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番外編三 ある侍女のひとりごと 前編
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モブ侍女視点。途中で一回だけリリ視点に切り替わります。
◆◆◆◆◆
私がお仕えしているお嬢様と同僚の関係が、なんだかあやしい。
お嬢様は、シルビアーナ・リリウム・ゴールドバンデッド様という。私が勤めているゴールドバンデッド公爵家のご令嬢で、元第二王子の婚約者だったお方だ。
「素晴らしいお方よねえ」
十九歳とまだお若いのに、すでに国政に関わる功績を幾つも立てている。その優秀さを見込まれたのと元第二王子の暴挙に報いるため、新たな家名と爵位と領地を国王陛下から賜るそうだ。
見た目はとても厳しそう。近寄り難い美貌と高貴さ、背が高くすらっとした体型。
お嬢様の美を例えるなら、銀と金で出来た百合だろう。
だけど、とても穏やかで優しいお方だ。
私は、シルビアーナお嬢様が声を荒げたところを見たことが無い。誰かが失敗しても優しく許してくださる。それに、とても褒め上手なの。
この方の専属侍女の一人に選ばれたのは、私の生涯の誇りだ。
同僚は、リリ・ブランカという。ゴールドバンデッド公爵家の頼子の一つ、ブランカ男爵家の令嬢だ。ただし、ご実家とは縁を切っているらしい。その辺りの事情は複雑だそうなので、触れない様にしている。
「頼もしい方よね」
彼女もシルビアーナお嬢様の専属侍女だけど、私たち他の侍女と比べられ無いくらい信頼されてる。
まだ十八歳なのにすでにベテランの風格があるし、少し前まで半年以上も怪我で療養していたのに、前以上にバリバリ働いている。最近ではお嬢様の執務の補助もされているそう。
しかも庇護欲を誘う顔立ちの美少女で、いつも気さくで思いやりがある素敵な方だ。小柄で豊満な身体も相まって、男性からは欲望や恋慕、女性からは憧れと嫉妬の眼差しを浴びている。
彼女の美を例えるなら、芳しい香りを放つ野生の百合だろうか。
でも、男性に口説かれても絶対になびかないし、嫌がらせされたら倍以上にやり返すし、敵対すると容赦がなくなる怖い人でもある。しかも、お嬢様が絡むとさらに苛烈になるのよね。
お嬢様に近寄ってきた不審者を、密かに半殺しにした時は戦慄した。リリさん本当に私と同じ侍女なんですか!?
護衛騎士のザックスさんは『ブランカ殿は護衛も兼ねているからな。ちなみに、シルビアーナ様に群がる不審者を排除するのも良くあることだ。恐ろしいだろうが、早く慣れなさい。先ほどのように狼狽えて悲鳴をあげるなど、言語道断だ』とか言っていたけど、無理を言わないで欲しい。
「ザックスさんって、いつも優しいけど仕事中は厳しいのよね。そこも良いところだけど……」
それに、あの時は後で『君のことも守るから安心して欲しい』と、言ってくれた。
それはともかく、シルビアーナお嬢様とリリさんの距離感というか関係というかだ。何かあやしいのだ。
いや、昔から仲が良すぎたけれど。ことある事に二人きりになったり、内緒話をしたり、目で会話していたけど。
最近、というかバーリスでの保養から帰ってきてからは、昔以上にあからさまというか何か。
「お風呂とか着替えとか、シルビアーナお嬢様のお肌に触れるお世話はリリさんだけがすることになった。それに、二人きりで過ごされた後は二人とも表情が色っぽいというか空気が甘いというか……やっぱり恋人よねえ?」
周りに『どう思う?』と、聞いてみたけど『今更なにを言ってるの?』だとか『余計なことを考えてないで働きなさい』だとか『あのお二人の仲を詮索するような真似をしたら駄目よ。命が幾つあっても足りないわ』なんて言われる。
だから多分、恋人なのだろう。多分。
「そうであって欲しいけど、確定じゃないのよね~!ただの物凄い仲良しさんかもしれないし~!私はリリさんのこと良く知らないし~!」
私は独り言を言いながら自室の寝台の上を転がり、頭を抱えた。
申し遅れたけど、私はラヴェンナ・ゴールディと言う。
ゴールドバンデッド公爵家の寄子ゴールディ伯爵家の四女で、二年ほど前から住み込みで侍女として働いている。
年齢はリリさんと同じ十八歳。背丈もリリさんに近いけれど、リリさんのように優秀でもないし美少女でもない平凡な侍女だ。見た目だって、平凡な顔立ちをしている。金茶色の髪とラベンダー色の瞳が少し珍しいくらい。
そんな私がどうして、シルビアーナお嬢様とリリさんの関係に思い悩んでグダグダしているかというと……。
「リリさんはザックスさんの想い人じゃない……よね?ああもう!リリさん!お願いだから恋人だって言って!ライバルにならないで!ザックスさんを諦めたくないよお!」
要するに恋のお悩みなのでした。
◆◆◆◆◆
ザックス・グレイ騎士爵。
ゴールドバンデッド公爵家の寄子であるグレイ子爵家の三男で、実力で騎士爵を賜った将来有望な護衛騎士様。
年齢は私より三歳歳上の二十歳。短く整えた銀灰色の髪、涼やかな黒色の瞳、背が高く鍛えられた体躯。とっても素敵な大人の男性!
そして、奉公に上がったばかりの私を救ってくれた恩人でもある。
侍女になったばかりの私は、失敗ばかり繰り返していた。家族の負担にならないよう、早く自立したい私にとって辛い日々だった。
指導係の先輩からは、何度も注意や叱責を受けた。
『初めは誰だって上手くいかないものです』
『わからなかったら聞いてくれたらいいから』
リリさんたち先輩や同僚はそう言ってくれた。指導係の先輩だって、厳しいけどちゃんと教えてくれる。
でも、私は自分が情け無くて悲しくて、毎日が不安でたまらなかった。
今思えば、生まれて初めて家から離れた心細さもあったのだと思う。
仕事中は歯を食いしばって泣くのを我慢した。当時は一人部屋ではなかったので、休憩時間や仕事後にお庭の隅で隠れて泣いたものだ。
そんなある日。優しい声に話しかけられたの。
『お嬢さん、良かったら使ってください』
綺麗なハンカチを差し出してくれたのが、護衛騎士のザックスさんだった。
ザックスさんは丁寧に名を名乗り、私の拙い挨拶に微笑んでくれた。
『ゴールディ伯爵令嬢、よろしければ涙の訳をお話し頂けませんか?』
『え?でも……』
『誰かに話すだけでも楽になりますよ。もちろん、お聞きした内容は誰にも話さないと誓います』
私は優しい声に促されて、不安な気持ちを吐き出して言った。
ザックスさんは、黙って最後まで聞いてくれた。話し終わる頃には、本当にずいぶん気分が楽になっていた。
『よかった。涙は止まったようですね。綺麗な瞳が溶けてしまいそうで、ハラハラしました』
ドキッとした。綺麗な瞳だなんて、家族以外から初めて言われたから。お世辞でも嬉しかった。
『あ、ありがとうございます。なんだか、あんなに悲しかったのが嘘みたいに消えちゃいました』
『それは良かった。貴女はとても努力家で真面目な方だ。その分、自分を追い詰めやすいのでしょう』
『そ、そんな!私なんて……』
『そんな風に自分を貶めてはいけませんよ。私は貴女の仕事ぶりを拝見したことがある。確かにまだ未熟だとは思いますが、貴女は与えられた仕事に対して真摯に取り組み、一つ一つやり遂げている。もっと自信を持ってください』
『グレイ様……』
『ゴールディ伯爵令嬢。私のことは、どうかお気軽にザックスとお呼びください。私でよければ、これからも貴女のお話しをお聞きします』
『……ご、ご厚意に甘えます。わ、私のこともラヴェンナとお呼び下さい』
『よろしいのですか?』
『はい。もちろんです。グレイ騎士爵……いえ、ザックス様』
『ザックス。ですよ』
『えっと、それは流石に……ザックスさん、ではいかがでしょうか?。話し方も、もっと砕けていただいて大丈夫で……』
名を呼んだ瞬間、ザックスさんはとても嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。私は息を飲んで固まってしまう。
『ああ。ラヴェンナ嬢には、ぜひそう呼んで欲しい』
低く柔らかい声で名を呼ばれ、全身が熱くなった。
今思えば、あの時私は恋に落ちたのだろう。
この日から、ザックスさんとの交流が始まった。そのおかげで私の心は安定し、仕事を覚えることができた。
落ち込むことが少なくなった今も、ザックスさんとは良く会って話している。
親しいと言っていい関係だけど……。残念ながら、ザックスさんは私を妹のようにしか見てないらしく、恋仲にはなれそうもない。
この話からもわかるように、ザックスさんは包容力があって優しくて素敵な方だ。
本人によると、婚約者も恋人もいないらしいけど……。
今から五日前。本人には流石に聞けないので、ザックスさんと一番仲がいい護衛騎士のジュリアス・ドック様に聞いてみた。
『ドック様、ザックスさんって本当に婚約者も恋人もいないんですか?あと、どんな女性が好みですか?』
ドック様はニヤニヤと笑いながら『ふーん。ラヴェンナちゃんはザックスにお熱か。やっぱりなあ』と、からかいつつも教えてくれた。
それにしても、護衛騎士で伯爵令息なのに軽薄だなこの人。
『アイツは奥手でな。娼館に誘うと「心に決めた人がいるから行かない」とか言うくせに、惚れた女をまともに口説く事もできないらしいぜ』
『ええ!?その『心に決めた人』って誰ですか!?』
『へっへっへ。さあなあ?流石に勝手に教えることは出来ねえなあ』
『ぐぬぬ……そこをなんとか!ヒントだけでも!』
しつこく食い下がって、何とかヒントを教えてもらった。
ザックスさんの想い人はこの屋敷にいる。
まだ二十歳にもなっていない若い女性で、独身で婚約者も恋人もいなくて、ザックスさんと良く話す方だという。
ゴールドバンデッド公爵家には、下働きをいれれば百人近い女性がいる。
二十歳未満の女性は三十人弱だった。私はそこからさらに絞っていった。
『……さんは既婚者、アナベルさん、シンシアさん、ナタリアさん、カメリアさんは婚約者がいるから除外。……さん、ティアナさん、エルシーさんは恋人がいるから除くと……十人以下ね。
そしてザックスさんと親しく話しているのは……え?一人だけ?』
残ったのは、リリさんだけだった。一気に血の気が引く。
『そういえば……ザックスさんは仕事だって言っていたけど、夜会ではリリさんをエスコートする事が多いし、ダンスを踊ったこともあるし、普段から良く話しているところを見るし、リリさんは美人で優しくて有能で強くて格好良いし……やだー!絶対に勝てないじゃない!何かの間違いだと言って!』
それからリリさんを観察するようになって、今に至るのだった。
◆◆◆◆◆
私がお仕えしているお嬢様と同僚の関係が、なんだかあやしい。
お嬢様は、シルビアーナ・リリウム・ゴールドバンデッド様という。私が勤めているゴールドバンデッド公爵家のご令嬢で、元第二王子の婚約者だったお方だ。
「素晴らしいお方よねえ」
十九歳とまだお若いのに、すでに国政に関わる功績を幾つも立てている。その優秀さを見込まれたのと元第二王子の暴挙に報いるため、新たな家名と爵位と領地を国王陛下から賜るそうだ。
見た目はとても厳しそう。近寄り難い美貌と高貴さ、背が高くすらっとした体型。
お嬢様の美を例えるなら、銀と金で出来た百合だろう。
だけど、とても穏やかで優しいお方だ。
私は、シルビアーナお嬢様が声を荒げたところを見たことが無い。誰かが失敗しても優しく許してくださる。それに、とても褒め上手なの。
この方の専属侍女の一人に選ばれたのは、私の生涯の誇りだ。
同僚は、リリ・ブランカという。ゴールドバンデッド公爵家の頼子の一つ、ブランカ男爵家の令嬢だ。ただし、ご実家とは縁を切っているらしい。その辺りの事情は複雑だそうなので、触れない様にしている。
「頼もしい方よね」
彼女もシルビアーナお嬢様の専属侍女だけど、私たち他の侍女と比べられ無いくらい信頼されてる。
まだ十八歳なのにすでにベテランの風格があるし、少し前まで半年以上も怪我で療養していたのに、前以上にバリバリ働いている。最近ではお嬢様の執務の補助もされているそう。
しかも庇護欲を誘う顔立ちの美少女で、いつも気さくで思いやりがある素敵な方だ。小柄で豊満な身体も相まって、男性からは欲望や恋慕、女性からは憧れと嫉妬の眼差しを浴びている。
彼女の美を例えるなら、芳しい香りを放つ野生の百合だろうか。
でも、男性に口説かれても絶対になびかないし、嫌がらせされたら倍以上にやり返すし、敵対すると容赦がなくなる怖い人でもある。しかも、お嬢様が絡むとさらに苛烈になるのよね。
お嬢様に近寄ってきた不審者を、密かに半殺しにした時は戦慄した。リリさん本当に私と同じ侍女なんですか!?
護衛騎士のザックスさんは『ブランカ殿は護衛も兼ねているからな。ちなみに、シルビアーナ様に群がる不審者を排除するのも良くあることだ。恐ろしいだろうが、早く慣れなさい。先ほどのように狼狽えて悲鳴をあげるなど、言語道断だ』とか言っていたけど、無理を言わないで欲しい。
「ザックスさんって、いつも優しいけど仕事中は厳しいのよね。そこも良いところだけど……」
それに、あの時は後で『君のことも守るから安心して欲しい』と、言ってくれた。
それはともかく、シルビアーナお嬢様とリリさんの距離感というか関係というかだ。何かあやしいのだ。
いや、昔から仲が良すぎたけれど。ことある事に二人きりになったり、内緒話をしたり、目で会話していたけど。
最近、というかバーリスでの保養から帰ってきてからは、昔以上にあからさまというか何か。
「お風呂とか着替えとか、シルビアーナお嬢様のお肌に触れるお世話はリリさんだけがすることになった。それに、二人きりで過ごされた後は二人とも表情が色っぽいというか空気が甘いというか……やっぱり恋人よねえ?」
周りに『どう思う?』と、聞いてみたけど『今更なにを言ってるの?』だとか『余計なことを考えてないで働きなさい』だとか『あのお二人の仲を詮索するような真似をしたら駄目よ。命が幾つあっても足りないわ』なんて言われる。
だから多分、恋人なのだろう。多分。
「そうであって欲しいけど、確定じゃないのよね~!ただの物凄い仲良しさんかもしれないし~!私はリリさんのこと良く知らないし~!」
私は独り言を言いながら自室の寝台の上を転がり、頭を抱えた。
申し遅れたけど、私はラヴェンナ・ゴールディと言う。
ゴールドバンデッド公爵家の寄子ゴールディ伯爵家の四女で、二年ほど前から住み込みで侍女として働いている。
年齢はリリさんと同じ十八歳。背丈もリリさんに近いけれど、リリさんのように優秀でもないし美少女でもない平凡な侍女だ。見た目だって、平凡な顔立ちをしている。金茶色の髪とラベンダー色の瞳が少し珍しいくらい。
そんな私がどうして、シルビアーナお嬢様とリリさんの関係に思い悩んでグダグダしているかというと……。
「リリさんはザックスさんの想い人じゃない……よね?ああもう!リリさん!お願いだから恋人だって言って!ライバルにならないで!ザックスさんを諦めたくないよお!」
要するに恋のお悩みなのでした。
◆◆◆◆◆
ザックス・グレイ騎士爵。
ゴールドバンデッド公爵家の寄子であるグレイ子爵家の三男で、実力で騎士爵を賜った将来有望な護衛騎士様。
年齢は私より三歳歳上の二十歳。短く整えた銀灰色の髪、涼やかな黒色の瞳、背が高く鍛えられた体躯。とっても素敵な大人の男性!
そして、奉公に上がったばかりの私を救ってくれた恩人でもある。
侍女になったばかりの私は、失敗ばかり繰り返していた。家族の負担にならないよう、早く自立したい私にとって辛い日々だった。
指導係の先輩からは、何度も注意や叱責を受けた。
『初めは誰だって上手くいかないものです』
『わからなかったら聞いてくれたらいいから』
リリさんたち先輩や同僚はそう言ってくれた。指導係の先輩だって、厳しいけどちゃんと教えてくれる。
でも、私は自分が情け無くて悲しくて、毎日が不安でたまらなかった。
今思えば、生まれて初めて家から離れた心細さもあったのだと思う。
仕事中は歯を食いしばって泣くのを我慢した。当時は一人部屋ではなかったので、休憩時間や仕事後にお庭の隅で隠れて泣いたものだ。
そんなある日。優しい声に話しかけられたの。
『お嬢さん、良かったら使ってください』
綺麗なハンカチを差し出してくれたのが、護衛騎士のザックスさんだった。
ザックスさんは丁寧に名を名乗り、私の拙い挨拶に微笑んでくれた。
『ゴールディ伯爵令嬢、よろしければ涙の訳をお話し頂けませんか?』
『え?でも……』
『誰かに話すだけでも楽になりますよ。もちろん、お聞きした内容は誰にも話さないと誓います』
私は優しい声に促されて、不安な気持ちを吐き出して言った。
ザックスさんは、黙って最後まで聞いてくれた。話し終わる頃には、本当にずいぶん気分が楽になっていた。
『よかった。涙は止まったようですね。綺麗な瞳が溶けてしまいそうで、ハラハラしました』
ドキッとした。綺麗な瞳だなんて、家族以外から初めて言われたから。お世辞でも嬉しかった。
『あ、ありがとうございます。なんだか、あんなに悲しかったのが嘘みたいに消えちゃいました』
『それは良かった。貴女はとても努力家で真面目な方だ。その分、自分を追い詰めやすいのでしょう』
『そ、そんな!私なんて……』
『そんな風に自分を貶めてはいけませんよ。私は貴女の仕事ぶりを拝見したことがある。確かにまだ未熟だとは思いますが、貴女は与えられた仕事に対して真摯に取り組み、一つ一つやり遂げている。もっと自信を持ってください』
『グレイ様……』
『ゴールディ伯爵令嬢。私のことは、どうかお気軽にザックスとお呼びください。私でよければ、これからも貴女のお話しをお聞きします』
『……ご、ご厚意に甘えます。わ、私のこともラヴェンナとお呼び下さい』
『よろしいのですか?』
『はい。もちろんです。グレイ騎士爵……いえ、ザックス様』
『ザックス。ですよ』
『えっと、それは流石に……ザックスさん、ではいかがでしょうか?。話し方も、もっと砕けていただいて大丈夫で……』
名を呼んだ瞬間、ザックスさんはとても嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。私は息を飲んで固まってしまう。
『ああ。ラヴェンナ嬢には、ぜひそう呼んで欲しい』
低く柔らかい声で名を呼ばれ、全身が熱くなった。
今思えば、あの時私は恋に落ちたのだろう。
この日から、ザックスさんとの交流が始まった。そのおかげで私の心は安定し、仕事を覚えることができた。
落ち込むことが少なくなった今も、ザックスさんとは良く会って話している。
親しいと言っていい関係だけど……。残念ながら、ザックスさんは私を妹のようにしか見てないらしく、恋仲にはなれそうもない。
この話からもわかるように、ザックスさんは包容力があって優しくて素敵な方だ。
本人によると、婚約者も恋人もいないらしいけど……。
今から五日前。本人には流石に聞けないので、ザックスさんと一番仲がいい護衛騎士のジュリアス・ドック様に聞いてみた。
『ドック様、ザックスさんって本当に婚約者も恋人もいないんですか?あと、どんな女性が好みですか?』
ドック様はニヤニヤと笑いながら『ふーん。ラヴェンナちゃんはザックスにお熱か。やっぱりなあ』と、からかいつつも教えてくれた。
それにしても、護衛騎士で伯爵令息なのに軽薄だなこの人。
『アイツは奥手でな。娼館に誘うと「心に決めた人がいるから行かない」とか言うくせに、惚れた女をまともに口説く事もできないらしいぜ』
『ええ!?その『心に決めた人』って誰ですか!?』
『へっへっへ。さあなあ?流石に勝手に教えることは出来ねえなあ』
『ぐぬぬ……そこをなんとか!ヒントだけでも!』
しつこく食い下がって、何とかヒントを教えてもらった。
ザックスさんの想い人はこの屋敷にいる。
まだ二十歳にもなっていない若い女性で、独身で婚約者も恋人もいなくて、ザックスさんと良く話す方だという。
ゴールドバンデッド公爵家には、下働きをいれれば百人近い女性がいる。
二十歳未満の女性は三十人弱だった。私はそこからさらに絞っていった。
『……さんは既婚者、アナベルさん、シンシアさん、ナタリアさん、カメリアさんは婚約者がいるから除外。……さん、ティアナさん、エルシーさんは恋人がいるから除くと……十人以下ね。
そしてザックスさんと親しく話しているのは……え?一人だけ?』
残ったのは、リリさんだけだった。一気に血の気が引く。
『そういえば……ザックスさんは仕事だって言っていたけど、夜会ではリリさんをエスコートする事が多いし、ダンスを踊ったこともあるし、普段から良く話しているところを見るし、リリさんは美人で優しくて有能で強くて格好良いし……やだー!絶対に勝てないじゃない!何かの間違いだと言って!』
それからリリさんを観察するようになって、今に至るのだった。
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