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レオナルドの泥臭い求愛
ラシュフォール学院の裏手、夕刻の噴水広場。
オレンジ色に染まる水面を背に、私は一人の男と対峙していた。
かつての「社交界の太陽」と称えられた面影はどこにもない。レオナルドは、膝を突き、私のドレスの裾を掴まんばかりの勢いで縋り付いていた。
「アイリス……お願いだ、行かないでくれ。俺の話を聞いてほしい!」
「聞き苦しいですわ、レオナルド様。何度言えば理解していただけるのかしら。私はもう、貴方の知る『地味ブス』ではありません。そして貴方も、私の憧れた『誠実な文通相手』ではないのです」
私は冷ややかに彼を見下ろした。
だが、レオナルドは引かなかった。彼は懐から、ボロボロに擦り切れた一通の手紙を取り出した。それは、私がかつて彼に送った、古い詩集についての感想を綴った手紙だった。
「顔なんて……顔なんて、本当はどうでもよかったんだ! 僕は、この手紙に書かれた君の言葉に恋をしていたんだ!」
レオナルドの声が震える。
「覚えているか? 君は書いた。『名もなき野の花が、誰に見られるためでもなく、ただその場所で命を燃やす姿に救われる』と。……あの時、偽りの自分を演じることに疲れ果てていた僕は、君のその一節に、初めて魂を震わされたんだ。君の書く文字が、静かな湖面のようなその言葉が、僕の唯一の救いだった!」
彼は、なりふり構わず叫び続けた。周囲にいる学生たちが遠巻きに驚愕の視線を送っていることなど、今の彼には一瞥の価値もないようだった。
「確かに僕は愚かだった! 見た目という浅ましい基準で君を測り、自分の弱さを隠すために君を傷つけた。だが、君がいなくなってからの半年間、僕を支えていたのは、君が磨き上げた今の美貌じゃない。……この、擦り切れた手紙の中にいる『君』だったんだ!」
レオナルドは、私を口説くための甘い言葉を一つも使わなかった。
かつて多くの女性を虜にしたあの洗練された微笑みも、余裕に満ちた仕草も消え失せ、ただ一人の、醜く後悔に悶える男がそこにいた。
「君が地味なままでも、不細工だと蔑まれていても、僕は君を追いかけただろう。……いや、今の君がどれほど美しくなっても、僕が見ているのは、その奥にある、あの鋭くも優しい君の心だけだ! 信じてくれ、アイリス!」
彼の泥臭いまでの求愛。
嘘偽りのない、剥き出しの感情。
それがかつての私に向けられたものだったなら、どれほど幸せだっただろうか。
私は、彼が握りしめている手紙を見つめた。それは確かに私が書いたものだ。孤独な夜に、彼なら分かってくれると信じて、魂を削るようにして認めた言葉。
「……遅すぎたのです、レオナルド様」
私は静かに、けれど明確に告げた。
「その言葉を、私が自分に自信を持てず、貴方の影に怯えていた時に聞かせてくださったなら……。けれど、今の私は、貴方の言葉がなくても一人で立てるようになりました。美しさも、知性も、自らの手で掴み取ったのです」
「アイリス……」
「貴方が愛しているのは、過去の私への『罪悪感』ではありませんか? あるいは、手に入らなくなったものへの『執着』ではありませんか?」
レオナルドの顔が絶望に歪む。
だが、その瞳には、諦めではない、より深い決意の色が宿った。
「違う。……確信があるんだ。君に拒絶され、蔑まれ、それでも君から目を逸らせないこの痛みが、僕にとって初めての『恋』なのだと」
かつての遊び人は、泥にまみれながらも、私を真っ直ぐに見つめ返した。
その無様で必死な姿は、奇妙なことに、着飾った今の私よりも、ずっと人間らしく見えた。
(……ああ。ようやく、同じ地平に立ったのね)
私は彼に手を貸すことはせず、ただ冷たい風を受けながら、噴水の音に耳を傾けていた。
執着が愛に変わるのか。それとも、このまま虚空に消えるのか。レオナルドの「本当の戦い」は、ここから始まろうとしていた。
__________
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オレンジ色に染まる水面を背に、私は一人の男と対峙していた。
かつての「社交界の太陽」と称えられた面影はどこにもない。レオナルドは、膝を突き、私のドレスの裾を掴まんばかりの勢いで縋り付いていた。
「アイリス……お願いだ、行かないでくれ。俺の話を聞いてほしい!」
「聞き苦しいですわ、レオナルド様。何度言えば理解していただけるのかしら。私はもう、貴方の知る『地味ブス』ではありません。そして貴方も、私の憧れた『誠実な文通相手』ではないのです」
私は冷ややかに彼を見下ろした。
だが、レオナルドは引かなかった。彼は懐から、ボロボロに擦り切れた一通の手紙を取り出した。それは、私がかつて彼に送った、古い詩集についての感想を綴った手紙だった。
「顔なんて……顔なんて、本当はどうでもよかったんだ! 僕は、この手紙に書かれた君の言葉に恋をしていたんだ!」
レオナルドの声が震える。
「覚えているか? 君は書いた。『名もなき野の花が、誰に見られるためでもなく、ただその場所で命を燃やす姿に救われる』と。……あの時、偽りの自分を演じることに疲れ果てていた僕は、君のその一節に、初めて魂を震わされたんだ。君の書く文字が、静かな湖面のようなその言葉が、僕の唯一の救いだった!」
彼は、なりふり構わず叫び続けた。周囲にいる学生たちが遠巻きに驚愕の視線を送っていることなど、今の彼には一瞥の価値もないようだった。
「確かに僕は愚かだった! 見た目という浅ましい基準で君を測り、自分の弱さを隠すために君を傷つけた。だが、君がいなくなってからの半年間、僕を支えていたのは、君が磨き上げた今の美貌じゃない。……この、擦り切れた手紙の中にいる『君』だったんだ!」
レオナルドは、私を口説くための甘い言葉を一つも使わなかった。
かつて多くの女性を虜にしたあの洗練された微笑みも、余裕に満ちた仕草も消え失せ、ただ一人の、醜く後悔に悶える男がそこにいた。
「君が地味なままでも、不細工だと蔑まれていても、僕は君を追いかけただろう。……いや、今の君がどれほど美しくなっても、僕が見ているのは、その奥にある、あの鋭くも優しい君の心だけだ! 信じてくれ、アイリス!」
彼の泥臭いまでの求愛。
嘘偽りのない、剥き出しの感情。
それがかつての私に向けられたものだったなら、どれほど幸せだっただろうか。
私は、彼が握りしめている手紙を見つめた。それは確かに私が書いたものだ。孤独な夜に、彼なら分かってくれると信じて、魂を削るようにして認めた言葉。
「……遅すぎたのです、レオナルド様」
私は静かに、けれど明確に告げた。
「その言葉を、私が自分に自信を持てず、貴方の影に怯えていた時に聞かせてくださったなら……。けれど、今の私は、貴方の言葉がなくても一人で立てるようになりました。美しさも、知性も、自らの手で掴み取ったのです」
「アイリス……」
「貴方が愛しているのは、過去の私への『罪悪感』ではありませんか? あるいは、手に入らなくなったものへの『執着』ではありませんか?」
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「違う。……確信があるんだ。君に拒絶され、蔑まれ、それでも君から目を逸らせないこの痛みが、僕にとって初めての『恋』なのだと」
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執着が愛に変わるのか。それとも、このまま虚空に消えるのか。レオナルドの「本当の戦い」は、ここから始まろうとしていた。
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