【完結】死に戻りの悪役令息Ωは、悪妻となってフラグを折りたい。僕を殺した王子αが離してくれないけど。

てんつぶ

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第九話-② 疑惑の火

 誰だこいつらはと睨んでいると、ふと思い出す。

「ああ、ラージェント伯爵家、パフェルノ子爵家、ガバスナ男爵家の」

 学生の頃に僕の周囲にいた生徒たちの中でも、遠くでヘコヘコと頭を下げていた者たちだった記憶がある。
 それぞれ確か次男以下だったはずだが、王城勤めをしているのだろうか。
 少なくとも僕には、こんな風に当たりのキツい言い方をされる謂れはないのだが。

「は~、さすが王子妃ともなれば、オメガでも偉くなるんですね」

「僕は王子妃になる前から、お前たちより身分は上だったはずだが?」

 国内の公爵家の中でも、マール公爵家は上位に位置する。
 露骨な嫌みと侮辱の言葉は、僕でも段々腹が立ってくる。

「やだなあ、言葉のあやですよお。あ・や。いやしかし、あんな悪さをしてても王族に嫁げるんだと、マール公爵家の力は絶大だと、うらやましいばかりですね~」

「……なんの話だ?」

 僕たちを取り囲む男たちがニヤニヤと語る話は、僕の記憶のどこにもない。
 確かに学生なのをいいことに、好き勝手イタズラを楽しんでいたが、嫁げないと思われるほどの悪さをしたつもりはない……はずだ。
 男たちは顔を見合わせ、それから鼻で笑う。

「またまた。可愛い顔をして、俺ら末端貴族を使ってエグいことをさせてましたよね? 俺なんか、トラッジ公爵令嬢のドレスにワインをかけましたよ? 泣いちゃってさあ」

「自分は運動の時間中に、シャール伯爵家のご子息に足を引っかけて転ばせたぜ。結構な騒ぎになったけど、アンタは知らんぷりしちゃって。良い面の皮だと感心したもんだ」

 口々に語る内容に、僕はいよいよ気分が悪くなった。
 それはもはやイタズラの範疇を超えた、虐めだろう。

「自分たちの罪を、僕に着せるのはやめろ」

 身に覚えがなさすぎる。
 たしかに僕は学生時代に悪役令息と呼ばれていたが、気分の悪い虐めを良しとはしない。
 それはあまりに、人の上に立つ貴族らしからぬ振る舞いだろう。
 僕の言葉を聞いた三人は、再び顔を見合わせた。

 そしてまた、ドッと笑う。
 人をバカにした、嫌な空気だ。

「はははっ、罪を着せる? あー、面白いなあ、王子妃ともなると、面白い冗談も言えるんだな」

「まさか保身ってワケじゃあないですよねえ? あんなに堂々と、俺らを顎で使ってなのに」

「学園生活は平等だなんて言ってたけど、結局身分がものをいうんだから、羨ましーな」

 男たちは僕を見下ろしながら、口々にそんなことをいう。
 一体彼らは、どうして悪事を僕になすりつけているのだろう。
 何の目的がある?
 問いただそうと口を開きかけた瞬間、ルイーナが車椅子から降りた。

「や、やめてください! お兄様に酷いことを言わないでください!」

 怖いのか足下が不安定なのか、震えながらルイーナは男たちに向かって叫んだ。
 普段大人しいルイーナにとって、どれだけ勇気のいることだろう。
 だがもはや悪漢と化した男たちを前に、ルイーナの博愛は意味を成さない。
 案の定男たちは、ルイーナをジロジロと不躾に眺めた。

「これが噂の、悪役令息の双子の妹かあ。本当に同じ顔だな」

「やめとけ。オメガじゃないオメガって話だ。いくら俺たちがベータでもつまらねーよ」

「嫁の貰い手もないんだろ? オメガの兄はお姫様になったのに、なあ?」

 僕をバカにするだけでは飽き足らず、ルイーナの尊厳まで傷つけた。
 立ったまま俯いて、身体を震わせるルイーナが痛々しい。
 許せない。
 あらゆる手を使ってでも、この男たちを排除してやる。

「おい――」

 我慢ならない僕が声を荒げようとした時、聞き馴染みのある声が背後から響いた。

「お前たち、そこでルイーナになにをしている!」

 バッと振り向くと、後ろから走ってくる人影があった。 

「ゲ……マール公爵」

 男の一人が呟く。
 若くして公爵となったワッツガーゼンは、マール公爵という高い地位もあって顔がよく知られているようだ。
 短い赤毛を揺らして急いで駆けてきたワッツガーゼンは、ルイーナと男たちの間に身体を滑り込ませる。

「大丈夫か、ルイーナ。なにかされたか」

「いいえ……わたくしは大丈夫ですわ」

 ワッツガーゼンは立っていたルイーナの背中を支え、もう片手で車椅子を引き寄せて座らせた。
 それからルイーナを背に、ゆっくりと男たちの方へ身体ごと向き直った。

「ラージェント伯爵家次男、パフェルノ子爵家四男、ガバスナ男爵家の次男か」

 ワッツガーゼンから言い当てられ、男たちは身体をギクリと強ばらせた。

「各家の当主には連絡させてもらおう。マール公爵家の令嬢に、よってたかってなにをしていた?」

 若き公爵当主の気迫に気圧され、男たちは一歩ずつ後ずさる。

「いや、俺、僕たちはそんな、なあ?」

「あ、ああ。ちょっと話をしていただけで」

「俺は、関係ないので……!」

「おいお前だけ……失礼します!」

「待てって!」

 バタバタと走り去っていく男たちを、ワッツガーゼンはやれやれと両手を広げて肩を竦めた。

「下っ端すぎるな。おい、エディッド。ルイーナを守るのはお前の仕事なんじゃなかったのか? 結婚して、ちょーっと浮かれてるんじゃあないですかぁ?」

 ルイーナを救ってくれたことに一瞬感謝したが、やめだ。
 いつも通り腹の立つ言い方をするワッツガーゼンに、僕は素直になれずフンと顔を背ける。

「さっきの奴らからは、身に覚えがない罪をねつ造されてたんだ。僕だって被害者だぞ」

「……ねつ造」

 ワッツガーゼンは聞こえるかどうかの小さな声で、ただそれだけを口にした。
 だがすぐに、首を横に振る。

「いや、なんでもない。それよりエディッド。さっきの奴らもだが、気をつけろよ」

「なにが」

「最近、うちを嗅ぎ回っている貴族がいるらしい。お前も王子妃になったんだから、足下を掬われないよう気をつけろ」

 声を潜め、言いながらもワッツガーゼンは周囲を警戒する。

「ルイーナも城にいるほうが安全だとは思うが、なにかあればすぐに連絡をよこせ」

「……わかった」

 僕は素直に頷く。
 ワッツガーゼンのことは嫌いだが、ルイーナは僕の大事な妹だ。
 使えるなら、ワッツガーゼンだって使ってみせる。

「それだけ言いに来たんだ。俺は帰るからな、お前もチョロチョロせずに、さっさとルイーナを連れて離宮に戻れ」

 去って行くワッツガーゼンを見送りながら、僕はふとあることに気付く。
 今日の出来事は、前回は絶対になかった。
 男たちは僕にない罪を着せ、ワッツガーゼンは家を嗅ぎ回る者がいるとわざわざ忠告にまで来た。
 違和感がある。

 だけどそれがなにかまでは、分からない。
 僕の知らないところで、一体なにが起きているんだろう。

 気付けば太陽は顔を隠し、隣に座るルイーナの姿も見えなくなっていく。
 目を凝らしても、薄闇が形をぼかしてしまう。

「帰りましょう、お兄様」

「そう、だな……」

 静かな回廊を歩きながら、無性に不安が広がる胸をギュッと押さえた。







 ルイーナと二人、普段よりも空気の重い夕飯を食べ、寝支度をして寝室へ向かった。
 私室から直接入れる扉を開けると、灯りをつけない部屋の中にシュルズが座っていて、悲鳴を上げるかと思った。
 ぴょんと飛び上がらなかった僕を、褒めてほしい。

「しゅ、シュルズ……! 驚かすなよ」

「ん、ああ。エディッド、ごめんね。今つける」

 暗がりの中で見えたシュルズの顔は、一瞬酷く冷たいものだった気がした。
 みぞおちの辺りがヒヤッとする。

 だけど、すぐに灯された蝋燭の炎で見たシュルズは、いつも通りの笑みを浮かべている。
 気のせいだったか?

「なにか、あったのか」

 寝台に近付きながらそう聞いてみるが、シュルズは「いや?」と微笑んだままだ。

「ああでも、疲れているかも。エディッドがキスをしてくれたら、疲れも吹き飛ぶな」

「キ……ッ! し、しし、しないしッ!」

 いきなり、なにを言ってるんだこの男は。
 僕は熱くなる顔を隠すべく、布団の中にピャッと頭まで滑り込む。

「残念……」

 布団の外からは、フフッと笑い声が聞こえる。
 なにが残念なんだ、なにが。
 シュルズはたまにこうやって、僕を揶揄ってくる。

 このまま寝てやるのも悔しくて、僕は布団からソロソロと顔を出し、シュルズに反撃してやろうかと外を伺った。
 そっと布団の端から覗いてみる。
 上半身を起こしたままのシュルズの顔に、蝋燭の炎に照らされ濃い影が落ちる。

 ハッとするような、硬い表情。
 シュルズは底冷えするような冷酷な目で、どこか一点を見つめていた。

 それは前回僕がよく見た、あの苦しくなるような瞳だった。
 声をかけるのもためらうほどの、重苦しい雰囲気が漂う。

 それから少しして、ベッドが軋む。

 ついたばかりの蝋燭の炎がフッと消え、シュルズが布団に潜ってきたので僕も慌てて目を閉じる。
 だけど僕の心には再び、疑惑の火が燻ったような気がした。
  
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