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第二章

第十四話 歴史的瞬間

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 ティアーノ共和国首都、ベイン。

 四方を異常なほど高く硬い壁に囲まれ、更に選りすぐりの精鋭で構成される首都防衛軍に守られた街。
 別名・要塞都市とも呼ばれるこの場所は、世の動乱をよそに今日も平和を謳歌していた。
 ティアーノ共和国総統、グレイ・ハキムは額のツノを撫でながらほくそ笑んだ。

「ふっ…やはり美しいものだ」

 彼は1日の公務を全て終え、街の中央に座する塔の最上階に近い自室で街の夜景を見下ろしていた。
 この塔にはティアーノの行政全てが詰まった場所であり、またこの国で最も高い建物でもあった。
 そんな重要設備の、しかもトップのいる場所がガラス張りというのは、通常なら考えられないはずだ。
 だがそれを可能にするほどに街の周囲の壁は高く、狙撃や攻撃の可能性を皆無に留めていた。
 飛空挺による空襲すらも壁からの迎撃により無効化されるほどである。
 その眼下には、美しい夜景が広がっていた。

「…誰も奪えはせん、この景色は」

 一人、彼は呟いた。

「人が営むから美しいのだ…この壁が守ってくれる」
「それは正しいが、壁はもうこれ以上守ってはくれないぜ」

 無人のはずの部屋に、何故か他人の男の声が響いた。

「な、誰だっ!」

 慌てて振り向くとそこには、黒髪黒目の20歳前後の男が立っていた。
 その背には鉄の塊のような大剣を背負っている事から、自らの敵である事は明確だった。

「あんたがグレイ・ハキム総統だな。俺は元アズリエル王立騎士団伍長、レイ・デズモンドだ」
「き、貴様…警備兵は何をやっておる!」

 すぐさま通信用術式を展開した。
 恐らくは警備兵を直接呼ぶためのものだろう。
 だが通信先をいくら変えても、画面には砂嵐が映るだけだった。

「いくら呼んでも無駄だ。警備兵はおろか、この塔の中にいる人間は全員眠りこけてるぜ」
「な、何だと…⁉︎」
「あと2、3日はしないと起きないんじゃないか?」

 グレイはひどく取り乱した。
 それも無理はない話である。
 百年近い年月、外敵の侵入を一切許さなかった場所、その中心にいとも容易く敵が入ってきたのだ。

「ば、バカな…大体、どうやってこの街に侵入した!」
「単純に壁より高く飛んだだけだ。
 壁に依存しすぎたな、自分たちの目線より上は見ようとしない。
 雲より高く上昇してから降りておけば、侵入自体は簡単だったよ」
「な、なんだと…!」

 レイの話にグレイは唖然となった。

「くっ…殺せばいい。だが私を殺したところで、終わりはない。
 後継者が報復するだけだ、ディミトリ共和国のようにな‼︎」

「知ってるさ。だからこそ、俺はあんたを殺そうだなんて考えてない。
 ただアズリエル王国と和平を結んで欲しいだけだ」

「和平…? 貴様、正気か?
 100年近くいがみ合い、衝突を繰り返した南北が和平だと?
 貴様、どれだけの人間が犠牲になったか知らんというのか⁉︎」

「あんたに言われるまでもない。こっちだって大勢死んだ。
 だけどこれ以上泥沼の争いを続けたところで、何にもならない。
 お互いの憎しみを捨て去らない限り、犠牲と悲しみが増すだけなんだ」

「くだらん! この国の人間は武力有る限り、死ぬまで抵抗する。
 ハッタリではない、だからこそ此処まで戦い続けてこられたのだ‼︎」

「そうだろうな。その回答も予想していたよ。なら、これならどうだ?」

 そう言うと、レイは指を弾いた。
 すると、窓の外でズゥンという鈍い爆発音がいくつも響いた。
 しばらくすると窓の外で、煙が上がるのも確認できた。

「な、何だ⁉︎」

「首都防衛軍の基地は爆破した。
 心配しなくても、誰一人として殺してはいない。
 それに前線の全ての基地も同じだ。全員武装解除した上で、武器弾薬の類を全て消し去っておいた。
 もうあんたらに抵抗する力なんて残ってない。大人しく和平に応じるんだ」

「な…」

 グレイは愕然とした。

「く…し、しかし我々にはこの壁がある!
 いくら貴様の侵入を許したとて、並大抵の軍事力では我らに傷一つつけられはせん‼︎」

「やれやれ、強情なやつだ。
 仕方ない、少し疲れるだろうから嫌だったんだが…」

 そう言うとレイは背の大剣を抜いた。

「はあああああ…‼︎」

 大剣の周りに術式が煌めいた。
 すると奇妙なことが起こった。
 夜中だと言うのに、壁街の外壁が輝きだした。




「はあっ‼︎」




 それは数秒間の出来事だった。
 目が眩むような輝きが外壁を覆った。

「ぐぁっ!」

 その輝きに、グレイは思わず目を覆ってしまったほどだ。
 この街が、首都ベイン全体が光に飲まれたかのようである。
 その光に取り込まれ、壁は粉々に砕け散った。
 そして最後には、最大の守護を失った街だけが残った。
 全てを守り通してきた外壁は、レイの魔法であっさりと塵ひとつ残さず消えた。


「これでこの街は丸裸だ。抵抗手段はもうないぞ」

「そ、そんな…こんなことが…」

 グレイは腰を抜かして、その場にへたり込んだ。

「諦めてさっさと来い。くだらない戦いなんて、終わらすぞ」

 そうして無理やりグレイを立たせると、レイは転移術式を展開した。
 行き先はアズリエル王国総行政府であり、そして王国のトップの所だった。


 玉座にはリチャード王が座っていた。
 そこにレイが突如としてレイが転移術式とともに現れ、しかも傍らにはティアーノ共和国総統、グレイ・ハキムを連れていた。

「⁉︎」
「邪魔するぞ」

 これにはリチャード王も目を丸くした。

「ベインは無力化した。彼ら戦う力は残されていない。
 あんたらには和平条約を結んでもらうぞ」
「和平条約…?」
「もう戦う力が残されていないなら、こっちが攻撃する意味なんてない。
 今すぐ和平条約を結んで、両軍を撤退させるんだ。
 彼やティアーノの国民にこれ以上傷一つでもつけてみろ、死ぬより辛い目にあってもらうぞ」
「く…くははははは! そう来たか‼︎ いやはや、実に面白いやつだ」

 リチャードはさも可笑しいといったように笑い出した。

「…それが貴様の選んだ道か」
「悪いかよ」

 そう吐き捨て、レイはその場から歩き去った。
 その後ろ姿を見つめながら、リチャードは呟いた。






「多少計画とは違うが…まぁいい。邪魔になるわけでもないだろうよ」






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