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傾く夕日
端から見れば、どれだけマヌケなんだろう。
この宮に、俺たち二人しかいない事に改めて感謝するしかない。
アタフタとする俺の左手を、神子様はそっと両手で握った。
「結婚しよ。この世界が男同士で出来るのか知らねえけど。幸せにすっから」
神子様はその真っ黒な瞳で、じっと俺を見つめた。
冗談なんじゃないか、だなんて。嘘でも言えない程、それは見たことが無い位真剣だった。
男同士であっても結婚はできる。少ないけれど、そこに禁忌はもたれていない。
平民の結婚も、当人たちが神への誓いを口にするだけだから。王族や貴族位にある方々なら、神殿で華やかな式を挙げるけれど、それは形式だけの話だ。
ミコト様を養う覚悟はあった。
だけど結婚となると話は別な気がする。ミコト様は若くて、その上見た目の良い。何の取り柄も無いような俺じゃなくても、もっと素敵な相手が星の数ほど現われる。
神への誓いは神聖なもので、嘘でも求婚を受け入れる事はできない。
この人と結婚してしまったら、俺が彼の可能性を奪ってしまう。俺しか頼るひとのいない彼が、もしも気の迷いだったと思ってしまったら――俺は立ち直れない。
「ミコト様……」
俺は目を合せることが出来ずに、端の欠けた床のタイルに目を落とした。
断るか、それとも誤魔化すか――。
意を決し、口を開こうとしたその瞬間、扉をドンドンと激しく叩く音がした。
「え……?」
こんな朝早くから、こんな所に来る人がいるなんて。
その上、気配から察するに扉の向こうには随分多くの人がいるようだった。
ミコト様を思わず見ると、何も知らないと首を横に振った。
そうだよな……。
まさかミコト様をついに始末しようと――? 今までの扱いを考えれば、あり得なくもない想像に背筋に冷たい物が走る。
知らず、ミコト様を自分の背後に隠した。
しかし尋常では無いその気配に、どう逃げだそうかと策を巡らせているうちに、痺れを切らしたのか勝手に扉が開けられた。
身体がビクリと硬直する。そんな俺を、ミコト様は後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。
大丈夫、安心しろと。そんな感情が伝わってくる。
「神子様!」
開いた扉の向こうからは、ドヤドヤと大人数が押し寄せてきた。
危害を与える様子の無さそうな雰囲気に、少しだけ身体の緊張を解く。
だけど。
入ってきた人たちの服装を見て、俺は一瞬でその場に平伏した。
ゆったりとした真っ白の衣に、両肩から掛けられた黒の布。その両端を金色で縁取っている制服は、神殿の――しかも高位の役職の証だからだ。
俺のような平民は、遠くから見ることが精々の、王族と同じく雲の上の方々だ。
「神子様……! おお、神子様ご健勝そうで何よりでございます!」
「このような宮で、さぞかしご不便だったことでしょう! さあさ、神殿に向かいましょう。輿はご用意してございますぞ」
「言葉が喋られるようになったとか……いやはや、良かった」
ぞろぞろと現われた人たちは、俺の存在を無視して一斉にミコト様に駆け寄ってきた。
まずは高位の神官が、そして彼らの護衛としてだろう、多くの一般神官の姿が見えた。
この宮もひょっとしたら、もう周囲を囲まれているのかも知れない。
だけど、どうして今?
もうミコト様はとっくに、神子失格の烙印を押されてしまっているはずだ。
徐々に本宮から遠ざかり、こんなあばら屋のような宮で、その上食材の配給すらまなならない扱いを受けていた。
手のひらを返される要素は、無いはずなのに――。
「……ナシタヤ、オメダだバ……」
俺と同じくその違和感に警戒を強めたらしい。ミコト様は以前同様、言葉が喋られないフリを続けた。
それなのに。
「ああ、神子様! もう大丈夫です! そのように、わざと異界の言葉を喋らなくても、我ら一同神子様に心からの忠誠を捧げておりますゆえ」
「そうですとも。我らを試しておいでだと聞き及んでおります。試練に気付かなかった矮小なこの身をどうぞお許しください」
「さあさ、参りましょう。このような所では、神子様の御身に触ります。神殿内で、一流の調度品を揃えたお部屋をご用意しております」
彼らのその言葉に、俺も、そして見ればミコト様も目を見開いた。
俺だって昨晩聞いたばかりの彼の秘密を、どうしてこの人達が知っているんだろう。
「はあ……ンダが……」
ミコト様は細く長くため息をつく。
俺はこの人の一挙一動から目が離せない。
指先が冷たくなる。
行ってしまうんだろうか、神殿に。
いや、本来ならそれが正しいのだ。こんなところに居て良い人じゃない。
そもそも俺はさっき、彼の求婚を断ろうとしていた。それならこれでも文句は言えないはずだ。
一緒にいたいなんて、そんな事を言えた立場では無いのに。
行かないで。行かないと、言ってくれ。
ドクドクと心臓の音がうるさい。
ミコト様がゆっくりと口を開いた。
「ダバ……モッケダサゲ、行ぐ。一緒に……行く」
「な……、み、ミコト様――」
モッケダ、それはミコト様の方言で感謝の意味を持つ。その言葉を選んだと言うことは、やはりこんな生活は内心不満があったのかもしれない。
ぐらりと地面が揺れたような感覚。
正しいはずのミコト様の選択に、俺は酷く動揺した。
神殿と俺、比べらる土台にすら立てない程に、天地の差があるその選択で、選ばれなかった事にショックを受けた。
「では行きましょう。いやはや良かった良かった」
「早速、浄化の祝詞を唱えていただかなくては」
俺はもう何も喋ることが出来ないまま、遠くなるミコト様の姿をただ黙って見ているしかなかった。
そうしてミコト様は、彼らに囲まれたまま扉の向こうへと消えていった。
一度も俺を振り返ることはないままに。
ガヤガヤと騒がしかった外が、しんと静かになる。
俺は呆然としたまま、その場に座り込んだまま動けなかった。
昨晩交わしたキス、今朝申し込まれた求婚。
あれらは全て、一時の気の迷いだったんだろうか。
「……いやだ」
ほんの一瞬だけ、夢を貰ったと。それを思い出に生きていける程強くない。
だけど自分の立場を嫌というほど知っているから、高貴な方々を前にミコト様を渡さないなんて言えるほど無謀でも無い。
角のこぼれたタイルの上に、ぽつりと水滴が落ちる。
その大きな粒は、徐々に数が増えて、同じタイミングで自分の視界も滲んで揺れた。
悔しさと悲しさ、そして自分への怒りで涙が抑えられない。
「なんで、なんで俺は」
あの求婚に、さっさと頷かなかったんだろう。
彼の手を離す用意ができてるなんて、あんなのは嘘だ。ただ結論を先送りにして、自分が傷つかないように予防線を張っていただけ。
キスされて嬉しかった。
困惑したけど、求婚だって嬉しかったんだ。
そう言えば良かった。俺は何一つ、自分の気持ちを彼に伝えてない。伝えられずにこの恋は終わってしまった。
「う……うっ……」
堪えようとしても、勝手に喉から嗚咽が湧き上がる。
苦しくて、悲しくて。
自己憐憫とも言える、自分勝手な涙がボロボロと流れていく。
そうして自分以外誰もいなくなったはずの宮に、カツンと音が響いた。一瞬、ほんの一瞬だけミコト様が戻ってきたのかと思ったけれど、現われた人物を見て肩を落とす。
「いよう、メゴ? その様子じゃあ、お前ひとり置いて行かれたんだなあ?」
目元をこすって涙を隠す俺を、ヌキアはニヤニヤと覗き込んだ。
「何の用」
昨晩俺を襲ってきた男は、今日は妙に機嫌が良い。だけどそれがまた不気味で、俺は思わず顔を顰めた。
普段ならそんな俺の態度に苛立ちを隠さないはずのヌキアなのに、気味悪いほど上機嫌にニタアと笑う。
「いやぁ? 一応お前にも礼を言っとかなきゃなんねえなって? ほら見ろよ、これ。全部金貨だ」
ぶらぶらと目の前で揺れる革袋は、大きく重そうだ。本当に中身が金貨なら、俺たち平民なら一生遊んで暮らせる大金だろう。
だがその金貨と俺と、どんな関係があると言うのか。
疑問が顔に出ていたのか、それとも関係無く喋るつもりだったのか、ヌキアは朗々と語ってくれた。
「昨晩あの神子様に殴られただろう。 神子だろうが何だろうが殺してやろうと、気を失ったフリをしてたらさあ、ご丁寧にアイツは俺を治癒してくれたよな? 喋れねぇって嘘まで知れたからな。朝イチで神殿に行って報告したってわけ。で、この大金が手に入った」
俺は呆気にとられた。
昨日のあの会話を、こいつは全て聞いていたのか。
「俺の話だけだったら信じて貰えなかったけどよ、神子様の治癒跡に神力っつーの? それの欠片があるってんでな。殴られただけで一生楽に暮らせるんだから、むしろ得させてもらったぜ」
じゃあ俺が。結局俺のせいで、神子様は神殿に見つかってしまった。
だけど本来なら、あの人がいる場所はそこなのだから、正しく元に戻っただけとも言える。力があることを知っていたにも関わらず、個人的な欲で隠蔽しようとした自分に比べたら、ヌキアのしたことの方が正しいのかもしれない。
そうしてヌキアはチラリと俺を見た。
「お前をヤれなかったのは残念だったがな。まあ、俺はこの金でもっと良い女も男も抱き放題だ」
「おまえ――」
「はははっ、その顔。最後に嫌がらせも出来たし俺は満足だ。ははっ、ざまーみろ。所詮お前程度が高貴な方に愛される訳がない。一生そうやって這いつくばってるのがお似合いだ」
何てことをしてくれたんだと、ヌキアに怒鳴りそうになって、止めた。
俺がそんな事を言える立場では無い。
国民として、本来ならヌキアの取った行動こそ正しいのだろう。この世界の悪素を祓う、そのために神子様はいらっしゃったのだから。
頭では分かっているのに。感情は胸の中でグルグルと激しく渦を巻き、口を開くと恨み言しか出そうに無い。
俺は唇をきゅっと噛んだ。
「じゃあなあ、メゴ。俺は今日でここを辞めるんだ。せいぜい元気でな」
ヌキアはそう言って、神子様の出て行った同じ扉から出て行った。
寂れた宮の中には、いつのまにか太陽の光で赤く染まっていた。
この宮に、俺たち二人しかいない事に改めて感謝するしかない。
アタフタとする俺の左手を、神子様はそっと両手で握った。
「結婚しよ。この世界が男同士で出来るのか知らねえけど。幸せにすっから」
神子様はその真っ黒な瞳で、じっと俺を見つめた。
冗談なんじゃないか、だなんて。嘘でも言えない程、それは見たことが無い位真剣だった。
男同士であっても結婚はできる。少ないけれど、そこに禁忌はもたれていない。
平民の結婚も、当人たちが神への誓いを口にするだけだから。王族や貴族位にある方々なら、神殿で華やかな式を挙げるけれど、それは形式だけの話だ。
ミコト様を養う覚悟はあった。
だけど結婚となると話は別な気がする。ミコト様は若くて、その上見た目の良い。何の取り柄も無いような俺じゃなくても、もっと素敵な相手が星の数ほど現われる。
神への誓いは神聖なもので、嘘でも求婚を受け入れる事はできない。
この人と結婚してしまったら、俺が彼の可能性を奪ってしまう。俺しか頼るひとのいない彼が、もしも気の迷いだったと思ってしまったら――俺は立ち直れない。
「ミコト様……」
俺は目を合せることが出来ずに、端の欠けた床のタイルに目を落とした。
断るか、それとも誤魔化すか――。
意を決し、口を開こうとしたその瞬間、扉をドンドンと激しく叩く音がした。
「え……?」
こんな朝早くから、こんな所に来る人がいるなんて。
その上、気配から察するに扉の向こうには随分多くの人がいるようだった。
ミコト様を思わず見ると、何も知らないと首を横に振った。
そうだよな……。
まさかミコト様をついに始末しようと――? 今までの扱いを考えれば、あり得なくもない想像に背筋に冷たい物が走る。
知らず、ミコト様を自分の背後に隠した。
しかし尋常では無いその気配に、どう逃げだそうかと策を巡らせているうちに、痺れを切らしたのか勝手に扉が開けられた。
身体がビクリと硬直する。そんな俺を、ミコト様は後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。
大丈夫、安心しろと。そんな感情が伝わってくる。
「神子様!」
開いた扉の向こうからは、ドヤドヤと大人数が押し寄せてきた。
危害を与える様子の無さそうな雰囲気に、少しだけ身体の緊張を解く。
だけど。
入ってきた人たちの服装を見て、俺は一瞬でその場に平伏した。
ゆったりとした真っ白の衣に、両肩から掛けられた黒の布。その両端を金色で縁取っている制服は、神殿の――しかも高位の役職の証だからだ。
俺のような平民は、遠くから見ることが精々の、王族と同じく雲の上の方々だ。
「神子様……! おお、神子様ご健勝そうで何よりでございます!」
「このような宮で、さぞかしご不便だったことでしょう! さあさ、神殿に向かいましょう。輿はご用意してございますぞ」
「言葉が喋られるようになったとか……いやはや、良かった」
ぞろぞろと現われた人たちは、俺の存在を無視して一斉にミコト様に駆け寄ってきた。
まずは高位の神官が、そして彼らの護衛としてだろう、多くの一般神官の姿が見えた。
この宮もひょっとしたら、もう周囲を囲まれているのかも知れない。
だけど、どうして今?
もうミコト様はとっくに、神子失格の烙印を押されてしまっているはずだ。
徐々に本宮から遠ざかり、こんなあばら屋のような宮で、その上食材の配給すらまなならない扱いを受けていた。
手のひらを返される要素は、無いはずなのに――。
「……ナシタヤ、オメダだバ……」
俺と同じくその違和感に警戒を強めたらしい。ミコト様は以前同様、言葉が喋られないフリを続けた。
それなのに。
「ああ、神子様! もう大丈夫です! そのように、わざと異界の言葉を喋らなくても、我ら一同神子様に心からの忠誠を捧げておりますゆえ」
「そうですとも。我らを試しておいでだと聞き及んでおります。試練に気付かなかった矮小なこの身をどうぞお許しください」
「さあさ、参りましょう。このような所では、神子様の御身に触ります。神殿内で、一流の調度品を揃えたお部屋をご用意しております」
彼らのその言葉に、俺も、そして見ればミコト様も目を見開いた。
俺だって昨晩聞いたばかりの彼の秘密を、どうしてこの人達が知っているんだろう。
「はあ……ンダが……」
ミコト様は細く長くため息をつく。
俺はこの人の一挙一動から目が離せない。
指先が冷たくなる。
行ってしまうんだろうか、神殿に。
いや、本来ならそれが正しいのだ。こんなところに居て良い人じゃない。
そもそも俺はさっき、彼の求婚を断ろうとしていた。それならこれでも文句は言えないはずだ。
一緒にいたいなんて、そんな事を言えた立場では無いのに。
行かないで。行かないと、言ってくれ。
ドクドクと心臓の音がうるさい。
ミコト様がゆっくりと口を開いた。
「ダバ……モッケダサゲ、行ぐ。一緒に……行く」
「な……、み、ミコト様――」
モッケダ、それはミコト様の方言で感謝の意味を持つ。その言葉を選んだと言うことは、やはりこんな生活は内心不満があったのかもしれない。
ぐらりと地面が揺れたような感覚。
正しいはずのミコト様の選択に、俺は酷く動揺した。
神殿と俺、比べらる土台にすら立てない程に、天地の差があるその選択で、選ばれなかった事にショックを受けた。
「では行きましょう。いやはや良かった良かった」
「早速、浄化の祝詞を唱えていただかなくては」
俺はもう何も喋ることが出来ないまま、遠くなるミコト様の姿をただ黙って見ているしかなかった。
そうしてミコト様は、彼らに囲まれたまま扉の向こうへと消えていった。
一度も俺を振り返ることはないままに。
ガヤガヤと騒がしかった外が、しんと静かになる。
俺は呆然としたまま、その場に座り込んだまま動けなかった。
昨晩交わしたキス、今朝申し込まれた求婚。
あれらは全て、一時の気の迷いだったんだろうか。
「……いやだ」
ほんの一瞬だけ、夢を貰ったと。それを思い出に生きていける程強くない。
だけど自分の立場を嫌というほど知っているから、高貴な方々を前にミコト様を渡さないなんて言えるほど無謀でも無い。
角のこぼれたタイルの上に、ぽつりと水滴が落ちる。
その大きな粒は、徐々に数が増えて、同じタイミングで自分の視界も滲んで揺れた。
悔しさと悲しさ、そして自分への怒りで涙が抑えられない。
「なんで、なんで俺は」
あの求婚に、さっさと頷かなかったんだろう。
彼の手を離す用意ができてるなんて、あんなのは嘘だ。ただ結論を先送りにして、自分が傷つかないように予防線を張っていただけ。
キスされて嬉しかった。
困惑したけど、求婚だって嬉しかったんだ。
そう言えば良かった。俺は何一つ、自分の気持ちを彼に伝えてない。伝えられずにこの恋は終わってしまった。
「う……うっ……」
堪えようとしても、勝手に喉から嗚咽が湧き上がる。
苦しくて、悲しくて。
自己憐憫とも言える、自分勝手な涙がボロボロと流れていく。
そうして自分以外誰もいなくなったはずの宮に、カツンと音が響いた。一瞬、ほんの一瞬だけミコト様が戻ってきたのかと思ったけれど、現われた人物を見て肩を落とす。
「いよう、メゴ? その様子じゃあ、お前ひとり置いて行かれたんだなあ?」
目元をこすって涙を隠す俺を、ヌキアはニヤニヤと覗き込んだ。
「何の用」
昨晩俺を襲ってきた男は、今日は妙に機嫌が良い。だけどそれがまた不気味で、俺は思わず顔を顰めた。
普段ならそんな俺の態度に苛立ちを隠さないはずのヌキアなのに、気味悪いほど上機嫌にニタアと笑う。
「いやぁ? 一応お前にも礼を言っとかなきゃなんねえなって? ほら見ろよ、これ。全部金貨だ」
ぶらぶらと目の前で揺れる革袋は、大きく重そうだ。本当に中身が金貨なら、俺たち平民なら一生遊んで暮らせる大金だろう。
だがその金貨と俺と、どんな関係があると言うのか。
疑問が顔に出ていたのか、それとも関係無く喋るつもりだったのか、ヌキアは朗々と語ってくれた。
「昨晩あの神子様に殴られただろう。 神子だろうが何だろうが殺してやろうと、気を失ったフリをしてたらさあ、ご丁寧にアイツは俺を治癒してくれたよな? 喋れねぇって嘘まで知れたからな。朝イチで神殿に行って報告したってわけ。で、この大金が手に入った」
俺は呆気にとられた。
昨日のあの会話を、こいつは全て聞いていたのか。
「俺の話だけだったら信じて貰えなかったけどよ、神子様の治癒跡に神力っつーの? それの欠片があるってんでな。殴られただけで一生楽に暮らせるんだから、むしろ得させてもらったぜ」
じゃあ俺が。結局俺のせいで、神子様は神殿に見つかってしまった。
だけど本来なら、あの人がいる場所はそこなのだから、正しく元に戻っただけとも言える。力があることを知っていたにも関わらず、個人的な欲で隠蔽しようとした自分に比べたら、ヌキアのしたことの方が正しいのかもしれない。
そうしてヌキアはチラリと俺を見た。
「お前をヤれなかったのは残念だったがな。まあ、俺はこの金でもっと良い女も男も抱き放題だ」
「おまえ――」
「はははっ、その顔。最後に嫌がらせも出来たし俺は満足だ。ははっ、ざまーみろ。所詮お前程度が高貴な方に愛される訳がない。一生そうやって這いつくばってるのがお似合いだ」
何てことをしてくれたんだと、ヌキアに怒鳴りそうになって、止めた。
俺がそんな事を言える立場では無い。
国民として、本来ならヌキアの取った行動こそ正しいのだろう。この世界の悪素を祓う、そのために神子様はいらっしゃったのだから。
頭では分かっているのに。感情は胸の中でグルグルと激しく渦を巻き、口を開くと恨み言しか出そうに無い。
俺は唇をきゅっと噛んだ。
「じゃあなあ、メゴ。俺は今日でここを辞めるんだ。せいぜい元気でな」
ヌキアはそう言って、神子様の出て行った同じ扉から出て行った。
寂れた宮の中には、いつのまにか太陽の光で赤く染まっていた。
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