捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

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CHAPTER12

3

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 鑑識のジャンバーを着た男性警察官が近寄ってくる。向島さんだ。

「比嘉が歩けば死体に当たるってかぁ」

 向島さんはにやけ顔でいった。

「久さん。ふざけていないで、さっさと鑑識作業終わらせて頂戴」

「あいよ、お嬢ちゃん」

「早くしてよ」

 私は、ログハウスに入って行く本庁の鑑識係員の背中を、恨めしそうな目付きで睨んだ。

「まさか、平泉まで殺害されるとはな」

 知らせを受け、ついさっき現場に駆け付けた桐畑さんが感慨深げにいった。

「ええ。これでまた振り出しね」

「え、比嘉。キャリアの坊やは?」

「あっちで凹んでいる」

 私は、現場まで乗って来た覆面パトカーに顎を向けた。
 桐畑さんは、覆面パトカーを一瞥すると、

「まあ、考えようによっては良かったじゃないか、死体で発見されたのがあいつの彼女じゃなくて」

「それもそうだけどね」

 二人で立ち話していると、マスコミ対策の目隠しのため覆っている青いビニールシートの繋ぎ目が開いた。殺人班四係の沖係長が顔を出した。

「係長ご苦労様です」

 目聡い桐畑さんが声を掛け、頭をさげた。私もそれに倣い軽く会釈する。
 更に沖警部の背後から、この連続殺人事件の指揮を執る松原管理官が顔を出した。

「か、管理官もこられたのですか?」

「何だ、私がきて不都合かね、桐畑警部補」

 松原管理官は眼鏡のフレームのブリッジを指でさげ、覗き込むように睨んだ。

「いいえ」

 桐畑さんは体裁が悪そうに謝り頭を掻いた。

「で、比嘉警部補」

「何でしょうか、管理官」

「地取りの方は?」

「所轄の方で済ましております」

「そうか」

 松原管理官は素っ気なくいった。
 この中藤地区は山間の小さな集落だ。見掛けぬ不審者いれば、直ぐに噂が地域全体に広がってしまう。
 私は、昨夜八時過ぎに、この辺りでは余り見掛けない白い車が、このログハウスの前の砂利を敷き詰めた空き地に停まっていたことを松原管理官に伝えた。

「つまり、その白い車以外、不審な点はなかったってことか」

「はい」

「沖係長。その不審車両の車種、ナンバーを早急に割り出してくれ」

「了解しました管理官。そういうことだ、比嘉君」

 沖係長は視線を松原管理官から私の方へ移し伝えた。

「はい。一両日中に結果が出るよう何とかします」
 沖係長に伝えたあと、私は周囲を見回した。少し離れたところで、徳丸と森さんが所轄の捜査員と立ち話をしていた。私は彼らの方へ向かって歩き出した。

「悪いんだけど佳主馬。昨夜、ここに停まっていた当該車両に付いて調べてくれない」

「えっ、僕がですか?」

「そう。あんたが」

「調べるっていってもどうやって調べりゃいいんだよ」

「防犯カメラとかあるでしょ」

「この辺りには一台も設置されていませんよ。もう少し先に行けば多少はあると思いますけど。まるで、砂漠のど真ん中で砂金探すようなもんだ」

 徳丸は不満気にいう。

「一両日中に何とかしてね」

「えっそんな無理ですよ主任。無理、無理っ」

 徳丸は手と顔を同時に横に振った。何もかやる前から直ぐに諦めてしまうZ世代の典型的な人間だ。

「管理官にはもう一両日中に何とかするっていっちゃったから、宜しくね」

 私は年甲斐もなくロリキャラを演じ、声優のような甘え声を出した。

「酷いや、鬼っ、この悪魔ぁっ」

 徳丸は不満をぶちまけた。

「怒らないの。この借りはいつかちゃんと返すから」

 暫く立ち話をしながら時間を潰していると、ログハウスの扉が開いた。

「どうぞ。中の方へ」

 女性鑑識係員が、外で待つ捜査員たちに伝えた。

「行こうか?」

 と私は先ほど覆面パトカーから出て来たばかりの立花君に声を掛けた。

「はい」

 松原管理官管理官を先頭に本庁の捜査員がログハウス内へ入っていた。
 入口で、現場保存のため、頭からネットを被りマスクを装着し、靴を脱ぐとビニール袋を穿いた。仕度が整った者から順番に通行帯を歩き二階へあがった。
 松原管理官は梯子を使い、死体発見現場となったロフトへあがった。

「少し怖いな」

 高所恐怖症の松原管理官は、思わず本音を溢した。

 耳聡い私はそれを聞き逃すことはなく、クスッと笑った。

「管理官。高いところ苦手なんだ」

 小さい声で呟く。
 だがロフトにあがった途端、そんな呑気なことはどこかへ吹っ飛んでしまった。

「……酷い」

 私は口を押えた。
 頭を東側に向け、両腕を広げた状態で全裸のまま平泉が倒れていた。喉の辺りからちょうど男根の付け根辺りまで、鋭利な刃物で切り裂かれ、ロフト一面に血が飛び散っていた。血は既に乾いていた。小林の時と同じように死体の周りに内臓がばら撒かれいる。ただ前回とは違い、左乳頭も睾丸も、ちゃんと平泉の死体に付いていた。
 私は、ここでなぜかしら不意に尿意を覚えた。同時に喉の渇きも覚えた。

「済みません。トイレ、行かしてください」

 私は恥ずかしそうにいった。

「おい、お嬢ちゃん。また失禁するのか」

 ここぞとばかりに桐畑さんが揶揄った。
 私は、心ない同僚の悪意の籠った一言に悪意を覚えたが、分別の付く大人の女性としてここはグッと堪えた。

「行ってこい」

 という松原管理官に一礼して、私は梯子を使い床におりた。
 ログハウスを出て、近所の家へトイレを借りに行ってもよかったのだが、間に合いそうもないので鑑識の許可を取り、このログハウスのトイレを使用することにした。
 用を足し、手を洗っている時、エアープランツの入ったガラスコップを何気なく見た。

「埃がずれている」

 私は怪訝そうに首を傾げた。
 棚の上に溜まった埃が、コップの底の形にずれていた。つまり、元々は今ある位置から二センチほど左にあった訳だ。
 私は迷った挙句、トイレに入る前にハンドバッグに片付けた手袋を取り出し、両手に装着した。エアープランツの入ったガラスコップを持ちあげた。だが、その下には何もなかった。

「気の所為か……」

 元あった位置にコップを置こうとした時、エアープランツの根の部分に紙が付着しているのを発見した。
 エアープランツを指で摘み持ち上げ、根に絡み付いている紙切れを手に取った。

「うん……? トイレットペーパー」

 私は丸められたその紙を広げてみた。

「蛭子慎弥……」

 意味がわからず首を傾げた。
 一辺が三センチ角ほどの大きさのトイレットペーパーには、その精神科医の名前が書かれていた。
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