【完結】死に戻りの悪役令息Ωは、悪妻となってフラグを折りたい。僕を殺した王子αが離してくれないけど。

てんつぶ

文字の大きさ
6 / 47

第三話-③ へ、平気だッ

 やっぱり、怖い。


 初夜が怖いんじゃない、シュルズが怖い。
 前回とは流れが少し違うと思ったものの、あの冷酷な瞳に見据えられた途端、やっぱり身体が動かなくなる。
 僕なんてどうでもいいのだと、そんな風に言われている気がして。

 また、殺されてしまう気がして。

「来るなよお……」

 ボロボロと涙が零れる。
 初夜なんて、平気で受け入れられると思っていた。
 オメガとしての義務なのだと、犬に噛まれるくらいの気持ちでドンと構えていたはずだ。
 なのに蓋を開けてみれば、みっともなく泣いて拒絶してしまう。

 僕は、弱い。

 こんなんじゃ、いい悪妻になんてなれっこない。

 膝を抱えてその間に顔を埋め、僕は嗚咽を噛み殺す。
 せめてみっともなく泣く顔なんて、見せたくなかった。
 どれくらい時間が経っただろうか。

 クスンと鼻をすすり、涙もある程度落ち着いてしまった。
 シュルズがどこかに行った気配もなかったし、同じ部屋にいるのだとは思う。
 面倒なやつだと思われてしまったかもしれない。
 初夜に怯える、情けないオメガだと思われただろうか。

 いや、違う。

 僕は立派な、悪妻になるんだ。
 前回の記憶がなんだというんだ。
 悪妻たるもの初夜くらい、完遂してみせる。
 まだ震えそうになる息を吸い込み、大きく吐く。

 気合いを入れ直し、僕はバッと顔を上げた。

「シュル――」

 男の名を呼び、だが途中で止まった。
 同じ寝台の端と端で、静かに僕を見つめる碧の瞳とかち合ってしまったからだ。
 シュルズの瞳の中にはもう、先ほどまでの怒りのような色は見えない。

 さざ波ひとつ立たない、静かな湖面のようだった。

「怖いなら、今夜はなにもしないよ」

「こ、怖くなんて」

 言い返した声が、変にひっくり返ってしまった。
 情けなさに恥じ入る僕に、穏やかな声が掛けられる。

「なにもしない。シュルズがいいというまで、うなじも噛まない」

「それは――」

 アルファがオメガのうなじを噛むことで、番いが成立する。
 現在では殆どアルファしか生まれない王族の婚姻は、番いになることで完遂するものだ。
 番いを得ていないアルファは、勤めを果たさない未熟者として、王位継承権から外される恐れすらある。
 シュルズがそれを知らないわけはないだろうに。

 だからこそ前回は初夜に、早急に僕のうなじを噛んでいたのだ。
 そのシュルズが、うなじを噛まないだって?
 疑う僕の視線に気付いたのか、シュルズは両手を緩く挙げる。

「シュルズに嫌われたくないからね」

 まるで僕のことが好きみたいに、いうなよ。
 気遣われて嬉しいなんて、思ってないからな。

「……本当に、噛まないつもりか」

「怖いんでしょ?」

「こわ、怖くなんて」

 クッションの一つを抱きかかえて強がる僕に、シュルズはゆっくりと近付いた。
 思わずビクリと震えてしまう。
 シュルズの手が、僕の手を握った。

「ほら、まだ震えてる」

 小さく揺れる手は、僕の意思では止まってくれない。
 本当は初夜が怖いのではなく、シュルズが怖いのだが。
 そこまで言って逆上されても困るから、あえて言わないでおく。

「私が触れてもいいと思ってくれるまでは、なにもしないよ」

「……本当に?」

「本当に。誓おう」

 シュルズは両の手のひらで、僕の手を優しく包む。
 大きくて、少しゴツゴツして、でも温かい。
 だけどこの男の誓いには、なんの価値もない。

 女神様の前で誓った言葉すら、たった一年で自ら幕を下ろした男なのだ。
 その上、妻である僕を殺すという最悪の行為で。
 胸の辺りに、冷たい風が吹き込むようだ。

「誓いは、いらない。そんな価値、ないだろ」

 僕は淡々と手を振りほどこうとしたが、逆に指を絡めるように握り込まれる。
 そうして僕の手の甲に、シュルズの唇が静かに触れた。

「エディッドに、誓うよ。私の一番大事なものだから」

 その瞬間、まるで目の前に小さな光りが弾けたようだった。
 なにかがパチパチと弾けて、シュルズを照らす。

 夜の薄闇の中、シュルズだけがやけに輝いて見えた。
 苦しくなる胸を押さえたいのに、その手はシュルズに握られたままだ。
 どうして今更、そんなことを言うんだろう。

「勝手に、すれば」

 シュルズは僕の心を掴んで、ムリヤリ揺らしてくる。
 だからこんなに苦しくなるのかもしれない。

「ありがとう、エディ。抱きしめるのは大丈夫?」

「……別に、いいけど」

 両腕を広げて問いかけられれば、それすら拒否するのは狭量な気がした。
 シュルズはフワッと笑みを浮かべ、ゆっくりと僕を包み込む。

「これは怖くない?」

「怖く、ない」

 ガチガチに固まった身体に、シュルズの腕が回る。
 怖くはない、と思う。
 だけど緊張する。
 どうしても身構えてしまうのかもしれない。

「なにもしないよ、エディ」

「わ、分かってる……」

 薄すぎるナイトドレス越しにポンポンと背中を優しく叩かれ、摩られる。
 トクントクンと規則的なシュルズの心音が、張り詰めていた緊張を解いていく気がした。

 今日は一日、目が回るほどに忙しかった。
 死に戻った記憶を必死に集めて、もがいて、決意した日でもあった。
 トロトロと眠りの淵へと誘い込まれそうになったところで、鼻がムズムズと動く。

「へ、へ……へぶち……ッ」

 色気もなにもないくしゃみ。
 自分の顔に、熱が一気に集まるのが分かった。

 声は出ていないものの、シュルズが笑っている空気が振動となって伝わってくる。
 失礼な男だ。
 くしゃみくらい、この僕だって出すぞ。

「寝ようか、エディ。抱きしめて寝るのは、平気かな?」

「へ、平気だッ」

 まるで怖がってできないかのように聞かれると、反抗したくなるものだろう。
 脊髄反射で答えてしまった僕は、己の失言に気付くも時すでに遅し。

 すぐ側にある他人の体温と、布団に籠もるシュルズの甘い匂いに、その夜はなかなか寝付けないのであった。
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

「親友の兄と結婚したら、親友に夫を取られました。離婚します」

柴田はつみ
恋愛
誰も、悪くない。 だから三年間、笑っていた。 親友の兄と結婚したエルミラ。 でも夫が振り向くのは、いつも親友が夫を呼ぶときだけ 「離婚しましょう、シオン様」 「絶対に、ダメです」 逃げようとするたびに、距離が縮まる。 知るほどに、好きになってしまう。 この男を捨てるには、もう少しだけ時間が必要みたいです。

諦めることを諦めてみた

ゆい
BL
いつだってそうだ。 食べたいおかずやおやつは弟に取られる。 服はいつもおさがり。 優秀な兄や天使のような容姿の弟を両親は可愛がる。 僕は兄ほど頭は良くないし、弟より可愛くない。 何をやらせてもミソッカスな僕。 だから、何もかもを諦めた。 またしても突発的な思いつきによる投稿です。 楽しくお読みいただけたら嬉しいです。 投稿ペースはのんびりです。 誤字脱字等で文章を突然改稿するかもです。誤字脱字のご報告をいただけるとありがたいです。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

完璧な夫に「好きになるな」と言われたので、愛されない妻になります

柴田はつみ
恋愛
結婚初夜、夫に「好きになるな」と言われました。 夫の隣には、馴れ馴れしい幼馴染令嬢。 ならば愛されない妻として身を引きます。 そう決めた途端、完璧な夫が私を手放してくれなくなりました。 侯爵令嬢エリシアは、王国一完璧な男と呼ばれる公爵レオンハルトに嫁いだ。 美貌、家柄、才能、礼儀。 何もかも完璧な夫。 けれど結婚初夜、彼は冷たい声で告げた。 「君は、私を好きになっては困る」 その言葉を聞いたエリシアは悟る。 この結婚は政略結婚。 夫の心には、自分ではない誰かがいるのだと。

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中

殺された俺、今世はヤンデレ美形に溺愛されています

夜刀神さつき
BL
ユリアンは、夫エアハルトの不倫現場を目撃する。そして、離婚しようとしたら、逆ギレしたエアハルトに殺されてしまう。しかし、目を覚ますと、2年前に戻っていた。今度こそエアハルトと結婚せずに平凡な人生を歩もうと奮闘するが、公爵家の名誉騎士アスモダイがユリアンに執着してきて……。 スパダリの超絶イケメンであるアスモダイ×不幸な人生を歩んできたユリアンです。 ざまぁ要素ありです。ざまぁが書きたくて、書いたような小説です。徹底的にやります。表紙はAI使用。

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…