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嘘つきたちの恋の清算
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「……さて。これ以上、私を『無垢な貧乏令嬢』として扱うのは、時間の無駄だと思いませんこと?」
図書室に漂っていた甘く静謐な空気は、サブリナの一言で凍りついた。いや、むしろ熱を帯びて弾けた。
サブリナは、自分を抱き寄せているマーロンの腕を冷徹な力で振り払う。
そして、野暮ったい眼鏡を外して机に放り投げた。その下から現れたのは、鋭く、知性に溢れた、獲物を定める鷹のような瞳だ。
「さっぱり分からない、なんて冗談は終わりよ。マーロン・ダービン」
マーロンは驚きに目を見開いた後、喉の奥で低く笑った。
「ようやく地が出たな。影からの報告によれば、君は王都の流通の三割を裏で操る『沈黙の支配者』だとか。どうしてそんな怪物が、僕の嘘臭い告白に乗ったんだ?」
「決まっているでしょう。あなたの実家、ダービン侯爵家の『物流網』が欲しかったからよ」
サブリナは懐から別の書類束を取り出し、机に叩きつけた。それは、先ほど彼女がサインを強請った「愛の誓約書」などとは比較にならないほど分厚い、緻密な報告書の山だった。
「あなたが『買い叩いた』と言っていた私の下請け会社。あれ、わざと赤字を出して切り離す予定のゴミ箱だったのよ。
それを高値で買い取ってくださって、本当に助かったわ。おかげで我が商会の今期純利益は、予想を二十パーセント上回ったわ」
「な……んだと?」
マーロンの余裕が、初めて微かに揺らいだ。
「驚くのはこれからよ。あなたが私の外堀を埋めているつもりだった間に、私はあなたの足元を掘り崩していたの。
ダービン侯爵家が隠し持っていた『東部鉄道の株』、最近誰かに買い占められていなかったかしら?」
マーロンの顔色が、劇的に変わった。
「……まさか、エアハート商会が?」
「いいえ。私が設立した、別名義の幽霊会社よ。それから、あなたの父親が投資に失敗して作った裏の借金。それ、全部買い取らせていただいたわ。
——つまり、現在ダービン侯爵家の『生殺与奪の権』を握っているのは、私よ。マーロン侯爵令息様」
サブリナは優雅に椅子に腰を下ろし、足を組んだ。その姿は、もはや怯える令嬢などではない。王宮の女官どころか、一国の経済を左右する女王の威厳すらあった。
「嘘の告白をして、私を笑いものにするつもりだったのでしょう? でも残念。笑われているのは、自分の領地の命綱を、たった一杯の紅茶(デート)で私に差し出した、あなたの方よ」
完全な沈黙が図書室を支配した。
マーロンの隠密さえも、あまりの衝撃に気配を乱している。
マーロンは、しばらく呆然とサブリナを見つめていた。
プライドをズタズタにされ、家の命運を握られたのだ。激昂するか、絶望するか。
しかし、彼の口から漏れたのは、狂おしいほどに明るい笑い声だった。
「ははは!……ははははは! 素晴らしい! 最高だよ、サブリナ! まさか僕を、ここまで完璧に『カモ』にしてくれるなんて!」
マーロンは崩れ落ちるように膝をつき、サブリナの足元に跪いた。
だがその目は死んでいない。むしろ、かつてないほどギラギラとした熱狂を宿している。
「僕の負けだ。完敗だよ。家も、財産も、僕のプライドも、すべて君に差し上げよう。……だから、僕を君の商会の『専属執事(奴隷)』にでもしてくれないか?」
「……は?」
「君という最強の経営者の隣で、君が世界を飲み込んでいく姿を一番近くで見たいんだ。愛なんて嘘でいい。利害関係だけでいい。君の隣にいる権利を、僕に売ってくれ」
サブリナは、絶句した。
(この男……自分の家が乗っ取られそうだって言っているのに、何でこんなに嬉しそうなのよ!?)
勝ち組の人生を舐めていたマーロンにとって、自分を完膚なきまでに叩きのめしたサブリナは、人生で初めて出会った「退屈ではない存在」だった。
サブリナは、大きくため息をつき、顎を指先でなぞった。
「……いいわ。物流の独占契約は、予定通り進める。ダービン侯爵家を潰すのは、効率が悪いもの。代わりに、あなたには一生、私のために働いてもらうわよ。まずは、私の荷物持ちから始めてもらうわ」
「喜んで。主人(オーナー)」
マーロンはサブリナの手に、今度は演技ではなく、狂信的な忠誠を込めて口づけを落とした。
数ヶ月後。
ルミナス学園の卒業式には、奇妙なカップルの姿があった。
相変わらず地味な装いだが、どこか女王のような風格を漂わせるサブリナと、その後ろで甲斐甲斐しく荷物を持ち、周囲の女子には目もくれず、サブリナの視線一つに一喜一憂する超美形のマーロン。
「ねえ、サブリナ。今日の商談の後は、久しぶりに『恋人らしい』夕食でもどうかな?」
「却下よ。次は北部の炭鉱ギルドとの交渉があるわ。……あ、でも、交渉が五分で終わったら、考えてあげなくもないわ」
「五分か。厳しいな。……でも、やってみせるよ」
嘘から始まった告白。
嘘で塗り固めた受諾。
けれど、二人の間に残ったのは、どんな宝石よりも価値のある、最高に「純利益」な本物の絆だった。
「……ま、せいぜい頑張りなさい。私のカモ(旦那様)」
サブリナの毒気を含んだ微笑みに、マーロンは今日一番の幸せそうな顔で応えるのだった。
ハッピーエンド
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二人の幸せに、エール📣いいね🩵お気に入り⭐️応援宜しくお願いします🙇
✨📚新連載スタート
【「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります!】
図書室に漂っていた甘く静謐な空気は、サブリナの一言で凍りついた。いや、むしろ熱を帯びて弾けた。
サブリナは、自分を抱き寄せているマーロンの腕を冷徹な力で振り払う。
そして、野暮ったい眼鏡を外して机に放り投げた。その下から現れたのは、鋭く、知性に溢れた、獲物を定める鷹のような瞳だ。
「さっぱり分からない、なんて冗談は終わりよ。マーロン・ダービン」
マーロンは驚きに目を見開いた後、喉の奥で低く笑った。
「ようやく地が出たな。影からの報告によれば、君は王都の流通の三割を裏で操る『沈黙の支配者』だとか。どうしてそんな怪物が、僕の嘘臭い告白に乗ったんだ?」
「決まっているでしょう。あなたの実家、ダービン侯爵家の『物流網』が欲しかったからよ」
サブリナは懐から別の書類束を取り出し、机に叩きつけた。それは、先ほど彼女がサインを強請った「愛の誓約書」などとは比較にならないほど分厚い、緻密な報告書の山だった。
「あなたが『買い叩いた』と言っていた私の下請け会社。あれ、わざと赤字を出して切り離す予定のゴミ箱だったのよ。
それを高値で買い取ってくださって、本当に助かったわ。おかげで我が商会の今期純利益は、予想を二十パーセント上回ったわ」
「な……んだと?」
マーロンの余裕が、初めて微かに揺らいだ。
「驚くのはこれからよ。あなたが私の外堀を埋めているつもりだった間に、私はあなたの足元を掘り崩していたの。
ダービン侯爵家が隠し持っていた『東部鉄道の株』、最近誰かに買い占められていなかったかしら?」
マーロンの顔色が、劇的に変わった。
「……まさか、エアハート商会が?」
「いいえ。私が設立した、別名義の幽霊会社よ。それから、あなたの父親が投資に失敗して作った裏の借金。それ、全部買い取らせていただいたわ。
——つまり、現在ダービン侯爵家の『生殺与奪の権』を握っているのは、私よ。マーロン侯爵令息様」
サブリナは優雅に椅子に腰を下ろし、足を組んだ。その姿は、もはや怯える令嬢などではない。王宮の女官どころか、一国の経済を左右する女王の威厳すらあった。
「嘘の告白をして、私を笑いものにするつもりだったのでしょう? でも残念。笑われているのは、自分の領地の命綱を、たった一杯の紅茶(デート)で私に差し出した、あなたの方よ」
完全な沈黙が図書室を支配した。
マーロンの隠密さえも、あまりの衝撃に気配を乱している。
マーロンは、しばらく呆然とサブリナを見つめていた。
プライドをズタズタにされ、家の命運を握られたのだ。激昂するか、絶望するか。
しかし、彼の口から漏れたのは、狂おしいほどに明るい笑い声だった。
「ははは!……ははははは! 素晴らしい! 最高だよ、サブリナ! まさか僕を、ここまで完璧に『カモ』にしてくれるなんて!」
マーロンは崩れ落ちるように膝をつき、サブリナの足元に跪いた。
だがその目は死んでいない。むしろ、かつてないほどギラギラとした熱狂を宿している。
「僕の負けだ。完敗だよ。家も、財産も、僕のプライドも、すべて君に差し上げよう。……だから、僕を君の商会の『専属執事(奴隷)』にでもしてくれないか?」
「……は?」
「君という最強の経営者の隣で、君が世界を飲み込んでいく姿を一番近くで見たいんだ。愛なんて嘘でいい。利害関係だけでいい。君の隣にいる権利を、僕に売ってくれ」
サブリナは、絶句した。
(この男……自分の家が乗っ取られそうだって言っているのに、何でこんなに嬉しそうなのよ!?)
勝ち組の人生を舐めていたマーロンにとって、自分を完膚なきまでに叩きのめしたサブリナは、人生で初めて出会った「退屈ではない存在」だった。
サブリナは、大きくため息をつき、顎を指先でなぞった。
「……いいわ。物流の独占契約は、予定通り進める。ダービン侯爵家を潰すのは、効率が悪いもの。代わりに、あなたには一生、私のために働いてもらうわよ。まずは、私の荷物持ちから始めてもらうわ」
「喜んで。主人(オーナー)」
マーロンはサブリナの手に、今度は演技ではなく、狂信的な忠誠を込めて口づけを落とした。
数ヶ月後。
ルミナス学園の卒業式には、奇妙なカップルの姿があった。
相変わらず地味な装いだが、どこか女王のような風格を漂わせるサブリナと、その後ろで甲斐甲斐しく荷物を持ち、周囲の女子には目もくれず、サブリナの視線一つに一喜一憂する超美形のマーロン。
「ねえ、サブリナ。今日の商談の後は、久しぶりに『恋人らしい』夕食でもどうかな?」
「却下よ。次は北部の炭鉱ギルドとの交渉があるわ。……あ、でも、交渉が五分で終わったら、考えてあげなくもないわ」
「五分か。厳しいな。……でも、やってみせるよ」
嘘から始まった告白。
嘘で塗り固めた受諾。
けれど、二人の間に残ったのは、どんな宝石よりも価値のある、最高に「純利益」な本物の絆だった。
「……ま、せいぜい頑張りなさい。私のカモ(旦那様)」
サブリナの毒気を含んだ微笑みに、マーロンは今日一番の幸せそうな顔で応えるのだった。
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