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第一章

愛四十話 魔王と呼ばれる者

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 中には玉座があった。


 そこには、一対の角を生やした男が坐していた。


 彼はビロードのマントを羽織り、王たる威厳を表していた。


 この男が、魔王。


 全ての争いの元凶である。


「…お前が魔王か」

 目の前の男を見据えながら、レイは言った。

「…魔王?」

 低く、くぐもった声が聞こえた。

「未だに我をその様に呼ぶか…未だ貴様らは変わらんのだな」

 蔑む様に笑うと、ゆっくりと立ち上がった。

「我を倒しに来たのだろう? さぁ、来るがよい」

 するとレイのすぐ横でクスクスと笑う声が聞こえた。
 カインの声だった。そして、その手はブルブルと震えている。
 それが武者震いであることに、レイは直ぐに気付いた。

「ああ…会いたかったぜ、魔王…てめぇを殺すためだけに生きて来たんだ…」

 大剣を思い切り握りしめ、カインは叫んだ。


「死ねぇぇぇええぇ‼︎」


 そうして振り下ろされた大剣から、何十もの波動が生み出された。
 眩く光る地を這う閃光は、魔王をバラバラに切り刻むはずだった。
 そのことを魔王は容易く予想できたはずだが、魔王は涼しい顔のままだった。

「くだらん」

 魔王は片手を前に出しただけだった。
 そして手から発した防護術式で、波動は呆気なく防がれた。

「マジ、かよ…」

 レイは驚愕した。通常なら、今の一撃で一個小隊が全滅してもおかしくはない。
 にもかかわらず、魔王はそれを完璧に防御した。

「何て奴なの…」
「ああ。魔王の異名は伊達じゃないという事だ」

 ライリー・マリアも、その実力には目を見開いていた。

「この程度か? つまらんな」
「おらぁぁぁっ‼︎」
「よせっ、不用意に突っ込むな! カイン‼︎」

 レイの制止も無視し、カインは今度は自分から魔王に飛びかかって行った。
 まるで棒切れを振り回す様に高速で、何度も魔王に斬りかかる。
 それらは常人では目で追い切れるかどうかも怪しい。
 しかし魔王はその全ての斬撃を紙一重の動きで避けていた。
 やがて真一文字に振り下ろされた剣を片手で受け止めた。

「な…⁉︎」
「つまらん奴だ。そこまで憎悪を滾らせておきながら、傷一つつけられんか。もういい、終わりだ」

 人差し指を立てると、術式が展開された。
 細い光の筋が、カインの心臓を貫いた。

「あ、がっ…!」

 ガボッと口から血反吐を吐き、その場に倒れた。

「ば…ばぁ、ちゃ…」

 断末魔の悲鳴さえあげる暇も無く、カインは死んだ。

「…さて、次は貴様らか」

 魔王はレイたちの方に向き直った。

「こ、このっ‼︎」
「なめるなよっ‼︎」

 ライリーとマリアが、それぞれに術式を展開する。
 爆炎、絶対零度の刃、かまいたちといった様々な攻撃が繰り出された。
 魔王はそれらに対して、ガードする様子すら見せない。
 やがて、それらは次々に魔王を襲い、確実に仕留めるはずだった。
 ドォンという轟音の後、土煙が上がった。その中から魔王が見えたが、服に傷すら付いた様子がない。

「そ、そんな…⁉︎」
「貧弱だ。少し黙っていろ」

 手のひらの術式から発せられた衝撃で、ライリーとマリアは吹っ飛んだ。

「が…⁉︎」
「ぐっ…‼︎」

 二人とも後ろの壁に激突し、気を失った。

「ライリー! 大佐‼︎」
「さて、最後は貴様か。異世界からの勇者、少しは楽しませてくれるかな?」

 その口ぶりは、まるでレイの事を知っているかの様だった。

「…俺を知っているのか?」
「一応はな。アズリエルの軍勢がここまで到達できたのも、貴様一人の戦闘力によるものだろう?
  前線基地の通信を傍受したのだよ。さあ、遠慮するな。我を制圧してみせよ」
「…そのつもりだ」

 両手に術式を展開した。
 サーベルや銃は役に立たない事が明白な以上、魔法に頼るしかない。

「喰らえっ!」

 ありったけの力を込めて、爆発魔法を展開した。
 何度も何度も大爆発が起こり、城そのものが大きく揺れた。
 しかし煙の向こうから現れた魔王は、未だ涼しい顔だった。

「いやはや、素晴らしいぞ。防護魔法を貫通して我に傷をつけるとは、初めてだ」
「な…バカな!」

 確かに服や顔の一部が焼け焦げてはいたが、大したダメージがある様には見えない。

「くくく…では今度はこちらから行くぞ!」

 魔王の手に術式が光輝く。
 それは先程レイが放ったのと同じ、爆発魔法の術式だった。

「うわっ‼︎」

 たまらず防護術式を展開した。
 それらは大概の魔法ならば、レイに傷一つ付けさせないはずだった。
 にも関わらず、熱がその障壁を貫通してレイの服や体を焦がした。
 辺りの地面は抉れ、ブスブスと黒煙が上がっていた。

「やはり防ぐか。面白い、実に面白いぞ‼︎」

 魔王は愉悦の表情を浮かべた。

(なんてヤツだ…恐らくこいつは、今までのどんな敵よりも強い!)

 チートであるレイを初めて脅かす敵だった。
 恐らく生まれ変わって初めて、全ての魔力を解放した。

「うおおおおおっ‼︎」

 渾身の力を振り絞り、巨大な重力球を十数個生み出した。
 そして、それら全てを魔王にぶつけた。

「ぐっ! ぐぬぬ…‼︎」

 流石に応えたのか、苦悶の表情を浮かべる。
 通常なら複数の重力磁場に押し潰され、肉片すらほぼ残らないはずだった。
 だが通常では考えられないほどの抵抗力で、魔王は必死にレイの攻撃に耐えていた。

「ふんっ‼︎」

 魔王の周りに重力魔法の術式が展開された。
 同時にレイが放った重力球が全て弾け飛んだ。
 強力な重力魔法でレイの魔法を相殺したのだ。

「野郎っ!」

 次の手段は肉弾戦だった。
 肉体強化の術式を施し、魔王に突進した。
 その顔面目掛けて渾身のストレートを放ったが、その拳を掴まれてしまった。
 残った左手でボディを攻めようとしたが、これも防がれてしまった。

「うおおおおおっ‼︎」
「ぬうううううん‼︎」

 異常な量の魔力の放出に、大気が震えた。
 押し倒そうとしても、魔王はまるで根を深く張った様な大木の様に頑強で、ビクともしなかった。
 また魔王の方もレイを跳ね除けようと魔力を放出したが、レイは必死で耐えた。

「はっ!」

 だが結局は魔王がレイの手首を掴み、地面にレイの背を叩きつけた。
 突然の衝撃にレイは悶えた。その腹を、魔王は思い切り踏みつけた。

「ぐふっ!」
「嬉しいぞ、勇者よ。我と五分の戦いをする者など、ついぞ出会ったことがないのでな」

 見下ろす魔王の視線に、愉悦を感じた。この男は、戦闘行為を楽しんでいる。
 あらゆるテロや殺戮行為の親玉が。その事に、レイは異常な程の憤りを感じた。

「ぐおおおおっ‼︎」

 魔王の足をなんとか引き剥がし、跳ね起きた。
 即座に距離を取り、危険地帯の外へ避難した。

(ダメだ…実戦経験が違う!)

 恐らく両者の生体感応値、総魔力値、魔力係数ともに五分五分である。
 ともすれば実戦経験が勝敗を分けることとなるが、そうなると魔王の方にまだ分があった。

「ここまで我を楽しませるとは…殺すのが惜しくてならんな」
「ふざけんな! 同じ魔族の女の子を人間爆弾にするような奴が、殺すのが惜しいだと?
 そんなに惜しいならこの戦争を止めろ! 女子供までお前らのエゴに巻き込むな‼︎」


 今でも忘れてはいなかった。
 泣きながら自爆した女の子。
 その亡骸は、バラバラになり消し炭と化していた。
 それら全ての元凶が、目の前の魔王である。


 すると魔王は、ニヤニヤと笑い出した。

「戦争を止めろ、か。悪いがそれは出来んよ。
 仕掛けてきたのは貴様らだ。止めるのは貴様らアズリエルの方だ」
「何を言っている! 宣戦布告したのは魔界側だろうが‼︎
 認めろよ、お前のせいで人が山ほど死んでいるんだ‼︎」
「ふっ…フハハハハハ‼︎」

 よほど可笑しかったのか、魔王は高らかに笑い出した。

「我らが宣戦布告? それに魔王に魔族、魔界だと?
 貴様、見事なまでに踊らされているようだな」
「なんだと?」
「いいだろう、教えてやろう…真実をな」




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