3 / 31
CHAPTER1
2
しおりを挟む
絞殺体が発見されたその日のうちに、警視庁代々木中央署に捜査本部が設置された。
帳場を仕切るのは、園田真知子殺害事件の時と同様、捜査一課管理保科誠一警視だ。
五階講堂、窓側二列目に固まって座る比嘉班四名。可南子の真後ろには、東海林の姿があった。
午後一時二十分。第一回目の捜査会議が始まる十分前、突然、徳丸佳主馬巡査のスマホが着信音を奏でた。
「マナーモードにしておくように」
首だけ振り向き、可南子が注意する。
「済みません」
取り敢えず誰から掛かってきたのか確かめると、徳丸は慌ててスマホをマナーモードにする。
「何だよ、ちぇっ、こんな時に……、きっとまた例の件に違いない」
「例の件って」
「見合いですよ、見合い。田舎の両親が、見合いしろって五月蠅くて、特に母親の方が……。この間も、仕事中に掛かってきて、鬱陶しいんですよ、お袋の奴」
「ねえ、徳丸君。お腹を痛めてあなたを産んでくださった人でしょう。お母さまには、もっと優しく接しなさい」
「はいはい」
「はいはいって……返事は一回って、いつもいっているでしょ」
「わかりました、班長どの」
徳丸は半ば不貞腐れる。
「何よ、その態度。可愛くないぞ」
可南子は指先で徳丸の額を弾いた。
「痛ぇっ!!」
暫くなんだかんだやり取りがあって時間を潰しながら油断していると、虚を衝くように前方の引戸が開いた。
素早く反応して、前を見る。
ストライプ柄のイタリア製高級ブランドスーツを粋に着こなす三十代後半の警察官僚が、数名の部下を伴って講堂に入ってきた。管理官保科警視のご登場だ。
保科の後ろには、強行犯捜査第二係長、科学捜査第一係長、殺人犯捜査第四係長、特命捜査第一係長たちお歴々が腰巾着のように従う。少し遅れて、所轄の署長、副署長、次長が現れた。
一番奥窓際から科捜係長、強行犯捜査二係長、殺人犯捜査四係長、管理官、特命捜査第一係長、署長、副署長、次長の順に席に着いた。
本来、帳場を仕切る管理官の右隣には、捜査本部運営役の強行犯捜査二係長が座る筈だった。だが、その強行犯捜査二係長柳本洋一郎警部が左利きであるため、文字を書く時に右利きの保科管理官の肘に当たり、それを避ける目的で敢えて席順をずらした。
幹部全員が着席したのを見計らい、司会進行役の柳本が徐にマイクを手に取った。
「これより、代々木公園女性殺人並び死体遺棄事件の第一回合同捜査会議を開始する」
「起立!」
「敬礼!」
警視庁の捜査員三十二人と所轄署の捜査員二十一人、合計五十三人の刑事が、一斉に立ち上がり、敬礼した。
「はじめに、絞殺体発見に至る経緯について、本庁殺人犯捜査第四係から報告がある」
と柳本が述べた。
指示を受け、柊が立ちあがった。一礼して老眼鏡を掛けると、マイクを手に取った。
「通信指令センターに一一〇番通報が入ったのは、本日三日、五時二分。通報者は、第一発見者の大久保崇、六十八歳。現住所は、渋谷区神宮前三丁目○○-○○Fマンション六階六〇五号室。同居人は妻静江。八年前、神奈川県の県立中学教員を定年退職し、現在は都内渋谷区神宮前三丁目の進学塾で、週に四回ほど物理を教えている。毎朝、日課としている代々木公園周回道路でのジョギング中にたまたま死体を発見し、所持していた携帯電話で一一〇通報。なお、発見に至る経緯だが、普段は、五、六羽、多くても十数羽ほどしかいない筈のカラスが、今朝に限って数十羽群なっており、不審に思い林の中を覗いたところ、女性の変死体を発見したとのことだ」
「次、死亡推定時刻及び、殺害方法について報告しろ」
柳本が指示する。
可南子が素早く立ちあがった。一礼したあとメモを開き、今朝入手した情報に関して自らの手で記載した箇所を読みあげていく。
「死斑、死後硬直、直腸温度から判断して、マル害の死亡推定時刻は、昨夜二十二時から本日零時に掛けて。死因は、頸部圧迫による窒息。犯行に使用された凶器は、紐状の物体、恐らくロープかネクタイのような物だと考えられます。また、マル害の左右両手の指十本すべてが、第二関節で折られおり、マル被が加虐趣味の持ち主であることを示しています。なお、マル害は、死体遺棄現場とは別の場所で殺害された可能性が高いと思われます」
一通り語ると、可南子は捜査員たちに一礼して着席した。
それを見計らって、再び柳本がマイクを手にした。
「次、絞殺体の身元について報告しろ」
可南子率いる比嘉班の左隣、窓際の列に陣取る第四係第一班長岸谷文雄警部補が、ゆっくりと立ちあがった。スキンヘッドの強面の中年刑事、流石は元組対(マル暴)だけあって、マイクを握る前に、周囲に睨みを利かす。
「先ほど、十二時十五分に、渋谷中央署に捜索願が出ている女子大生西岡誌織の両親が、娘本人であると確認しました。明日四日、午後一時より、K大医学部法医学教室でマル害の司法解剖が行われます」
岸谷は、ドスの利いたダミ声で報告した。
「次、所轄、本件被害者西岡誌織失踪事件に関して報告しろ」
柳本の指示に従い、会議室の後方に固まって座る渋谷中央署の捜査員の中の一人、バーコード禿げ頭の中年男性が、申し訳なさそうに立ちあがった。口を開く前に、警視庁から派遣された幹部連中に一礼する。
「おい、所轄、さっさと報告しろ」
「は、はい。被害者の氏名、西岡誌織、S女子大二回生、二十歳。本籍は、千葉県野田市堤台○○○。現住所は、恵比寿南一丁目の賃貸マンション『○○ハイム恵比寿』五〇二号室。先月六月三十日、日曜日、午後八時二十分頃、アルバイト先である大手コンビニエンスチェーン○○道玄坂小路店から帰宅途中失踪。翌三十一日、日曜日、西岡誌織の友人から連絡を受けた両親が上京し、渋谷中央署に捜索願を出し、同日午後一時三十七分、受理。渋谷中央署地域課及び生活安全課で、西岡誌織の周辺人物を探ったところ、バイト仲間である吉沢悟という二十四歳の男性が浮上。現住所は、渋谷区元代々木町○○-○○、一軒家で両親と十九歳になる妹と四人暮らし。吉沢は、ここ数週間、西岡誌織につき纏っていたと複数の証言あり。所謂ストーカーであります。私の方からは以上です」
所轄捜査員の報告のあと、柊が挙手し、立ちあがった。
「今ほど、所轄の方から報告があった吉沢悟ですが、先ほど任意同行を掛け、西岡誌織失踪及び、同人殺害容疑に関して事情聴取したところ、マル害失踪当日の六月三十日は、バイト先の○○道玄坂小路店で、午後八時から翌七月一日の午前六時まで働いていたとの証言あり。また、昨日二日も、午後八時から本日の午前六時まで同店で働いており、アリバイは完璧だ。この男には、犯行は不可能ということになる。よって、本件とは無関係であると思われる」
柊の報告が終了すると、保科がマイクを手に取り語り始めた。
「諸君っ、本件は、昨年八月に発生した看護師園田真知子拉致監禁並び殺人死体遺棄事件と殺害方法等が極めて似ている。また、手許に配布した捜査資料にもあるように、西岡誌織の絞殺体遺棄現場に残されていた写真等から判断して、同一犯による犯行と見て間違いないだろう」
保科の発言を受け、継続捜査専従班の特命捜査第一係長石田茂警部が挙手して立ちあがった。
「被害者女性園田真知子についてですが、事件当時の年齢は、二十七歳、独身。本籍、千葉県市原市更級四丁目○○。当時の住所は、武蔵野市吉祥寺北町四丁目○○アパート二一〇号室。昨年七月六日、金曜日未明、準夜勤明けの午前二時頃、帰宅途中に都道一二一号線通称三鷹通りの路上にて、何者かによって拉致。現場にはマル害の所持品と思われるバッグが残されており、ATMのカード、現金などはなくなっておらず、金銭を狙った行きずりの犯行ではなく、最初から被害者自身を拉致監禁するのが目的だったと思われます。目撃者はおりません。三日後の七月九日、月曜日、午前五時三十分頃、代々木公園西門付近の雑木林の中で絞殺体となって発見。第一発見者は、荻原賢太郎、三十五歳、男性、職業、東京都の環境課に勤務する公務員。本籍、神奈川県藤沢市鵠沼藤が谷四丁目○○。現住所、渋谷区台代々木五丁目『スカイタワー○○マンション』三〇五号室。本件同様、たまたまジョギング中に発見したとのことです」
一通り説明を終えると、石田は部下に目で合図を出した。
天井の照明が消え、カーテンが閉じられた。同時に、プロジェクターが運び込まれ、スクリーンが準備される。
「まずは、こちらの映像を見て下さい」
石田は、プロジェクターによってスクリーンに投影された映像をポインターで示した。
捜査員全員がスクリーンに注目する。
「先ほど、四係主任比嘉警部補から指摘があった、本件被害者西岡誌織の指先です……」
左右両手の指十本すべてが第二関節で折られた映像が、アップでスクリーンに映し出されている。
俄かに講堂内がざわついた。
映像が切り替わった。
「これが、園田真知子の指先です」
石田が示すスクリーンには、左右十枚すべての爪が剥ぎ取られた痛々しい指先が映っていた。
映像を確認した瞬間、可南子は被害者が受けた虐待行為とその激しい痛みを想像し、犯人に対する憤りを覚えた。
次の瞬間、不意に、
「ねえ、班長」
と東海林がボールペンの先で肩を軽く突っ突いた。
背筋に怖気を感じ、思わず身震いする。
「はぁ?」
可南子は怪訝気味に振り向き、眉間に皺を寄せ東海林を睨みつけた。
「犯人は、被害者に精神的苦痛と肉体的苦痛両方を与えるためだけに、指の骨全部折ったり、爪を剥いだりしたのでしょうか」
「何がいいたいのよ、東海林君、キミは。今は会議中、そういったことは、班のショートミーティングの時にしてよね」
可南子は人差し指を唇につけ、小声で東海林を制する。
「済みません……」
その間も、正面では、石田の説明が続いていた。
「次は、本件被害者西岡誌織の頸部の映像です。これを見てわかるように、索痕が水平に周回。犯人は太さ二ミリほどの紐状の物を数本束ねた太いロープを使って、時間を掛けゆっくりと絞めあげています。これと同様に、園田真知子の頸部にも、索痕が水平に周回しており、殺害方法は同じであると断定出来ます」
二つの映像を見比べ、捜査員は皆一様に頷いた。
「更に、これが、本件被害者西岡誌織の絞殺体遺棄現場に残されていた看護師園田真知子の絞殺体写真です……」
今朝、可南子が遺棄現場で見たあの写真だ。
「……以上です」
プロジェクターを使用した報告が終わった。
カーテンが開けられ、再び天井の照明が点いた。
保科がマイクを手にした。
「犯人は、無差別に被害者を選別し、拉致したあと、監禁し、殺害に至っている。また、現場に残された物証、犯人を特定する指紋などは発見されていない。殺害後、拭き取られたのだろう。遺体の状況から判断して、犯人は女性に対して殆ど性的興味を示さず、そういったものに関心のない人物だと思われる。渋谷周辺、三鷹、西東京、武蔵野、小金井、八王子など東京都西部に土地勘があり、アパート、マンションなどの集合住宅ではなく、一戸建てに住んでいる可能性が高い」
保科は、ツーポイントの縁なし眼鏡のフレームを指先であげた。
口許には不敵な笑みを浮かべている。
保科の話のあと、石田がまたマイクを手にした。
「我々特捜一係の継続捜査では、未だ被疑者特定には至っておりません……」
申し訳なさそうに報告する。
一時間半ほど経過し、初回捜査会議は終盤に入った。
「特捜一係は、これまで通り継続捜査。四係岸谷班は、被害者周辺の不審人物の洗い出しなどの敷鑑捜査。四係比嘉班は、凶器の特定と殺害方法の検証及び関東周辺で他に本件と類似した事件が発生していないか調べろ。いいか諸君、必ず犯人を確保しろ。これ以上、犯人に卑劣な犯行を繰り返させるなぁ!」
保科が檄を飛ばす。
「全力をもって捜査の任に就け。以上だっ!」
柳本が唾を飛ばしながら捲し立てた。
「起立!」
「敬礼!」
「解散!」
午後二時五十五分、捜査会議が終了した。
帳場を仕切るのは、園田真知子殺害事件の時と同様、捜査一課管理保科誠一警視だ。
五階講堂、窓側二列目に固まって座る比嘉班四名。可南子の真後ろには、東海林の姿があった。
午後一時二十分。第一回目の捜査会議が始まる十分前、突然、徳丸佳主馬巡査のスマホが着信音を奏でた。
「マナーモードにしておくように」
首だけ振り向き、可南子が注意する。
「済みません」
取り敢えず誰から掛かってきたのか確かめると、徳丸は慌ててスマホをマナーモードにする。
「何だよ、ちぇっ、こんな時に……、きっとまた例の件に違いない」
「例の件って」
「見合いですよ、見合い。田舎の両親が、見合いしろって五月蠅くて、特に母親の方が……。この間も、仕事中に掛かってきて、鬱陶しいんですよ、お袋の奴」
「ねえ、徳丸君。お腹を痛めてあなたを産んでくださった人でしょう。お母さまには、もっと優しく接しなさい」
「はいはい」
「はいはいって……返事は一回って、いつもいっているでしょ」
「わかりました、班長どの」
徳丸は半ば不貞腐れる。
「何よ、その態度。可愛くないぞ」
可南子は指先で徳丸の額を弾いた。
「痛ぇっ!!」
暫くなんだかんだやり取りがあって時間を潰しながら油断していると、虚を衝くように前方の引戸が開いた。
素早く反応して、前を見る。
ストライプ柄のイタリア製高級ブランドスーツを粋に着こなす三十代後半の警察官僚が、数名の部下を伴って講堂に入ってきた。管理官保科警視のご登場だ。
保科の後ろには、強行犯捜査第二係長、科学捜査第一係長、殺人犯捜査第四係長、特命捜査第一係長たちお歴々が腰巾着のように従う。少し遅れて、所轄の署長、副署長、次長が現れた。
一番奥窓際から科捜係長、強行犯捜査二係長、殺人犯捜査四係長、管理官、特命捜査第一係長、署長、副署長、次長の順に席に着いた。
本来、帳場を仕切る管理官の右隣には、捜査本部運営役の強行犯捜査二係長が座る筈だった。だが、その強行犯捜査二係長柳本洋一郎警部が左利きであるため、文字を書く時に右利きの保科管理官の肘に当たり、それを避ける目的で敢えて席順をずらした。
幹部全員が着席したのを見計らい、司会進行役の柳本が徐にマイクを手に取った。
「これより、代々木公園女性殺人並び死体遺棄事件の第一回合同捜査会議を開始する」
「起立!」
「敬礼!」
警視庁の捜査員三十二人と所轄署の捜査員二十一人、合計五十三人の刑事が、一斉に立ち上がり、敬礼した。
「はじめに、絞殺体発見に至る経緯について、本庁殺人犯捜査第四係から報告がある」
と柳本が述べた。
指示を受け、柊が立ちあがった。一礼して老眼鏡を掛けると、マイクを手に取った。
「通信指令センターに一一〇番通報が入ったのは、本日三日、五時二分。通報者は、第一発見者の大久保崇、六十八歳。現住所は、渋谷区神宮前三丁目○○-○○Fマンション六階六〇五号室。同居人は妻静江。八年前、神奈川県の県立中学教員を定年退職し、現在は都内渋谷区神宮前三丁目の進学塾で、週に四回ほど物理を教えている。毎朝、日課としている代々木公園周回道路でのジョギング中にたまたま死体を発見し、所持していた携帯電話で一一〇通報。なお、発見に至る経緯だが、普段は、五、六羽、多くても十数羽ほどしかいない筈のカラスが、今朝に限って数十羽群なっており、不審に思い林の中を覗いたところ、女性の変死体を発見したとのことだ」
「次、死亡推定時刻及び、殺害方法について報告しろ」
柳本が指示する。
可南子が素早く立ちあがった。一礼したあとメモを開き、今朝入手した情報に関して自らの手で記載した箇所を読みあげていく。
「死斑、死後硬直、直腸温度から判断して、マル害の死亡推定時刻は、昨夜二十二時から本日零時に掛けて。死因は、頸部圧迫による窒息。犯行に使用された凶器は、紐状の物体、恐らくロープかネクタイのような物だと考えられます。また、マル害の左右両手の指十本すべてが、第二関節で折られおり、マル被が加虐趣味の持ち主であることを示しています。なお、マル害は、死体遺棄現場とは別の場所で殺害された可能性が高いと思われます」
一通り語ると、可南子は捜査員たちに一礼して着席した。
それを見計らって、再び柳本がマイクを手にした。
「次、絞殺体の身元について報告しろ」
可南子率いる比嘉班の左隣、窓際の列に陣取る第四係第一班長岸谷文雄警部補が、ゆっくりと立ちあがった。スキンヘッドの強面の中年刑事、流石は元組対(マル暴)だけあって、マイクを握る前に、周囲に睨みを利かす。
「先ほど、十二時十五分に、渋谷中央署に捜索願が出ている女子大生西岡誌織の両親が、娘本人であると確認しました。明日四日、午後一時より、K大医学部法医学教室でマル害の司法解剖が行われます」
岸谷は、ドスの利いたダミ声で報告した。
「次、所轄、本件被害者西岡誌織失踪事件に関して報告しろ」
柳本の指示に従い、会議室の後方に固まって座る渋谷中央署の捜査員の中の一人、バーコード禿げ頭の中年男性が、申し訳なさそうに立ちあがった。口を開く前に、警視庁から派遣された幹部連中に一礼する。
「おい、所轄、さっさと報告しろ」
「は、はい。被害者の氏名、西岡誌織、S女子大二回生、二十歳。本籍は、千葉県野田市堤台○○○。現住所は、恵比寿南一丁目の賃貸マンション『○○ハイム恵比寿』五〇二号室。先月六月三十日、日曜日、午後八時二十分頃、アルバイト先である大手コンビニエンスチェーン○○道玄坂小路店から帰宅途中失踪。翌三十一日、日曜日、西岡誌織の友人から連絡を受けた両親が上京し、渋谷中央署に捜索願を出し、同日午後一時三十七分、受理。渋谷中央署地域課及び生活安全課で、西岡誌織の周辺人物を探ったところ、バイト仲間である吉沢悟という二十四歳の男性が浮上。現住所は、渋谷区元代々木町○○-○○、一軒家で両親と十九歳になる妹と四人暮らし。吉沢は、ここ数週間、西岡誌織につき纏っていたと複数の証言あり。所謂ストーカーであります。私の方からは以上です」
所轄捜査員の報告のあと、柊が挙手し、立ちあがった。
「今ほど、所轄の方から報告があった吉沢悟ですが、先ほど任意同行を掛け、西岡誌織失踪及び、同人殺害容疑に関して事情聴取したところ、マル害失踪当日の六月三十日は、バイト先の○○道玄坂小路店で、午後八時から翌七月一日の午前六時まで働いていたとの証言あり。また、昨日二日も、午後八時から本日の午前六時まで同店で働いており、アリバイは完璧だ。この男には、犯行は不可能ということになる。よって、本件とは無関係であると思われる」
柊の報告が終了すると、保科がマイクを手に取り語り始めた。
「諸君っ、本件は、昨年八月に発生した看護師園田真知子拉致監禁並び殺人死体遺棄事件と殺害方法等が極めて似ている。また、手許に配布した捜査資料にもあるように、西岡誌織の絞殺体遺棄現場に残されていた写真等から判断して、同一犯による犯行と見て間違いないだろう」
保科の発言を受け、継続捜査専従班の特命捜査第一係長石田茂警部が挙手して立ちあがった。
「被害者女性園田真知子についてですが、事件当時の年齢は、二十七歳、独身。本籍、千葉県市原市更級四丁目○○。当時の住所は、武蔵野市吉祥寺北町四丁目○○アパート二一〇号室。昨年七月六日、金曜日未明、準夜勤明けの午前二時頃、帰宅途中に都道一二一号線通称三鷹通りの路上にて、何者かによって拉致。現場にはマル害の所持品と思われるバッグが残されており、ATMのカード、現金などはなくなっておらず、金銭を狙った行きずりの犯行ではなく、最初から被害者自身を拉致監禁するのが目的だったと思われます。目撃者はおりません。三日後の七月九日、月曜日、午前五時三十分頃、代々木公園西門付近の雑木林の中で絞殺体となって発見。第一発見者は、荻原賢太郎、三十五歳、男性、職業、東京都の環境課に勤務する公務員。本籍、神奈川県藤沢市鵠沼藤が谷四丁目○○。現住所、渋谷区台代々木五丁目『スカイタワー○○マンション』三〇五号室。本件同様、たまたまジョギング中に発見したとのことです」
一通り説明を終えると、石田は部下に目で合図を出した。
天井の照明が消え、カーテンが閉じられた。同時に、プロジェクターが運び込まれ、スクリーンが準備される。
「まずは、こちらの映像を見て下さい」
石田は、プロジェクターによってスクリーンに投影された映像をポインターで示した。
捜査員全員がスクリーンに注目する。
「先ほど、四係主任比嘉警部補から指摘があった、本件被害者西岡誌織の指先です……」
左右両手の指十本すべてが第二関節で折られた映像が、アップでスクリーンに映し出されている。
俄かに講堂内がざわついた。
映像が切り替わった。
「これが、園田真知子の指先です」
石田が示すスクリーンには、左右十枚すべての爪が剥ぎ取られた痛々しい指先が映っていた。
映像を確認した瞬間、可南子は被害者が受けた虐待行為とその激しい痛みを想像し、犯人に対する憤りを覚えた。
次の瞬間、不意に、
「ねえ、班長」
と東海林がボールペンの先で肩を軽く突っ突いた。
背筋に怖気を感じ、思わず身震いする。
「はぁ?」
可南子は怪訝気味に振り向き、眉間に皺を寄せ東海林を睨みつけた。
「犯人は、被害者に精神的苦痛と肉体的苦痛両方を与えるためだけに、指の骨全部折ったり、爪を剥いだりしたのでしょうか」
「何がいいたいのよ、東海林君、キミは。今は会議中、そういったことは、班のショートミーティングの時にしてよね」
可南子は人差し指を唇につけ、小声で東海林を制する。
「済みません……」
その間も、正面では、石田の説明が続いていた。
「次は、本件被害者西岡誌織の頸部の映像です。これを見てわかるように、索痕が水平に周回。犯人は太さ二ミリほどの紐状の物を数本束ねた太いロープを使って、時間を掛けゆっくりと絞めあげています。これと同様に、園田真知子の頸部にも、索痕が水平に周回しており、殺害方法は同じであると断定出来ます」
二つの映像を見比べ、捜査員は皆一様に頷いた。
「更に、これが、本件被害者西岡誌織の絞殺体遺棄現場に残されていた看護師園田真知子の絞殺体写真です……」
今朝、可南子が遺棄現場で見たあの写真だ。
「……以上です」
プロジェクターを使用した報告が終わった。
カーテンが開けられ、再び天井の照明が点いた。
保科がマイクを手にした。
「犯人は、無差別に被害者を選別し、拉致したあと、監禁し、殺害に至っている。また、現場に残された物証、犯人を特定する指紋などは発見されていない。殺害後、拭き取られたのだろう。遺体の状況から判断して、犯人は女性に対して殆ど性的興味を示さず、そういったものに関心のない人物だと思われる。渋谷周辺、三鷹、西東京、武蔵野、小金井、八王子など東京都西部に土地勘があり、アパート、マンションなどの集合住宅ではなく、一戸建てに住んでいる可能性が高い」
保科は、ツーポイントの縁なし眼鏡のフレームを指先であげた。
口許には不敵な笑みを浮かべている。
保科の話のあと、石田がまたマイクを手にした。
「我々特捜一係の継続捜査では、未だ被疑者特定には至っておりません……」
申し訳なさそうに報告する。
一時間半ほど経過し、初回捜査会議は終盤に入った。
「特捜一係は、これまで通り継続捜査。四係岸谷班は、被害者周辺の不審人物の洗い出しなどの敷鑑捜査。四係比嘉班は、凶器の特定と殺害方法の検証及び関東周辺で他に本件と類似した事件が発生していないか調べろ。いいか諸君、必ず犯人を確保しろ。これ以上、犯人に卑劣な犯行を繰り返させるなぁ!」
保科が檄を飛ばす。
「全力をもって捜査の任に就け。以上だっ!」
柳本が唾を飛ばしながら捲し立てた。
「起立!」
「敬礼!」
「解散!」
午後二時五十五分、捜査会議が終了した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる