王太子の賭けに負けた氷の貴公子。くじで選ばれた私への態度は、義務ですか?それとも本気ですか?

恋せよ恋

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暴かれた『罰ゲーム』

  学園の喧騒から離れた北校舎の最上階。そこに位置する図書室のテラスは、私の唯一の避難所だった。
 ウィリアム様との「義務」だけの顔合わせから三週間。学園内では早くも「氷の貴公子が地味な伯爵令嬢を選んだ」という噂が広まり、背中に突き刺さる視線から逃れるように、私は今日も古い詩集を抱えて外へと出た。

 春の柔らかな風が、火照った頬をなでる。
 テラスの眼下には、手入れの行き届いた中庭が広がっていた。そこへ、見覚えのある二人の人影が歩いてくるのが見え、私は思わず身を隠した。

 一人は、まばゆいばかりの金髪を揺らすウィリアム様。
 そしてもう一人は、華やかな雰囲気を纏った王太子、アルバート殿下だった。

 乳兄弟であるお二人は、周囲に護衛も置かず、親密な様子で談笑している。息を潜めてやり過ごそうとしたその時、風に乗って私の名前が聞こえてきた。

「――それで、例の婚約はどうなんだ? ローランド伯爵家の、ナターシャ嬢だったか」

 アルバート殿下の、少しからかうような声。私は心臓が跳ね上がるのを感じた。

「ああ。顔合わせは済ませた。予定通り、来週の夜会で公表する」

 応えるウィリアム様の声は、三日前に応接間で聞いた時と同じく、冷淡で何の色彩も帯びていなかった。

「ははっ、お前も災難だな。まさかあのワインの銘柄当ての賭けで、俺に負けるなんて。おかげで『負けたら即婚約』という俺の無茶振りに応える羽目になったわけだ」

 殿下の笑い声が、ナイフのように私の耳を切り裂いた。
 賭け。ワインの銘柄。
 私の人生を左右するこの婚約が、そんな酔狂な遊びで決まったものだというの?

「おい、本当にあの子で良かったのか? あの箱には他にも何人か候補の令嬢の名が入っていただろ。公爵家の令嬢や、もっと派手な美人もいたはずだが」

 殿下の問いに、わずかな沈黙が流れた。
 ほんの一瞬。ほんのわずかな間だけ、私は愚かにも期待してしまった。彼が何か、少しでも私を選んだ理由を口にしてくれるのではないかと。

「……誰でも良かった。ただ、賭けに負けたから義務を果たすだけだ。クジで引いた名が、たまたま『ローランド伯爵家ナターシャ』だった、それだけのことだ」

 それだけのことだ。
 氷の貴公子の唇から放たれたその言葉は、冷たい鉛となって私の胸の底に沈んだ。

 クジ。
 私は、選ばれたのではない。ただ、引かれただけなのだ。
 運命などという美しい言葉を彼は口にしたけれど、その中身は、行き場のない不運を誰かに押し付けるための、滑稽なくじ引きの結果に過ぎなかった。

「冷たいな、お前は相変わらず。まあ、ローランド家なら領政も安定しているし、派閥的にも問題ない。殿下の側近の婚約者という『飾り』としては、ちょうどいい落とし所だったのかもな」

「……ああ。彼女も分をわきまえている。余計な感情を挟まず、完璧な婚約者として振る舞ってくれるだろう」

 階下の会話は、そのまま他愛のない政務の話へと移っていった。
 けれど、私にはもうそれ以上の言葉を聞き取る力は残っていなかった。抱えていた詩集が、重く感じる。
 先ほどまで心地よかった風が、今は体を凍らせる刃のように感じられた。

(置物……)

 それが、ウィリアム様が私に期待している役割。
 愛される必要も、理解し合う必要もない。ただ、彼の隣で、彼のステータスに傷をつけないよう、美しく黙って立っていればいいだけ。

 視界が、急にじわりと滲んだ。
 泣いてはいけない。私は伯爵令嬢なのだから。

 自分を卑下してはいけない。これは家格の違う彼に選ばれた、最大の名誉なのだから。
 そう自分に言い聞かせても、こみ上げる惨めさを止めることはできなかった。

 王太子殿下との賭け。罰ゲーム。ハズレくじ。
 私の頭の中で、残酷なキーワードが何度も、何度もリフレインする。

 ――もし、私がもっと美しければ。
 ――もし、私が彼を惹きつける何かを持っていれば。

 彼はあんなにも無関心に、「誰でも良かった」なんて言わなかっただろうか。
 私は震える指先で、ぐっと目元を拭った。ここで泣いて、誰かに見つかるわけにはいかない。
 ウィリアム様が望むのが「完璧な婚約者」だというのなら、なってやろうじゃない。
 感情を殺し、心を鉄の扉で閉ざして。
 たとえ彼が至近距離で義務からのどれほど甘い言葉を囁こうとも、二度と心を揺らしたりはしない。

 私は詩集を強く抱きしめ、テラスを後にした。
 足元はまだ頼りなかったけれど、瞳だけは冷たく、彼の翡翠の瞳を模倣するかのように決意に満ちていた。

 これが、私に与えられた「罰ゲーム」という名の婚約なのだ。
 ならば、その役割を完璧に演じきってみせる。

 背中を向けて立ち去る彼女を、階下で見送っていたウィリアムが、どのような表情でその場所を見上げていたのかを。
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