殺人遊戯 マーダーゲーム 殺人犯捜査第四係比嘉可南子

繁村錦

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EPILOGUE

EPILOGUE

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 次に気が付いた時、可南子は例の廃校となった高校の校舎にいた。東校舎一階の一番北の端、一年五組の教室だ。机や椅子は、まだそのまま教室内に残されている。可南子は、正面黒板の前の教壇に凭れ掛かるように座らされていた。目の前には、悪意に満ちた表情をした細川が、穿った目で彼女の胸元を覗き込むようにして突っ立っていた。

「あんたが黒幕だったのかぁっ!?」

「五月蠅えよ、この阿婆擦れの売女がぁ」

 細川は、可南子の腹を蹴り上げた。息が出来なり、悶絶した。
 可南子が抵抗しなくなったのを確認した細川は、強引にストライプ柄のレディーススーツを剥ぎ取る。ボタンごとシャツを引き裂くと、黒いブラジャーが露わになった。そのブラジャーに包まれた九十七センチのバストを凝視する。

「何っ見てんだよ、このエロじじいっ!!」

 可南子は細川の顔面に唾を吐いた。

「汚ねぇな、おい、ネエちゃんよ」

 細川は顔に付着した唾を拭うと、その手で可南子の横っ面に平手打ちを喰らわせた。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ、止めてぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」

 絶叫する。

「おい、それくらいで止めとけよ、おっさん」

 可南子の背後にある教壇の後ろから、聞き覚えのある声がした。我が耳を疑いながら、ゆっくりと振り返り、見上げるようにしてその声の主の顔を確認する。

「な、何で……!?」

 可南子の口からこれ以上言葉が出ない。
 四係第二班緒川順次巡査部長、可南子が最も信頼する部下が立っていた。彼は、薄ら笑いを浮かべ、嘲るような眼差しを向け、可南子を見下している。

「ど、どう言うことよ。ジュンちゃん?」

「悪く思わんで下さい、主任。自分と細川のおっさんとは、古くからの仲間でね」

「仲間って……?」

 可南子は唖然としたまま訊ねる。

「なあ姉ちゃんよ、あんた勘がいいのかそれとも悪いのかどっちなのかわかんねえや。つまり、俺たちは、お前が追っていたあの女弁護士さんの手下って訳だ」

 細川は悪びれることなく告白した。更に話を続ける。

「犀川一家四人の首を切り落とし、ご丁寧なテーブルセッティングしようとアイディア出したの、俺じゃなく、目の前にいるあんたの可愛い部下だぜ」

「そうなの?」

 悲し気な目をした可南子は、細川ではなく、緒川に訊ねた。
 緒川はせせら笑いを浮かべ、そうだ、と言わんばかりに頷いた。

「比嘉主任、捜査会議の席で、あなたの口からひき逃げ事件のことが出た時は、ホント、正直言って驚きましたよ。さらに驚かされたのは、岡崎香織先生のことを探ってくれと頼まれたことでした。あれはビビっちゃいました。主任ってどれだけ勘が鋭いのかってね」

「ジュンちゃん、でもあなた……今朝……」

 ここまで喋って可南子は堪え切れず涙ぐんだ。
 ふん、と鼻先で笑ったあと緒川は、

「だって仕方がないでしょ。今朝の捜査会議、本庁のお偉いさん方が沢山集まっている席で、岡崎香織さんの名前出されちゃ、何れ調べられて俺たち二人の名前も表に出ちゃうでしょ。それに、あなたほどの優秀な刑事だったら、自分が偽りの報告上げても、そのうち本当のことに気付いちゃうからさ。細川のおっさんと相談して、真実を伝えようって決めたんですよ。勿論、あとで口封じするつもりでね」

 と告白した。

「酷い。私を騙していたのねっ!」

 緒川は何も答えず、不敵な笑みを浮かべた。
 一瞬、真顔になり、可南子に真剣な眼差しを向けた。

「俺たちの仲間になりませんか?」

 緒川は、可南子を悪の道に誘おうと試みた。

「断る。死んでもいやッ、絶対にあんたたちの仲間なんかなるもんですかぁ!!」

 可南子は鼻水を垂らしながら号泣した。最も信頼していた部下に裏切られた自分が情けなくて仕方がないのだ。

「残念です」

 緒川は、寂しそうな、憐れむような表情を見せ、低い声で言った。

「警部補とは言え、所詮はただの女だ。ピィーピィーと泣き喚きやがって、五月蠅ぇんだよ」

 細川が可南子の顔を殴った。鼻血が噴き出た。

「おい、おっさん。止めとけって言ってるだろっ!」

 緒川が細川を制す。そして大丈夫かと言うような素振りで、可南子の肩を揺すった。可南子は、緒川を睨み付け、その手を振り払った。

「はあぁ? 緒川よ、お前この女に惚れたのか?」

「……違う」

 緒川は戸惑いながらも否定する。細川の口元が少し緩んだ。

「ジュンちゃん……」

 可南子は緒川の名を口にした。

「この女、る前に、お前、一度抱いてみるか?」

 言ったあと、細川は卑猥な笑い声を上げた。

「何だと貴様っ!!」

 緒川は忽ち血相を変えると、顔を紅潮させ、細川に飛び掛かろうとした。

「図星か」

 ニヤリと笑い細川は、素早くガンホルダーからトカレフTT-33を取出し、銃口を緒川に向けた。以前、暴力団組織から押収した拳銃の中から選び取り、隠し持っていたのだ。
 一瞬、緒川の動きが止まった。

「撃つ気か?」

 訊ねつつ、緒川も腰に隠し持つベレッタM92を手に取り、銃口を細川に向けた。
 次の瞬間、教室内に乾いた銃声が響いた。銃口からは、白い煙が立ち上っている。拳銃から弾き出た空になった薬莢が、床に転がった。火薬の臭いが漂う。
 前のめりに緒川が崩れ落ちた。彼の左胸の辺りから血が出て、白いワイシャツが真っ赤に滲んでいた。

「しゅ、主に……」

 虫の息の緒川は、可南子を見上げた。ガクっと彼の身体が崩れた。

「じゅ、ジュンちゃーん!!」

 可南子は緒川の名を叫んだ。
 緒川はピクリとも動かない。

「酷い。何てことをすんのぉ!」

「何れ、こいつも始末しようと思っていた」

 薄ら笑いを浮かべると細川は、銃口を可南子の左乳房の乳輪に押し付けた。

「一つ、お前にいいこと教えてやろう。娘の澄香を撃ったのはこの俺だ。このトカレフで撃った。あいつが俺の正体を知り、こともあろうにこの俺を脅して来やがった……だからS会系の岡○一家のチンピラの仕業に見せ掛け始末した」

「……実の娘を手に掛けるなんて、鬼っ! 悪魔っ! ケダモノっ! この人でなしっ!!」

「ああ、何とでも言えっ。どの道、俺は最低な男だ。何しろ、俺の母親は売女だった。俺は淫売野郎の股から生まれて来た正真正銘のゲスさぁ。自分でも吐き気を催すほどの糞カス野郎だぁ!!」

「……」

 可南子は無言で細川を睨み付ける。

「言えッ。お願いします、助けて下さい、と」

 細川は恐ろしい顔で迫る。

「誰があんたなんかに、言うもんですかぁ」

 可南子は辱めを受け、号泣しても、命乞いする気はなかった。

「じゃあ死んでもらうしかないな」

 捨て台詞を吐き、細川は引き金に指を掛けた。

「……」

「バァンっ!」

 叫ぶと同時に、細川は引き金を引く真似をした。
 死の恐怖に直面した可南子は、不覚にも失禁してしまった。
 細川は可南子の下腹部から出来た染みを見詰めた。


「お漏らしか……? 見っともないな、警部補さんよ……」

 卑猥な笑い声を上げる。

 細川が油断した隙に、可南子は彼の股間に膝蹴りを喰らわせた。

「うぅぅぅぅーーーーーーっ!! 何しやがるんだ、この阿婆擦れがぁ!!」

 その場に蹲る細川から逃れるように、可南子は這いながら出口に向かった。
 足を細川に掴まれ、引き摺り戻された。
 細川は痛む股間を抑えつつ、立ち上がると、可南子の右わき腹を蹴り上げた。

「うぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

 余りの痛みに吐き気を催す。

「今度やったら、ここに横たわる緒川みたいに、お前も、ぶっ殺すからなぁ!!」

 唸り声を上げつつ、細川は可南子の顔面をトカレフのグリップの底で殴り付けた。鼻から夥しい量の血が出た。どうやら骨折したらしい。

「うぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

「最初から、身を引いときゃお前もこんな酷い目に遭わずに済んだのによぉ。調子乗ってひき逃げ事故なんか調べるから行けないんだ。可哀想によ、お前の所為であの女子大生、死んでしまったじゃないかぁ……、わはぁっはぁっはぁぁぁぁーーーーっ!!」

 高笑いを上げ、細川はトカレフの銃口を可南子の下腹部に押し当てた。

「おい。これを、お前のマンコに挿入れてやろうか? それともぶっ放そうか……?」

「いや、止めて…………」

 可南子は恐怖の余りガクガクと震え出し、再び失禁した。

「あっ、小便掛けやがった俺のトカレフに……」

 舌打ちする。

「お前を絶対に許さない」

 可南子は、親の仇でも見るような目で、自分を辱める細川を睨み付けた。

「あぁあ何だ、その目は? 一つ、お前にいいことを教えてやろう……あの女子大生を抱いたのは俺じゃなく、張作賢ってあの中国人野郎だ。あの野郎が桜井心音の乳房なんか咬みやがって歯形残しやがるから、抉り取らなきゃならない破目になっちまったけどな。あん、その男がどうなったかって知りたいか? 劉磊彪を殺った時と同じように、俺が始末した……口止め料として、一千万請求してきやがったからな、金属バットでタコ殴りしてやった。そして東京湾にドボンだ」

 細川は告白した後、その場にゆっくりと腰を下ろし、シャツの胸ポケットから煙草を一本取出し、口に咥えた。

「お前も吸うか?」

 薄ら笑いを浮かべ訊ねる。そして、徐にポケットから携帯を取り出した。

「スマホは仕えねや、俺のような年寄りには、ガラケーがやっぱり一番使い勝手がいい」

「誰に掛ける気……?」

「知りたいか? 高山の坊ちゃんのとこだ」

「やっぱり、あの子もグルだったのね」

「ああ、そうさ」

 捨て台詞を吐き、細川は高山に電話を掛けた。

「ああ、坊ちゃん。俺です、細川です。今、統廃合になった三鷹の○○高校にいます。女を始末する前に、坊ちゃんも一度どうですか? それともう一つ、緒川の野郎は言うこと聞かないんで始末しました。そう岡崎さんに伝えておいて下さい、宜しくお願いします。それじゃ後ほど」

 悪魔のような笑い声を上げ、細川は携帯を切った。息絶えた緒川を一瞥すると、可南子を睨み付けた。

「坊ちゃん、有村のお嬢を撒いたら、直ぐに駆け付けるってよ」

「ふざけるな。糞っ!」

「おっ、まだそんなに元気が残ってんのか?」

 細川は、結束バンドで比嘉の両手を後ろ手に縛った。

 三十分後、校舎の外に、車の停まる音がした。
 動かなくなった緒川の死体の傍に力尽きたように座り込む可南子は、ボコボコに殴られ腫れ上がった顔を窓の外へ向ける。

「主任さん、高山の坊ちゃんのお着きですよ……」

 煙草を咥えた細川が、せせら笑いを浮かべた。

「殺せ、さっさと殺せ。あんなゲス野郎に抱かれるくらいだったら死んだ方がまっしだ」

 と叫ぶが、口に猿轡の代わりに穴あきボールギャグを装着されているため、牛のようにダラダラと涎を垂らすだけだった。
 板張りの廊下が軋む音がする。足音だ。

「こっちですよ。坊ちゃん」

 細川が可南子に背を向け、廊下の方に向かって声を掛けた。

「……ん? 何だ。どうしたんですか、坊ちゃん?」

 高山の返事がないことに疑問を抱いた細川は、小首を傾げると、廊下に向かって歩き出した。だが、廊下の直前でピッタと立ち止まった。そして振り向くと、ゆっくりと後退り始めた。

「……てめえ、まさか連絡入れやがったのか……?」

 この状況でどうやって入れやがった、と信じられないと言った表情で細川はあんぐりと口を開け、可南子をまじまじと見詰めた。
 遠くの方ではパトカーのサイレンが鳴っている。ドップラー効果で、それがだんだん近付いて来るのがわかる。
 可南子の部下が駆け付けた。東海林と森と大倉だ。

「午後五時二十一分、細川権蔵、お前を緊急逮捕する。取り敢えず容疑は監禁だ……」

 罪状を告げる東海林の声が可南子の耳に届いた。

「主任、大丈夫ですかぁ!? 」

 と問う、大倉の声も届いた。
 その声を聴いた途端、可南子は人目も憚らず号泣した。無論、口に嵌めた穴あきボールギャグのため、何を言っているのかわからない。

 ――遅いよ……。でもよかった、スマホのGPS気付いてくれたんだ。

「お、緒川……」

 彼の死体を目にした途端、森は悲し気に呟いた。

「遅かったか……」

 大倉も慚愧の念に堪えない表情で、緒川の死体を一瞥すると、目の前に立つ殺人鬼を睨み付けた。

「動くな、細川っ!!」

 東海林と森と大倉は、三人同時に叫んだ。三人の背後から、緊急出動した所轄署の制服警官たちや刑事たちが、一斉に教室内に駆け込んで来る。

「く、来るな!!」

 細川は喚いた。

「諦めろ、細川。先ほど、高山亮一が全てを自供した。二年前に起こしたひき逃げ事件の後始末を岡崎香織に依頼したことを……岡崎香織も殺人教唆で逮捕された。六年前の傷害事件で偶然お前と知り合い、お前が闇の始末屋であることを知り、以来お前に殺人などの汚れた仕事をさせていたことを全て吐いた。覚悟しろ、何れお前も殺人罪で再逮捕してやる」

 森に告げられ、狼狽える細川は何を思ったのか、後ろをチラリと振り返ると、可南子の顔を見た。
 目と目が合う。
 咄嗟に手にしたトカレフTT-33を構え、銃口を可南子に向けると、口元に不敵な笑みを浮かべた。

「止めろ細川ぁーーーっ!!」

 東海林が呻った。

「後始末くらい自分で出来る」

 細川は銃口を口に咥えたあと、自嘲するように僅かに口元を緩め、引き金を引いた。

「あっ!?」

 その場にいた十人前後の警察官たちは皆、愕然となった。
 古びた校舎に、乾いた銃声が響き渡った。
 脳漿や砕けた頭蓋骨の一部や肉片が辺りに飛び散った。細川の身体はその場に崩れ落ち、床に血溜まりが出来た。
 返り血を浴び、可南子の全身が真っ赤に染まった。だが、気丈にも目を逸らすことなく、その一部始終を凝視した。
 駆け付けた女性警察官数人にコートを掛けられ、両脇を抱えられながら起き上がった比嘉は、足元に横たわる動かなくなった細川と緒川の死体をひどく冷めた気分で見詰めた。
 この殺人鬼が、自分にしたことを考えると、思いっ切り蹴り付けてやりたいところだが、意外とそんな気は起らず、憐れに思えた。

「行きましょうか、比嘉警部補。救急車を用意しました」

 女性警官に声を掛けられ、可南子ははっと我に返り、再び号泣した。

 その日の午後五時二十五分。
『渋谷区松濤二丁目資産家一家四人殺人事』に端を発した一連の事件は、主犯格の細川権蔵の自殺と緒川順次死亡によって一応の収束を見た。
 警視庁総務部広報課に所属する広報官が記者会見を開いた。
 特別合同捜査本部が設置された渋谷中央署で、取り調べを受けた共犯者の高山亮一と岡崎香織の自供によって、今回の事件の全貌が明らかとなった。
 高山など政財界の実力者を親に持つ素行のよくない若者が、ひき逃げ事故や、傷害事件を起こしたあと、丸の内の南谷法律事務所に転がり込み、隠蔽工作を依頼する構図もわかった。
 クライアントから依頼を受けた岡崎は、弱みを握っている細川とその仲間である緒川を脅迫し、彼らに目撃者などの始末を頼んだ。その一方で、岡崎は自らも殺人に手を染めたことも自供した。
 自殺に見せかけて石田悠馬を殺害したのは岡崎だった。更に、高校教師森博一を殺害したのも彼女だった。森死亡当時、T女子高校で起こっていたいじめ問題を理由に高校へ赴き、予め入手していたフグ毒とトリカブト毒を、隙を見計らい森の水筒に混入したこと認めた。
 細川が、犀川一家や吉村一家を殺害した詳しい経緯に付いては知らないと言うことであるが、殺害を依頼した殺人教唆に付いてはすんなりと認めた。
 何れ公判で全てが明らかとなり、岡崎香織には死刑判決が下るだろう。
 また、共犯の高山亮一は、岡崎同様殺人教唆の罪状で裁かれ、刑法第六十一条、
 1、人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。 
 2、教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする。
 によって、刑法第一九九条の定める人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する、と言う判決が下る、と予想される。

(了)
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