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泣き虫な訪問者
リッチモンド伯爵邸の勝手口は、本来、出入りの業者や近隣の住人が賑やかに行き交う場所だ。しかしその日の午後は、一人の女性が放つ異様な殺気によって、しんと静まり返っていた。
「出しなさいよ! メリッサって女を出しなさい!」
派手な化粧を崩し、肩をいからせて叫んでいるのは、街の食堂で働くサンドラだった。彼女の髪を飾るのは、陽光を反射してキラリと光る、繊細な銀細工の髪飾り。
騒ぎを聞きつけて現れたメリッサは、その髪飾りを見た瞬間、心臓を素手で掴まれたような衝撃に襲われた。
(あれは……ダリル様が、私の誕生日に贈ると約束してくださったもの……。騎士団の給料だけでは足りないからと、彼が『二人で選ぼう』と言っていた……)
職人の一点物だというその銀細工。ダリルは「君のチョコレート色の髪に映えるはずだ」と甘く囁いていた。それが今、別の女性の、手入れの行き届かない髪に無造作に突き刺さっている。
「私が、メリッサです。……何か御用でしょうか」
メリッサの声は、驚くほど静かだった。
サンドラは鼻で笑い、勝ち誇ったように一歩踏み出した。
「あんたが、『メリッサ』ね? いい? はっきり言っておいてあげるわ。ダリルはね、もう一ヶ月も前から私の家で暮らしてるの。毎日私の料理を食べて、私のベッドで寝てるわ。あんたみたいな『妹分』に構ってる暇なんてないのよ!」
勝手口の様子を遠巻きに見ていたメイドや下男たちが、一斉に息を呑んだ。
「妹分」――またしても、その言葉だ。
周囲が怒りに震え、今にもサンドラを追い出そうとしたその時。メリッサが、ふわりとサンドラの前に歩み寄った。
「……そうですか。ダリル様は、あなたのお宅に。……彼はちゃんと、お食事は召し上がっていますか? 彼は好き嫌いが多くて、放っておくとお肉ばかり食べてしまうでしょう?」
「は……?」
サンドラは毒気を抜かれたように目を見開いた。罵倒されるか、泣き喚かれると思っていたのに、返ってきたのは、まるで母親のような、深い慈愛に満ちた心配の言葉だった。
「それに……その髪飾り、とてもよくお似合いです。……ダリル様は、あなたのことを本当に大切に思っていらっしゃるのね」
メリッサの瞳には、憎しみも嫉妬もなかった。ただ、深い悲しみと、目の前の女性に対する純粋な「同情」だけが透き通っていた。
その清らかな視線に射抜かれた瞬間、サンドラの尖っていた肩から、すとんと力が抜けた。
「な、なによ……。なんなのよ、あんた……っ」
サンドラの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。彼女はその場にへたり込み、子供のように泣きじゃくり始めた。
「……あたしは、街の食堂の女給で。寄ってくる男はロクでもない奴らばっかりで……。そんな時、ダリルは、困っていたあたしを気にかけてくれて。重い荷物を持ってくれたり、優しい言葉をかけてくれたり……。それで、あたし……っ」
メリッサはそっと膝をつき、汚れも厭わずにサンドラの背中をさすった。そして、リッチモンド伯爵家の紋章が入った最高級のハンカチで、彼女の涙を優しく拭う。
「まさか、『妹分』って話だったあんたが、本当は『婚約者』だったなんて……。あたし、あいつに『あの女は実家が貧しくて、将来を心配した俺が形だけ面倒を見てるんだ』って吹き込まれてたのよ……っ。あんたに、酷いこと言って……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
いつの間にか、修羅場は人生相談の様相を呈していた。
勝手口に集まっていた使用人たちは、最初はサンドラを敵視していたが、彼女の身の上話を聞くうちに「この子も、あのクズ騎士の被害者なんだな」と、同情の眼差しを向け始めていた。
「いいのですよ、サンドラさん。あなたは何も悪くない。……悪いのは、二人の女性に違う嘘をついて、どちらの真心も踏みにじった、ダリル様なのですから」
メリッサの言葉は、サンドラだけでなく、見守っていた人々の心にも深く突き刺さった。
婚約者の不貞相手を、自ら抱きしめて慰めるメリッサ。その底知れない器の大きさと、静かなる「強さ」に、使用人たちは改めて感心せずにはいられなかった。
(メリッサさん……。なんて、なんて高潔な方なんだ……!)
(あの銀細工、メリッサさんの金で買ったんじゃないのか? それを平然と他の女に渡すなんて、あの男、本当にクズだな……!)
その場に居合わせた誰もが、ダリル・オレリーという男を「処刑リスト」の上位に叩き込んだ瞬間だった。
一頻り泣き終えたサンドラは、メリッサに支えられて立ち上がった。彼女の目からは、もうダリルへの未練は消え失せていた。
「メリッサ様……。あたし、あんな奴、今日中に家から追い出してやるわ。荷物も全部、広場にぶちまけてやる。……あんたも、あんな男、絶対に見捨てなさいよ」
「ええ。……ありがとうございます、サンドラさん。おかげで、私の心も決まりました」
サンドラを丁重に見送り、勝手口を閉めたメリッサの顔に、もう迷いはなかった。
振り返ると、そこには腕を組んで壁に寄りかかっていたヘンリーと、いつの間にか現れていたサントスが、酷く美しい笑顔で立っていた。
「……決まったようだね、メリッサ」
「姉さん、よく頑張った。あとのことは、僕たちに任せてよ」
メリッサは、自分の右手に残ったサンドラの涙の感触を噛み締めた。
ダリルが自分から奪ったのは、二年という歳月と、銀細工の髪飾りだけではない。一人の女性の純粋な恋心さえも、彼は弄んだのだ。
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「出しなさいよ! メリッサって女を出しなさい!」
派手な化粧を崩し、肩をいからせて叫んでいるのは、街の食堂で働くサンドラだった。彼女の髪を飾るのは、陽光を反射してキラリと光る、繊細な銀細工の髪飾り。
騒ぎを聞きつけて現れたメリッサは、その髪飾りを見た瞬間、心臓を素手で掴まれたような衝撃に襲われた。
(あれは……ダリル様が、私の誕生日に贈ると約束してくださったもの……。騎士団の給料だけでは足りないからと、彼が『二人で選ぼう』と言っていた……)
職人の一点物だというその銀細工。ダリルは「君のチョコレート色の髪に映えるはずだ」と甘く囁いていた。それが今、別の女性の、手入れの行き届かない髪に無造作に突き刺さっている。
「私が、メリッサです。……何か御用でしょうか」
メリッサの声は、驚くほど静かだった。
サンドラは鼻で笑い、勝ち誇ったように一歩踏み出した。
「あんたが、『メリッサ』ね? いい? はっきり言っておいてあげるわ。ダリルはね、もう一ヶ月も前から私の家で暮らしてるの。毎日私の料理を食べて、私のベッドで寝てるわ。あんたみたいな『妹分』に構ってる暇なんてないのよ!」
勝手口の様子を遠巻きに見ていたメイドや下男たちが、一斉に息を呑んだ。
「妹分」――またしても、その言葉だ。
周囲が怒りに震え、今にもサンドラを追い出そうとしたその時。メリッサが、ふわりとサンドラの前に歩み寄った。
「……そうですか。ダリル様は、あなたのお宅に。……彼はちゃんと、お食事は召し上がっていますか? 彼は好き嫌いが多くて、放っておくとお肉ばかり食べてしまうでしょう?」
「は……?」
サンドラは毒気を抜かれたように目を見開いた。罵倒されるか、泣き喚かれると思っていたのに、返ってきたのは、まるで母親のような、深い慈愛に満ちた心配の言葉だった。
「それに……その髪飾り、とてもよくお似合いです。……ダリル様は、あなたのことを本当に大切に思っていらっしゃるのね」
メリッサの瞳には、憎しみも嫉妬もなかった。ただ、深い悲しみと、目の前の女性に対する純粋な「同情」だけが透き通っていた。
その清らかな視線に射抜かれた瞬間、サンドラの尖っていた肩から、すとんと力が抜けた。
「な、なによ……。なんなのよ、あんた……っ」
サンドラの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。彼女はその場にへたり込み、子供のように泣きじゃくり始めた。
「……あたしは、街の食堂の女給で。寄ってくる男はロクでもない奴らばっかりで……。そんな時、ダリルは、困っていたあたしを気にかけてくれて。重い荷物を持ってくれたり、優しい言葉をかけてくれたり……。それで、あたし……っ」
メリッサはそっと膝をつき、汚れも厭わずにサンドラの背中をさすった。そして、リッチモンド伯爵家の紋章が入った最高級のハンカチで、彼女の涙を優しく拭う。
「まさか、『妹分』って話だったあんたが、本当は『婚約者』だったなんて……。あたし、あいつに『あの女は実家が貧しくて、将来を心配した俺が形だけ面倒を見てるんだ』って吹き込まれてたのよ……っ。あんたに、酷いこと言って……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
いつの間にか、修羅場は人生相談の様相を呈していた。
勝手口に集まっていた使用人たちは、最初はサンドラを敵視していたが、彼女の身の上話を聞くうちに「この子も、あのクズ騎士の被害者なんだな」と、同情の眼差しを向け始めていた。
「いいのですよ、サンドラさん。あなたは何も悪くない。……悪いのは、二人の女性に違う嘘をついて、どちらの真心も踏みにじった、ダリル様なのですから」
メリッサの言葉は、サンドラだけでなく、見守っていた人々の心にも深く突き刺さった。
婚約者の不貞相手を、自ら抱きしめて慰めるメリッサ。その底知れない器の大きさと、静かなる「強さ」に、使用人たちは改めて感心せずにはいられなかった。
(メリッサさん……。なんて、なんて高潔な方なんだ……!)
(あの銀細工、メリッサさんの金で買ったんじゃないのか? それを平然と他の女に渡すなんて、あの男、本当にクズだな……!)
その場に居合わせた誰もが、ダリル・オレリーという男を「処刑リスト」の上位に叩き込んだ瞬間だった。
一頻り泣き終えたサンドラは、メリッサに支えられて立ち上がった。彼女の目からは、もうダリルへの未練は消え失せていた。
「メリッサ様……。あたし、あんな奴、今日中に家から追い出してやるわ。荷物も全部、広場にぶちまけてやる。……あんたも、あんな男、絶対に見捨てなさいよ」
「ええ。……ありがとうございます、サンドラさん。おかげで、私の心も決まりました」
サンドラを丁重に見送り、勝手口を閉めたメリッサの顔に、もう迷いはなかった。
振り返ると、そこには腕を組んで壁に寄りかかっていたヘンリーと、いつの間にか現れていたサントスが、酷く美しい笑顔で立っていた。
「……決まったようだね、メリッサ」
「姉さん、よく頑張った。あとのことは、僕たちに任せてよ」
メリッサは、自分の右手に残ったサンドラの涙の感触を噛み締めた。
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