実兄の婚約者に恋した貴方を、私はもう愛さない。その椅子、行方不明のお兄様のものですよね?

恋せよ恋

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オリーブの瞳に誓う

  騒乱の嵐が過ぎ去り、パルマン侯爵邸には本当の意味での平穏が訪れていた。
 庭園のオリーブの木々は銀緑色の葉を揺らし、初夏の柔らかな光が、テラスで書類を広げる二人の影を優しく縁取っている。

 パスカルの傍らには、かつて不当に遠ざけられていた忠実な侍従たちが戻っていた。彼らは主君の生還を涙ながらに喜び、以前にも増して献身的に屋敷を盛り立てている。その活気は領民にも伝わり、パルマン家の統治はこれまでにない盤石なものとなりつつあった。

「……ここの水利権の調整、アシュトン商会を通したほうが円滑に進みそうですわ。あそこの会主は、少しばかり強欲ですが、実利には敏いですから」

 セシリアがペンを走らせながら、事も無げに提案する。その隣で、パスカルは満足げに目を細めた。

 彼の足の容態は驚くほど快復し、今では杖を置いても歩けるほどになっている。顔を覆っていた凄惨な傷も、医師の献身と本人の生命力によって薄らぎ、元来の彫刻のような美貌に、一筋の勇壮なアクセントを加えた。死線を越えた男にしか宿らないその気迫は、かつての「端正な貴公子」を「壮絶なまでの美しさを湛えた統治者」へと変貌させていた。

「ああ、君の言う通りにしよう。……かつて君の知性を『重荷』だと切り捨てた愚か者がいたが、私にとってはこれほど心強いものはない。セシリア、これからは君のその鋭い知性を、領地のために、そして、何より私のために使ってほしい」

 パスカルがセシリアの肩を抱き寄せ、その耳元で深く囁く。セシリアは頬を染めながらも、凛とした微笑みで彼を見つめ返した。

「ええ。もう誰にも、私の場所は譲りませんわ」

 そんな二人のもとへ、予期せぬ、けれど最高に名誉ある来客が訪れた。

 王家直属の近衛兵を伴い、華やかな正装で現れたのは、パスカルの学友であり、この国の次代を担う王太子その人であった。

「堅苦しい挨拶は抜きだ。今日は一人の友人として、君たちの再出発を祝いに来た」

 王太子は、パスカルの肩を親しげに叩き、その瞳に宿る確かな光を見て深く頷いた。

「良かったな、パスカル。君が地獄から戻り、そして隣にこれほどまでに見事な『盾』と『矛』を兼ね備えた伴侶を得たこと、心から嬉しく思う」

 王太子は、セシリアに向かっても敬意を込めた言葉を送った。

「セシリア。君の立ち振る舞いは、我が国の令嬢たちの模範だ。……君たちが築くパルマン家の未来に、大いなる祝福を」

 高貴な友の言葉に、二人は顔を見合わせ、深く頭を下げた。


 王太子を見送り、再び二人きりになった黄昏時。
 オレンジ色に染まる庭園を見渡しながら、パスカルはセシリアの手を強く、離さないという意志を込めて握りしめた。

「セシリア。君に贈ったオリーブの押し花を覚えているか? 『潮が満ちるのを待て』と書いた、あの日の言葉を」

「ええ、忘れたことなどございませんわ」

「これからは、もう君に待たせるようなことはさせない。嵐の夜も、凪の日も、私は常に君の隣にあると誓おう」

 パスカルは、彼女のオリーブ色の瞳の中に、自分という男の未来が映っているのを見た。
 かつては契約から始まった関係。復讐という暗い絆で結ばれた二人。
 けれど今、二人の間に流れているのは、決して枯れることのない、新しく芽吹いたばかりの真実の愛だった。

「……私も誓いますわ、パスカル様。貴方が歩む地上のすべてを、私が最高に輝く舞台に変えて差し上げます」

 沈みゆく太陽が、二人の影を一つに重ねる。

 捨てられた令嬢と、死から戻った亡霊。

 二人の物語は、今、残酷な復讐劇という幕を閉じ、眩いほどの幸福に満ちた、新しい幕を開けたのだった。
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