、耳をくすぐる淫らな声。ダリルは、彼女に翻弄されるがままに快楽へと沈んでいった。
「ねえ……私と結婚すれば、あなたはもう、他の女の機嫌を取る必要なんてなくなるのよ? リンデンの家も、財産も、そして『私』も……全部、あなたのもの」
「ああ……コレット……」
ダリルは、彼女を抱き寄せながら、自分自身に言い訳を繰り返していた。
(……これは、結婚前だからいいんだ。男が若いうちに遊びを知るのは当然のことだろう? 結婚さえすれば、俺はちゃんとメリッサのもとに戻る。今だけだ……)
結婚という責任から逃げるために、より深い欲望の罠へと足を踏み入れている自覚はない。
コレットにとっては、ダリルはパトリック侯爵令息との関係を隠すための「隠れ蓑」であり、便利な「戯れ」に過ぎないというのに。
(メリッサは、俺がいないと生きていけない。だから、いつまで待たせても大丈夫だ。あいつは俺のものだ。……でも、今夜はこの女を堪能させてもらう)
ダリルは、コレットの白い肌に顔を埋め、背徳感すらも快感に変えて笑った。
その一方で。ダリルが誠実な婚約者だと信じたいメリッサは、その夜、リッチモンド伯爵邸の書斎で、ヘンリーが用意した「決定的な記録」を静かに読み進めていた。そして、彼女に期待は無惨にも打ち砕かれた。
「……ダリル様。貴方は、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのですか?」
震える手で握りしめられた報告書には、ダリルがコレットの隠れ家に入り浸る正確な日時と、サンドラに渡された銀細工の領収書の写し。
そして、ダリルが騎士団の同僚たちに「メリッサは俺が捨てない限り、一生待っていてくれる従順ないい女だ」と豪語していた証言までもが、克明に記されていた。
扉の向こうで、ヘンリーとサントスが静かにその様子を見守っている。
「姉さん、もういいよね。……あの男には、希望通りの『自由』を与えてあげよう」
サントスの冷たい声に、メリッサはゆっくりと顔を上げた。
その瞳から、最後の一滴の未練が、氷のように固まって剥がれ落ちた。
「ええ。……彼が望む通り、私との『結婚』という責任から、永遠に解放してあげるわ」
ダリルがコレットの腕の中で甘い夢を見ている間に。彼が唯一「帰れる」と信じていた温かな場所の扉は、完全に、そして二度と開かないように閉ざされたのだった。
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※他サイト様にも掲載