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第一章

第四話 血の祝祭

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 増えていった人は村を作った。
 村が大きくなると、街になった。
 いくつもの街が最後には国になった。

 いつしか地上には様々な国が出来上がっていた。
 それでも世界は平和だった。悪い心を持つ者がいなかったからだ。
 しかしある日、太く長い大蛇がアガルタの長に囁きかけた。

『他の国から奪えばいい。助けを求めるより、ずっと簡単で儲けも多い』

 その頃アガルタでは増えすぎた人々により、食料が足りなかった。
 長をはじめ、みな飢えと渇きで理性をなくしていた。
 アガルタとシーアで戦争が起きた。それから飛び火するように、各地で皆が争いはじめた。

 そして人間は、あろうことか神の住むズーロパまで侵攻した。
 激怒した神は、病や嵐・津波・地震・毒の雲といった災いを作りだした。
 こうして数多くの人が死に絶え、数少ない善人が生き残った。





 —————————————————————————





 紅蠍の月(11月) 9日。

 アズリエル王国軍幹部将校らを狙った自爆テロが発生した。

 国立公園広場で、有翼種亜人少女が大規模な自爆魔法を展開。

 広場に集まった1000人近くの群衆の内、重軽傷者600名、死者200名以上とされている。

 そしてほぼ同時刻、亜人による同様の民間パレードを狙った攻撃が多発した。

 それらは後に、"血の祝祭”と呼ばれる事となる。






 その明後日、アズリエル王国総行政府で緊急閣議が開かれた。
 国境線沿いや前線で、魔族の一兵卒が特攻を掛けることは珍しくないが、ここまで大規模な国内自爆テロは初めてである上、あろうことか民間人に犠牲者が出た。
 死者の数はゆうに1000を超えている。
 これを有事とみなし、リチャード王の下に国家の中枢たちが集結した。

 総行政府のほぼ中央に、議会堂は位置している。
 その中にアズリエル王を始めとして、アーロン・グノー国防長官、フランシス・トロワ司法長官といった閣僚たちが、一堂に会した。

「だから私は反対だったんだ‼︎」

 アーロンは強く机を叩いた。

「左派勢の綺麗事を鵜呑みにして、モンゴメリー法を撤廃した途端にこれだ! 非人種など隔離して然るべきだと、まだわからんか‼︎」
「聞き捨てなりませんわよ、アーロン卿!」

 ジョセフィーン・メイ内務長官が立ち上がった。

「モンゴメリー法は王国憲法に反する非人道的政策であると、満場一致で可決されたはず!
 差別主義をまだ捨てられないのですか!?」
「ケダモノに差別もクソもあるかっ!」
「静粛に‼︎ 陛下の御前ですぞ!」

 進行役の王室統制局長アーヴィス・ムゥが二人を諌めた。

「陛下のご意向を伺わないことには、始まりません」

 アーヴィスはリチャード王の顔を微妙に下から見上げるように見た。
その仕草は売女が男に媚を売るのに少し似ている。
 腰巾着のアーヴィス、と陰で言われるだけのことはある。元老院でも彼を嫌うものは非常に多かった。

「国防長官に全面的に賛成だ」

 微かにニヤリと嗤いながら、リチャード王が答えた。

「エドワード先王が理想主義に走った結果、このような悲劇が起こった。我々は綺麗事ではなく、現実主義で国を動かさねばならん」
「し、しかし陛下! これ以上の民族的圧迫は、更なる反発を招きかねません! 現に亜人の権利運動は過激化する一方で…」

 ジョセフィーンが食い下がっても、王は顔色一つ変えず、不気味な笑顔を浮かべたままだ。

「闇雲に権利ばかり求め、遵法意識のカケラもない連中にかける情けはない。貧困層居住区や亜人コミュニティへの撤退介入、警備強化を進めよ」
「くっ…」

 彼女は黙るしかなかった。

「ともなれば、憲兵組織全体を増強せざるを得ませんな」
「とはいえ国内の警備に割けるほど人員は有り余っておらず、その為の予算も余裕はありません。その点は如何されるおつもりですか?」

 アーヴィスに対するアルバート・ドレイク財務長官の言葉は尤もだった。

 完全に敵味方共に戦力は拮抗し、長引く戦闘で戦死者ばかりが増えていく。前線では武器弾薬や食糧などの物資が不足し、国内も徐々に資源が減少し、物価が次第に上がっていった。
 特に南国、ティアーノ共和国との南方前線では特に物資不足が酷く、最前線で餓死者さえ出るほどであった。
 これ以上は人も物も割けないのが現実である、というのが先の発言の背景である。


「勇者だ」


 リチャード王は静かに言った。

「召喚されし"勇者"レイ・デズモンドの導入を早める。それで全てが丸く収まる」


 その言葉は間違っていないと、皆が感じた。
 全てはこの膠着した状況によるものだ。ならば一気に形成逆転さえしてしまえば、全て問題は解決する。


「問題はないな? アーロン卿」

「はい、しかし士官学校で一から物を教えていくのは些か難しいかと…何より、この世界の基礎知識さえおぼつかぬ様子で」

「それならば心配あるまい。我等に必要なのは奴の"力"のみ。新兵訓練所にすぐさま叩き込み、最低限の戦闘訓練のみを行えばいい。下手に頭でっかちになるよりも、むしろ純粋な手足としての一兵卒の方が都合がいいやもしれん」

「いやはや、流石はリチャード王。見事な采配にございます」

 卑屈な笑みを浮かべて媚びるアーヴィスを、数人は心底嫌悪した表情で見つめた。

「では今後の方針は決まりましたな。では、それに際しての具体的な予算案を決めて参ります」

 歯を食いしばるジョセフィーンをよそに、議会は進行していった。









 総行政府の外。
 閣僚のほぼ全てが馬車に乗り帰った後。

「お待ちください、フランシス卿!」

 ジョセフィーンは一人の男を呼び止めた。
 フランシス・トロワ司法長官。先の議会では具体的な発言を避け、王の発言を肯定も否定もせず、ただ今後の方針にうなずくばかりであった。

「あなたは、これで良いとお思いなのですか?」
「…何が言いたい」
「そのままの意味です! 他民族の迫害が本気で正しいとお思いなのですか⁉︎」

 フランシスは軽くため息をつき、彼女に向き直った。

「では、君はいまの行政方針が不満なのかね?」
「…はい」

 顔を伏せながら、彼女は答えた。

「…恐れながら、私の意見を言わせていただきます」

 改めて、ジョセフィーンはフランシスの顔を見た。

「明らかに現リチャード政権は、他人種排斥に向けて動いています。
 エドワード前王が遺した数々の遺産を、彼は無にしようとしているのです!
 リチャード王の政策が王国憲法、ひいては十戒に背くものではないのですか?」

 彼女は前エドワード政権時代に見初められ、元老院入りしていた。
現在も珍しい女性議員、しかも最終的には閣僚まで上りつめた。
それらは全てエドワード王の任命であり、彼女はそれに今も恩義を感じている。
 だからこそ、現政権の方針に不満を抱くのも無理はない。

「…あまり滅多なことを言うな。世が世なら不敬罪にあたる所だ」

 フランシスは彼女に背を向けた。

「フランシス卿!」
「現実は変えられん。テロは実際に起きてしまった。それ以前からも非純粋種との衝突は続いてきた。
 そして何より、民衆はこの戦争や、リチャード王を支持している。我々にできることは無い」
「……」
「平和や平等を掲げられるほど賢い人間は、そこまで多くはないのさ…特に今の時代はな」







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