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腹黒の矛先と、巻き込まれる兄
眠り病」の猛威は、待ったなしの状況だった。王都の下町では、昨夜まで元気に酒を酌み交わしていた男たちが、翌朝には糸の切れた人形のように深い眠りに落ちている。
この国難を前に、アルバート殿下が下した人事は、あまりにも「性格の悪い」ものだった。
「カサンドラ殿下。君の高度な医学知識と、我が国の行政を熟知した人材をぶつければ、事態は劇的に改善するはずだ。……フレデリック、君を医療団の総責任者兼、カサンドラ殿下の専属補佐に任命する。市井での感染対策、および検疫体制の構築を、二人で完遂してくれたまえ」
その言葉を聞いた瞬間、私の兄、フレデリック・シルヴァンは、手に持っていた羽根ペンを指先で一回転させた。その双眸には「ああ、面倒なことを押し付けやがって」という、親友である王太子への隠しきれない呪詛が浮かんでいる。
「……謹んで拝命いたします、殿下。カサンドラ殿下のような『劇薬』の扱いには慣れておりますので」
「なんですって? 私を薬品扱いするなんて、不遜極まりないわね、シルヴァン卿」
カサンドラ王女が、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせて兄を睨みつける。
だが、私の兄も大概な性格だ。彼は、妹である私にすら見せないような、極限まで冷徹で事務的な「仕事モード」の微笑みを彼女に向けた。
「不遜? いえ、客観的な評価です。さあ、王女殿下。あなたのその無駄に高いプライドを、少しは実務に回していただきましょうか。まずは下町の衛生管理データーの精査からです。一分一秒を争うのですよ」
(……うわあ。お兄様、初対面の王女様を『無駄に高いプライド』って切り捨てたわよ! でも、いいわ! 腹黒同士、潰し合ってちょうだい!)
こうして、王都の命運を賭けた「最強の凸凹腹黒コンビ」が誕生した。
翌日から、二人の戦場は華やかな王宮から、下町へと移った。
カサンドラ王女は、泥跳ねも厭わず白衣を翻し、患者の統計を取り続ける。一方で兄は、そのデータをもとに、物流を止めずに区画を封鎖する「精密な検疫シミュレーション」を次々と打ち出していく。
最初は、一触即発の空気だった。
「あなたのこの検疫計画、医学的な潜伏期間を無視しているわ! 計算し直して!」
「数字しか見ていないのはあなたの方だ、王女。民草の感情を無視した封鎖は、暴動を招くだけですよ。……ほら、これが修正案だ。あなたの望む隔離条件と、私の望む治安維持を両立させた、完璧な妥協案です」
だが、不眠不休の活動が三日を過ぎた頃、空気が変わり始めた。
下町の仮設診療所。ランタンの灯りの下で、山のような書類と格闘していたカサンドラ王女が、ふと、隣で冷徹に計算を続けるフレデリックの手元を見つめた。
そこには、彼女が「非効率」だと切り捨てたはずの下層市民への食料配給計画が、緻密な予算案と共に書き込まれていた。
「……あなた、ただの冷血な官僚かと思っていたけれど。……意外と、人の温もりを大切にするのね」
フレデリックは視線を上げず、淡々と答える。
「効率だけを求めるなら、私はあなたに同行などしていません。……あなたのその、目の前の命を救うために『自分を削る』という熱情。……嫌いではありませんよ、カサンドラ殿下」
その瞬間、カサンドラ王女の頬に、微かな赤みが差したのを私は見逃さなかった。
彼女は、自分の知性を「女」としてではなく、一人の「専門家」として対等に評価し、時には容赦なく叩き伏せてくるこの男に、生まれて初めての敗北感と……そして、強烈な敬意を抱き始めていた。
(……ちょっと待って。何この、少女漫画みたいな甘酸っぱい空気!? 私の兄と、あの氷の王女様が、仕事を通じて魂で惹かれ合ってる!? 推せる!いいわ!)
私は、兄と王女が詰め詰めている仮設執務室の隅で、小さくなってお茶を淹れていた。
(……なんで私がここにいるかって? そりゃあ、私がボソッと呟いた『汚染された水や手から病が広がることもあるわよね』っていう発言をアルバート殿下に拾われて、『君のその奇妙な直感は役に立つ。カサンドラたちを支えてやってくれ』って、半ば強制的に実務補助(雑用係)として放り込まれたからよ!)
アルバート殿下は私の逃走を防ぐため、常に自分の視界か、あるいは信頼する兄様の監視下に私を置くつもりらしい。
カサンドラ王女は、私の差し出した、少し温めのカフェオレを「……毒じゃないでしょうね」と悪態をつきながら受け取り、一口飲んで小さく微笑んだ。
「……悪くないわ、フレデリック。あなたの妹の淹れる飲み物も、その……性格の悪い解決策も」
「光栄です、カサンドラ殿下。……さあ、夜明けまでに次の区画の処方箋を書き上げますよ。遅れないでください」
腹黒い宰相補佐と、勝気な女医王女。
二人の間に芽生えたのは、淡い恋心という名の「最強の信頼関係」だった。
(……いける! いけるわよ! このまま二人がくっついて、王女殿下が兄を隣国へ連れて行けば……! 私がシルヴァン公爵家の後継者になるもの!)
アリステアの予想を遥かに超えるスピードで、事態は「腹黒王太子」の描いたシナリオ通りに、そしてアリステアの「逃走計画」をさらに困難にする方向へと動き出していた。
___________
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📢新連載🧚【わたし異世界の『苦情処理係』になりました!】
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その言葉を聞いた瞬間、私の兄、フレデリック・シルヴァンは、手に持っていた羽根ペンを指先で一回転させた。その双眸には「ああ、面倒なことを押し付けやがって」という、親友である王太子への隠しきれない呪詛が浮かんでいる。
「……謹んで拝命いたします、殿下。カサンドラ殿下のような『劇薬』の扱いには慣れておりますので」
「なんですって? 私を薬品扱いするなんて、不遜極まりないわね、シルヴァン卿」
カサンドラ王女が、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせて兄を睨みつける。
だが、私の兄も大概な性格だ。彼は、妹である私にすら見せないような、極限まで冷徹で事務的な「仕事モード」の微笑みを彼女に向けた。
「不遜? いえ、客観的な評価です。さあ、王女殿下。あなたのその無駄に高いプライドを、少しは実務に回していただきましょうか。まずは下町の衛生管理データーの精査からです。一分一秒を争うのですよ」
(……うわあ。お兄様、初対面の王女様を『無駄に高いプライド』って切り捨てたわよ! でも、いいわ! 腹黒同士、潰し合ってちょうだい!)
こうして、王都の命運を賭けた「最強の凸凹腹黒コンビ」が誕生した。
翌日から、二人の戦場は華やかな王宮から、下町へと移った。
カサンドラ王女は、泥跳ねも厭わず白衣を翻し、患者の統計を取り続ける。一方で兄は、そのデータをもとに、物流を止めずに区画を封鎖する「精密な検疫シミュレーション」を次々と打ち出していく。
最初は、一触即発の空気だった。
「あなたのこの検疫計画、医学的な潜伏期間を無視しているわ! 計算し直して!」
「数字しか見ていないのはあなたの方だ、王女。民草の感情を無視した封鎖は、暴動を招くだけですよ。……ほら、これが修正案だ。あなたの望む隔離条件と、私の望む治安維持を両立させた、完璧な妥協案です」
だが、不眠不休の活動が三日を過ぎた頃、空気が変わり始めた。
下町の仮設診療所。ランタンの灯りの下で、山のような書類と格闘していたカサンドラ王女が、ふと、隣で冷徹に計算を続けるフレデリックの手元を見つめた。
そこには、彼女が「非効率」だと切り捨てたはずの下層市民への食料配給計画が、緻密な予算案と共に書き込まれていた。
「……あなた、ただの冷血な官僚かと思っていたけれど。……意外と、人の温もりを大切にするのね」
フレデリックは視線を上げず、淡々と答える。
「効率だけを求めるなら、私はあなたに同行などしていません。……あなたのその、目の前の命を救うために『自分を削る』という熱情。……嫌いではありませんよ、カサンドラ殿下」
その瞬間、カサンドラ王女の頬に、微かな赤みが差したのを私は見逃さなかった。
彼女は、自分の知性を「女」としてではなく、一人の「専門家」として対等に評価し、時には容赦なく叩き伏せてくるこの男に、生まれて初めての敗北感と……そして、強烈な敬意を抱き始めていた。
(……ちょっと待って。何この、少女漫画みたいな甘酸っぱい空気!? 私の兄と、あの氷の王女様が、仕事を通じて魂で惹かれ合ってる!? 推せる!いいわ!)
私は、兄と王女が詰め詰めている仮設執務室の隅で、小さくなってお茶を淹れていた。
(……なんで私がここにいるかって? そりゃあ、私がボソッと呟いた『汚染された水や手から病が広がることもあるわよね』っていう発言をアルバート殿下に拾われて、『君のその奇妙な直感は役に立つ。カサンドラたちを支えてやってくれ』って、半ば強制的に実務補助(雑用係)として放り込まれたからよ!)
アルバート殿下は私の逃走を防ぐため、常に自分の視界か、あるいは信頼する兄様の監視下に私を置くつもりらしい。
カサンドラ王女は、私の差し出した、少し温めのカフェオレを「……毒じゃないでしょうね」と悪態をつきながら受け取り、一口飲んで小さく微笑んだ。
「……悪くないわ、フレデリック。あなたの妹の淹れる飲み物も、その……性格の悪い解決策も」
「光栄です、カサンドラ殿下。……さあ、夜明けまでに次の区画の処方箋を書き上げますよ。遅れないでください」
腹黒い宰相補佐と、勝気な女医王女。
二人の間に芽生えたのは、淡い恋心という名の「最強の信頼関係」だった。
(……いける! いけるわよ! このまま二人がくっついて、王女殿下が兄を隣国へ連れて行けば……! 私がシルヴァン公爵家の後継者になるもの!)
アリステアの予想を遥かに超えるスピードで、事態は「腹黒王太子」の描いたシナリオ通りに、そしてアリステアの「逃走計画」をさらに困難にする方向へと動き出していた。
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