カクテルとマスタープラン

花房いちご

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後編(最終話)

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 たどり着いた扉のキーを開ける。
 部屋の清潔さが保たれている事と、入れ替わってからすっかり老いた主人マスターの目が開いている事に安心する。
 それも、残りわずかだろうが。
 『主人マスター』に接続した機器が声を合成する。

【やあ、久しぶり。上手くいったみたいで安心したよ。夢だったんだ。『僕』が『彼女』にプロポーズする未来が】

「ええ。ですが回りくど過ぎて気が遠くなりましたよ。メグはなぜあんな男に……」

【そう言うな『マスター』。君とノーマンは同じだ。兄弟のようなものだろう? 】

 マスターは『主人マスター』の適当さに皮肉に笑う。同じものか。
 ノーマンは『主人マスター』の人格だけを継承している。だが、自分は違う。
 『主人マスター』の記憶そのものを継承し、その希望に基づいて行動している。

【君たちアンドロイドには苦労をかけた。だが、それももう終わりだ。人類は……もう……】

 そう、この地下都市で眠らずに生きている人類は『主人マスター』だけだ。
 他の都市や宇宙に散らばった人類たちも、とっくの昔に死に絶えたと報告されている。
 人類は、疫病の完全解明を待たずにバタバタと死んだ。生き残った人類も『子孫を遺せなくなった』。
 人工授精、人体改造、遺伝子操作、サイボーグ化、クローンなど、あらゆる手段を尽くしても駄目だった。
 誰かが言った。

『人類の全細胞が未来を拒否した』

 この事実は、ただでさえ絶望していた人類を打ちのめした。
 地下都市では大規模な暴動が起きた。すぐに鎮圧されたが、多数の死者と負傷者が出てしまう。
 その後、人類の多くが冷凍睡眠処置を受けた。彼らは、いつかこの危機を脱した時に目覚める事になった。誰もが過酷な現実から逃れたかったのだ。

 そして、残された人類は、未来を人類以外に託す事にした。同時に、それが叶わない場合は人類に似た存在を遺そうとした。

 前者は『影の管理人』だ。基本的には表に出ず、地下都市を管理し人類救済の研究を続けるアンドロイドたち。
 後者は『地下都市の住人』だ。極力、人類に似せて作られたアンドロイドたち。
 自分たちが人類だと思い込んだまま、地下都市に避難した人類たちの人格と文明を継承し、壊れるまで人類として過ごす。

 『地下都市の住人』を作ることは、この最後の『主人マスター』の強い希望だった。
 それだけ、冷凍処置された恋人への未練が強かった。あったかも知れない幸せな未来が見たかった。
 だが、人格だけ継承したメグとノーマンは、あくまでオリジナルである『主人』たちとは別の存在だ。確実に恋に落ちるとは限らなかった。
 そこで、初めは『主人マスター』自身が、次に『影の管理人』の一人に己の記憶と人格を投影し、二人を誘導するよう命じた。

 あの二人を作ってから、三十八年と十ヶ月と二日。実に長い計画だった。

【君たちがこれからどう過ごすかは自由だ。今まで通りでもいい、全てをやめてしまってもいい】

「しかし、冷凍睡眠処置者には『主人』の……」

【いいさ。『彼女』もそう願う……いや、僕がいない世界に『彼女』に居てほしくないんだ。醜い執着だろう? 】

 確かにそうだ。が、マスターは『彼女』も同意するだろうと思う。記憶の中の『彼女』はいつだって精一杯『主人』を愛していたのだ。

 まあ、『主人マスター』の主観が入っている上に、記憶というものは美化されるものらしいが。

「わかりました。今すぐには決められませんが『私たち』にとってより良い未来を選びます」

【ああ。なんなら君もメグを口説いたって……】

「最期まで『普段は何にも言わないのに口開けば余計な事ばっかりなんだから! 』ですね。本当に」

 メグの真似に絶句する『主人マスター』。少し溜飲が下がるマスターであった。

「せっかくプロポーズさせたのにぶち壊してどうするんですか。嫌ですよ。あの二人は私にとって我が子の代わりです」

 メグはマスターが愛しく思い出す恋人、『彼女』ではない。むしろメグをそういった目で見ているのは『主人マスター』の方だ。

 継承当時の『主人マスター』のメグへの感情は、家族に対する愛情に近かった。
 だが、時が『主人マスター』の感情を変化させたらしい。
 最近ではノーマンの意識と自分の意識を繋げたり、短時間とはいえ乗っ取る事すらあった。
 より近くでメグと接するためか、あるいはノーマンへの嫉妬故か。
『今度は私を老いたあなたの代わりにするつもりですか? 』……と、言いたかったがやめた。
 恐らく、はっきりとした自覚はない。このまま眠ってもらう方がいい。

 未練になる。

【うん。そうだ。きみと、ぼくは、ちがう……かれら、も……ご、ご、ごめ、ん……ありが、と、と、とと……】

 『主人マスター』はどこか安心したように笑い、その言葉を最期に目を閉じた。
 やがて死亡を告げるブザーが鳴り響き、止まった。わずかな余韻の後、完全な無音となる。

 マスターの顔に強い悲しみと、それ以上に安堵が広がる。

 よかった。最期まで気付かれなかった。
 冷凍睡眠処置者が全て死亡した事も、それに伴い『影の管理者』が出した『人類を蘇らせることは出来ない』という結論も、『主人マスター』は知らずに逝けた。
 マスターは祈りの形に手を合わせ、告げた。
 それは、アンドロイドから人類への最後の餞であった。

「あなたがた人類は最期まで困った『主人マスター』でした。ですが私たちを産み、育て、楽しみを与えて下さるただ一つの存在でした。どうか安らかにお眠り下さい」

 返事はない。
 そうして人類は永遠の眠りについた。



◆◆◆◆◆

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