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エピローグ
いつも通りの朝。日の出と共に目が覚めて、小さなタライを持って近くの井戸に水を汲みに行く。
「きゃー、メゴ様! そんな事なさらないでください! 我々がしますから!」
「いや……暇だし」
しかし僅かな時間だというのに、もう既に働き始めていた神官の一人に見とがめられてしまった。こうなるから、そうっと人気の無いルートを選んできたと言うのに。
「メゴ様のお仕事は、神子様のお側にいることですから! その他のことは我らが行います!」
「……ハイ」
そう言われれば返す言葉も無い。
だけど長い間働いていた習慣を、急に取り上げられてはやることが見つからない。
昨日はミコト様の服を繕ってみようかと思ったけど、あの人の服は神殿側が管理しているせいかシミ一つ無い。
一昨日は確か、部屋の掃除をしようかと思ったけど。こちらも定期的にやってくる人が綺麗にしてくれるためやることが殆ど無かった。
暇を潰す、という事を人生でやったことが無い為、どうにも身の置き場が無くてソワソワしながら生きている。
ミコト様と婚姻を結び、神子の伴侶として神殿で一緒に暮らし始めて一ヶ月。自分自身はただの平民だというのに、まるで自分まで偉くなってしまったかのような扱いを受けている。
正直、落ち着かない。
「……おっと」
与えられた自室の隣、ミコト様の寝室という名の、夫婦の部屋の前で俺は足音を消す。
まだ寝ているだろうミコト様を起こさないように、そうっと扉を開けて入る。
天蓋付のベッドの中で、彼はシーツにくるまったままで寝てくれているようだ。良かった。
バレないようにそっとシーツをめくって、ベッドの中へと身体を滑らせると。
「おはよう、メゴ。毎朝毎朝、働き者だの」
……バレてたらしい。
巻き付いてくるその太い腕に、抵抗すること無く包み込まれた。随分食も太くなったというのに、まだまだ俺はすっぽりとミコト様の腕の中に収まってしまう。
「新婚のうち位は、こうやって朝を迎えてもいいんでないか? それとも、可愛がり足りない?」
「ちょ、……っ、朝から、何をっ」
差し込む柔らかな日の光の中で、夜の雰囲気を浮かべるのは止めて欲しい。
それでなくても、毎晩手を出してくる人なのに。
周囲が言う「神子様のお側に」いる事がこれを指しているなら、笑えない。
「まって、何処触って……!」
「なんだかんだ、お前は元気だよの? あれだけヤって、朝からクルクル動くんだし」
「こ、こら……! 止めてください! 朝から、はしたない!」
まさぐってくるその手を、軽くはたき落とす。だけどミコト様はそれに気を悪くした様子も無く、ふああと大きなあくびをした。
「体力の差かな? オレも、鍛えようかな?」
「ミコト様は浄化のお仕事だけじゃなくて、治療までされてるじゃないですか。少しでも休んだ方が良いんですよ」
そう、ミコト様は歴代の神子様以上の能力を持つと、あの一件で神殿側にはバレてしまっている。
本気を出せば難病でも治してしまうらしいが、全ての人を癒やすことは出来ないからと、彼は主に金の無い平民達の病気を、自己回復出来るギリギリまで治しているんだとか。一気に治してしまうと人はそれをアテにしてしまうとのミコト様の言葉に、今まで歩んできた彼の人生に興味を持った。
「あ、そうだメゴ。今日はあれ食べたい。前に作ってくれた、ちょっと酸っぱいの」
「……? ああ、コナの実をかけて焼いたやつですかね? でもあれ平民の食べ物ですよ」
「あれがいい。メゴが作ったあれが食べたい。あれを食べないと仕事しない」
ミコト様はそう言って、俺の身体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「まったく……。はいはい、分かりました。今日はそれを作りますかね」
呆れながらも、俺はこの人の優しさを理解していた。
日々を持て余している俺に、役割を与えてくれるのだ。ただ余所者の俺が厨房を使っては角が立つから、神子様のワガママという体でやらせてくれる。
それが分かっているからこそ、ミコト様がそうするように俺も知らんぷりをして頷くのだ。
「ありがとの、メゴ」
「……こちらこそ」
そろそろ朝を告げる鐘が鳴る頃だ。
窓から入るのは爽やかな風と、小さな小鳥のさえずりだけ。
――完――
「きゃー、メゴ様! そんな事なさらないでください! 我々がしますから!」
「いや……暇だし」
しかし僅かな時間だというのに、もう既に働き始めていた神官の一人に見とがめられてしまった。こうなるから、そうっと人気の無いルートを選んできたと言うのに。
「メゴ様のお仕事は、神子様のお側にいることですから! その他のことは我らが行います!」
「……ハイ」
そう言われれば返す言葉も無い。
だけど長い間働いていた習慣を、急に取り上げられてはやることが見つからない。
昨日はミコト様の服を繕ってみようかと思ったけど、あの人の服は神殿側が管理しているせいかシミ一つ無い。
一昨日は確か、部屋の掃除をしようかと思ったけど。こちらも定期的にやってくる人が綺麗にしてくれるためやることが殆ど無かった。
暇を潰す、という事を人生でやったことが無い為、どうにも身の置き場が無くてソワソワしながら生きている。
ミコト様と婚姻を結び、神子の伴侶として神殿で一緒に暮らし始めて一ヶ月。自分自身はただの平民だというのに、まるで自分まで偉くなってしまったかのような扱いを受けている。
正直、落ち着かない。
「……おっと」
与えられた自室の隣、ミコト様の寝室という名の、夫婦の部屋の前で俺は足音を消す。
まだ寝ているだろうミコト様を起こさないように、そうっと扉を開けて入る。
天蓋付のベッドの中で、彼はシーツにくるまったままで寝てくれているようだ。良かった。
バレないようにそっとシーツをめくって、ベッドの中へと身体を滑らせると。
「おはよう、メゴ。毎朝毎朝、働き者だの」
……バレてたらしい。
巻き付いてくるその太い腕に、抵抗すること無く包み込まれた。随分食も太くなったというのに、まだまだ俺はすっぽりとミコト様の腕の中に収まってしまう。
「新婚のうち位は、こうやって朝を迎えてもいいんでないか? それとも、可愛がり足りない?」
「ちょ、……っ、朝から、何をっ」
差し込む柔らかな日の光の中で、夜の雰囲気を浮かべるのは止めて欲しい。
それでなくても、毎晩手を出してくる人なのに。
周囲が言う「神子様のお側に」いる事がこれを指しているなら、笑えない。
「まって、何処触って……!」
「なんだかんだ、お前は元気だよの? あれだけヤって、朝からクルクル動くんだし」
「こ、こら……! 止めてください! 朝から、はしたない!」
まさぐってくるその手を、軽くはたき落とす。だけどミコト様はそれに気を悪くした様子も無く、ふああと大きなあくびをした。
「体力の差かな? オレも、鍛えようかな?」
「ミコト様は浄化のお仕事だけじゃなくて、治療までされてるじゃないですか。少しでも休んだ方が良いんですよ」
そう、ミコト様は歴代の神子様以上の能力を持つと、あの一件で神殿側にはバレてしまっている。
本気を出せば難病でも治してしまうらしいが、全ての人を癒やすことは出来ないからと、彼は主に金の無い平民達の病気を、自己回復出来るギリギリまで治しているんだとか。一気に治してしまうと人はそれをアテにしてしまうとのミコト様の言葉に、今まで歩んできた彼の人生に興味を持った。
「あ、そうだメゴ。今日はあれ食べたい。前に作ってくれた、ちょっと酸っぱいの」
「……? ああ、コナの実をかけて焼いたやつですかね? でもあれ平民の食べ物ですよ」
「あれがいい。メゴが作ったあれが食べたい。あれを食べないと仕事しない」
ミコト様はそう言って、俺の身体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「まったく……。はいはい、分かりました。今日はそれを作りますかね」
呆れながらも、俺はこの人の優しさを理解していた。
日々を持て余している俺に、役割を与えてくれるのだ。ただ余所者の俺が厨房を使っては角が立つから、神子様のワガママという体でやらせてくれる。
それが分かっているからこそ、ミコト様がそうするように俺も知らんぷりをして頷くのだ。
「ありがとの、メゴ」
「……こちらこそ」
そろそろ朝を告げる鐘が鳴る頃だ。
窓から入るのは爽やかな風と、小さな小鳥のさえずりだけ。
――完――
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