捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

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CHAPTER1

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 午前八時十五分、定時に出勤した私は、警視庁刑事部捜査一課殺人犯捜査第四係の自分の席に座った。同僚の桐畑哲治警部補と雑談していると、背後から、

「お茶淹れましょうか、主任」

 と声が聞こえた。声の主は、桐畑班の女性刑事居村結花子巡査部長だ。
 今風の小顔猫目女子。髪の毛もほんの少し茶色に染めている。
 私にもこんな初々しい時期があったなと、感慨深気に結花子ちゃんを見やった。

「おお済まんな、居村」

 桐畑さんはありがとうという意味を込めて、片手をあげた。

「比嘉さんは」

「お茶は要らない」

 私は手を横に振ってから続けた。

「コーヒーにして、砂糖なしで」

「何だお前さん。この前まで角砂糖四つも入れてたじゃないか?」

 桐畑さんが怪訝気味に問う。

「ダイエットよ。この間の健康診断で、先生に指摘されちゃった」

 脇腹の贅肉を摘まみながら、私は舌を出して笑った。
 背後の引き戸が開き、私と桐畑さんは二人同時に振り向いた。
 視線の先には、私たち二人の直の上司である捜査一課殺人犯捜査第四係長沖聡警部の姿があった。朝っぱらから額に大粒の汗を掻き、右手に持つ扇子で顔の辺りを扇ぎながら渋面を作っている。私はその情けない姿を見て、唇の端を弛めくすっと笑った。

「うん。何が可笑しんだ、比嘉君」

 沖警部警部がやや強い口調でいう。
 私は軽く頭をさげ、

「済みません」

 とバツ悪そうに謝った。

 ちょうどそこへ、結花子ちゃんがお茶とコーヒーを運んできた。

「ここ置きますね」

「ありがとう」

 私は顔をあげ、結花子ちゃんの目を見てお礼の言葉を口にした。

「おっ居村。俺にもコーヒー淹れてくれ」

「はーい、わかりました係長」

「砂糖は二つ、ミルクはたっぷりと」

 沖警部が自分の好みをオーダーする。
 私はコーヒーを飲み干すと、空になったカップを流し台へ自分で運んだ。お湯が出る方の赤いレバーを押し、スポンジに洗剤を染み込ませ、素早くカップを洗う。その姿を見ていた桐畑さんが私を揶揄った。

「へぇ、感心だね。可南子ちゃんも女の子らしいところあるんだ」

 ちょっとムカッとときた。

「どういう意味ですか、桐畑さん」

 振り向き様、不機嫌そうに問う。

「おおっ怖っ」

 桐畑さんは少し茶化すようにいった。
 私は自分の席に戻ると、昨日、部下が提出した『町田市女子大生ストーカー殺人事件』に関する報告書に目を通した。
 先月二十六日、T女子大に通う十九歳の女子大生川嶋希美を殺害した犯人矢野浩平は、十日前、逃亡先の鹿児島県指宿市内で、鹿児島県警指宿中央署の地域課の巡査によって逮捕された。被疑者の身柄受け取りに鹿児島まで赴いたのは、私と部下の東海林啓介巡査部長だった。合同捜査本部が設置された町田中央署に、矢野の身柄を移送して本格的な取り調べが行われ、結果被疑者の全面自供により捜査本部は解散した。現在、捜査一課殺人犯捜査第四係は、新たな事件の臨場要請に備え、在庁待機中だった。

「おい、東海林。字が間違ってるぞ」

 私は、自分よりも三つも年上の三十六歳になる男性刑事を呼び捨てにした。

「えっ、どこですか?」

 東海林啓介巡査部長は私の左横から前屈みなって、自分が作成した報告書覗き込んだ。

「ここだよ、ここ」

 と大牟礼の牟の字を指した。

「ここは午じゃなくて、牛。牟は、カタカナのムの下に牛って書くんだよ」

「あっ本当だ」
 
「やり直しね。明日までに宜しく」

 私は悪戯な笑みを浮かべると、鼻の頭を掻いている東海林に報告書を手渡した。
 東海林が自分の席に向かうのと入れ替わりに、捜査一課課長代理第四強行犯捜査担当管理官松原康史警視が、私の前に現れた。相変わらずの仏頂面だな、と思いつつこの警察官僚の顔を上目遣いで見詰める。

「たった今、江東区有明の現場へ行っていた九十九管理官から、 第四強行犯捜査班うちに臨場要請が出た。白石警部のところの三係は例の保険金殺人事件を追っている。比嘉班、桐畑班で対応してくれ」

 松原管理官は真顔で言うと、金縁眼鏡を外した。ポケットから眼鏡拭きを取り出し、レンズに息を吹き掛け、手垢などの汚れを拭き始めた。
 私と桐畑さんはお互いの顔を見合わせ頷いた。

「はい、わかりました管理官」

「……猟奇殺人だ。先行した機捜の報告によると、現場はかなりの修羅場で相当凄まじいということだ。覚悟して行け」

 松原はレンズを拭きながらいい捨てる。そして何事もなかったかの如く、眼鏡を掛けた。

「猟奇殺人ですか……」

 私は溜め息を吐いた。何だか気が重い。二の足を踏んだ。
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