凶竜 第一章

無課金先生

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第二話 授業

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 成績優秀者十五名は自分が行きたいクラスを自由に選ぶことが出来る。ゲオルクもそのうちの一人だ。
(どのクラスにするか…聞いてみたところ大体Aクラスに行くみたいだが、僕はどれを選ぼう…
 みんなと同じようにAか…それともカールと同じBか…)
「クラスはあとで自由に変えられるからな、まずはお試しってのもありだ」
 クラス選択の紙にチェックをつけて提出した。
「それぞれのクラスはわかるな?わからなければいつでも聞きなさい」
「すみません、このクラスは…」
「三階に行ったら階段の隣に見える、ここから出て左の階段を登るとすぐそこだ」
「ありがとうございます」

 二階の階段を登ると、武器庫が見えた。重機関銃が複数置かれている。ロケットランチャーや対物ライフルもある。
「まるで要塞だな…」
 それもそのはず、WNO高等士官学校は元々要塞だったものを改築し、教育機関として利用している。かつては要塞だったのもありいざとなった時は立てこもり防衛することも可能となっている。
「へぇ…なるほど、ここはこんな感じになってるのか…」
 寄り道しながら階段を登っていった。外は雲ひとつない快晴、階段を登ると一匹の凶竜。
「っ……凶竜?!」
 腰を抜かしたが、よく見るとただの絵画だ。羽毛の生えたシロラプトルが緻密に描写されている。全長二メートル、体重二百キロのラプトルが本当に目の前にいるかのような臨場感溢れる絵に見とれていると、時が経つのを忘れ、遅刻がすぐ側まで迫っていることなどどうでもよくなってきた。
「………あっ授業!」
 既に三階に登っていたため、左折し自分のクラスに向かった。
【A科・情報クラス】

「失礼しまーす…」
「教科書類は全部机に置いてある。早く着席しろ」
 リヒテン教授が生物学の担任だ。

「誰かが言った。生物を学んだところで何か役に立つのか、と」
 電子黒板に文字が映し出された。教科書7ページ、【凶竜の性質】
「そんなことをほざく連中は一度ジャングルにでも落とされるべきだ。生物の特徴を知れば、弱点を発見できる」
 続けてシロラプトルが映された。
「ほとんど全員がこの凶竜を見たことあるだろう。三階の廊下でな」
 写真が拡大され、黒板一面を埋めた。
「シロラプトル──体長二メートル、体重二百キロ。三十年に発見された凶竜で性格は獰猛、主に群れで行動し狩りも知恵を使って行う。どの凶竜にも当てはまるがこいつは特に凶暴だ。なぜだかわかるか?」
 誰も答えなかった。後ろでは雑談、窓際は睡眠学習、真面目に授業を聞く生徒は少なかった。
「正解は二つある。一つ目が群れ、二つ目は身体的特徴だ」
 説明にもある通りシロラプトルは群れで狩りを行う。十から十五匹の群れは一匹のリーダーによって統率され、リーダーの指示通りに動く。囮作戦や奇襲をメインとし、様々な攻撃方法を用いる。
 続けて脅威となるのは足と皮膚だ。雪山だと時速四十キロ、平地だと最高七十キロにまで及ぶ足は、スタミナも高く時速六十キロで最大一時間近く走ることするもできる。
「これはなんだと思う?」
 ビニール袋から二枚の板のようなものを取り出した。
「ジャーキーですか?」
「違うな、これはシロラプトルの二重構造になっている皮膚のサンプルだ。こっちの硬そうな板は頭部や首を覆う装甲だ。銃弾はもちろんのことナイフすらも弾く。この少し半透明なものは皮膚だ。顕微鏡で確認すると繊維状になっていて、かなりの防弾性能だ」
 一分程度の映像では、これに拳銃弾、クロスボウ、三十口径弾を撃つ実験をしていた。装甲板は全てを弾き返し、皮膚は三十口径弾以外を弾いた。
「皮膚の下には筋繊維が密集し、クッションの代わりとなる」

 一時間が経ち、退屈なリヒテン教授の授業は終わった。初日からいくつかの課題を出され、皆疲弊した顔で教室を出た。
「課題に行き詰まった時は、自らを探求者と仮定して進めてみるといい」
 理解不能な顔でゲオルクも教室を後にした。
「次は…」
「次は歴史だよ」
「…?」
 振り向くと若い青年が扉を背に立っていた。茶褐色の短髪、百八十はあろう高身長。
「自己紹介が遅れた。私はフレデリック准教授、フレッドだ。いずれは生物学の教授になるのさ」
「こんにちはフレデリック准教授、つまり今はリヒテン教授の助手的な役割ということでしょうか?」
「いや、今はバイオテクノロジーを教えている。主に神経伝達などのな」
 バイオテクノロジークラス、生徒募集中!と書かれた紙を手渡し「君もどうだい?」と誘った。毎週月、火、水、金曜日の放課後にそれぞれ一時間授業がある。完全自主参加の科目であり、必修ではない。
「検討してみます」
 淡白にそう返した。
「私の授業を受けたらきっと世界が変わるさ」
 准教授は去り際にそう呟いた。



 WNO高等士官学校に入学し、組み分けを行った生徒には一人一人最も適正のある銃が何かを判別される。そしてカタログの中から好きな銃を一丁支給される。つまり生徒はそれぞれ自分の銃を持っているということとなる。サブマシンガン、個人用防衛火器、散弾銃、狙撃銃、拳銃からリボルバー、そして軽機関銃。ありとあらゆる銃火器が、満遍なく、統一感なく、かつ大量に配備されている教育機関はここ以外に存在しないだろう。
「おいおい、なんだこりゃあ」
 第一射撃場を初めて訪れた生徒は必ずこう口にする。組み分けの時に入った射撃場、それはここを強調するためのただの前菜でしかない。それほどまでに第一射撃場は、馬鹿みたいに広く、整備されている。縦二百メートル、横九百メートルのそれは射撃場にしては広すぎた。スタート地点から撃ったとしたらゴール地点の的を撃ち抜くのには相当の技術が必要だ。
「全員集合!今日は全クラスの合同授業だ!」
 入学して一週間、ゲオルクはある程度クラスに馴染んできた。Aクラス以外にも知り合いができたのは幸いだった。
 それでも一番親しいのはカールだ。当の本人はというと、教壇で説明をしているイェフゲニー教官の隣に立たされていた。
「ゲーム…の前に今日の助手はカールだ。説明より見た方がいい、その銃で私を撃とうとしてみてくれ」
「撃つ?」
「そのモシン・ナガンで私を撃つんだ。引き金を引くんだ」
「……引き金が引けません」
 カールはいつもの引き金よりも遥かに重いと感じた。安全装置は外し、ボルトもちゃんと下がりきって弾が銃身に入っている。
「もっと強く!鉄を曲げてしまうほどに引くんだ!」
「は、はいっ…!ぐわっっ!!」
 カールの手から銃が落とされた。次に教官のスマートフォンから警報音が鳴り響いた。
「これがスマートガンシステムだ。我々教師の承認がなければ君たちは校内で発砲することができない。無理に引き金を引こうとすれば電気ショックが流され、教職員にメールが送られる仕組みだ…って大丈夫かよ」
 腰を抜かして倒れ込んでいるカールを起こし、説明を続けた。
 スマートガンシステムは、凶竜の出現前からすでにあった技術で、民間人はこのシステムが搭載されていない銃を所持することは禁止されていた。この技術により誤射の事件は減り、民間人の銃の所持率が更に増えることとなった。
「しかもこのスマートガンを普及させるために通常の銃よりも遥かに安い価格で市場に卸した。子供の誕生日プレゼントにちょうどいい値段なのに性能はピカイチ、夢のような銃だ」
「あの…教官、可能であれば手を貸してくれると幸いです…体が動かないんです」
「電気ショックはかなり強力だ。二分はそのままだろう」
「そ、そんなぁ…」

「今日は生徒同士でチームを組んでゲームをしてもらう」
 生徒たちから歓声の声がした。射撃場でするゲームといったらあれしかない。通称「サバイバルゲーム」、チームに分かれて敵を撃ち合う戦争ごっこだ。
「持ち銃に対応したレーザーガンはすでにここにある。チーム分けはこちら側でしてあるから呼ばれたら出てきてくれ」
 自分の銃と同じレーザーガンを手に取り、カールのところに向かった。カールは電気ショックの痛みから解放され、普通を装っていた。
「ゲオルク、一時間ぶりだな」
「やあカール、さっきは災難だったね」
「ああ…今でもちょっと震えるよ…」
「ゲオルク!」
「呼ばれたから行ってくる、同じチームだといいな」
 一回戦目のルールは十人対十人の攻城戦、生徒は特殊な防護服を着け、レーザーが命中すると場所によってはアウトになる仕組みだ。
 持っている武器によってバランス良く部隊が選出された。ショットガン二人、アサルトライフル二人、拳銃一人、サブマシンガン三人、狙撃二人、計十人。ゲオルクはAチームに分けられ、カールはBチームだ。自分の持ち武器、MP5Kのレーザーモデルを持ち戦線に立った。撃てる弾は三十発入りのマガジンが五つ、計百五十発だ。
「それでは位置について、ゲーム開始!!」

「ゲオルク、君は座学も実技もトップクラスだと聞いた。指揮官は君に任せてもいいかな?」
「……頑張ってみるさ」
 「作戦は?」
「アサルトライフル持ちの一人が陽動、援護に狙撃を一人、おびき寄せている間にショットガンとサブマシンガン二人で進行、アサルトがやられたら二手に分かれて前進。とりあえずそれで行こう」
『了解!』
 陽動役のハンナはAクラスだが、銃の扱いに慣れている。テストではM16A4が最も適正のある銃と判断された。
 ハンナの援護を務める狙撃手、ダイスケはカールと同じBクラス、AWMを扱い早撃ちに特化している。
「こちらフランコ!ハンナが左腕をやられた。いつまで持ちこたえられるか…指示を!オーバー」
「こちらゲオルク、敵の弾幕が濃いところに迎え!」
「何?それは無謀としか…」
「状況から判断すると、相手は遮蔽物が多いところに弾幕を張っている。つまり弾幕が薄いところには狙撃手が潜んでいるはずだ」
「わかった…信じてみよう」
 イサカM37を携えてフランコは弾幕が特に集中しているところを狙った。
(恐らくハンナはあと三分もすればダウンする…その間にフランコ、トム、イアンの三人が距離を詰めてくれれば、この勝負勝てる)
 地形は若干の丘陵、Bチームの陣地は上側だ。一般的に見ればAチームが不利な対面だが、幸いにも遮蔽物そして塹壕が複数ある。有利とも不利とも取れない状況の中、ゲオルクは自身の脳をフル回転させ戦略を練った。
「こちらトム、伏兵を一人倒した。だがイアンが右足をやられた」
「わかった、残弾数の確認を。それとフランコは?」
「イアンだ。ハンナがやられたから現在フランコが前進中だ。俺たち二人は今弾幕を上手いこと避けてる」
「よし、今から残りを行かせる。僕もすぐ向かうからあとはそっちに任せた」
「わかっ…ぐわっ!」
「イアン?イアン!!………トム?」
「やあ、ゲオルク」
 何度も聞いたことがある陽気な声。その声はゲオルクを戦慄させた。
(ありえない、なぜ狙撃手が前線に?もしやもうとっくに相手はすぐそこまで侵攻してきたのか?)
「やあ、そっちの調子はどうだい?恐らく予想が外れて困惑、ってところかな?」
「カール…狙撃手の君がなぜ前線に…」
「ははっやっぱりそう言うと思った。質問を質問で返して申し訳ないけど、なんでだと思う?」
「……わからない」
「じゃあ、ゲームが終わったら教えてあげるよ」
 Aチームは判明している時点で三人がやられている。向こうの被害は恐らく一人のみ。
「全員聞いてくれ、今僕達は不利な状況だ。作戦を変更する。全員散開、全速力で旗を取りに行くぞ」
 当初の作戦では、できる限り多くの敵を殲滅し安全な状態で旗を取るつもりだった。だが現在、圧倒的にこちらが不利な状況。フランコも孤立した状況であり、そもそもこのゲームは敵を殲滅するのが勝利条件ではない。旗を先に取った方が勝ちだ。
(待ってろ…今行くからな)

「うわっ!」
 二発のレーザーに撃たれた。思わず銃を手放し、その場に尻もちを着いてしまう。
「遅かったね、もう仲間はほとんど壊滅状態だよ」
「カール…うっ」
「どう?僕の早撃ちの腕前、ナガンで早撃ちするのって大変なんだよ?ボルトアクションだから」
「僕の負け…ってわけか」
「そゆこと、じゃあトリックについて教えるよ。単純な事さ」
 彼らは最初から陣を張っていなかった。
「遊牧民みたいに動き続けていたのさ、普通は陣取ってるだろ?」
「試合終了…誰かが旗を取ったな」
 試合終了を告げるホイッスルの音が鳴った。
「まずは一回、僕の勝ちだ…ぐわっ?!」
「か、カール?!」
 カールはその場に倒れ込んだ。
 勝者はAチーム、そう無線機に伝えられた。
「旗を取ったのはAチームのフランコ、よってAチームの勝利」
「な、なにぃ…」



「おめでとう、今日の試合は他の学年の生徒たちも見ていた。君たちのチームが一番白熱した試合だったよ」
「おめでとう!!」
 拍手喝采、それもそのはず一年生の初陣は上級生達にとって最も熱気溢れるイベントの一つでありたった数十分の間に学校用レーション数カートン、弾丸が数千発動くビッグイベントだ。
 Bチームの完全勝利と思われた試合、フランコの想像以上の働き、全ては歯車のように回り勝利へと導かれた。
「カール…」
「おめでとう、ゲオルク。さすがだ」
 呆れた顔で笑いながらカールがやってきた。
「勝利の気分はどうだい?」
「最高…さ」
「えー全員、盛り上がってるところ悪いが、あと三十分もすれば次の授業だ。まあ、それまで自由としよう」
 歓声の声が沸いた。校庭だけでなく、校舎の窓という窓から上級生が顔を出し、こちらに向かって手を振り拍手した。
「次は負けない」
「いや、僕が勝つさ」
 二人は拍手に迎えられながら、互いに笑いあって校舎の方に戻っていった。

 それから数日、ゲオルクは上級生の間でも名前が出るようになった。「期待の新人」「指揮官候補」など、どれもが彼を称えていた。
「見ろこれ、学校通信部からもお前が出てる」
「有名人になっちまったな…」
 新聞の二ページ目の見出しを飾っているそれをしまった。
「なあ、これってなんだ?CDSの試作機、開発フェーズに移行?」
「CDSか、確か…コントロールディフェンスシステム、凶竜を操れるらしい」
「操れる?そんなことが可能なのか」
 他の生徒が興味津々で割って入った。
 完成でもしたら地球を救いかねない発明、そのようなものがどうして隅っこに書かれているのだろうか。
「あれ?ここに写ってるのって…」
 思考を遮るように始業のチャイムが鳴った。
「全員座れー、今日は自習だ」
 やったーという歓喜の声で、さっきの疑問は吹き飛ばされた。退屈な生物を自習で潰せる、それだけでも彼にとってとても有意義な時間となるだろう。
「すみません、今日はリヒテン教授はいらっしゃらないのでしょうか?」
 一人の女子生徒が言った。
「あーウン…そうだ、今日はちょっと体調が優れないらしくてな」
「えー!課題の提出期限今日までなんですよ、どうすればいいですか?」
「えーっと…私に言われてもなぁ、職員室に置いてきなさい」
 女の教師は女子生徒を適当に相手にし、ノートパソコンで作業をし始めた。
「なあジェリー、リヒテンのやつどこ言ったと思う?」
「さあ、あいつ豚だし運ばれたんじゃないのか?」
「ははっそりゃ滑稽だ、でも戻ってきたら大量に宿題出すんだろうなぁ…」
「あいつ宿題の量が毎回おかしいんだよ…」
「はあ…あと二ヶ月もすれば夏季休暇か…」
「休みに何する?俺ん家来てみる?」
「考えてみる…夏は忙しくなりそうだからな」
 早くも夏休みについて考えるゲオルク達は、女教師からうるさいと頭を教科書ではたかれた。
「次の授業は…化学か」
「化学もめんどくさいなぁ」
「ねぇそこの二人、ちょっと聞いてもいいかしら?」
「うーん何?」
「やあレオナード」
「レオナルドよ、何それ?」
 ブロンドで小柄な彼女は、一見優等生そうな見た目をしているが、蓋を開けてみると色々とオタクなため名前と掛けてレオナードと呼ばれる。
 ジェリーは笑いを吹き出さないように堪えた。
「それは置いといて、カールがどこかわかる?ゲオルク」
「カールはBクラスだよ。会いに行くの?」
「ちょっと野暮用ね」
「じゃあ僕もついていくよ」
 ゲオルクはジャケットを着て、立ち上がった。
「ちょっと、まだ授業終わってないわよ」
「あ、そうだった…」
「それよりあなたその服で寒くないの?」
「確かに、ここ服装自由だけどそれダサくね?」
 黒のタンクトップの上に紫のジャケット、下はジーンズ。絶妙に調和が取れていないと言える。
「あ、カールからメール来た」
「なになに?」
【聞いたか?噂によるとリヒテン重症らしいぞ】
「嘘だろ…」

「先輩に聞いたんだけど、リヒテンのやつ病院で療養中らしい」
「なんで入院したんだ…?」
「それがよくわからなくてな…殺人鬼にやられたとからしい」
「本人は?」
「今は目を覚ましてるらしいがかなりやばいって」
 なるほどなと相槌した。
「ゲオルク?」
「もしかして調査するのか!」
 一人が興奮で立ち上がった。
「ふっふっふっ…聞いて驚くな」
 ズバリ僕は、と何か策がありそうな前置きをして皆を期待させた。
「憲兵警察に任せる」
「なんだよ…期待はずれだな」
「僕達はまだ入学して一ヶ月もしてない。そんな半人前が殺人鬼に立ち向かえると思うか?」
「まあ、無理だなウン…」
 集まった数人は犯人探しを諦めて普段通りの生活を送ろうと考えた。
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