身分違いの婚約、別れを認めない元カノ 〜「君だけだ」と言うけれど、私の知らないあなたの過去が苦しいのです〜

恋せよ恋

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キャサリンの反撃

  北方の港町にある小さな支店にまで、不穏な噂の波は届いていた。「フロントナックのワインは毒入りだ」「国家機密を売ろうとした反逆者だ」――。店先に叩きつけられる罵声と、届かなくなった発注書。王都の両親が心労で倒れたという報せを受け、キャサリンの中で何かが音を立てて変わった。

(悲しみに暮れて、身を引いていれば済む問題ではない。私が愛し、守るべきは『公爵夫人の座』ではなく、父と母が築き上げたこのフロントナック商会の誇りだわ)

 キャサリンは筆を執り、かつて学園で磨いた論理的思考と、幼少期から父に叩き込まれたワイン流通の全知識を動員し、一枚の意見書を書き上げた。そして、それを懐に忍ばせると、かつての控えめな令嬢としてではなく、一人の「商会の主」としての眼差しで、再び王都へと向かった。

 王宮の広間では、ナタリーが自信満々に技術局の大臣たちを前に演説していた。

「フロントナック商会が、蒸気機関の特殊合金の成分をワイン樽の底に隠し、輸出を装って隣国へ運ぼうとした証拠がこれです!」

 ナタリーが掲げたのは、黒ずんだ物質が付着したワイン樽の破片。それを見た大臣たちが動揺し、フロントナック家への告発状にサインしようとしたその時、重厚な扉が開かれた。

「その鑑定、あまりに非論理的ですわ。ナタリー・ジャッカス様」

 会場の視線が一斉に向いた。そこに立っていたのは、地味だが隙のない装いに身を包んだキャサリンだった。その背後には、第一王女クラリッサが「証人」として控えている。

「キャサリン様!? 逃げ出した女が、何の用よ!」

 ナタリーの叫びを無視し、キャサリンは凛とした足取りで壇上へ進み出た。

「皆様、ナタリー様が提示したその『証拠』をご覧ください。特殊合金の成分がワイン樽から検出されたとおっしゃいますが、それは科学的に不可能です。我が家のワインは酸化を防ぐため、高い酸度を保つ醸造法を採っております。特殊合金に含まれるという銅やスズの成分がその液体に触れれば、数時間で化学反応を起こし、ワインは濁り、強烈な異臭を放ちます。ですが――」

 キャサリンは持参したフロントナック産のワインをグラスに注ぎ、大臣たちの前に差し出した。

「ご覧ください。この透明感、そして香り。ナタリー様が仰るような金属成分が混入していれば、このような品質を保つことは不可能です。つまり、その樽の破片は後から捏造されたものか、あるいは彼女が『技術者』として最も犯してはならない、基礎的な化学反応の無視をした結果に他なりません」

「な、なんですって……! たかが酒屋の娘が、技術を語るな!」

「酒屋の娘だからこそ、液体の中での物質の変化については貴女より詳しいのです。さらに申し上げましょう」

 キャサリンは一枚の地図を広げた。

「貴女が主張する『輸出ルート』。そこにある関所では、現在、隣国の家畜伝染病対策で石灰を撒いた消毒液が使われています。もしそのルートを通れば、樽の表面には特有の反応が残るはず。ですが、貴女が提出した証拠物件にその痕跡はありませんでした。……ナタリー様、貴女は『存在しないルート』を空想で作り上げたのではありませんか?」

 ナタリーの顔がみるみるうちに青ざめていく。キャサリンの反撃は、感情論ではなく、圧倒的な「事実」と「知識」に基づいたものだった。

「お見事ね、キャサリン」

 後ろで見守っていたクラリッサ王女が、優雅に歩み寄った。王女は手にした書状を大臣たちへ放り投げる。

「ナタリー・ジャッカス。あなたが隣国の商人と結託し、フロントナック商会のワインに偽のレッテルを貼るよう指示した書簡、すべて押さえさせてもらったわ。それから、あなたがピエールに吹き込んだ『虚偽の過去』についても、当時の留学仲間全員の証言が揃っているわよ」

 崩れ落ちるナタリーを冷たく見下ろし、クラリッサは宣言した。

「国家プロジェクトの副責任者という地位を私怨のために利用し、無実の臣民を貶めた罪。……追放だけでは済まさないわよ。技術者としての誇りを汚した報い、たっぷりと受けてもらうわ」

 
 数時間後、王宮のバルコニー。
 すべてを終えたキャサリンの隣に、クラリッサ殿下が並んだ。

「キャサリン。これであなたの実家の名誉は守られたわ。……さあ、あそこにいる『愚か者』をどうする?」

 王女が指差した先には、庭園でうなだれているピエールの姿があった。彼はキャサリンが王宮に現れたと聞き、会う勇気も持てぬまま、ただ立ち尽くしていた。

「……ピエール様には、感謝しています。彼が私を突き放してくれたおかげで、私は自分が何者であるかを、自分の足で立ち上がる強さを思い出せましたから」

 キャサリンの瞳には、かつての不安げな色はなかった。

 起死回生の反撃を成功させた彼女は、もはや誰かに守られるだけの「子爵令嬢」ではなかった。自らの才覚で家を救い、王女さえも味方につけた、一人の自立した女性へと脱皮していたのである。
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