愛という名の毒を喰らえ〜五人の令嬢たちの華麗なる婚約破棄〜

恋せよ恋

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ジャスリン・ミラー子爵令嬢

損切りの通告

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 ミラー子爵家の応接室には、重苦しい空気が満ちていた。

 ふかふかのソファに深々と腰掛け、ゆっくりと紅茶を啜るジャスリンの前で、ミラー商会の当主――トーマスの父であるバレンティーノが、脂汗を流しながら震えていた。

「ジャ、ジャスリン嬢……。これは、一体どういうことですかな? 我が商会への次期投資計画の白紙撤回、さらには短期融資の一括返済要求……。このようなことをされては、我が商会の首が回らなくなる!」

「まあぁ、バレンティーノ様。お顔色がよろしくなくてよぉ? お茶でも召し上がって落ち着いてくださいましな」
 ジャスリンは、花が綻ぶような微笑みを浮かべた。

(――落ち着けるわけないわよねぇ! あんたのバカ息子が勝手に持ち出した物件のせいで、今期のキャッシュフローは真っ赤っ赤。おまけに仕入れ先との契約不履行の賠償金が積み上がってる。私が今この手を引かなければ、うちのミラー子爵家まであんたたちの共倒れに巻き込まれるじゃない。商売の鉄則その一、腐ったリンゴは箱ごと捨てることよ!)

「そ、そんな殺生な! 我が家と子爵家は、トーマスと貴女の婚約で結ばれているではありませんか!」
「ええ、その婚約についても、お話ししたいことがございますのぉ。……これ、ご覧になっていただけますぅ?」

 ジャスリンが優雅な所作で差し出したのは、数枚の報告書。そこには、トーマスがシャルロットに贈った宝飾品の領収書の写し、そして学園の白昼堂々、彼女を『真実の妻』と呼び、ジャスリンを『血も涙もない数字の亡者』と罵った目撃証言が克明に記されていた。

「こ、これは……!」
「トーマス様は、私との婚約を『心の通わない契約』だと仰いましたわぁ。私、悲しくて悲しくて。そこまで仰るのなら、彼の望む通り『契約』を解消して差し上げようと思ったのですのぉ。……ええ、もちろん慰謝料は、全額現金で。商会の資産を切り売りすれば、なんとかなりますわよねぇ?」

(――ならないわよね! 知ってるわよ! 今、商会の動産を売りに出しても、市場価値は暴落中。あんたたちがシャルロットに貢いだ宝石代、まるまる負債として残る計算よ。ざまぁないわね、バカ息子を持った親の末路ってわけ!)

 ジャスリンの脳内では、そろばんが「チャリン!チャリン!」と景気良く鳴り響いた。

 一方、そんな修羅場が実家で繰り広げられているとは露知らず、トーマスは学園の裏庭でシャルロットの手を引いていた。
「シャルロット。父上が商会の経営で少し神経質になっているようだが、心配いらないよ。君の誕生日の夜会には、王都で一番のドレスを仕立ててあげるからね」

「まあ、嬉しい! でもトーマス様、無理をなさらないで? 私、お花を一本いただくだけで幸せなんですのよ。……でも、そのドレスを着て孤児院に行けば、子供たちがまるでお姫様が来たみたいだって喜んでくれるかしらぁ?」
「ああ、君はなんて尊いんだ! 子供たちの笑顔のためなら、ドレスの一着や二着、安いものだ!」

(――一着や二着だと!? あんたの家の今月の残高、あと金貨数枚しかないんだぞ! 孤児院に行くのに最高級の絹を泥で汚してくるつもりか!? そのドレス代で、孤児院に新しい屋根が作れるわボケ!)

 茂みの陰で、カサンドラから借りた護衛に記録を取らせながら、ジャスリンは脳内で全力のツッコミを入れていた。
 もはや哀れみすら湧かない。ただ、冷徹な回収作業が残っているだけだ。

「……さて。そろそろ、トーマス様に『現実』という名の請求書を突きつける時間かしらぁ。ノーマン様、準備はよろしいですかぁ?」

 背後で控えていたノーマンが、少しだけ同情の混じった、けれど冷ややかな笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。ミラー商会の債権者会議の通知、トーマスの手元にも届くように手配したよ。彼は今夜、自分がどれほど『高くついた恋』をしていたか知ることになるだろうね」

「まあ、ノーマン様って本当に手際がいいのねぇ。ふふ、ふふふふふ」

 夕日に照らされたジャスリンの笑顔は、かつてないほど美しく、そして底知れぬ恐怖を孕んでいた。
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