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CHAPTER10
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「昨日の通り魔事件の被害者女性、やはり助からなかったみたいですね」
私は、正面に座る男性医師に声を掛けた。
「お気の毒です」
蛭子さんは溜め息を吐いた。
「こういう時に、医師としての力不足を痛感します」
「そんな、気を落とさずに。被害者女性が亡くなったのは蛭子先生の所為じゃありません」
「刑事さん。あなたからそういって頂くと、少しは気が楽になります」
笑みを零したあと、蛭子は椅子から腰をあげた。
「コーヒーでも淹れましょう」
「お気遣いは無用です」
私は社交辞令程度に頭をさげた。
そして何かを気にするようなしぐさを見せ、
「そういえば平泉先生のお姿をお見掛けしませんが、今日はお休みですか?」
と蛭子さんに訊ねた。
蛭子さんは、インスタントコーヒーではなく、レギュラーコーヒーの粉を、コーヒーメーカーにセットしながら、振り向いた。
「昨夜、僕のスマホに教授から連絡がありまして、『私用が出来たので明日は学校に顔を出せない。来月、ロサンゼルスで開催される精神医学会の定例会で発表する予定の論文の仕上げ、キミに任せるから』と、一方的にいわれました」
「……そうですか。こういったこと、よくあるんですか?」
「と、仰いますと?」
蛭子は、カップを三つ乗せたトレイを運びながら、怪訝そうに訊ねた。
「いえ、別に他意はありません。お仕事のことで平泉先生が蛭子先生に……」
私が途中までいい掛けると、蛭子さんは先ほどの質問の意味を理解したらしく、
「まあちょくちょく。試されているんですよ、これから先も僕が教授の助手としてやっていけるかどうか」
と答えた。
そして、レギュラーコーヒーの入ったコーヒーカップを、私の目の前のスチールデスクの上に置いた。
淹れたてレギュラーコーヒーの香りが、私の鼻腔を擽った。
「うわぁ、良い香り。美味しそう、頂きます」
「どうぞ、ご遠慮なさらずに、そちらのお若い刑事さんも」
蛭子さんは、私に一礼すると、彼女の左隣に座る立花君の前にカップを置いた。
立花君は無言のまま軽く頷いた。
「どうされたんですか? 今日は元気がありませんね。さっきから全く喋っておられないけど……。ああ、さては例の彼女さんのことですね。例のストーカーの件、どうなったのですか?」
「……電話。何度掛けても彼女に繫がらなくて」
「一度、警察にご相談されてみてはいかがですか?」
すると、立花君は訝し気に蛭子の顔を眺めた。私はクスッと笑った。
「蛭子先生。今のはガチでいっておられるのですか、それとも冗談のつもりですか?」
「はぁあっ……? あっ、そうか、お二人は刑事さんでしたね。僕、天然なところがあるって学生や同僚たちによく揶揄われるんですよ」
蛭子さんは参ったなという表情を作り、照れ臭そうに笑うと、コーヒーを啜った。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
私たち二人にも勧めた。
「頂きます」
私は一礼して、コーヒーカップの取っ手を掴んだ。そのまま口に運び、唇を付けた。
「美味しい。やっぱ、インスタントとは全然違うわ」
「平泉教授が、隠していたブルーマウンテンをベースにしたブレンドです」
蛭子は満足そうに頷いた。
「どうりで美味しい筈よね」
私はもう一口、その褐色の液体を啜った。
「立花君も頂きなさいよ」
相変わらず陰鬱な空気を漂わせているキャリア刑事に告げた。
立花君は頷き、カップを持ち上げ口に運んだ。
「……本当だ。美味しい」
小声で呟く。
「でしょ」
私はドヤ顔だった。
立花君が二口目を呑み、コーヒーカップをスチールデスクの上に置いた時、高級イタリア製スーツの内ポケットの中で、スマホが震動した。最新曲が鳴った。
「失礼します」
立花君は私と蛭子さんに伝え、スマホを取り出した。
私は、正面に座る男性医師に声を掛けた。
「お気の毒です」
蛭子さんは溜め息を吐いた。
「こういう時に、医師としての力不足を痛感します」
「そんな、気を落とさずに。被害者女性が亡くなったのは蛭子先生の所為じゃありません」
「刑事さん。あなたからそういって頂くと、少しは気が楽になります」
笑みを零したあと、蛭子は椅子から腰をあげた。
「コーヒーでも淹れましょう」
「お気遣いは無用です」
私は社交辞令程度に頭をさげた。
そして何かを気にするようなしぐさを見せ、
「そういえば平泉先生のお姿をお見掛けしませんが、今日はお休みですか?」
と蛭子さんに訊ねた。
蛭子さんは、インスタントコーヒーではなく、レギュラーコーヒーの粉を、コーヒーメーカーにセットしながら、振り向いた。
「昨夜、僕のスマホに教授から連絡がありまして、『私用が出来たので明日は学校に顔を出せない。来月、ロサンゼルスで開催される精神医学会の定例会で発表する予定の論文の仕上げ、キミに任せるから』と、一方的にいわれました」
「……そうですか。こういったこと、よくあるんですか?」
「と、仰いますと?」
蛭子は、カップを三つ乗せたトレイを運びながら、怪訝そうに訊ねた。
「いえ、別に他意はありません。お仕事のことで平泉先生が蛭子先生に……」
私が途中までいい掛けると、蛭子さんは先ほどの質問の意味を理解したらしく、
「まあちょくちょく。試されているんですよ、これから先も僕が教授の助手としてやっていけるかどうか」
と答えた。
そして、レギュラーコーヒーの入ったコーヒーカップを、私の目の前のスチールデスクの上に置いた。
淹れたてレギュラーコーヒーの香りが、私の鼻腔を擽った。
「うわぁ、良い香り。美味しそう、頂きます」
「どうぞ、ご遠慮なさらずに、そちらのお若い刑事さんも」
蛭子さんは、私に一礼すると、彼女の左隣に座る立花君の前にカップを置いた。
立花君は無言のまま軽く頷いた。
「どうされたんですか? 今日は元気がありませんね。さっきから全く喋っておられないけど……。ああ、さては例の彼女さんのことですね。例のストーカーの件、どうなったのですか?」
「……電話。何度掛けても彼女に繫がらなくて」
「一度、警察にご相談されてみてはいかがですか?」
すると、立花君は訝し気に蛭子の顔を眺めた。私はクスッと笑った。
「蛭子先生。今のはガチでいっておられるのですか、それとも冗談のつもりですか?」
「はぁあっ……? あっ、そうか、お二人は刑事さんでしたね。僕、天然なところがあるって学生や同僚たちによく揶揄われるんですよ」
蛭子さんは参ったなという表情を作り、照れ臭そうに笑うと、コーヒーを啜った。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
私たち二人にも勧めた。
「頂きます」
私は一礼して、コーヒーカップの取っ手を掴んだ。そのまま口に運び、唇を付けた。
「美味しい。やっぱ、インスタントとは全然違うわ」
「平泉教授が、隠していたブルーマウンテンをベースにしたブレンドです」
蛭子は満足そうに頷いた。
「どうりで美味しい筈よね」
私はもう一口、その褐色の液体を啜った。
「立花君も頂きなさいよ」
相変わらず陰鬱な空気を漂わせているキャリア刑事に告げた。
立花君は頷き、カップを持ち上げ口に運んだ。
「……本当だ。美味しい」
小声で呟く。
「でしょ」
私はドヤ顔だった。
立花君が二口目を呑み、コーヒーカップをスチールデスクの上に置いた時、高級イタリア製スーツの内ポケットの中で、スマホが震動した。最新曲が鳴った。
「失礼します」
立花君は私と蛭子さんに伝え、スマホを取り出した。
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