3 / 9
みじめ
神子様の大柄な身体に相応しく、大きな口に作った食事が次々と消えていく。
ラヌの香草焼き、塩漬けしたヨヨ肉の塊をじっくり焼いた物や、主食として作っている硬いパンも気持良い程に食べてくれるのだから、作り手冥利に尽きる。
マナーは違うけれど、彼の食べ方はとても綺麗だ。パンでソースを拭い、パクリと口の中に放り込む様子も、どこか品がある。
「メゴノママダバ、ンメチャヤノ。モッケダデバ」
「何言ってるかわかんないけど。ほんと、美味しそうに食べてくれるなあ」
そんな神子様の食事風景を見るのが、実は俺の日々の楽しみだったりする。
モッケダは、感謝の言葉らしい。両手を合せてペコペコとするので、最初は何かと思ったけれど。お茶を出したとき、シーツを敷いたとき、いつでも神子様はモッケダと言う。
分かる単語は少しだけど、少しでも彼の言いたい事が分かってくるのは、嬉しい。
小さな食卓にいくつかのお皿を並べている。
向かい合って食事をする男を、俺は頬杖をついてうっとりと眺めた。親鳥が雛に餌をやる時は、こんな気分なのかもしれない。
「メゴ、ナシタヤ? メゴモケ?」
「うん?」
「ケ」
「……うーん?」
それでも言葉の通じない二人の間では、しばしばこんな事が起きるのだ。
神子様は少しだけうーんと首を傾げて、それから俺を指さした後にパンを食べた。
「ああ、俺にもご飯を食べろって? いや、神子様と食事の場所を一緒にするなんて、恐れ多いですから。俺は後で食べるので大丈夫です」
「ケバイナサ。オイバリワリチャ……」
「ささ、神子様は一杯食べてくださいね! 俺はそれを眺めてるだけで嬉しいです。あ、これ、オススメですよ……! コナの実がちょっと酸っぱいんですけど、さっぱりして癖になるんです」
「……メゴジョンダノ。メゴノママダバンメチャヤ」
神子様は優しいから、こうして俺の事まで気に掛けてくれる。
その気持ちだけで俺は嬉しくて、また明日は何を作ろうかなあなんて、のんびり考えるのだ。
※※※
小さな扉を開けて外に出ると、夜を生きる鳥たちが、静かに鳴いている。
王宮の外れのこの宮は、野生がより近く感じられる。危険な生き物はいないはずだけど、月の無くなるこんな夜は、ほんの少しだけ不安な気持ちになるのだ。
そんな不安を振り払って、俺は神子様の身体を清めた水を、土の上に広くまいた。
多少涼しくなるとはいえ、夜でもまだまだ暑い。明日の朝にはこの水跡は一切残らない事だろう。
タライの水を全て吸い込ませると、グウウと盛大に腹の音が鳴った。
「さて……と。水でも飲んで寝ようかな」
台所脇に置いてある瓶の中に、今朝汲んだばかりの水が残っているはずだ。明日の朝の段取りを一瞬だけ考えて、まあ飲んでも大丈夫だと判断する。
神子様もすでに寝入ったこの夜更けに、井戸まで行く勇気は無い。もしも飲み過ぎてしまったら、明日早起きすればいいだけだ。
腹がまた大きく鳴った。我ながら意地汚いものだと苦笑していると、ふいに不自然な葉の擦れる音がする。
森の生き物でも近づいて来たのか。
そう思って身体ごとそちらを向くと、思いがけない人物がいた。
「いよう、メゴ。セコセコ働いて惨めなことだな。ミコサマのお住まいだっつーのに、警備の一人もいやしねぇ」
「……ヌキア。なに、こんな夜に。うちの宮まで何の用――っ」
背中に衝撃が走る。見上げると視界に映るのは夜空とヌキアのにやついた顔だけ。
足払いをかけられたのか、足も背中もズキズキと痛む。
ヌキアの嫌がらせには付き合ってられない。そう思って肩を押そうとすると、その両手をヌキアの片手で一纏めにされた。
そのまま俺の頭の上で張り付けにされると、流石の俺でも背中に嫌な汗をかいてきた。
変にヌキアを刺激しないように、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「な、んだよ。 お前は今日の仕事終わったのか」
「なあお前、こんな生活から抜け出したく無いか? 昼にも言っただろう。俺の言うことを聞けば、他の宮に移動できるように取りなしてやるって」
確かに言われたが、俺はそれを希望していない。確かにこの寂れたとはいえそれなりに広い宮で、神子様を世話するのが俺一人というのは負担が大きい。
だけど……神子様は俺の特別な人になっている今、彼が笑顔で過ごしてくれるならそれでいいと考えている。
その俺の気持ちを、どうヌキアに伝えるか考えていると、また空気を読まない腹が空腹を訴える音を盛大に奏でる。
「……っ」
「は、ははは、なんだメゴォ、腹減ってんのか? まあ当然だよな。お前、食いもんの殆どをあのエセ神子にくれてやってるんだろ? 随分痩せたよなあ」
「う、煩い……良いんだよちょっと太ってたから……それに俺は、別に腹なんて――」
グウウ、と再び腹が鳴る。流石に羞恥で顔が赤くなる。
「お前がそこまで尽くして何になる? どんどんエセ神子用の食材は減らされてるんだろう。お前の分は出して貰ってるだろうに……それを使ったら食うもんが無くなるのは当たり前じゃねぇか」
俺は知らず、奥歯を噛みしめた。
ヌキアが言っている事は、悔しいけれど正論だろう。だけど別に俺は周りから見た正しい意見が欲しいわけじゃ無い。健やかに、あの朗らかな笑顔で笑っていて欲しいだけだ。
「別に――」
「だから、さあ。クチ効いてやるから。別の所に行かせてやってもいいし、食料を融通してやってもいい……分かってるだろ」
太ももにヌキアの湿った手のひらが置かれる。その瞬間、ゾワリと腕に鳥肌が立つ。粘っこい男の視線と優しげな猫撫で声が、流石に何を求めているのか鈍い俺にだって分かる。
「大人しくしてたら優しぃくしてやるから。な?」
「やめ――ッ、ウグ……っ」
頬がカッと熱くなる。それを追いかけるように、強烈な痛みがやってきた。
殴られた。
口の中が錆っぽい味で一杯になる。
「だから、大人しくしてろって言ってるだろ。痛い目、見たいのか」
既に興奮している様子のヌキアが、その股間の昂ぶりをグ、グと足に擦りつける。……気持ち悪い。
大きな声を出しても、この辺鄙な宮では駆けつけてくれる人間はいやしない。
いや、可能性があるのはたった一人いるけれど、彼にこんな惨めな所を見られたくは無かった。
「……分かった」
身体から力を抜くと、ヌキアは満足げにニヤリと笑った。
ラヌの香草焼き、塩漬けしたヨヨ肉の塊をじっくり焼いた物や、主食として作っている硬いパンも気持良い程に食べてくれるのだから、作り手冥利に尽きる。
マナーは違うけれど、彼の食べ方はとても綺麗だ。パンでソースを拭い、パクリと口の中に放り込む様子も、どこか品がある。
「メゴノママダバ、ンメチャヤノ。モッケダデバ」
「何言ってるかわかんないけど。ほんと、美味しそうに食べてくれるなあ」
そんな神子様の食事風景を見るのが、実は俺の日々の楽しみだったりする。
モッケダは、感謝の言葉らしい。両手を合せてペコペコとするので、最初は何かと思ったけれど。お茶を出したとき、シーツを敷いたとき、いつでも神子様はモッケダと言う。
分かる単語は少しだけど、少しでも彼の言いたい事が分かってくるのは、嬉しい。
小さな食卓にいくつかのお皿を並べている。
向かい合って食事をする男を、俺は頬杖をついてうっとりと眺めた。親鳥が雛に餌をやる時は、こんな気分なのかもしれない。
「メゴ、ナシタヤ? メゴモケ?」
「うん?」
「ケ」
「……うーん?」
それでも言葉の通じない二人の間では、しばしばこんな事が起きるのだ。
神子様は少しだけうーんと首を傾げて、それから俺を指さした後にパンを食べた。
「ああ、俺にもご飯を食べろって? いや、神子様と食事の場所を一緒にするなんて、恐れ多いですから。俺は後で食べるので大丈夫です」
「ケバイナサ。オイバリワリチャ……」
「ささ、神子様は一杯食べてくださいね! 俺はそれを眺めてるだけで嬉しいです。あ、これ、オススメですよ……! コナの実がちょっと酸っぱいんですけど、さっぱりして癖になるんです」
「……メゴジョンダノ。メゴノママダバンメチャヤ」
神子様は優しいから、こうして俺の事まで気に掛けてくれる。
その気持ちだけで俺は嬉しくて、また明日は何を作ろうかなあなんて、のんびり考えるのだ。
※※※
小さな扉を開けて外に出ると、夜を生きる鳥たちが、静かに鳴いている。
王宮の外れのこの宮は、野生がより近く感じられる。危険な生き物はいないはずだけど、月の無くなるこんな夜は、ほんの少しだけ不安な気持ちになるのだ。
そんな不安を振り払って、俺は神子様の身体を清めた水を、土の上に広くまいた。
多少涼しくなるとはいえ、夜でもまだまだ暑い。明日の朝にはこの水跡は一切残らない事だろう。
タライの水を全て吸い込ませると、グウウと盛大に腹の音が鳴った。
「さて……と。水でも飲んで寝ようかな」
台所脇に置いてある瓶の中に、今朝汲んだばかりの水が残っているはずだ。明日の朝の段取りを一瞬だけ考えて、まあ飲んでも大丈夫だと判断する。
神子様もすでに寝入ったこの夜更けに、井戸まで行く勇気は無い。もしも飲み過ぎてしまったら、明日早起きすればいいだけだ。
腹がまた大きく鳴った。我ながら意地汚いものだと苦笑していると、ふいに不自然な葉の擦れる音がする。
森の生き物でも近づいて来たのか。
そう思って身体ごとそちらを向くと、思いがけない人物がいた。
「いよう、メゴ。セコセコ働いて惨めなことだな。ミコサマのお住まいだっつーのに、警備の一人もいやしねぇ」
「……ヌキア。なに、こんな夜に。うちの宮まで何の用――っ」
背中に衝撃が走る。見上げると視界に映るのは夜空とヌキアのにやついた顔だけ。
足払いをかけられたのか、足も背中もズキズキと痛む。
ヌキアの嫌がらせには付き合ってられない。そう思って肩を押そうとすると、その両手をヌキアの片手で一纏めにされた。
そのまま俺の頭の上で張り付けにされると、流石の俺でも背中に嫌な汗をかいてきた。
変にヌキアを刺激しないように、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「な、んだよ。 お前は今日の仕事終わったのか」
「なあお前、こんな生活から抜け出したく無いか? 昼にも言っただろう。俺の言うことを聞けば、他の宮に移動できるように取りなしてやるって」
確かに言われたが、俺はそれを希望していない。確かにこの寂れたとはいえそれなりに広い宮で、神子様を世話するのが俺一人というのは負担が大きい。
だけど……神子様は俺の特別な人になっている今、彼が笑顔で過ごしてくれるならそれでいいと考えている。
その俺の気持ちを、どうヌキアに伝えるか考えていると、また空気を読まない腹が空腹を訴える音を盛大に奏でる。
「……っ」
「は、ははは、なんだメゴォ、腹減ってんのか? まあ当然だよな。お前、食いもんの殆どをあのエセ神子にくれてやってるんだろ? 随分痩せたよなあ」
「う、煩い……良いんだよちょっと太ってたから……それに俺は、別に腹なんて――」
グウウ、と再び腹が鳴る。流石に羞恥で顔が赤くなる。
「お前がそこまで尽くして何になる? どんどんエセ神子用の食材は減らされてるんだろう。お前の分は出して貰ってるだろうに……それを使ったら食うもんが無くなるのは当たり前じゃねぇか」
俺は知らず、奥歯を噛みしめた。
ヌキアが言っている事は、悔しいけれど正論だろう。だけど別に俺は周りから見た正しい意見が欲しいわけじゃ無い。健やかに、あの朗らかな笑顔で笑っていて欲しいだけだ。
「別に――」
「だから、さあ。クチ効いてやるから。別の所に行かせてやってもいいし、食料を融通してやってもいい……分かってるだろ」
太ももにヌキアの湿った手のひらが置かれる。その瞬間、ゾワリと腕に鳥肌が立つ。粘っこい男の視線と優しげな猫撫で声が、流石に何を求めているのか鈍い俺にだって分かる。
「大人しくしてたら優しぃくしてやるから。な?」
「やめ――ッ、ウグ……っ」
頬がカッと熱くなる。それを追いかけるように、強烈な痛みがやってきた。
殴られた。
口の中が錆っぽい味で一杯になる。
「だから、大人しくしてろって言ってるだろ。痛い目、見たいのか」
既に興奮している様子のヌキアが、その股間の昂ぶりをグ、グと足に擦りつける。……気持ち悪い。
大きな声を出しても、この辺鄙な宮では駆けつけてくれる人間はいやしない。
いや、可能性があるのはたった一人いるけれど、彼にこんな惨めな所を見られたくは無かった。
「……分かった」
身体から力を抜くと、ヌキアは満足げにニヤリと笑った。
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
あなたの愛したご令嬢は俺なんです
久野字
BL
「愛しい令息と結ばれたい。お前の家を金銭援助するからなんとかしろ」
没落寸前の家を救うため、強制的な契約を結ばれたアディル。一年限りで自分の体が令嬢に変わる秘薬を飲まされた彼は、無事に令息と思いを通じ合わせることに成功するが……
声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜
天気
BL
完結に向けて頑張ります
5月中旬頃完結予定です
その後は、サイドストーリーをちょこちょこ投稿していこうと思ってます
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される
木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
家に帰ったら、妻は冷たくなっていた。突然シングルファザーになった勇者パーティーの治癒師は家族を修復したい
八朔バニラ
ファンタジー
勇者パーティーに所属し、魔王討伐した治癒師(ヒーラー)のゼノスは街の人々の歓声に包まれながら、3年ぶりに家に帰った。家族が出迎えてくれると思ったが、誰も出迎えてくれない。ゼノスは不満に思いながら家に入ると、妻の身体は冷たくなっていた。15歳の長男ルミナスはゼノスの代わりに一家の柱として妹を守り抜き、父に深い拒絶のこもった瞳を向けていた。そして、8歳の長女ミリアは父の顔も忘れていた。
ゼノスは決意する。英雄の肩書きを捨て、一人の不器用な父親として、バラバラになった家族の心を繋ぎ合わせることを。
これは世界最強の治癒師が家族を修復する物語である。