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ARKADIA──それが人であるということ──

Glutonny to Ghostlady──四人集って、再び依頼へと

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「この依頼クエスト、私と同行しないか?」

 ──と、まるで世間話のような軽さで、『世界冒険者組合ギルド』から通された依頼への同行をサクラさんは僕に求めてきた。

 対し、僕はその発言を理解するのに数秒の時間を要し、そして理解すると同時に──慌てて首を横に振った。

「い……いえ!いえいえいえっ!そんなっ、ぼ僕なんかがっ、駄目ですよ!?」

「なにが駄目なんだウインドア。これも経験の一つさ」

「で、ですが……!」

 なお渋る僕に、サクラは少し困ったような、残念そうな表情を浮かべる。と、パフェを食べ終えた先輩も不服そうに僕に言う。

「いいじゃんかクラハ一緒に行っても。俺も行ってみたいぞ『幽霊屋敷』!」

「いやそれが一番困るんですよ……」

 そう、そのサクラさんの誘いに僕が遠慮したいのは先輩のことがあるからだ。むろん『世界冒険者組合』から通された依頼ということもあるのだが、ここで僕が同行することに賛同した場合、必然的に先輩も連れて行かなければならなくなる。

 ゴーヴェッテン邸──別名、『幽霊屋敷』。今から五十年ほど前、この屋敷にはゴーヴェッテンという上流貴族の夫婦と娘、数十人の使用人が住んでいたのだが、ある日当時のゴーヴェッテン家の当主、ディオス=ゴーヴェッテンが突如乱心し、己の使用人はおろか妻と実の娘までもその手にかけ、挙げ句の果てには自ら命を絶った。

 何故彼がそんな狂行に走ってしまったのかは、遺書の類などがなかったため、現在でもその動機は不明である。そうして時は過ぎたが、かの屋敷は今現在も残っている。

 普通、五十年も前の建築物ならば管理でもしない限り、雨風に晒され、朽ちる。しかしゴーヴェッテン邸の場合は違った。

 変わらない・・・・・。当時のゴーヴェッテン邸の様子を知る者曰く、不気味なくらいに変わっていないのだという。五十年間放って置かれたのに、五十年前と全く変わっていないのだと。

 であればどこぞの誰かがひっそりと秘密裏に、個人的にあの屋敷を管理しているのではないか。そんな仮説の一つが立てられたが、すぐさま否定された。何故ならばかの屋敷が建つ場所が、場所だったからだ。

 グェニ大森林。第二級危険指定地域であるこの場所は、常人であれば立ち入ることすらできず、また冒険者であっても依頼のためでもなければ、わざわざ訪れることはない。

 そんな物騒な場所に、この屋敷は建っている。未だ健在である屋敷の謎もいつの間にか放られ、代わりにこんな噂が立つようになった。

 曰く、屋敷の地下にゴーヴェッテン家の財宝が眠っているのだと。曰く、貴重な魔道具が隠されているのだと。

 そんな噂に根拠というものは全くなかったが、浪漫溢れるその噂を信じ、または屋敷自体に興味を持ち、いつの日か腕に自信のある冒険者や様々な賊が屋敷にへと赴き──そして、誰一人として帰ってくることはなかった。

 そもそも場所が場所であることも要因なのだろうが、それでも夢のある噂の他に、不穏な噂が付け足されるのに時間はかからなかった。

 曰く、屋敷には世にも恐ろしい人食いの化け物が住んでいるだとか。曰く、殺された使用人たちの怨念が留まっており、夜な夜な化けて出ては屋敷に土足で踏み込んだ者たちを一人残らず、取り殺しているのだとか。

 とにもかくにも、そのどれもが信憑性に欠ける噂ばかりではあるが──屋敷に立ち入った者たちで、帰ってきた者は誰もいないということは確かなのである。

 そんな超ド級の危険極まりない場所に、今の先輩を連れて行ける訳がない。いくら《SS》冒険者ランカーであるサクラさんが一緒でも、万が一ということもある。

 ……本音を言うなら、僕だって是非同行させてもらいたい。《SS》冒険者の一人と依頼を共にできる機会など、相当限られているのだから。まあ、つい三週間前ほど合同で依頼を受けたばかりだが。

 ならば、先輩を家に待たせれば済む話なのだが、先ほど先輩が自分から言った通り、この人は行く気満々で、仮に僕が家で大人しく待っててくださいお願いしますからと、必死に頼み込んでも、絶対にその首を縦に振ることはないだろう。

 そうなると、ここはもうサクラさんの誘いを断る他ない。心苦しいが、先輩を危険な目には遭わせたくない。

 ──すみません先輩。もう、僕はあなたには擦り傷一つすら負ってほしくないんです。どうか、理解してください……。

 しかし、僕はわかっていなかった。僕が行かないくらいで、諦めるほど先輩は甘くなかった。

 不意にスプーンの先を僕に突きつけ、不敵な笑みと共に先輩が言う。

「よしクラハ。先輩命令だ、行くぞ『幽霊屋敷』」

「えっ……い、いや今「後輩たる者、先輩の言うことは絶対だって、前に教えたよな?俺」……わかり、ました」

 横暴である。先輩という立場を存分に利用した横暴であるが──僕は、泣く泣く頷くしか、なかった。

「……これは将来尻に敷かれるな」

 僕と先輩のほぼ一方的なやり取りを見たサクラさんがポツリとそう呟き、思わず反論しかけたが、グッと堪えた。









 喫茶店ヴィヴェレーシェを後にし、サクラさんが先導する形で僕たちは街の広場にへと向かう。と、そこにも今では見知った影があった。

「やっと来ましたね皆さん!?私、三十分はここで待たされましたよ!」

 僕たちの姿を確認するなり非難の声を上げたのは、二人目の《SS》冒険者ランカー、フィーリアさんだった。三十分もこの広場で待たされ若干機嫌を損ねている彼女に、サクラさんが笑いながら言葉を返す。

「いやすまないフィーリア。これくらい、君なら許してくれるかなと思っていたんだ」

「……気のせいですかね、なんか最近サクラさんの私に対する扱いが雑というか、酷くなってる気がするんですけど……はあ」

 やれやれと軽く頭を左右に振り、フィーリアさんは嘆息すると、サクラさんに訊ねる。

「それで、ウインドアさんとブレイズさんも来ることになったみたいですけど──一体どんな依頼なんですか?」

「え?もしかして、フィーリアさんもこの依頼に?」

 まるでサクラさんの依頼に同行する気満々のフィーリアさんのその言葉に、思わず僕も彼女にそう訊いてしまう。僕の言葉にフィーリアさんははいと頷いて、そして彼女にサクラさんが答えた。

「グェニ大森林にあるゴーヴェッテン邸の探索及び調査だ。面白そうだろう?」

「へえ。グェニ大森林のゴーヴェッテン邸…………」

 と、サクラさんの言葉を受けたフィーリアさんは、何故かそこで固まってしまった。だが彼女の様子に気づかず、サクラさんは続ける。

「フィーリアも聞いたことがあるはずだ。『幽霊屋敷』──実に面白そうだろう?」

「……え、ええ!そ、そうですネ!面白そうですネ!」

 ──ん……?

 サクラさんの言葉に、ぎこちなく頷きそう言うフィーリアさん。しかし、その普段とは違う態度に、僕は違和感を抱く。

 ゴーヴェッテン邸という単語を耳にした途端、フィーリアさんの様子は明らかに変化している。何処か固いというか、なんというか……。

 考えて、僕はある一つの答えに辿り着く。しかしその答えは、およそ僕にとっては信じ難いというか、あまりにも畏れ多いというか、ありえないというかあってはならないというか────とにかく、口に出すことも憚られる答えだった。

 だがそれと同時に、『天魔王』と畏怖されるフィーリアさんにも、可愛らしい一面があるんだなと、思わず心がほっこりしてしまった。いやまあ、彼女がそうなのだとはまだ決まっていないのだが。

 ──これは僕の心の内に秘めておくことにしよう……うん。それが、フィーリアさんのためだ。……たぶん。

 と、フィーリアさんと会話を終えたらしいサクラさんが、おもむろに懐からあるものを取り出す。それは──以前にフィーリアさんも使っていたものとよく似た、薄青色の魔石であった。

「意外ですね。サクラさん、あなたそんなもの持ってたんですか」

 僕と全く同じ感想を言うフィーリアさんに、サクラさんが言う。

「いや、これは貰ったんだ──今回の依頼主に、な」

 バキンッ──それと同時に、彼女は手元の魔石を握り砕いた。手から零れ落ちた破片が淡く輝き、粒子となって僕たち四人を瞬く間に包み込んだ。

「面子も揃ったことだ。会いに行くとしよう」

 そのサクラさんの言葉を最後に、目の前が真白に染められた────
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