メゴ ~追いやられた神子様と下男の俺~

てんつぶ

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馬鹿にされる

 ジリジリと太陽の日差しが肌を刺す。
 常夏と呼ばれるこの国では、からりとした気候のため日陰に入れば涼しいものの、こうして日向を歩くと途端に汗が噴き出すのだ。日陰に入ればマシかもしれないが、生憎進行方向は、足下に草や砂利があるものの、嫌になるほど影が無い。
 俺の両肩にゆるりとかける形の上衣は、王宮内の制服として支給されたものだ。
 仕える宮によって色が分けられているが、中央宮以外は灰色が多い。俺の服も、もれなく灰色だが、それを嫌だと思った事は無い。 
 それを腰でくくり、下衣はそれぞれが好みのズボンを履く。
 俺は動きやすさ重視で、ギリギリまで短くしたズボンを履いているものだから、たまに子供のようだと揶揄われる。
 何とでも言うが良い。実用性には替えられない。
 だけど風通りが良いかわりに、こうして炎天下では、途端に暑さを直接感じる羽目になるのだ。
「あつ……」
 城内にはいくつかの井戸がある。俺はこの炎天下、その中の一番寂れた井戸に向かって、銀のたらいを抱えて歩いた。
 王宮の中心部から遠ざかるにつれて、舗装されていた道は砂利が多くなり、最終的には獣道へと変わる。支給されている柔らかい靴では、底に当たる小石の感覚が良く伝わり、正直痛い。
「おーい、メゴ! まだエセ神子サマのお守りかぁ?」
 どこかに出かけた帰りなのか、はたまた自分を揶揄いに来ただけなのか。同じ下働きをしている同僚が声を掛けてくる。ああ、面倒なやつに見つかった。
 よく日焼けした肌色とクルクルと癖の強いヌキアの髪質は、この国では女性に人気がある。女の子がキャアキャア言っているらしい軽薄そうな笑顔は、裏がありそうで俺は好きじゃない。
 こいつは俺よりも一つ下なのに、その外見と高い身長で自信満々に俺への距離を詰める。
 いつもこうだ。その薄緑色ちゅうおうの制服を自慢げにつまみながら、近すぎる距離から俺を見下ろす。
「……ヌキア……。はあ……何か用事?」
「はあ? お前も生意気になったな? 俺は今じゃ第三宮殿で働いてるんだぜ?」
 俺の態度が気に食わなかったらしいヌキアが、肩をドンと小突いてくる。体格差がありすぎて、普通に痛いんだけど。
「……やめろよ」
「敬語使えよ、第十宮殿」
 広い城内とはいえ、人間関係で言うならかなり狭い。
 この国の城の中では、いつの頃からか働く人間すら勝手にランク分けされるようになっていた。第一宮殿は現国王陛下とその家族が住まわれる。そこから第二、第三と数字の比例に従って血筋が遠くなったり、陛下の愛妾や客人などに分けて使われるのだ。
 実際の距離も、俺が働いている第十宮殿ともなれば、城内でもほぼ僻地と言って良い。
 だからヌキアのように、働いている場所を誇ったり、あまつさえ数字の多い宮殿で働く人間をバカにするやつが後を絶たない。
 別に自分たちが偉くなった訳でもないだろうに。働いている人間同士が、優劣を競っているだけなのだから馬鹿馬鹿しいと思うんだけど。
「別に、神子様が第十にいらっしゃるからといって、その価値が下がってる訳じゃ無い。そのうち言葉も覚えてくださる」
「はっは、そんな事言ってるのは城内じゃお前だけだぜぇ? 神殿にも引き取ってもらえず、あのエセもカワイソーになあ。お前もな、なまじ料理も世話も出来ちまうから、エセ神子の人身御供だ」
 大家族の末っ子として生れた俺は、上の兄弟に体よく使われたおかげで、家事を一通りこなすことが出来る。
 聖なる神子様に女性を側に置いて万が一の事があってはならない……という表向きの理由で、俺一人が神子様に仕えている立場なのは間違いない。
 実際のところは、恐らく人件費の削減と、ヌキアの言うとおりに左遷的な意味合いがあるのかもしれないがそれも憶測でしか無い。
「あの人に仕えられて俺は嬉しいよ。それよりヌキアだって、男女問わず粉を掛けてるって、噂に疎い俺の所まで届いてるぞ。気をつけた方がいいんじゃないか」
「はあ? うっざ……だからお前みんなに煙たがられてんだぜ。メゴあまりの癖に、口うるさくて面倒だってな」
 メゴとは、余りや残り物という意味を持つ。実際俺は末っ子だと思われた兄の、さらにその下に生れて、酔っ払った父親によってふざけた名前を付けられたんだけど。
 だからこうして名前に絡んでくるやつも少なくないから、俺はもう慣れたもんだ。
「俺の事は良いけど、神子様のことはバカにするなよ。あの方が本物だったらどうするつもりだ」
「どうするもこうするも……あれはムリだろ。言葉が通じねぇし、祝詞も正確に読めやしないって話だ。もう上の方々は次の神子様を召喚すると決めているらしいぜ。お前も第十から戻ってこれるといいなあ? 何なら……お前の態度次第ではクチ効いてやってもいいんだぜ?」
「……」
 ヌキアはたまに、舌なめずりをする蛇のように俺を見てくる。
 俺をバカにしている癖に、自分の思い通りにならないのが悔しいのかもしれない。その目は自分が捕食者だとでも言わんばかりだ。
「おい、聞いてんのか!」
 鼻息荒く唾が飛んできそうな距離で喋られる。
 はあ、ヌキアはいつもこうしてどうでも良いことで俺に絡む。本当に疲れるんだけど。
「聞いてないよ。もう、水汲んで戻らなきゃ。ヌキアも、ほら、あっちに騎士様が歩いてるよ。こんなとこ見られて、降格しても嫌でしょ」
「チッ……! くそ……!」
 実際遠くで巡回の騎士が歩いているのを見たヌキアは、忌々しげに俺を睨むと足早に去って行った。
「本当に……なんでわざわざ絡むんだか」
 聞けば、性格だって悪くないらしいのに。俺に対してだけ、いつもあんな風に執拗に嫌みを言ってくるんだから、こうなれば単純に相性が悪いのかも知れない。
 足下の雑草を踏み倒しながら、俺は最短距離で水を汲むと、大急ぎで宮へと戻る。
 食事の用意から、身の回りの世話まで、やることは山のようにあるのだ。
 それに、あの方は一人にすると碌な事をしないのだ。嫌がる彼の傍で子守歌を歌い、ようやく昼寝をした隙を狙って出てきたのに……まったくヌキアに捕まるとはツイていない。
 悪い予感がする。
 寂れた宮のドアを勢いよく開けると、時を同じくしてパリーンと物が割れる音が響く。
「……遅かったか……! まったくもう……、神子様! み~こ~様~!」
 たらいを放置して大急ぎでキッチンへと急ぐと、そこには粉々に割れた食器と泡だらけの手を見つめる大男がいた。
「あああ……。神子さま……」
「メゴ」
 脱力しつつ声を漏らすと、目の前の神子様はイタズラがバレたような、やっちゃったな~と言いつつ申し訳ない気持ちなど全く無いような、そんな朗らかな笑顔を見せた。
 肌の色はやや褐色かかり、黒くうねった長めの前髪が顔にかかる。襟足だけはスッと短くて、小さな黒い石が付いた耳飾りが、光を受けてキラリと光る。
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