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第六話-① ガオー
ルイーナは僕の妹であり、僕の侍女というわけではない。
だから別々に行動するときももちろんあるし、僕だってルイーナを閉じ込めたいわけではない。
午前中の爽やかな日差しを浴びながら、僕は当てもなく庭を散歩する。
手入れのされた王城の庭の一角には、小さなバラが咲き誇っていた。
だがどうにも気は滅入る一方だ。
見つけた東屋に腰を下ろし、ぐったりと背もたれにもたれかかる。
「はーあ」
ついつい、ため息が漏れる。
今夜は結婚して初めての夜会だ。
面倒な貴族たちの腹の探り合いと値踏みされることを考えるだけで、憂鬱でしかない。
もっと分かりやすく会話をすればいいのに。
湾曲に曖昧に、空気を読むやり取りが、僕は昔から嫌いだ。
「貴族、向いていないんじゃないか……」
立ち止まり、はたと気付いてしまった。
一瞬、ここから逃げ出せた後は平民として生きるのもいいかもしれない、なんて血迷ったことを考えてしまう。
だが平民として暮らせるかといえば、それもまた別の話だ。
厨房にすら入ったことのないこの僕が、野菜を作ってパンを捏ねるなんて、天地がひっくり返っても無理だろう。
人には向き不向きがある。
「ま、個人資産があるからな。ルイーナと二人なら、食うには困らないだろう」
領地や家の財産は、マール公爵家のもので持ち出せるものではない。
だがありがたいことに、亡くなった両親が残してくれた資産があるのだ。
小さな屋敷を買って、メイドを一人雇うくらいはできる。
「心置きなく悪妻になれる、というわけだ」
僕は腕を組み、うんうんと頷いた。
「あくさい、ってなんですか」
「うわわっ!」
突然後ろから声が掛けられて、心臓がドキッと跳ねた。
驚いて振り返ると、東屋の椅子の後ろに小さな手が掛けられていた。
ひょこっと顔を出したのは、ふくふくとしたほっぺたの少年で。
「リ、リュワッツ王子……?」
「こんにちは、エディッドさま」
「こ、こんにちは?」
ぺこーっと丁寧に頭を下げられては、僕も挨拶をするしかない。
だが周囲を見渡しても、他に人影はない。
「まさか……一人でここに?」
ザアッと強い風が吹く。
そのせいか、リュワッツ王子の表情に影が差した。
「こんやは、ぱ、ぱ、ぱーちーなので。ちちうえも、ははうえも、いそがしいんです」
「そりゃ王太子夫妻だもんな? けど、だからって子供が一人でこんなところ」
「ないしょ、です」
リュワッツ王子は小さな指を自分の口元に当てて、シーと音を出す。
何度か挨拶を交わしたことはあったが、どうやらこの義甥は、なかなか面白い子供のようだ。
「内緒か。そりゃいいな。僕が悪妻だっていうのも、父上と母上には内緒にしておいてくれよ」
どのタイミングで悪妻だと気付かせるか、それもまた僕の腕の見せ所だ。
リュワッツ王子は首をコテンと横に倒す。
「あくさいって、なんですか」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたな。悪妻とは!」
僕は立ち上がり、リュワッツ王子に向き直ると右腕をバッと広げた。
「悪い妻だ! なにを隠そう、僕はこの城に不似合いな、悪い人間だ!」
「わるい……つま。わるい、ひと?」
「そうだ!」
物わかりがいい子供だ。
僕は腰に手を当て、頷く。
「でもわるいひとは、じぶんをわるいって、いわないとおもいます」
「むむっ」
「エディッドさまは、ボクとはなしをしてくれるし。いいひとです」
「むむむっ。リュワッツ王子、それはあまりにいい人の基準を下げすぎだぞ。僕は断じて、いい人ではない。いいか、悪妻なんだ。怖いんだぞ、ガオー」
両手の指を鈎のようにして、リュワッツ王子に近付く。
いや、これ悪妻のポーズか?
悪妻は、ガオーなんていうか?
話せば話すほど僕自身が、悪妻というものを見失いつつある。
「がおー、ですか」
「ガオーだ」
なぜかリュワッツ王子まで一緒のポーズをやり返してくるせいで、僕もどこで引き返したらいいのか分からなくなってきた。
でも目の前の幼児が楽しそうに笑うから、まあこれもいいかと思うのだった。
だから別々に行動するときももちろんあるし、僕だってルイーナを閉じ込めたいわけではない。
午前中の爽やかな日差しを浴びながら、僕は当てもなく庭を散歩する。
手入れのされた王城の庭の一角には、小さなバラが咲き誇っていた。
だがどうにも気は滅入る一方だ。
見つけた東屋に腰を下ろし、ぐったりと背もたれにもたれかかる。
「はーあ」
ついつい、ため息が漏れる。
今夜は結婚して初めての夜会だ。
面倒な貴族たちの腹の探り合いと値踏みされることを考えるだけで、憂鬱でしかない。
もっと分かりやすく会話をすればいいのに。
湾曲に曖昧に、空気を読むやり取りが、僕は昔から嫌いだ。
「貴族、向いていないんじゃないか……」
立ち止まり、はたと気付いてしまった。
一瞬、ここから逃げ出せた後は平民として生きるのもいいかもしれない、なんて血迷ったことを考えてしまう。
だが平民として暮らせるかといえば、それもまた別の話だ。
厨房にすら入ったことのないこの僕が、野菜を作ってパンを捏ねるなんて、天地がひっくり返っても無理だろう。
人には向き不向きがある。
「ま、個人資産があるからな。ルイーナと二人なら、食うには困らないだろう」
領地や家の財産は、マール公爵家のもので持ち出せるものではない。
だがありがたいことに、亡くなった両親が残してくれた資産があるのだ。
小さな屋敷を買って、メイドを一人雇うくらいはできる。
「心置きなく悪妻になれる、というわけだ」
僕は腕を組み、うんうんと頷いた。
「あくさい、ってなんですか」
「うわわっ!」
突然後ろから声が掛けられて、心臓がドキッと跳ねた。
驚いて振り返ると、東屋の椅子の後ろに小さな手が掛けられていた。
ひょこっと顔を出したのは、ふくふくとしたほっぺたの少年で。
「リ、リュワッツ王子……?」
「こんにちは、エディッドさま」
「こ、こんにちは?」
ぺこーっと丁寧に頭を下げられては、僕も挨拶をするしかない。
だが周囲を見渡しても、他に人影はない。
「まさか……一人でここに?」
ザアッと強い風が吹く。
そのせいか、リュワッツ王子の表情に影が差した。
「こんやは、ぱ、ぱ、ぱーちーなので。ちちうえも、ははうえも、いそがしいんです」
「そりゃ王太子夫妻だもんな? けど、だからって子供が一人でこんなところ」
「ないしょ、です」
リュワッツ王子は小さな指を自分の口元に当てて、シーと音を出す。
何度か挨拶を交わしたことはあったが、どうやらこの義甥は、なかなか面白い子供のようだ。
「内緒か。そりゃいいな。僕が悪妻だっていうのも、父上と母上には内緒にしておいてくれよ」
どのタイミングで悪妻だと気付かせるか、それもまた僕の腕の見せ所だ。
リュワッツ王子は首をコテンと横に倒す。
「あくさいって、なんですか」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたな。悪妻とは!」
僕は立ち上がり、リュワッツ王子に向き直ると右腕をバッと広げた。
「悪い妻だ! なにを隠そう、僕はこの城に不似合いな、悪い人間だ!」
「わるい……つま。わるい、ひと?」
「そうだ!」
物わかりがいい子供だ。
僕は腰に手を当て、頷く。
「でもわるいひとは、じぶんをわるいって、いわないとおもいます」
「むむっ」
「エディッドさまは、ボクとはなしをしてくれるし。いいひとです」
「むむむっ。リュワッツ王子、それはあまりにいい人の基準を下げすぎだぞ。僕は断じて、いい人ではない。いいか、悪妻なんだ。怖いんだぞ、ガオー」
両手の指を鈎のようにして、リュワッツ王子に近付く。
いや、これ悪妻のポーズか?
悪妻は、ガオーなんていうか?
話せば話すほど僕自身が、悪妻というものを見失いつつある。
「がおー、ですか」
「ガオーだ」
なぜかリュワッツ王子まで一緒のポーズをやり返してくるせいで、僕もどこで引き返したらいいのか分からなくなってきた。
でも目の前の幼児が楽しそうに笑うから、まあこれもいいかと思うのだった。
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