比嘉可南子の帰還 女刑事は笑わない

繁村錦

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CHAPTER3

 警視庁捜査一課殺人犯捜査五係班長勝俣秀樹警部補、三十七歳。狂犬ドーベルマンの異名をとる不良刑事だ。


《人の島荒らすなって怒鳴られた》

「マジっスか?」

《ああ、マジだ。野郎がさっきマル害の部屋から戻って来た。そうしたらいきなり怒鳴りやがった。何でもあのマンションの管理人に、『さっき、派手な格好した女性の刑事さんに鍵貸したばかりなのにまたですか。一遍に済ませて下さい』って嫌味をいわれたらしい。それが頭に来たんだってさ》

「相変わらず小っちゃい男だな……勝俣の野郎は」

 可南子は勝俣を鼻で笑う。

《で、どうだったんだ、川尻の部屋は?》

「どうってIT長者の部屋だけあって、調度品はそりゃ輸入物の高級家具ばっかりでした」

《そんなこと聞いてんじゃねえよお嬢、お前さん焼きが回ったのか?》

「歌舞伎町で見付かったマル害女性と川尻さんは、学生時代にT大のスキューバダイビング同好会に所属していたんです」

《はぁ、スキューバダイビング同好会?》

 裏返った声を上げ、富樫は鸚鵡返しに問い掛けた。

「ウエットスーツ姿で撮影した写真を見つけ、色々探っているところです」

《ふん、流石仕事が早いな。で、どこまで進んでいる》

 富樫は捜査の進捗を尋ねた。

「亡くなった川尻さんの交際相手と思われる女性を突き止めました」

《川尻の交際相手、誰だ?》

 富樫の質問に対し、可南子は少し考えてから答えた。

「勝俣の野郎に情報を流さないで下さい」

 と前置きしてから、

「T女子医大病院に勤務する心療内科医です」

《心療内科医……?》

「精神科医のことです。名前は望月絵里奈さん、三十歳。T大医学部を卒業しています」

《望月絵里奈……T大卒の精神科医か》

「ええ、彼女の身辺を探ってみます」

《分かったお前さんが納得するまでとことんやってみろ》

「ありがとうございます統括」

 スマホを耳に当てたまま可南子は、壁に向かって頭を下げた。
 電話を切ってスマホを片付けると、可南子は改めてコーヒーメーカーに紙コップをセットした。
 淹れ立てのブラックコーヒーを一口飲み、ふぅうと安堵の溜息を吐く。

「美味い」

 ここで飲み干してもよかったのだが、自分の席に戻ることにした。
 長机の上に、コーヒーが入った紙コップを置くと、可南子はパイプ椅子を引いて腰掛けた。
 宮地が可南子の横顔を見やった。

「何っ?」

 コーヒーを一口飲んでから、可南子は怪訝気味に問い掛ける。

「さっきの電話の相手って……統括からですよね」

「うん、そうだけど。何で分かったの?」

 もう一口飲んでから尋ねる。

「だって主任が敬語使う相手って統括か課長か管理官くらいしかいないでしょ。で直接警部補に電話掛けて来る人って富樫統括しかいないじゃないスっか」

「呆けっとしているとばかり思っていたけど、宮地あんたも色々と見てるんだね」

「失礼ですね、主任って……。で、電話の内容教えて下さいよ」

 宮地は引き攣った作り笑いを浮かべる。

「教えて上げない……」

「何スかそれっ」

 宮地は少し不貞腐れる。

「冗談よ冗談。それよりミーティング始めるからみんな集めて」

「はい主任」

 宮地は可南子の指示通り比嘉班の面々にメールを送った。
 十数分後、新宿中央署内の小会議室に、可南子率いる比嘉班五名と、彼らの相棒(バディ)である所轄署員、そして麻布の帳場から戻って来たばかりの富樫統括が揃った。室内には、可南子の指示によって、ロの字に長机が組まれており、各自思い思いの場所に腰掛けた。
 正面、ホワイトボードの前に富樫が座り、その横が可南子だ。彼女の相棒(バディ)である窪塚は、遠慮するように入口に一番近い席に座った。宮地は相棒(バディ)の所轄署員と並んで窓際に腰掛けている。
 全員が集まったことを確認すると、司会進行役の富樫が号令を掛けた。

「起立、敬礼っ」


 捜査員たちが一斉に立ち上がり敬礼する。

「これより比嘉班だけによるミーティングを始める。既に情報が入っている者もいると思うが、改めて私の方から報告する。先ほど、麻布の帳場から戻って来た。四係うちが追っているコロシと麻布で五係が追っている事件ヤマが、どうやら繋がったみたいだ」

「本当ですか……?」

 宮地には情報が伝わっていなかったようで、怪訝気味に顔を顰め、可南子を見やった。

「うん、二つのコロシのマル害同士が知人だ」

 可南子は宮地に教えた。

「マル害水城涼子さんと川尻秀幸さんは、ともにT大卒で、学生時代T大のスキューバダイビング同好会に所属していた――」

 ここまで富樫が語った時、突然窪塚の真後ろの引き戸が開いた。驚いて窪塚が振り向いた。富樫が話を中断し、開いた引き戸を見やった。可南子もつられ視線を走らせた。

「抜け駆けとは気に入らねえなぁ、富樫さんよっ。ていうか比嘉、お前ぇの企みか……!?」

 殺人班第四係のもう一つの捜査班の班長古畑が血相を変え突っ立っていた。

「……お前ぇっ」

 可南子は蟀谷をヒクヒクと痙攣させた。お互い視線を外さず睨み合う。この場の空気が一瞬で凍りついた。

「まあ落ち着け二人とも……。古畑、お前さんもそんな怖い顔して突っ立っておらずに、中に入って来い」

 いいながら富樫は、出入り口に一番近い窪塚を見た。

「そこのキミ、古畑警部補に席を譲って上げなさい」

「えっ、自分がですか?」

「そうだ」

 富樫が窪塚にいう。
 窪塚は彼の隣に座る可南子を見る。
 可南子は無言で頷く。

「さっさと退けよ、このチン毛野郎がぁっ」

 古畑は天然パーマの窪塚の髪形を揶揄するように、暴言を吐いた。

「チン毛って酷い……」

「この縮れ毛はチン毛以外の何者でもねえだろうがぁっ!!」

「おいっ古畑いい加減にしろ。また監察に目を付けられるぞ」

「はいはい済みませんでした。で、富樫さんよ、比嘉班だけでネタを隠さずこっちにも流してもらおうじゃねえか」

「別に隠していたわけじゃないっ」

「お前ぇに聞いてんじゃねえ、小便臭い牝イヌはすっこんでろっ」

 古畑はドスの利いた声で凄み、可南子を睨みつけた。
 古畑彰吾警部補三十七歳。この男は強面の元マル暴だけあって、一課内でも一目置かれている存在だ。

「五係の狂犬勝俣の野郎に先越されちゃ四係の名折れだろうが」

 古畑も可南子同様に、勝俣秀樹という男を毛嫌いしていた。
 組織犯罪対策部出身とはいえ、古畑も組織内では刑事畑を歩いて来た人間だ。一方、勝俣は公安出身で、その中身は血肉に至るまで警備畑を歩いて来た生粋の公安捜査員だった。

「まあ確かに……でも、別に古畑さん、あんたに情報が渡るのを拒んでいた訳じゃなくて、取り敢えず確証がないから、もっと掘り下げてからっと思っていたもんで……」

 可南子は言い訳じみたことを口にした。

「まあ、いいさどっちでも、俺は構やしない。勝俣の野郎は公安仕込みの違法捜査スレスレのことやるぜ。だったらこっちも奴より先にマル被のしっぽ掴むまでのことさ」

 古畑はドヤ顔でいう。
 可南子は元マル暴の中年刑事の顔を見て無言で頷いた。

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