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第一章 魔界に来たようです
最後の賭け
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「ふむ。人間、偉そうな態度を取るとは、死をも恐れぬということか?」
魔王が私に問いかけた。
彼は赤い絨毯の敷かれた黒い階段の最上段にある、玉座に座っている。
「いいえ」
片や私は床の上。今度は口がきけたので、ホッとする。
「その目つきで何を言う」
「否定したのは、死をも恐れぬという部分です。態度については……自分より弱い者の言い分も聞かず、処刑しようとなさる方に払う敬意はありません」
「貴様!!」
激高する吸血鬼を、魔王が片手で制した。
「人間、お前は自分の立場がわかっていないようだな」
怒気を孕んだ声を聞き、たちまち背中に汗をかく。
偉そうな言い方はわざとで、一か八かの賭けだった。
ヴィオネッタ・トリアーレという名の私は、ゲームの中では悪役令嬢だ。
シナリオ通り魔の森に追放されて、狼に追いかけられて、魔王も登場したものの、森では殺されなかった。
――それなら魔王に気に入られさえすれば、生き残れるのではないかしら?
魔界を統べる力を持ちながら、無駄な殺戮を嫌う魔王。そんな彼なら、人の言葉にも耳を貸してくれるかもしれない
だったら卑屈に命乞いをするより、堂々と交渉してみよう。
けれど遠目にも、魔王がムッとしているのがわかる。
「申し訳ありません。ですが……」
慌てて言葉を足すものの、魔王は手の一振りで私を黙らせた。
――声が出ない!!
「もうよいわ。人の身でありながら、我に楯突く気概だけは認めてやろう。せめて、苦しまずにあの世へ送ってやる」
魔王は宣言し、長い爪を弾く。
すると私の足下に、大きな魔法陣が出現する。これは胸元の魔法陣と呼応しているらしく、たちまち心臓が引きつれるように痛んだ。
「ぐっ……」
地中に引きずり込まれそうなほどの圧がかかり、立っていることさえままならない。
――このまま床にめり込んで窒息死? それとも心臓がはじけ飛ぶ!?
恐ろしい想像を巡らせたせいで、鼓動がますます加速する。身体中から汗も噴き出した。
「人間、最期に言い残すことは?」
頭上から、魔王のものと思われる声が響く。
再び口がきけるようになったが、胸は痛むし頭の中はパニックで、言うべきセリフが浮かばない。
だってこれ、完全に死亡フラグ――。
「ないなら構わん。ならば……」
「わ、わたし、お役に立てます!!!」
ようやく思い出し、必死に叫ぶ。
「…………は?」
魔王の返事は短くて、なんだかつれない。
聞こえなかったのかな?
それならもう一度。
「わたくし、お役に立てます!!」
大声を出した直後、床に浮かび上がった魔法陣の光がやんだ。胸の痛みが急に取れ、呼吸が楽になる。
「ふう、はあ、ふう、ふう……」
慌てて呼吸を整えた。
吸血鬼の鋭い視線は無視しよう。
「うわあっ」
床に手を付き立ち上がるなり、思わず飛び上がる。
だって、目の前に魔王がいたのだ。
黒髪に金の瞳の魔王は長身で、金の刺繍が入った黒い衣装も良く似合い、目を瞠るほど麗しい。圧倒的な美を前にすると、人ってこんな状況でも見惚れてしまうのね。
「役に立つ、とはどういうことだ?」
両腕を組む尊大な仕草や唇の動きも素晴らしく、魔王の言葉を理解するまでに時間がかかった。
「その前に。わたくしと取引しませんか?」
「取引? もしや、我を謀ったのではあるまいな」
「とんでもございません! ええっと、お役に立てることは事実です」
姿勢を正した私は、魔王の金色の瞳を正面から見つめた。
「牢の中にいる間に、気づいたことがあります。わたくしなら、魔界の食糧事情を改善できるでしょう」
「……食糧事情? 面白いことを言う。聞いてやるから、申してみよ」
「レオンザーグ様、その者に耳を貸してはなりません」
羽を広げた吸血鬼が、空中で叫ぶ。
「人間ごときに、我が騙されるとでも?」
「それは……失言でした」
魔王にイラッとした目を向けられて、吸血鬼が急いで口をつぐむ。
なるほど、魔王は『レオンザーグ』というらしい。
全く記憶にないので、魔界はやはりゲームとは切り離された世界だ。
魔王がこちらを向いたため、私は慌てて口にする。
「美味しい料理を作れます! それから、調理法についても提案できますし。あとは、城内を清潔にしましょう。これだけ広いと、掃除の手が必要ですよね?」
「そうじ?」
――しまった。そもそも魔界には、掃除の習慣がない。ここの床だけ綺麗なのは、さっきの魔法陣で埃ごと地中に引きずり込むせいだろう。
「魔王様。掃除とは、埃や汚れなどを取り除くことでございます。今より幾分、過ごしやすくなるかと」
助け船を出してくれたのは、意外にも吸血鬼だった。最初から私の言葉がわかった彼は、人間界にも詳しいらしい。ただし、どう考えても人間嫌いだ。
「ふむ。人間、して取引とは?」
「その前に。わたくしは『人間』ではなく、れっきとした『ヴィオネッタ』という名前があります。レオンザーグ様」
「なっ……」
吸血鬼、確かクリストランという名の彼が絶句し、ワナワナ震えている。勝手に魔王の名前を呼んだ私に、激怒しているようだ。
対して魔王は面白そうに、整った眉を片方上げた。
「ならばヴィオネッタ、取引とやらを聞こうか」
「はい。この地でお役に立てた暁には、人間界に戻してほしいんです」
膝を折り、最上級の礼をする。
彼は魔界の王だ。ここからは品良く応じて、処刑を撤回してもらおう。
そしていつか、ヒロインにぎゃふんと言わせるのだ。
「勝手に来ておいて、何を言う。クリストラン、お前はどう思う?」
おや? 側近の意見も聞くのね。
よりにもよって人間嫌いの吸血鬼に尋ねるとは、私にとって分が悪い。
「反対でございます。人間など信用するに値しません。さっさと処刑しましょう」
予想通りの答えだが、目まいがする。
魔王が吸血鬼の意見を採用したら、どうしよう?
「人間ではない。この者は、ヴィオネッタというそうだ」
真顔の吸血鬼と私を交互に見て、魔王が口の端を上げた。
魔王様、実は楽しんでいる?
彼は私に向き直り、きっぱり告げる。
「一ヶ月だ。人の世界で言うところの一ヶ月、猶予を与えよう」
「猶予……ですか?」
「そうだ。一ヶ月後に改めて、処刑の有無を決定する」
魔王はしたたかだ。
下されたのは、中止ではなく処刑の延期。
これなら私は生き延びて、かつ側近である吸血鬼の面目も潰さない。
殺されるなんてごめんだから、『命懸け』で頑張ろう。
魔王が私に問いかけた。
彼は赤い絨毯の敷かれた黒い階段の最上段にある、玉座に座っている。
「いいえ」
片や私は床の上。今度は口がきけたので、ホッとする。
「その目つきで何を言う」
「否定したのは、死をも恐れぬという部分です。態度については……自分より弱い者の言い分も聞かず、処刑しようとなさる方に払う敬意はありません」
「貴様!!」
激高する吸血鬼を、魔王が片手で制した。
「人間、お前は自分の立場がわかっていないようだな」
怒気を孕んだ声を聞き、たちまち背中に汗をかく。
偉そうな言い方はわざとで、一か八かの賭けだった。
ヴィオネッタ・トリアーレという名の私は、ゲームの中では悪役令嬢だ。
シナリオ通り魔の森に追放されて、狼に追いかけられて、魔王も登場したものの、森では殺されなかった。
――それなら魔王に気に入られさえすれば、生き残れるのではないかしら?
魔界を統べる力を持ちながら、無駄な殺戮を嫌う魔王。そんな彼なら、人の言葉にも耳を貸してくれるかもしれない
だったら卑屈に命乞いをするより、堂々と交渉してみよう。
けれど遠目にも、魔王がムッとしているのがわかる。
「申し訳ありません。ですが……」
慌てて言葉を足すものの、魔王は手の一振りで私を黙らせた。
――声が出ない!!
「もうよいわ。人の身でありながら、我に楯突く気概だけは認めてやろう。せめて、苦しまずにあの世へ送ってやる」
魔王は宣言し、長い爪を弾く。
すると私の足下に、大きな魔法陣が出現する。これは胸元の魔法陣と呼応しているらしく、たちまち心臓が引きつれるように痛んだ。
「ぐっ……」
地中に引きずり込まれそうなほどの圧がかかり、立っていることさえままならない。
――このまま床にめり込んで窒息死? それとも心臓がはじけ飛ぶ!?
恐ろしい想像を巡らせたせいで、鼓動がますます加速する。身体中から汗も噴き出した。
「人間、最期に言い残すことは?」
頭上から、魔王のものと思われる声が響く。
再び口がきけるようになったが、胸は痛むし頭の中はパニックで、言うべきセリフが浮かばない。
だってこれ、完全に死亡フラグ――。
「ないなら構わん。ならば……」
「わ、わたし、お役に立てます!!!」
ようやく思い出し、必死に叫ぶ。
「…………は?」
魔王の返事は短くて、なんだかつれない。
聞こえなかったのかな?
それならもう一度。
「わたくし、お役に立てます!!」
大声を出した直後、床に浮かび上がった魔法陣の光がやんだ。胸の痛みが急に取れ、呼吸が楽になる。
「ふう、はあ、ふう、ふう……」
慌てて呼吸を整えた。
吸血鬼の鋭い視線は無視しよう。
「うわあっ」
床に手を付き立ち上がるなり、思わず飛び上がる。
だって、目の前に魔王がいたのだ。
黒髪に金の瞳の魔王は長身で、金の刺繍が入った黒い衣装も良く似合い、目を瞠るほど麗しい。圧倒的な美を前にすると、人ってこんな状況でも見惚れてしまうのね。
「役に立つ、とはどういうことだ?」
両腕を組む尊大な仕草や唇の動きも素晴らしく、魔王の言葉を理解するまでに時間がかかった。
「その前に。わたくしと取引しませんか?」
「取引? もしや、我を謀ったのではあるまいな」
「とんでもございません! ええっと、お役に立てることは事実です」
姿勢を正した私は、魔王の金色の瞳を正面から見つめた。
「牢の中にいる間に、気づいたことがあります。わたくしなら、魔界の食糧事情を改善できるでしょう」
「……食糧事情? 面白いことを言う。聞いてやるから、申してみよ」
「レオンザーグ様、その者に耳を貸してはなりません」
羽を広げた吸血鬼が、空中で叫ぶ。
「人間ごときに、我が騙されるとでも?」
「それは……失言でした」
魔王にイラッとした目を向けられて、吸血鬼が急いで口をつぐむ。
なるほど、魔王は『レオンザーグ』というらしい。
全く記憶にないので、魔界はやはりゲームとは切り離された世界だ。
魔王がこちらを向いたため、私は慌てて口にする。
「美味しい料理を作れます! それから、調理法についても提案できますし。あとは、城内を清潔にしましょう。これだけ広いと、掃除の手が必要ですよね?」
「そうじ?」
――しまった。そもそも魔界には、掃除の習慣がない。ここの床だけ綺麗なのは、さっきの魔法陣で埃ごと地中に引きずり込むせいだろう。
「魔王様。掃除とは、埃や汚れなどを取り除くことでございます。今より幾分、過ごしやすくなるかと」
助け船を出してくれたのは、意外にも吸血鬼だった。最初から私の言葉がわかった彼は、人間界にも詳しいらしい。ただし、どう考えても人間嫌いだ。
「ふむ。人間、して取引とは?」
「その前に。わたくしは『人間』ではなく、れっきとした『ヴィオネッタ』という名前があります。レオンザーグ様」
「なっ……」
吸血鬼、確かクリストランという名の彼が絶句し、ワナワナ震えている。勝手に魔王の名前を呼んだ私に、激怒しているようだ。
対して魔王は面白そうに、整った眉を片方上げた。
「ならばヴィオネッタ、取引とやらを聞こうか」
「はい。この地でお役に立てた暁には、人間界に戻してほしいんです」
膝を折り、最上級の礼をする。
彼は魔界の王だ。ここからは品良く応じて、処刑を撤回してもらおう。
そしていつか、ヒロインにぎゃふんと言わせるのだ。
「勝手に来ておいて、何を言う。クリストラン、お前はどう思う?」
おや? 側近の意見も聞くのね。
よりにもよって人間嫌いの吸血鬼に尋ねるとは、私にとって分が悪い。
「反対でございます。人間など信用するに値しません。さっさと処刑しましょう」
予想通りの答えだが、目まいがする。
魔王が吸血鬼の意見を採用したら、どうしよう?
「人間ではない。この者は、ヴィオネッタというそうだ」
真顔の吸血鬼と私を交互に見て、魔王が口の端を上げた。
魔王様、実は楽しんでいる?
彼は私に向き直り、きっぱり告げる。
「一ヶ月だ。人の世界で言うところの一ヶ月、猶予を与えよう」
「猶予……ですか?」
「そうだ。一ヶ月後に改めて、処刑の有無を決定する」
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