【完結】ヒトゥーヴァの娘〜斬首からはじまる因果応報譚〜

花房いちご

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本編

十一話 破滅のアレクサンドラ

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 夜会の会場だった広間は、突然現れた宰相と騎士たちによって閉鎖された。
 参加者は全員、取り調べを名目に王城に留め置かれた。
 もちろん、アレクサンドラもその一人だ。アレクサンドラは公爵令嬢であり、現時点では罪が確定していない。牢ではなく客室に案内された。
 王城で最も豪華な客室だ。寝室だけでなく風呂や居間などの部屋がある。
 公爵令嬢に相応しい待遇だが、アレクサンドラは落ち着かず眠れない。ホンファンの無惨な最期が頭にこびりついている。
 放物線を描いて飛んだ生首が、お前のせいだと訴える。

「わ、私は悪くない!私は悪くない!勝手に死んだお前が!ヒトゥーヴァの娘が悪い!」

 眠れないまま迎えた翌朝。いまだ混乱の最中にあったアレクサンドラに、とんでもない知らせが舞い込んだ。

 オプスキュリテ辺境伯家が、王家とリュミエール公爵家に宣戦布告した。
 王城に届いた宣戦布告の概要をまとめると、以下の通りである。

【リュミエール公爵令嬢は、フェイ紅芳ホンファンに冤罪をかぶせ、自害するまで追い詰めた。
飛紅芳は、オプスキュリテ辺境伯令息ベルナールの婚約者であり東の隣国の貴人である。これは飛紅芳と飛家のみならず、オプスキュリテ辺境伯家と東の隣国双方に対する侮辱でもある。
この企てには、リュミエール公爵家と国王が深く関わっている。
特に国王は、ベルナールが飛紅芳を助けられないよう不当に拘束し、飛紅芳と共に地下牢に監禁する手筈てはずを整えていた。
また、王家とリュミエール公爵家は、オプスキュリテ辺境伯家を初めとする地方領主を長年に渡り粗略そりゃくに扱った。
その武力、交易、産業の恩恵に預かっておきながら、充分な褒賞と名誉を与えなかった。蔑み罵り虐げた。
王家とリュミエール公爵家は他にも多くの余罪があり、その欲望は民の生活を脅かしている。
オプスキュリテ辺境伯家は、暴君を頂く王家への忠誠を捨て、暗愚の巣窟であるリュミエール公爵家への敬意を失った。
暴君よ。暗愚どもよ。覚悟せよ。
我々は喜んで逆賊のそしりを受けよう。
我々が受けた屈辱は、東の隣国に対する不義理は、王家とリュミエール公爵家の血でしかあがなえぬ】

 夜会は昨日だというのに、オプスキュリテ辺境伯家の動きはあまりに速い。
 しかも、いつの間にかホンファンの死体と従者たち、そして国王に拘束されていたはずのベルナールが行方不明になっているという。

 以上のことを、アレクサンドラは居間での取り調べ中に教えられたのだった。

「は?な、なぜ?どうしてベルナール様も死体も行方不明に!?しかも宣戦布告されたのは私と叔父様たちのせいってどういうことよ!?」

「確証はありませんが、令息自ら拘束を解いて脱出したと思われます。飛紅芳殿のご遺体を保護した従者たちと合流し、王都から脱出したのでしょう。
次に、オプスキュリテ辺境伯家が王家とリュミエール公爵家に宣戦布告したことへの責任ですが」

 アレクサンドラの対面に座る宰相ブリュイアール侯爵は、冷ややかな眼差しで見下した。

「貴女がたの責任に決まっているでしょう。
貴女はオプスキュリテ辺境伯令息の婚約者に冤罪をかけて自害に追い込み、国王陛下は令息を不当に拘束したのですから」

「それは……!」

「ああ、飛紅芳殿の罪が冤罪なのはわかっています。証拠もあるので言い逃れはできませんよ。かなり杜撰な計画ですから、オプスキュリテ辺境伯家側も調べるのに苦労しなかったでしょうね。
 そもそもオプスキュリテ辺境伯家は、以前から王家と中央貴族からの待遇に不満を抱いていました。しかし王国のためを思い、反乱を起こすことも強い抗議を出すこともなく耐え、王家と中央貴族が考えを改めることを信じていました。
 その上でこの愚かな茶番劇だ。
 彼らは反乱する理由を得ました。その怒りは激しく深い。王家とリュミエール公爵家を滅ぼし、中央貴族を粛清するまで鎮まらないでしょう。
何もかも、貴女と国王陛下とリュミエール公爵家の責任です」

「だから!どうしてそれが私たちのせいなのよ!ヒトゥーヴァの娘は勝手に死んだのよ!冤罪だったなんて私は知らなかった!私のせいじゃない!」

「冤罪は貴女が仕組んだ。先ほども証拠があると言ったでしょう。貴女と国王陛下の浅ましい企みなど、とっくの昔に露見しているのですよ。はあ……。ここまで説明しても、やはり貴女は何も理解できないのですね。
もういい。連れていけ」

 ひかえていた女性騎士たちによって、アレクサンドラは無理矢理立たされた。

「私に触るな!離しなさいよ!お父様とお母様が黙ってないわよ!
 ちょっと宰相!私はお前の息子の婚約者よ!やめさせなさい!」

 アレクサンドラは叫ぶが、誰も彼女に従わない。こうしてアレクサンドラは、貴族牢に収容された。

 貴族牢は、王城の敷地にある塔だ。
 階が上がるほどに高貴な身分の者が収容されていて、アレクサンドラは二番目に高貴な牢に入れられた。
 牢といっても清潔だ。複数の部屋があり設備も整っている。質素だが着替えもちゃんとしたものだ。
 ただし、廊下に繋がる部屋は鉄格子と鉄の扉で固められており、常に牢番が張り付いている。明かり取り用の窓もあるが、かなり上の方にしか無いし、やはり鉄格子がはまっている。

「なによこの貧相で陰気臭い部屋!出しなさい!出せー!」

 アレクサンドラは暴れて喚いたが、状況は変わらない。
 朝と晩、アレクサンドラにとっては粗末な食事が出る時と、数日おきに掃除と汚れ物を回収するため下女が入室するが、それ以外は誰も来ない。
 牢番や下女は、アレクサンドラが何を言っても無視する。
 本と筆記用具だけはあったので、両親、ベルナール、クレマンへ手紙を書いた。手紙は回収されていくが、返事は来ない。

「私を助けて!早く迎えに来て!助けなさいよおおお!」

 気が狂いそうな日々を過ごし、アレクサンドラの心身は衰えていった。一応、三日ごとに身体を水で拭いてはいるが、肌も髪も以前の艶やかさを失っていく。


◆◆◆◆◆



 一体何日経ったのか。前触れなく、クレマンが面会に来た。

「クレマン!」

 クレマンは相変わらずの貴公子ぶりだ。上品な茶色い礼服を着ている。清潔だが薄暗い牢の中から見ると輝いて見えた。
 アレクサンドラは鉄格子を掴みながら叫ぶ。

「クレマン!やっと来たのね!遅いわ!今すぐ此処から出しなさい!」

 激しい勢いに、クレマンの従者が前に出ようとする。常にクレマンの側にいる茶髪の従者だ。
 クレマンはそれを手で制し、繊細な美貌に不快感を浮かべながらアレクサンドラを見下した。

「それは出来ない。貴女は王国を脅かした大罪人だ。罪を重くしないためにも大人しくしている事を勧めるよ」

 淡々とした声。アレクサンドラは驚き固まった。
 クレマンに素っ気なくされた。敬意の欠片も感じられない話し方をされた。
 そう理解して激昂する。

「私が大罪人ですって!?お前!リュミエール公爵家の姫であるこの私にそんな口を聞いていいと思っているの!?まだ婚約してやってるからって調子に乗るんじゃないわよ!早くここから出しなさい!」

 怒りのまま吠えるアレクサンドラ。しかしクレマンは冷静なままだ。

「リュミエール公爵家は取り潰された。今の貴女は平民の大罪人でしかない。伴って、私との婚約も貴女有責で破棄された」

「ここから出せ……は?取り潰し?平民?婚約破棄?」

 想像してなかった言葉に絶句するアレクサンドラ。
 クレマンは「あの夜会から一月が経った。その間に色々とあったのだ」と、断ってから説明した。

「元国王とリュミエール家は、オプスキュリテ辺境伯家の謀叛を招いた。国家反逆罪に相当する罪だ。
 東方との交易は閉ざされ、オプスキュリテ辺境伯軍により多くの地域が制圧された。
 元国王とリュミエール家の罪は明らかだ。以前から他にも悪行を繰り返していた。横領、賄賂、脅迫、密輸入などな。
 すぐさま元国王とリュミエール家、そしてそれぞれの配下を拘束し、緊急貴族議会を開いた」

 緊急貴族議会とは、王国に危機が訪れた場合や、王族または高位貴族が大罪や失策を犯した場合に開かれる議会だ。
 王侯貴族たちが、議論と投票で大きな決断をしたり、王族を裁くのである。

「緊急貴族議会の決定により、旧王家を滅ぼすことが決まった。
 新たな王家は、オプスキュリテ辺境伯家と和平を結び、東の隣国とも友好な関係を築く。
 王国の危機を招いた元凶である元国王は退位、リュミエール公爵家とその一族は爵位を剥奪。罪に応じて刑に処す」

「そ、そんな。そんな事が許されるわけが……」

「事実だ。リュミエール家は没落した。元国王も権力を失った。貴女が北の塔から出られないのが、何よりの証拠だろう」

「う……うう……」

 アレクサンドラの身体から力が抜けた。その場に崩れ落ちる。

「貴女も近日中に裁かれる。覚悟しておくように」

 クレマンは背を向けて去ろうとした。アレクサンドラは気力を絞って叫ぶ。

「クレマン!助けて!私を愛しているでしょう!お前と結婚してあげるから……!」

 心からの懇願だが、返されたのは嫌悪の籠った水色の眼差しと恨みが滲む声だった。

「黙れ。貴様のような醜悪で愚かな女を愛したことはない」

「え?な、なんで?あ、あんなに私に尽くしてたじゃない?どんなに鞭で打っても叩いても受け入れてたじゃない!クレマン、どうしたの?」

「我がブリュイアール侯爵家と同志たちの悲願を果たすまでは、貴様との婚約は必要だった。だが、貴様は所詮その程度の存在だ。
 平民の大罪人が、弁えよ」

「な、何を言ってるの!?」

 クレマンは嘲笑浮かべた。

「ああ、貴様の父と我が父との契約を忘れたか?貴様は顔が良いからと言うだけの理由で、私を婚約者に望んだ。私は嫌でたまらなかった。当家としても利がないので、何度も断った。
 が、王命まで出されそうになったので腹をくくった。
 傲慢で無能な貴様の父が、国政から手を引くことと引き換えに婚約してやったのだ。
 この契約は婚約が継続される限りは有効だ。だから醜悪な貴様の機嫌を取っていただけだ」

「う……嘘……そんなの……」

 クレマンの瞳に、呆れと哀れみが浮かぶ。

「ここまで落ちぶれてなお、自分に都合のいい妄想しか見れないのだな。愚か過ぎて憐れだ。
 しかし貴様が愚かだったおかげで、リュミエール家と旧王家の情報は筒抜けだった。
 予定よりも順調に、腐敗した旧王家と貴族を廃し、我がブリュイアール侯爵家を新たな王家とすることが出来た。
 おまけに私は今回の功績のお陰で、本当に愛している方とい遂げることが出来る。
 この二つについては感謝してやる」

「ま、まさか……全てはお前たちブリュイアール侯爵家の陰謀なの?私とベルナール様が出会ったことも、ヒトゥーヴァの娘が自害したことも?」

「さて、どうだろうな?……さようなら元婚約者殿。心の底から嫌いだ。二度とお目にかからない事を祈っているよ」

 クレマンは今まで見たこともない程の美しい笑顔を浮かべ、従者と共に去っていった。

 そしてアレクサンドラは、その日のうちに北の塔を出された。
 解放されたのではない。
 王城の地下にある平民の大罪人用の独房に移されたのだ。


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